episode 16
意味のない接触
「何でっ、俺がっ、人の家、直さなきゃ、ならねぇんだ、よっ!」
「一泊させてもらったんだから当然でしょー」
「しかし、あの子供一人で住んでるとはな。この家」
「んー。お母さん、亡くなったって言ってたね。春香ちゃん」
「で、いつまでここにいるつもりなんだ?」
「それはモコナ次第でしょー」
翌日、黒鋼は領主の風によって一部破壊された春香の家の屋根を修理していた。ファイは助手として存在している。そんなファイの軽い言葉に、黒鋼は金鎚を持つ手を震わせていた。ファイは床に飾ってある鏡を見つめながら、屋根の上に居る黒鋼に必要な木材を手に取り、それを上にやって行く。それを素直に受け取る黒鋼は何だかんだと言って面倒見が良いのである。
「あー、くそー!なんであの白まんじゅうはあの小狼の肩ばっか持つんだ!」
「あははは。春香ちゃんの案内で、小狼君とサクラちゃんとモコナとレイノちゃんで偵察に行ったし、何か分かるといいねぇ」
「しかし、大丈夫なのか。あの姫、出歩かせて。しょっちゅう船、漕いでるか、寝てるかだぞ」
「足りないんだよ、羽根が。元のサクラちゃんに戻るためには、取り戻した羽根は二枚だけ。戻った記憶はあるみたいだけど」
早く次の世界に行きたい黒鋼は、鬼の様な形相で再び釘を打ち始める。そんな彼が心配する程なのだから、サクラは未だに夢心地なのだろう。そんな彼女の話題になれば、ファイの顔からは何時ものへにゃ、とした笑顔は消え、無表情になるのだ。今の彼女には意志や自我と言ったものが存在していない。だから、異世界を旅する一行に何の疑問も持たずに付いて来ている。まあ、どれだけ旅を続けて羽根を与えても小狼との思い出は戻って来ないのだが。それでも決めた小狼の想いは誰にも変える事は出来ないのだ。これから先、どんな辛い事があってもこの旅を止める事は、きっとないのだろう。
「とにかく、修理しながらみんなを待とうねー。おみやげあるかなぁ」
「って、ナニ、茶飲んでくつろいでんだよ!」
「んー?」
「やー。黒ぴっぴの働く姿を見守ろうかなーって」
先程の真剣な話題からいきなりおちゃらけた雰囲気になったファイに、黒鋼は口角を引き付かせながら眉間に皺を寄せた。何時用意したのか知らないが、ファイは座り込んでいて、湯気の立つ美味しそうなお茶を手に持っていたのだ。そんなファイを見て、黒鋼が怒らない訳がなく、持っていた金鎚を勢い良く投げ付けたのである。金鎚はファイの頭に直撃し、そこからはみしっと痛そうな音が響いていたのだ。
「羽根の波動、感じるか?」
『分かんない』
「レイノさんは?」
「わたしも全然駄目ですね。この辺りに広がる強い力に阻まれているみたいです」
『ここらへん、不思議な力でいっぱいなの』
「強い?不思議な力?」
新しい国に来る度に問われるその言葉はもはや常套句である。小狼の頭上では、モコナが唸って左右に揺れている。それは隣に居るレイノも同じである。早く見つけてあげたいのに。がっくし、と項垂れる様に肩を竦める彼女とモコナが言う強大、不思議な力が何なのか分かれば話は早いのだが。
「よう!春香!見たことないお嬢さん達連れてるな!」
「客人なんだ。遠くから来たんだって」
「おう、旅の人か!なら一緒にどうだ?」
「これ、なんですか?」
「賭博だよ。知らないのか?」
「同じようなものは見たことあるんですけど。サイコロかな、これは」
「なに、簡単だよ。これを二個振って、足した数が相手より多いほうが勝ちだ。ささ、運だめしだ!」
「ったく、好きなんだから。おじさん達は」
「今一番多い数を出したのは誰なんですか?」
「わしだよ。11だな」
「そんなの!どっちも一番多い数の6を出して合計12じゃなきゃ勝てないじゃないか!素人相手になんて勝負を!」
向こうから春香らを呼ぶ声が響き渡る。町の人の様だ。頭上に疑問符を浮かべて腰を曲げ、春香らは器の中に入っている二つのサイコロを見つめた。町の人はコロロ、とサクラの手に二つのサイコロを落とすが、サクラはまだ記憶が足りないのか、眠そうな顔をして頭上に疑問を浮かべている。そんなサクラは春香の制止も聞かず、虚ろな瞳でサイコロを見つめ、転がした。出たのはどちらも6を差しており、合計は12と出たのだ。
『やったー!サクラの勝ちー!!』
「…小狼君」
「な、何でしょう」
「記憶失う前も、サクラちゃんって運強かったんですか?」
「か、かなり…」
街の人は空笑いを浮かべ、再びサクラにサイコロを渡す。そして、彼女は再びサイコロを転がすが、永遠に12から外れることは無かったのだ。幼馴染みである小狼が「運が強い」と言うのだから事実だろう。最終的には町の人々はうわあああ、と泣きじゃくってしまったのだ。
「うわあ……」
『サクラ大勝ちー!おみやげいっぱーい!ようふくももらったー!』
「すごい。何度振っても6と6しか出ないなんて。「神の愛娘」なんだな、サクラは」
「神の、愛娘?」
「特別に運のいい人間のことをそういうんだって。母さんが教えてくれた。神様が特別に愛してるから、幸運なんだって。今までもずっとそうだったのか?」
「分からないの」
サクラが賭けで貰った高麗国の衣装にレイノらは着替えていた。小狼は体のラインに沿ったすらりとした動きやすそうな服で腰から布を羽織っている。サクラは春香よりもボリュームがある布で足を隠していて、中には春香と同じズボンを履いていた。レイノはサクラよりもボリュームが少なく、頭は団子にしていて明るい茶髪を垂らしている。そんな服装をしたレイノらはとある橋に腰掛けながら桃まんを頬張っていた。その時に話された、聞いた事のない言語にサクラは多少戸惑いながらも問い掛ける。
「なぜだ?」
「自分の名前と、後、砂漠の中にある街並みのことだけなの。まわりは砂ばかりで…でも、その中のわずかな緑と水を愛しんで生きている。そんな所。それ以外は何も思い出せないの」
「…ごめん。いやなこと聞いたな」
「今、なくなった記憶を集めるために旅をしてるんだって。わたしは忘れてしまってるんだけど、そう、教えてもらったの。えっと…小狼君に」
あの時記憶が飛び散り、目覚め、この事しか覚えていないサクラを見つめ、小狼は辛そうな表情を浮かべたのだ。そんな彼の肩を、慰める様にレイノはぽん、と軽く叩いた。サクラの腕の中にいるモコナは彼女が差し出した桃まんの欠片を美味しそうに食べている。羽根がサクラの中に戻っても小狼との思い出が返って来る事は二度とない。苦しい心に鍵を掛けて変えなければ。幼馴染みから同行者に、変えなければいけないのだ。それを証明する為に、彼は肯定の意として「姫」と、そう呼んだのだ。そんなどんよりとした雰囲気をぶち壊す様な、何かが壊れる音と悲痛な叫び声が響き渡る。
「この店はまだ領主様に納めるべき税金を払っていないだろう!」
「祖父は病気なんです!薬代がいるんです!だから、もう少し待って下さい!!」
「いいや!待てないぞ!今すぐ滞っている税金、耳を揃えて払ってもらおう!!」
「無理です!前の領主様の時の二十倍の税なんてとても払えません!!」
「だったら、そのじいさんをもっとムチ打ってやる!100回だ!!」
「やめて!!」
「やめろー!」
大きな音を聞いたレイノらが驚いた顔で振り向くと、そこには建物の木材が飛び散っていた。人々を痛め付けていたのはやはり領主の息子達である。税金を納めていないのは悪い事だが、今回は何処か違う気がした。領主の息子は面白味の入った声色で、持っていた鞭を思いきり振り下ろす。春香が叫びながら女性と老人の所へ跳び付こうとするが、サクラの手によって制される。二人はサクラに庇われ、サクラとその二人はレイノに庇われるが、鞭はどんどんレイノらに迫り行く。だが、レイノの身には痛みは来なかった。恐る恐る顔を上げると、小狼は鞭を体中に巻き付け、片足は息子の手の中に、もう片足は息子の顔面を蹴り付けたまま停止していたのだ。
「き…貴様!!昨日の!!そこをどけ!!」
「どきません」
「蓮姫の領主の恐ろしさを思い知らせてやる!!」
「おまえはただの「その息子」だろ!それも、バカの!」
「うるさいー!」
小狼の行動によほど苛立ったのか領主の息子は吼えているが、春香の的確な突っ込みにより青筋を立てていた。全くその通りである。馬鹿なのだろうか。劣勢になった状況に、領主の息子は背中に括り付けていた扇を手に取った。それを見抜いた小狼は領主の息子の拳から飛び退き、次の攻撃に備える。
「その扇!!」
「行けー!!」
領主の息子が手に取った扇からは小狼の倍はある体格の良い武士が現れた。その武士は小狼に勢い良く剣を振り下ろすが、小狼は真剣な顔付きを浮かべ、鋭い蹴りで受け止める。武士との戦いが続く中叫んだ春香は、どうやら扇の存在を知っていた様である。その事に疑問を浮かべたレイノは僅かに眉を顰めた。
「小狼君!」
「扇から出て来たの?」
「あの扇は、私の母さんのなんだ!私の母さんは秘術師だったんだ!!」
小狼は反撃すべく、武士を蹴りで押し返そうとするが、難なく避けられる。一方で春香は領主の息子が使っている扇について語り始めた。春香の母は依頼で薬を作ったり呪いをしたり、不思議な力を持っていたらしい。しかし、その力を決して悪事には使用しなかった。それが秘術師の誇りだと、母は何時も言っていた。それにも関わらずあの領主とその息子は一年前に突然強くなり、当時の領主を追い出して自分がそれになったのだと言う。
「それを阻止しようとして母さんは戦って…今の領主に殺されたんだ!!」
(分かれた!?)
確かに息子の持っているあの扇と息子の力の気配は全く違っていた。急に強くなってしまった原因はやはり、サクラの羽根だろう。小狼は突き出された剣を軸にし、回し蹴りを喰らわす。その反動で跳び上がり、武士の脳天から踵落としを与えたが、その武士は液状になってしまう。レイノの考えた通り、一人だった武士は六人と増え、分裂したのだ。
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