episode 22
約束と笑顔
『驚いた!?驚いた!?これもモコナ108の秘密技のひとつ、超演技力!!』
「いっそ清々しい程のコケっぷりですねえ」
「ほんとにびっくりしたみたいだねぇ。けどねぇ、きっと、これからもこんなこと、いっぱいあると思うよ。サクラちゃんが突然、寝ちゃうなんてしょっちゅうだろうし、もっと凄いピンチがあるかもしれない。でも、探すんでしょう。サクラちゃんの羽根を」
湖の方へ戻って来たレイノとファイは小狼の素晴らしい程のコケを目の当たりにした。ずっとこの場に居た黒鋼でさえも驚いた程である。どうやら笑いを堪えているのであろう彼女は酷く意地悪だと思う。モコナの言葉である程度の事は理解したファイは小狼に論す様に語り掛けた。
「だったらね、もっと気楽に行こうよー。辛いことはね、いつも考えてなくていいんだよ。忘れようとしたって、忘れられないんだから」
そう囁いたファイは先程の嬉しそうな笑みとは打って変わって、酷く儚い印象を受けた。そんな彼を、やはり黒鋼は怪訝な表情で睨み付ける。ああもう、意味深な事を言うからですよ。だからどんどん怪しまれるんです、なんて。わたしも他人の事は言えないんだけどね。
「君が笑ったり楽しんだりしたからって誰も小狼君を責めないよ。喜ぶ人はいてもね」
『モコナ、小狼が笑ってるとうれしい!』
「勿論オレも、レイノちゃんもだし。あ、黒ぴんもだよねー」
「俺にふるな」
ファイに言われた言葉を脳内で再生し、小狼はうっすらと笑みを浮かべた。まだ慣れていないぎこちない微笑みだったが、そんな少しずつの進歩がとても嬉しい。視覚でそう感じれる事が、酷く嬉しく感じるのだ。横には苦い顔をする黒鋼が居るが、どうやら照れ臭いだけらしい。
「あと、サクラちゃんの羽根を探すのは小狼君だけの目的じゃないんですよ」
「え…」
「サクラちゃんを守るのは貴方だけじゃない。わたしやファイさんや、黒鋼さん、モコナだって守りたいんです。だから、少しずつわたし達のこと頼って下さいね、って事で!」
「レイノさん…」
「お前分かりにくい」
「これでもかみ砕いて言いましたよ」
「あの、有り難う、ございます」
レイノは唐突に立ち上がっては、笑みを浮かべて不器用なりに言葉を紡いだ。それは言われた事のないそれで、何故だか泣きたくなったのだ。嗚呼、この人は優しい人だ。おれだけじゃ、ない。きっと無意識の所で色んな人達を救って来ているのだと、そう思う。その笑顔はきっと貴女だけのものだと、そう思ったら余計に泣きたくなったのだ。そんな時、下からは覚醒したサクラの声が聞こえて来た。
「目、覚めたー?」
「小狼君!小狼君が湖に!!」
「ここにいます!!」
目覚めたサクラは途端に勢い良く立ち上がり、湖の中へと走り出したのだ。しかしそれはモコナと小狼の手によって止められる。何時も眠そうだから分からなかったが、頭が覚醒した彼女は時に予想も付かない行動を起こす様である。先程の彼女の行動を止めた彼も、伊達に何年も幼馴染みをやっていない様だ。
「…良かった」
「あのね、サクラちゃん。これからどんな旅になるか分かんないけどさぁ、記憶が揃ってなくて不安だと思うけど、楽しい旅になるといいよね。せっかくこうやって、出会えたんだしさ」
「はい。まだ、良く分からないことばかりで、足手まといになってしまうけど、でも、出来ることは一生懸命やります。よろしくお願いします」
ファイは何時もの様に笑いながら論す様にサクラに言葉を掛けた。そんな言葉に彼女はまだぎこちない笑顔を浮かべながらもぺこり、と律儀にお辞儀をしてみせたのである。そんなサクラを見て、小狼は目を大きく見開いた。聞いた事のある言葉だったからだ。もう自身を思い出す事は無い過去の彼女を思い出し、胸に手を当てて暖かさを確かめたのである。
「そういえば湖の中、大丈夫だったー?」
「あ!町があったんです!」
サクラに掛けていた上着を手に取り、ファイはずっと気になっていた事を問い掛けた。それで思い出した様に声をあげた小狼は、湖の方を指差したのである。しかし、小狼の理解が難しい言葉に黒鋼とサクラは首を傾げたのだ。その後に続いた小狼の説明はどうやらこの国の人々は水の中に住む種族らしい、と言う事だった。
「なるほどー。この国の人達は湖の中にいるんだねー」
『強い力』
「だねえ。このウロコから出てる力と同じです」
「ということは、姫の羽根は…」
『これ以外に強い力、感じない』
「ないってことですね」
『うん』
「無駄足かよ」
小狼が湖から持ち帰って来たのは光り輝くウロコである。それを見たレイノとモコナはふるる、と首を横に振り、サクラの羽根の存在を否定したのだ。そして、もう一度それを覗き見る。どれだけ見てもそれの輝きは変わらなかった。黒鋼は「無駄足」だと言うけれど、たまにはこんな緩やかな旅も良いと思うんだよね。
一行が落ちて来た場所にモコナは魔法陣を展開する。するとそこからは不思議な風が巻き起こり、彼女らを包み込む。ファイに上着を借りたサクラはとても暖かそうだ。そんな中、ファイの左手は微かな温もりで包まれていた。驚きから思わず横を見れば、自身の左手はレイノによって包まれていたのである。そんなレイノの顔は良く見ると僅かに赤らんでいる気がする。
「レイノちゃ…」
「守って、くれるんでしょう」
ああなるほど、そう言う事か。そう納得したオレの顔はやはり、気持ち悪いくらいに緩みきっていたのだと思う。戯れ言にも似た先程のオレの言葉を、横に居るこの少女はきちんと受け止めて自分なりの答えを出してくれたのだ。その事に嬉しくなったオレは、柄にもなく元気に頷いた。そんなやり取りをした二人は幻想的なる霧の国から移動したのである。
これは、君の温もりを初めて慈しんだとある一日である。
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