episode 15
秘術の国

 着地する暇もなく落下した一行は荷物が積まれている場所に身を隠す事となった。そこから小狼の片手のみが飛び出し、それを頼りに起き上がった彼女らは周りを見渡す。視界に映ったのは、巨大な防壁に囲まれている城、そして、槍などを持ち、人々を攻撃している男らだった。周りに多くの店が立ち並んでいる事から、どうやらここは「市場」と呼ばれる場所らしい。


「ああー?次はどこだ?」
「わー。なんだか見られてるみたいー」
「いったた……」
『てへ。モコナ、注目のまとー!』
「なんだ、こいつら!どこから出て来やがった!!」

次元移動が終了し、モコナが満面の笑顔で着地する。阪神共和国では道のど真ん中だった気がする。そして、今回の国も妙な所に落とされたらしい。状況が把握出来ていない中、男らのリーダーらしき男がこちらに気付き、厳しい形相で歩み寄って来た。そして、その男は一番近くに居たレイノとサクラの華奢な腕を引っ張ったのだ。
 しかし、リーダーらしき男の手とレイノとサクラの腕はすぐに離れる事になる。それは、ファイの魔術具と小狼の蹴りのおかげだった。楽しげに口角を上げる黒鋼は、どうやら現状を楽しんでいる様だ。


「おまえ達!誰を足蹴にしたと思ってるんだ!?」
「やめろ!!」

 思い切り飛ばされたリーダーらしき男は地面を舐める事となり、ファイは魔術具を構えてレイノの前に、小狼は驚いた表情を浮かべるサクラの前へと庇う様に立ち塞がる。怒った周りの男らはよろめいたリーダーらしき男を支える様に群がり、槍を構えた。戦いが始まる。誰もがそう思っただろう。しかし、男らの背後からは小さな女の子かの可愛らしい声色が響き渡ったのだ。


「誰かれ構わずちょっかい出すな!このバカ息子!!」
「春香!!」

 威勢の良い言葉の主は、黒髪をポニーテールに束ねている小さな少女だった。彼女の名は春香と言うらしい。彼女は屋根の上に足を掛け、下を見下ろしている。こんなに小さな少女だとは思わなかったサクラと小狼は目を大きく見開いていた。それはレイノも同じ事で、ファイの手によって立ち上がる。


「誰がバカ息子だ!!」
「おまえ以外にバカがいるか?」
「このー!」
「失礼な!!」
「高麗国の蓮姫を治める領主様のご子息だぞ!」
「領主といっても、一年前までは、ただの流れの秘術師だったろう」
「親父をばかにするかー!領主に逆らったら、どうなるか分かってるんだろうな!春香!!」

 ムッキー、と大袈裟に煙を出し怒る息子の前で、春香は大袈裟にキョロキョロ、と周りを見渡した。しかし、次の言葉で彼女は何も言い返せない、と言う表情に一変し、グッと唇を噛み締める。そこにあるのは一言では言い表せない何かだ。一行もその、ただならない空気をひしひしと感じていたのである。そんな空気を置いて、男らはゾロゾロ、と列を連ねて去って行ったのだ。


「怪我は?」
「大丈夫です。ありがとう」

 行動を起こす男らを置いて、小狼はしゃがみ込んだままサクラの方に顔を向け、問いを投げ掛けた。それに対して彼女は僅かなぎこちなさはあるが、ちゃんと笑顔を浮かべてくれる。その笑顔が余計、小狼の心を締め付けた。一方でレイノは去って行く男らをじっと見つめている。その瞳に孕むものが何か、それは本人にも分からない事だ。


「レイノちゃんも腕、大丈夫?」
「はい。平気です」
「良かったー」
「…あの」
「んー?」
「ありがとう、ございます。助かりました」

 ふいを突かれたレイノは一瞬薄い桃色の瞳を見開くが、その後に目を細め、綺麗に微笑んだ。何故こんなにも心配してくれるのか知らないが、やはり気に掛けてくれると言うのは嬉しいものである。彼女の笑みに、ファイは一瞬呆気に取られるが、やはり、その直後には嬉しそうな笑みを浮かべていた。そして去って行く男らに視線を移す。


「やー、なんか到着早々派手だったねー」
「お前が言うか」
「…えへ」
「笑って誤魔化すな!」
『小狼、すごいー!跳び蹴り!』

 困った様に言葉を紡ぐファイだが、彼はどうやら先程の騒動の中心に居た事を既に忘れている様である。現に黒鋼には突っ込みを入れられている。その光景を見ながら苦笑を浮かべたレイノの心の中には、微かな罪悪感が生まれていた。一方で先程の小狼の真似事をするモコナは、なかなか素早い動きをしている。だんだんと静かになって行くこの場に散乱している食材達に一番最初に気付いたのは、小狼だった。


「すみません、売り物なのに」
『モコナもお手伝いするー!』
「頑張ろっか」
「ほらー。黒ぴんも拾ってー」
「あー?めんどくせーなー」

 どうやら一行が落ちた時の衝撃で、木箱は壊れてしまったらしい。その事に気付いた小狼はぺこり、と焦りながらも頭を下げていた。黒鋼は何に苛立っているのか分からないが、ドカドカ、と地面を踏み付ける。その横ではモコナに拾って貰った食べ物を、小狼は笑顔で受け取っていた。そんな小狼をサクラは不思議そうに見つめていたのである。


「あいつら、また、市場で好き勝手して!」
「この町にも早く暗行御吏が来てくれればいいんだが…」

 すっかり汚くなってしまった市場を片付けて行く人々の口からは落胆の溜め息が漏れ出していた。その声を聞いていた春香は、悔しそうに歯を食い縛っている。そこで春香は何かに気付いたのか目を見開き、俯いた顔を上げる。そして、その顔を一行の方に向けてとある一言を言い放ったのだ。


「ヘンな格好」

 もう少しオブラートに包んで欲しかったのだけれど。


「あはははははー、ヘンだってー、黒りんの格好ー!!」
「俺がヘンならおまえらもヘンだろ!」
「忍者みたいな恰好してますもんねえ」
「忍者だ!!」
「おまえ達、ひょっとして!!来い!」
「あ!待って下さい!」

 先程の春香の言葉で、ファイとモコナは黒い衣に身を包む黒鋼を指差した。その顔には今までにない程の笑顔が浮かんでいる。その後に続いたレイノの言葉にブチ切れた黒鋼は勢い良く突っ込みを入れていた。そんなレイノらを放って、春香は一番近くに居たサクラの腕を引っ張り、走り出してしまったのである。




「あ、あの、ここは…」
「私の家だ」
「どうして急に…」

 一行が春香に連れられて訪れた場所は石垣で囲まれている何処か和を感じる家だ。それの主である春香の正面には何も知らずに冷や汗を掻きながらちょこんっと座る小狼とサクラが居る。黒鋼は部屋の端っこで阪神共和国で購入したマガニャンを読み、ファイは家具を物珍しそうに見つめていた。レイノは壁に凭れかかり、頭を壁に擦り付けて身体を揺らしていた。


「おまえ達、言うことはないか?」
「え?え?」
「ないか!?」
「いや、あの、おれ達はこの国には来たばかりで、君とも会ったばかりだし…」
「ほんとにないのか!?」
「ない、んだ…け…ど」
「良く考えたらこんな子供が暗行御吏なわけないな」
「あめんおさ?」

 春香はサクラと小狼を睨む様に見上げ、距離を近付けて行く。急にそんな事言われても困るのだが。現に一行はこの国に着いたばかりで何も分からないのである。ずずいっと迫って来る春香に怖気ついて、小狼は冷や汗を掻きながら後ずさる。その直後にはーっと盛大に溜め息をつく春香に尤もらしい疑問をサクラが眠そうに目を擦りながら問い掛けた。春香曰く、暗行御史とはこの国の政府が放った隠密である。暗行御史の役目は、それぞれの地域を治めている領主達が私利私欲に溺れていないか、圧政を強いていないか、監視する事である。


『水戸黄門だー!!』
「みと?」
「さっきから思ってたんだけどなんだ、それは!?なんで、まんじゅうがしゃべってるんだ?」
『モコナはモコナー!!』
「まぁ、マスコットだと思ってー。もしくは、アイドル?」

 急にテンションを上げて喜んでは飛び交うモコナに疑問を飛ばすサクラと小狼がそこには居た。そして、モコナは嬉しそうに思い切り飛躍して春香に飛び付いたのである。その後ろではファイが適当につらつらと言葉を並べていた。その適当さ加減には冷や汗を掻く程である。


「オレ達をその暗行御吏だと思ったのかな。えっと…」
「春香」
「春香ちゃんね。オレはファイ。で、こっちが小狼君。こっちがサクラちゃん。で、この子がレイノちゃん。で、そっちが黒ぷー」
「黒鋼だっ!!」
「つまり、その暗行御吏が来て欲しいくらい、ここの領主は良くないヤツなの?」
「最低だ!それにあいつ、母さんを…」

 異世界を旅する中で、黒鋼を渾名で紹介するこの一連の流れはもはや当たり前の事となっている様に思える。彼の突っ込みを聞かなければ気が抜けてしまう、と言うものだ。再び話を戻すと、どうやら天気が荒れて来た様である。木材のみで支えられているこの家からはミシミシ、と言った嫌な音が響き渡っていた。


「風の音…かな」
「外に出ちゃだめだ!!」
「えっ…」

 レイノが立ち上がった瞬間、彼女に向かって春香は制止の声を叫んでみせた。しかし、レイノが理由を聞く暇もなく勢い良く扉が開き、家の中で風が巻き起こったのだ。小狼は隣に居たサクラを、黒鋼はモコナを掴み、ファイは風の勢いに負け、飛んで来たレイノをそれぞれ抱き締める。その間にも春香の家は崩壊され、床板が剥がれ落ちていた。しばらくした後、家を壊し続けた風は威力を弱め、ふと姿を消したのである。


「大丈夫?」
「は、はい……」
「自然の風じゃないね、今の」
「魔術か何か、でしょうか」
「領主だ!」

 ゆっくりと下ろされる身体に戸惑いながらも、レイノはファイの問いに言葉を返した。安心した彼は、今まで見た事のない真剣な瞳で風があった場所を見つめる。唐突に消えた風を見上げ、彼女は一人ごちる。そんな二人に言葉を返さず、春香はギリ、と歯を食い縛り、拳を血が滲む様に握り締めたのだ。


「あいつが、やったんだ!!」




「やったか!親父!!」
「ああ」
「蓮姫の領主の秘術を思い知ったか!しかし、こいつらは何者だろう。親父まさか、本当に暗行御吏か!?」
「たとえ、暗行御吏だとしても、これがある限り、わしは無敵だ」

 領主の城では春香の家が破壊されている様子が映像とされ、光の珠が輝いていた。そこに近付いて来るのは、床を踏み付けて来る息子である。どうやら彼女らを襲ったのは領主親子の様だ。息子は傷を負った顔の口角を歪ませ、皮肉に笑って見せた。床の画面には、春香の家の様子が映されていた。余裕の笑みを浮かべる領主の背後には先程まで光を放っていた珠の中に浮かぶサクラの羽根があったのだ。

prev next