episode 17
跳ね返る言霊
「危ない!!」
「妖刀『梅桜』!」
「レイノさん!?」
「目の前の敵に集中して下さい!」
「…はい!」
反応する暇もなく、小狼に六人の武士らが襲い掛かる。咄嗟に危機感を感じたのか、レイノは右の手の平から刀を出し、武士達を切り裂いて行った。彼女が加勢した事に驚く小狼だが彼女に叫ばれ、鋭い蹴りで相手を潰して行く事になったのだ。先程よりは緩い蹴りで相手を吹き飛ばし、地面へと降り立つ。彼女は刀の先端で地面に円の亀裂を描き、それを瀕死状態の武士達へと掲げると、桜の花弁が巻き起こり、武士達に切り傷を負わせた。だが、領主の息子はそれだけでは諦めず、嘆き、衝撃が弱かった武士ら二人を操り、それぞれ剣で襲わせる。しかし、小狼は正面の武士を鋭い蹴りで潰し、レイノは背後の武士を刀で切り裂いたのだ。
「やった!!」
「いい気になりおってー!!」
倒されたのがよほど苛立ったのか、領主の息子は地団駄を踏み、吠えていた。すると、遠くから竜巻が巻き起こる様な、そんな風の音が近付いて来る。レイノのまとめている、ふわりとした茶髪が浮かび上がる。自然の風ではない事くらい、魔力を持つ彼女には分かっていた。そんな事、容易いのである。
「この音…風が来る!!」
(このままだと、小狼君に風が当たっちゃう……!)
レイノと小狼は目を見開き、このままでは背後から襲って来た風への反応が遅れてしまう。そう思った彼女は彼をサクラ達の方へ押し、腕を交差させる。彼が怪我しなかったから良いものの、レイノの服は切り裂かれ、風をモロに喰らってしまったのだ。腕の感覚がない。クソ、めっちゃ痛い。
「レイノさん!」
「レイノちゃん!!」
「いった……」
「思い知ったか!これが領主の秘術だ!!」
「息子のケンカに親が出てくるのか!本当に最低親子だな!おまえ達は!」
レイノは上手く着地できず、背中と地面が勢いを衰えずにぶつかってしまう。体には痛々しい程に裂けた木材が突き刺さり、額からはポタ、と赤い液体が滴る。ズキズキと奥に響く痛みに顔を歪めると先程まで激しいほど吹き荒れていた風は収まって行き、領主の息子は勝利を確信し、吠えたのだ。
「うるさい!!悔しかったら親父を倒してみたらどうだ、春香!まあ、おまえでは触れることも出来ないだろうがな!」
「吠えてろ!暗行御吏が来れば、お前達の悪事はすべて裁かれることになるんだからな!!」
「来るもんか!滞納した罪で税をさらに倍にする!払えなければ店は没収!じいさんとおまえはムチ打ち300回だ!」
「そんな!!」
大声で笑い狂う領主に息子に言い様のない気持ちを抱いた春香は、折れるのではないか、と思うくらいに歯を食い縛る。そんな彼女に対して、彼はけっと鼻を鳴らし、乱暴に言い放ったのだ。そして、加えられたのはあまりに酷い罪状だった。客観的に見ていては分からない。これはなかなかの惨状である。
「くそー!!!」
その場には、悔しげに嘆く春香の声のみが響き渡っていた。
「そっかー。また領主とかの「風」にヤラレたんだー。それにしてもレイノちゃん、なかなかすごい傷だねえ」
「あの風の威力すごいですよ。一撃で血だらけですからね」
「お前何でそんな楽観的に生きれんの」
「なっちゃったもんは仕方ないかなあ、って」
「オイ魔術師、こいつ本物の馬鹿だぞ」
「本人目の前にして何暴言吐いて…っ」
春香の家に帰って来たレイノらは何処か暗い、そんな雰囲気を纏っていた。荷物を置く音に気付いたファイはそれに気付いている。その中でも一番怪我が酷いレイノはファイに治療を施される事になった。レイノが負っていたのは額の切り傷と両腕の刺し傷と擦り傷である。それらの全貌は血を洗い流してから露わになったのだ。嗚呼、痛々しい。そんな状況にも関わらず楽観的なレイノに黒鋼は暴言を吐いた。その事に思わず身を乗り出すレイノだったが、ズキン、と響く痛みに思わず身体を折り曲げたのだ。
「あー、もう。怪我酷いんだからじっとしててー」
「ご、ごめんなさい……」
「しかし、そこまでやられてなんで今の領主をやっちまわねぇんだ」
すると、困った様に眉を下げたファイに怒られた。嗚呼もう、さっきの絶対黒鋼さんのせいじゃん。そう思いながらも治療をしてくれたファイに恩があるレイノは、素直に謝罪の言葉を口にしたのだ。怒られた原因である黒鋼は右手でファイと遊んでいた石を弾いた。
「やっつけようとした!何度も、何度も!でも領主には指一本、触れられないんだ!領主が住んでいる城には秘術が施してあって誰も近寄れない!」
「なるほどー。それがレイノちゃんとモコナの感じた強い不思議な力かー」
『不思議な力がいっぱいで、羽根の波動、良くわからないの』
「あの息子のほうはどうなの?人質にとっちゃうとかさー」
「何するつもりですか。拷問ですか」
「あ、それ良いねー」
「…おまえら、今さらっと黒いこと言ったな」
「だめだ!秘術で領主は蓮姫の町中を見張ってる!息子に何かしたら…!」
「昨日とか、今日のレイノちゃんみたいに、秘術で攻撃されちゃうかー」
レイノとモコナはファイの言葉に同意する様に頷いた。羽根を取り戻さなければ、次の世界に行けないと言うのに。そんな中、へろっと何時もみたいな笑みを浮かべながら残酷な事を口にするファイがそこには居る。その後に冗談の様に言葉を放った彼女だったが、腹黒野郎と一緒にされてしまったのだ。何でだ。その発言のお陰で小狼は戸惑う様に声を漏らし、モコナは面白そうに笑っていた。平和である。
「一年前、急に強くなったって言ってたね、その領主。サクラちゃんの羽根に関係ないかなぁ」
それは、レイノも薄々感付いていた事だった。
「辻褄が合わねぇだろうが。記憶の羽根とやらが飛び散ったのは、つい最近の話だろ」
「次元が違うんですから、時間の流れも変わりますよ」
「確かめて来ます。その領主の元に羽根があるのか」
「待って!小狼君、怪我してるのに…」
「平気です」
「でも…」
確かにサクラの記憶の羽根が飛び散ってからすぐに旅を始めたのだから、そんなに時間は経過してない筈である。そんな疑問を一言で片付けたレイノは横目で黒鋼を見ながら微笑んでいた。その正面では、小狼が何の迷いもなしに立ち上がっている。しかし、その小狼を止めるのがまだ虚ろな瞳をしたサクラの手である。心配なのだろう。この国に来てから何かと守って貰っているのだ。そんな小狼がまた怪我するかも知れないのだ。何故かは分からないが、何か、嫌。
「大丈夫です。羽根がもしあったら、取り戻して来ます」
「小狼君…」
「ちょっと待ってー」
笑顔でサクラの手を離させようとする小狼を否定されても尚、サクラは顰めた眉を戻さなかった。目が覚めてから初めて見た対人の戦いは酷く激しくて、目の前で怪我をする仲間を見たのは初めてだった。何が何だか分からないのだ。そんな所に、二人を止める声が割って入って来たのである。レイノの治療を終えたファイだ。
「ん、安心して。止めるワケじゃないからー。でもね、あの領主の秘術、結構、すごいものみたいだからねぇ。ただ行っただけじゃ無理でしょう」
「このわたしで気分が悪くなるくらいですから、せめて、城の入り口にかかっている術だけでも破らないと行っても無駄ですよ」
「おまえら、なんとか出来るのかよ」
「「無理」」
再び黒鋼がレイノとファイに問い掛けるが、二人はやはり満面笑顔でそれを切り捨てたのである。その後に笑顔で「侑子を呼ぶこと」を提案したモコナに、二人は裏手突っ込みしてきた黒鋼を無視してはそちらに顔を向けたのだ。モコナは自身の額の宝石を光らせると、そこから現れた円状の液晶に侑子が映された。
『あら、モコナ。どうしたの?』
「しゃべったー!」
「ほんとにモコナは便利だねー」
「これ異世界に通じてるんですね」
「便利にも程があるだろ!」
高麗国にはモコナの様な機能がない為、春香はサクラの首筋に跳び付いて嘆いていた。サクラと小狼も多少は驚いているが。叫ぶ黒鋼の横では大したリアクションも見せないファイと、関心してモコナを見やるレイノが居たのである。この場で普通の反応と言うのは前者の方であると分かって欲しい。
『なるほど、その秘術とやらを破って城に入りたいと』
「そうなんですー」
『…でも、あたしに頼まなくても、レイノとファイは魔法、使えるでしょう?』
「あなたに魔力の元、渡しちゃいましたしー」
『あたしが対価として貰ったイレズミは、「魔力を抑えるための魔法の元」。あなたの魔力、そのものではないわ』
事情を聞いた侑子は何気なく、レイノとファイに言葉を発した。液晶の前で微かにレイノが何かに驚く様に肩を揺らしたのは気のせいだろうか。そんなレイノに彼は気付いていたが、平然を装い、笑顔を浮かべる。けれど、そんな彼も侑子に問い詰められる事になる。それでも彼は笑みを失ったりはしなかった。
「まあ、でも、あれがないと魔法は使わないって決めてるんで」
『…レイノは?』
「わたしは使ったらちょっとデメリットがあるんで」
『なら仕方ないわね』
侑子に向かって話を逸らす様に微笑むファイを、黒鋼と小狼は探る様に見つめていた。レイノはそんなファイには気付く事は無く、胸元で手を固めて目を伏せる。そして、不本意だ、と言う様に侑子を睨み付けたのだ。その場に静寂が訪れる。嗚呼、何か、嫌な予感がする。こう言う時の感覚はどうやら馬鹿に出来ないらしい。浮遊感を感じる。嗚呼、これは、言霊ですかね。ファイさん。
「レイノちゃん!」
どうやら、わたしに回って来たようです。
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