episode 23
雪の国
「あははー。なんか、注目されてるねー」
「やっぱりこの格好がいけないんでしょうか」
「全然違いますもんね、ここの国の人達と」
「特に黒たんがー」
「あー?文句あっか」
「モコナは静かにしてるもんね」
「あの、大丈夫なんでしょうか。この食事」
「んん?」
「この国のお金、ないんですけど」
「その事なら大丈夫だと思いますよ」
一行の背中に刺さるのは、人々が送り続ける疑う様な視線ばかりである。そんな中、冷や汗を掻く小狼の問い掛けにレイノは笑顔で答えていた。横では、食器音を立てて食事をする黒鋼が居る。モコナはファイの前に座っていて、全く喋らずに静止状態を保ち続けていた。そして、黒鋼と周りの人々の視線が逸らされた瞬間、黒鋼のフォークに刺された肉を口の中に含み、再び動きを止めたのだ。
小狼が心配している点は「お金がないのにも関わらず暴飲暴食を繰り返している」と言う事なのである。主に黒鋼だと言う事は明らかだが。しかし、それにもレイノとファイは笑顔を浮かべ、サクラに視線を寄越したのだ。
「ねっ、サクラちゃん」
「お嬢ちゃんのカードは?」
「えっと、こうなりました」
賑やかになる店内では、テーブルの上に並べられたカードと積まれた金色のコインらがあった。どうやらレイノとファイの考えで、賭けをする事になったらしい。その場に赴くのは特別運が強いサクラである。そんなサクラの陣地に綺麗に並ぶのは、冠が描かれた五枚のカードだ。その事により、ファイとサクラ、そして、小狼の周りには一気に人々が群がって来たのだ。
「何度やっても負けないなんて!どうなってるんだ、一体!?」
「イカサマじゃないのか!?」
「イカサマしてるヒマなんかなかったでしょー。文句あるならあの黒い人と茶髪の子が聞くけどー?」
「あぁ?」
「はあ?」
「い…いや!」
「う、疑って悪かった!」
ファイは「はいはい、ごめんねぇ」と一言付け足して、持っていた袋に貨幣やらコインやらを詰め込んだ。そして、きゅっと袋の紐を締めながら笑顔でレイノと黒鋼を指差す。黒鋼はモコナに食事を取られ続ける事で苛立ちが最高潮になっており、鬼の様な形相で向こうを睨み付けていた。それは彼女も同様らしく、彼女の皿の上に乗っている物は何もない。それらに思わず身を引いたサクラの対戦相手はすぐさま顔を横に振り、そそくさと去って行ったのである。
「はい。サクラちゃん、お疲れさまー。これで軍資金ばっちりだよー。この国の服も買えるし食い逃げしないでオッケー」
「食い逃げしようとしてたんですか」
「しかし凄いな、お嬢ちゃん」
「ルールとか分かってなかったんですけど、あれで良かったんでしょうか」
「面白い冗談だな!」
ファイは何時ものへにゃ、とした笑顔でサクラの手を取って椅子まで連れて行き、そこに座らせる。その後に飲み物を運んでくれた店員は彼女の言葉を冗談と取り、あははは、と声を挙げて笑い始めたのである。その為、その後に続いた「冗談じゃないんだけど…」と言う彼女の呟きもそれに掻き消されてしまったのだ。
「変わった衣装だな。旅の人だろう?」
「はい。探しものがあって旅を続けています」
「行く先は決まっているのかい?」
「いえ、まだ」
「…だったら悪いことは言わん。北へ行くのはやめたほうがいい」
「どうしてですか?」
「北の町には恐ろしい伝説があるんだよ」
「どんな伝説なんですか?」
店の中はとても賑わしく、食べ物を運んでいる者も居れば、立ち上がって飲んでいる者も居る。先程まで店内の雰囲気と同じ様に陽気に笑っていた店員も打って変わって重苦しい雰囲気を漂わせて言葉を紡ぎ始めたのだ。しかし、否定されると意地でも聞き出したくなるのが一行なのである。伝説と言う言葉に食い付いた小狼は、身を乗り出して問い掛けた。この一瞬、店員の雰囲気が変わったのは気のせいだろうか。
その伝説と言うのは「昔、北の町のはずれにある城に、金の髪の、それは美しいお姫様がいたらしい。ある日、ある日、姫の所に鳥が一羽飛んで来た。輝く羽根を一枚渡して、こう言ったそうだ。「この羽根は『力』です。貴方に不思議な『力』をあげましょう。姫は羽根を受け取った。そうしたら王様とお后様がいきなり死んで、姫がその城の主になった。そして、その羽根にひかれるように次々と城下町から子供達が消えていって、二度と帰って来なかった」と言うものである。
「それはー、おとぎ話とかいうヤツかな」
「いいや、実話だよ」
「実際に北の町にその城があるんですね」
「もう三百年以上前の話だからほとんど崩れちまってるがな」
「で、そんなこわい話があるから、北の町には行っちゃいけないのー?夜寝られなくなるからー?」
「いや」
ファイが伝説の事を否定する様に問い掛けるが、店員は困った様に首を横に振り、肩を竦めた。それに釣られる様に先程の陽気な雰囲気は何処へやら、店内は何やら不穏な空気に塗れていた。そんな店内に、ファイは周りの人間に聞こえる様にわざとらしく大きな声で店員に問い掛けた。しかし、店員は目を鋭くさせてファイの言葉を否定したのだ。
「伝説と同じように、また、子供達が消えはじめたんだよ」
馬が寒さで鼻を震わせる。一行はこの国の服へと着替えていた。ファイは白く尖った帽子にチェーンのついた羽織り、中には地面に付く程度のコートを着ていて、手には黒い手袋を填めている。サクラは小さな可愛らしい薔薇の髪飾りに暖かそうなコートを羽織り、中にはボリュームのある、レースがふんだんに使われたドレスを着ていて、胸元には少し大きい薔薇のコサージュが付けられていた。小狼はスーツの様な物で、重たそうなコートを羽織り、ファイの様に手に手袋を填めている。
黒鋼は小狼と同じスーツの様な物で、ベースは黒でいかにも黒鋼らしい雰囲気である。レイノはサクラと同じドレスなのだが、至ってシンプルで薔薇の付いたリボンで髪はサイドに纏められ、腰にはフリルがふんだんに使われたリボンを巻き、それをふんわりと馬に乗せている。そんな彼女らの頭の中は先程聞いた伝説でいっぱいである。
『モコナ、まだ強い力は感じない』
「でも羽根がないとは言い切れないよねぇ」
「伝説の事も気になりますしね」
「何か特殊な状況下にあるのかもしれないし」
「昔の伝説って言ってたけど、春香ちゃんの国でもそうだったしね」
「で、行くのか」
会話を続けるレイノとファイ、そして、モコナの方に視線をやった小狼は黒鋼の問いに短く答え、凛とした眼差しで北の方を見やった。直線の道が続くそこは、枯れ果てた木の枝が良い具合に絡み合っている。それらが逆に不気味な感じを倍増させていた。そんなここは、ジェイド国と言う。
「わー。いい感じにホラーってるねぇ。この木の曲がり具合がまた」
「そりゃどうでもいいが、冷えて来たな」
「雪降りそうだもんね。レイノちゃん、寒くない?」
「大丈夫です」
ファイが指差す先にある枝は細く、形も歪に折れ曲がっていた。そんな彼の言葉を一蹴した黒鋼は寒さを言葉にする。それをファイに問い掛けられたレイノは顔の力を緩めて、ゆるり、と笑ってみせた。その後に、小狼は同じ様な事をサクラに問い掛けたのである。
「大丈夫ですか?」
「平気です。この服、暖かいから」
「そっか。サクラちゃんの国は砂漠の中心にあるんだよね」
「うん。でも、砂漠も夜になると冷えるから」
「日本国には四季があるからな。冬になりゃ寒いし、夏になりゃ暑い」
「レイノさんは?」
「わたしの国は一年中暖かいですよ」
『ファイの所はどうだったの?』
「寒いよー、北の国だったから。ここよりもっと寒いかな」
「小狼君は?」
「おれは父さんと色んな国を旅してたので」
「寒い国も暑い国も知ってるのね」
小狼の問いに対して緩く笑んでみせたサクラに、レイノは納得した様に声をあげた。その後に続いて行く自身の国の気候についての会話は酷くゆったりしたもので、幸せだと、そう感じる事が出来る。レイノの服の中から顔を覗かせたモコナは小さすぎて服がなかったのか、凄く寒そうである。最後に紡いだ彼の言葉に微笑んだサクラの様子から、記憶は確実に戻って来ている事が分かる。そんな和やかな雰囲気の中、唐突に叫んだモコナの声は酷く響いた気がする。
「なんて書いてあるのかなぁ」
「「…『スピリット』」」
「って読むんだと思います。前に父さんに習った言葉と同じ読み方なら」
「わたしの国とこの国の文字が似てますから。大体は読めるんじゃないですかね」
「読めるんだー」
「すごいね」
モコナが指差す先には、何やら文字が書いてある看板がぶら下がっていた。そこには「SPIRIT」と言う文字が書かれている。それを読む事が出来たレイノと小狼は異国を旅していたから知っていたのだろう。わぁっとファイとサクラが二人を褒めると、レイノと小狼は頬を赤く染めるみせた。看板の後ろに掠れた黒い何かがあるとは知らずに。
「おい。はしゃいでる場合じゃねぇみたいだぞ」
しかし、明るい雰囲気を両断する声が響き渡る。黒鋼である。それによりレイノらは表情を変え、モコナはファイのマントの中へと隠れた。町の中に人の姿は見えなくて、代わりに一行に刺さるのは、酒場とは比べ物にならない程の「拒絶」と言う名の鋭い視線である。そこでは、黒い鳥の不気味な鳴き声がやけに響いていたのだ。
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