episode 20
幸せな未来へ
『よくも私をこんな城に閉じこめてくれたな』
「ひっ」
『この領主は私が預かろう……ゆっくり礼をせねばならん』
「い…いやだ!!」
「信用しても大丈夫そうだよー。その秘妖さん」
横目で見た事により視界に入った人物は、自身が今まで手駒にしていた秘妖だ。彼女から逃れる為に領主はジタバタ、と子供の様に暴れるが、助けてくれる者は誰一人として存在してはいなかった。これが今までの所業の報いだとすれば、軽いものである。身を持って恐怖を知る領主とは反対に、秘妖は酷く楽しげである。
「やめろお!」
『安心しろ。秘妖の国で、息子共々最高の持て成しをしてやろう』
「いやだぁー!!」
『春香とやらはおまえか』
「…そうだ」
秘妖の背後にはドス黒い穴が現れ、領主を引き摺り込んでいる。これから彼とその息子の身には、秘妖の国で地獄の様な報いが待っているのだろう。それに対して同情の思いをぶつける者はこの場には居ないのだが。そんな領主を置いて、秘妖は春香に声を掛けた。春香の母親をライバルとして認めていた秘妖もまた、春香の母親の死を悲しんでいる人間の一人なのだ。
『強くなれ、私と秘術で競えるほどな』
その言葉に強く頷いたお前を、私は信じよう。
『では、またな』
「ひっ」
『可愛い虫けらども』
今まで止まっていた動きが再び始まり、領主は穴に吸い込まれて行く。彼は浮かんだサクラの羽根に手を伸ばすが、それは届かない。秘妖の国へと続く穴は消え失せ、サクラの羽根を包んでいた光の珠はパリパリ、と音を立てて割れて行った。小狼は浮かんだサクラの羽根に手を添え、そんな小狼を不安そうな瞳でサクラは見つめている。そして、破片がなくなった羽根は淡い光を放ちながら彼女の体内へと取り込まれたのだ。
先程の羽根で取り戻した記憶は、自身の誕生日会の事だった。目の前には兄である桃矢と神官である雪兎が座っている。幼いサクラは、桃矢に暴言を吐かれては怒り、を繰り返している。そんな彼女が桃矢の「大食漢」発言を否定する先には、誰も座ってはいなかった。誰もいないのにどうして、どうして私はそんなに嬉しそうなんだろう。
「どうして……誰もいないのに……」
「羽根、もうひとつ…取り戻せた」
サクラは、不思議な言葉を呟きながら床へと倒れて行く。しかし、彼女の身体が床とぶつかる事は無く、それは小狼によって優しく受け止められたのだ。それを心配げに見つめる春香の手には強く力が籠っている。そんな中、レイノの視界はだんだんと狭まって来ていた。あ、これは、倒れるかも。
「…ファイさん」
「なあにー?」
「っ…ごめんなさい。ちょっと、無理……」
「え…」
意味が分からない言葉を残したレイノは戸惑うファイの声に気付かず、重力に身を任せて崩れて行った。そのせいで別の場所ではドサ、と言った音が響いている。ファイが何度も彼女の名を呼ぶが、どうやら起きてはくれないらしい。彼女の口元に耳を寄せると、規則正しい寝息が聞こえて来る。どうやら疲れから気絶しただけらしい。その事実に安堵の息を吐いたファイらは春香の家へと歩を進めたのである。
「異世界へと渡る力を持つ者は、既にいる」
そんな一行と春香を巨大な鏡で見つめる者が一人居た。それは、全ての元凶である飛王・リードである。そして次に映るのは玖楼国の神官である雪兎、セレス国の魔術師であるファイ・D・フローライト、日本の次元の魔女である壱原 侑子である。そして、ミッドガルド国のハンターであるレイノ・アン・クォーツだ。
「あの玖楼国の地中深く埋まったものは、それらを遥かに凌ぐ力だ。今、育まれつつある力は、世界を変えることが出来る力。その力を得るために長い時間をかけて来た。必ず手に入れる」
飛王がつらつらと並べる言葉達は全て自身の願いを叶える為のものである。どれだけの時間を費やして来たか、今はもう分からない。けれど、これを成しえなければ自身が存在する意味がなくなってしまうのだ。彼は目の前の鏡に映るサクラと小狼に手を伸ばした。どれだけ犠牲を伴っても、必ず、我が手に。
「あなたの出番はまだ先みたいよ」
漆黒のふんわりとしたワンピースを着た女性は、靴音を立てながら水中に幽閉されている少年の前へと立った。彼の全身には、痛々しい程の入れ墨が彫られている。蝙蝠の紋章により、顔を見る事は叶わない。早く目覚めたいでしょう。早くあの子に逢いたいでしょう。
でも、目覚めるのが、あなたのためになるかは分からないけれど。
「ありがとう。領主をやっつけてくれて」
「おれは何もしてないよ」
「あの城の秘術が解けなかったらずっと領主には近付けなかった。だから小狼達のおかげだ」
「いや、本当におれは何も…」
「こっちこそありがとぉ。春香ちゃんにもらった傷薬、良く効いたよー」
「母さんがつくった薬なんだ。私にはまだ無理だけど、でも頑張って。母さんに恥じない秘術師になる」
煌びやかな太陽の真下、民達は一行にお礼の言葉を送っていた。もうこの国に居る必要がなくなった為、この町を出る事になったのである。それが良い事なのか悪い事なのかは良く分からないけれど。しかし、春香の笑顔を見てしまえば、これはこれで良かったのかも知れないと、強くそう思うのだ。
「なれるわ、きっと」
嬉しそうに笑った春香の手を、サクラはぎゅ、と優しく包み込んだ。それに対して春香も涙ぐむ瞳にサクラを映し、同じ様に強く握り返す。嗚呼、姉がいたらこんな感じなのかなあって、馬鹿みたいな事を思った。話が一段落したところで、モコナの背中から大きな翼が生えたのである。
「モコナ、もう行くの?」
『行く』
「なんだ!?どこ行くんだ!?なんであれ、羽根が生えてるんだ?まだ来たばかりなのに…!」
見た事のない不思議生物の背中に羽が生え、民達は今までにないほどに驚きの表情を露わにしていた。いよいよ次元移動する時が来たモコナは大きな口を開き、五人を吸い込んで行く。五人の周りには風が漂い始め、何時も思っているが、その中は酷く不思議な空気が充満しているのだ。そんな中でレイノは笑みを浮かべて高麗国の青空を瞳に焼き付けた。
「やらなければならないことがあるんだ。元気で」
また会える事と幸せな未来を、祈って。
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