episode 25
遠のく意識

「おはよう、サクラちゃん。朝だよー」
「…おはよう。レイノちゃん」
「……どうしたの?」

 冷え込む空気に身が引き締まる。朝早くから目が覚めていたレイノは準備を整え、起きたばかりのサクラに声を掛け、笑みを浮かべた。しかし、それに返って来るのは何時もの笑みではない。その事に眉を顰めたレイノはサクラの顔を覗き込む。「何でもない」とは言われたが、微妙な表情を浮かべるサクラを見れば何でもないではない事くらいすぐに分かる。視線を逸らさないレイノの圧にやられてしまったのか、唇を結んだサクラはゆっくりと口を開いた。


「…後で、話しても良い?」




「レイノちゃん、サクラちゃん、おはよー」
「おはようございます」
「おう」
「おはようございます」
「…おはようございます」

 髪をしっかりと梳かして部屋を出たレイノとサクラとモコナ、男性陣が部屋を出たタイミングは同じだった様だ。現れたレイノらにファイは手を挙げて、小狼は律儀にもぺこ、とお辞儀をして、黒鋼は何時もと同じ様に無愛想に言葉を紡いだ。そこでもやはりサクラに元気は無く、その様子に少し心配になる。


「どうしました?」
「昨夜…見たんです」
「ん?」
「雪の中を…」

 サクラの様子がおかしい事に気付いた小狼は、身を乗り出して問い詰めた。そんな二人に気付いたファイも話に入って行く。その後ろではモコナが黒鋼に飛び付いており、どうやらこのコンビは通常運転らしい。しかし、そちらに入らないレイノはゆっくりと窓に近付いて行く。それと同じタイミングで紡がれたサクラの言葉はとある叫び声によって掻き消される事となったのだ。


「子供がー!!」

 どんどん深みにハマって行ってる気がするのは、気のせいなのだろうか。




「子供がどこにもいないんです!!」

 カイルを先頭にサクラ、小狼と続き、泣き叫ぶ者の元へと駆け付けた。うああああ、と自警団に縋りながら泣き崩れる女性の腕の中には見慣れた黒猫の人形がある。スピリットに入ってすぐに知り合った黒髪を二つにまとめている可愛らしい少女が抱いていた人形だ。騒がしくなって来た周りをレイノらは怪訝そうに見やる。泣き崩れる女性曰く「鍵はちゃんと掛かっていた」らしい。


「壊されたのか!?」
「中から開いてるんです!!絶対に鍵は開けちゃいけないと教えてあるから、あの子の筈ないわ!やっぱり金の髪の姫が子供達を…!」
「じゃあ、あれは夢じゃない?」
「あれって何だ!?」

 女性は途中まで言葉を紡ぐと、手で顔を隠してああああ、と再び泣き崩れてしまったのだ。その後のサクラの呟きが聞こえたのか、男は一気にサクラに詰め寄る。しかし、その前に小狼がサクラを庇っており、しばらく無言の視線の応酬が繰り返されていた。この様な泣き声を毎朝聞いていれば、この町の暗い雰囲気にも納得が行く。


「昨夜雪の中を、金色の髪をした白いドレスの女の人が、黒い鳥を連れて歩いて行くのを見たんです」
「やっぱり、金の髪の姫が子供をさらって行くんだわ!」
「北の城の姫君だ!」
「姫の呪いだ!」
「いい加減にしないか!」

 サクラが昨夜の事を思い出しながら呟くと、町民らは一段と悲鳴を上げて騒ぎ出した。しかし、その上を行く声が唐突にが響き渡ったのだ。そちらを振り向くと、鬼の様な形相でこちらを睨んでいるグロサムが居た。そして、グロサムは不安そうにグロサムを見つめるサクラ、凛々しい眼差しの小狼、鋭い視線を向けるレイノと黒鋼、飄々としたファイを順に睨んで行った。


「また子供がいなくなったんですか!?」
「昨夜、この余所者達は家から出なかっただろうな」
「いつ急患が来ても良いように、私の部屋は入り口のすぐ隣です。誰かが出て行けば分かります」

 騒ぎが収まった所で、カイルはグロサムの元へと駆け寄った。カイルは一行の前に出て、グロサムと再び睨み合う。その睨み合いを終わらせたのは町長の声だ。町民らを解散させた町長が、こう言う時だけそれに見えるのは何故だろう。その声で散り散りになる町民らの中には自警団もおり、その内の一人の男に厳しい形相で睨まれてしまったのだ。その視線の先には、おそらくサクラが居る。


「わー。なんか睨まれたねぇ」
「怪しまれてるんでしょうね」
「さあ、戻りましょう。朝食の準備が出来てます」
「大丈夫ー?黒んぷのナイフとフォークの使い方、独創的だからぁー」
「うるせっ!おまえこそ箸、使えねぇだろ」
「レイノちゃんはどっちも使えるよねー」
「黒鋼さんと違ってちゃんと考えて使いますからね」
「ぶっ飛ばすぞクソアマ」

 先程の男の睨みを軽くいなしたファイと黒鋼は何時もの茶化し合いを始める。そこで話を振られたレイノは清々しい程の笑みを浮かべて黒鋼の方に顔を向けたのだ。その後に続く黒鋼の暴言は相変わる酷いそれである。その後ろでは、不気味に鳴く黒い鳥を、小狼が意味深な視線で見つめ続けていた。それはまるでこの後起こる悪夢を予知するかの様だったのだ。




「…金の髪の姫を見たんですか?」
「ごめんなさい。わたしがあの時、外に出ていれば…」
「夢だと思ったんでしょう。雪の中を歩いているドレスの女なんて、現実じゃないと思うのは当然です」
「町の人達はそう思ってないみたいでしたけどー」
「そうですね。伝説にすごい執着してましたし」

 一行は宿屋へと入り、カイルが用意した暖かい朝食をご馳走になっていた。サクラは手を口元へ寄せ付けて、落ち込む様に視線を落とす。そんなサクラを横目で見つめるのはレイノである。ファイは用意されたパンを千切りながら何時ものにひゃ、とした柔らかい笑顔を浮かべる。横では黒鋼がぷるぷる、と震えながらスープを口に運んでいたのだ。そんな中進んで行く話で分かった事は、どうやら「スピリット」の人達にとってあの伝説は真実らしい。


「史実ということですか」
「この国『ジェイド国』の歴史書に残っているんですよ。「三百年前にエメロードという姫が実在して、突然王と后が死亡し、その後、次々と城下町の子供達が消えた」」
「子供達はその後、どうなったと書かれているんですか?」
「「いなくなった時と同じ姿では誰一人、帰って来なかった」と」
「そりゃあ生きて帰ってこなかった、ともとれるな」
「貴方もう少しオブラートに包んで話せないんですか。あと下品です」

 小狼は少し驚いた表情で再び問い掛ける。それに答えながら目線を落としたカイルをレイノはまだ警戒している様だ。その横では、黒鋼はまだ慣れないフォークを口に咥えて一人言の様に呟いていた。それを見ずに注意する彼女は母親の様である。しかし、黒鋼には「オブラート」が何か伝わらなかったらしい。テーブルの下で震える彼女の拳には気付かない。


「城は既に廃墟ですが、その時とあまりに似てるので、町の人達が伝説の再現だと思ってしまうのも無理はないんですが…」
「町で金の髪の姫を見たのは他には…」
「いません。サクラさん、とおっしゃいましたね。貴方が初めてです。その事でグロサムさんが何か言ってくるかもしれません」
「サクラちゃんは初めての目撃者かもしれないものねー」
「その『ジェイド国』の歴史書は読めるでしょうか」

 確かにこの伝説が町の人々に伝わったのならば、あれだけ「伝説」に執着するのも頷ける。カイルは食べる手を止め、不安そうに眉を下げるサクラをふと見つめた。ファイは一瞬眉を潜めるレイノを横目で見つめるが、意味深な笑みを浮かべて頬杖を付く。そして、カイルに頼み込んだ小狼には何やら考えがある様である。




「この国の歴史書が読みたいのは純粋な興味ー?」
「それもありますが、確かめたいことがあって」
「確かめたい事、ですか?」
「…はい」

 朝食を食べた後、一行は町長の家に赴く事となった。どうやらそこでは歴史書を見せて貰えるらしい。小狼の「確かめたい事」が分からないレイノは、小狼に率直に問い掛ける。その問いに返って来たのは凛々しい眼差しと力強い返事だった。どうやら小狼君に関しては心配しなくても大丈夫な様だ。ほっと息を吐いて見えて来たのは存在感のあるシックな雰囲気の町長の家である。


「は…はい」
「申し訳ありませんー。町長さんはご在宅ですかー」
「あ…あの」
「君達はカイル先生の所にいた…!」
「こんにちはー」

 ファイは町長の家の呼び鈴を笑顔を浮かべて鳴らしてみた。すると、家内からはか弱い声の、召使いと思われる女性が顔を少し出して扉を開けてくれたのだ。戸惑う様に後ろを振り向く召使いが返事をする前に町長が現れ、ファイは被っていた帽子を取って浅くお辞儀をしたのである。




「これで二十一人目だ」
「手掛かりになるようなものは何も?」
「残されていなかったよ。今回もね」
「数年前から気候が安定してなくて、ずっと凶作が続いているんだ。そうでなくとも皆、気が立っているのに、どんどん子供が消える。その上、三百年前の伝説まで…」
「子供が最初にいなくなったのはいつですか?」
「二ヵ月前だよ。早朝、木の実を拾いに行って、そのまま帰らなかった。それから一人消えたり、三人一緒だったり。大人達は何度も夜、外へ出てはいけない、知らぬ者について行ってはいけないと言い聞かせている」

 町長は両手を絡めて額を支えてはぁ、と深い溜め息を吐いた。一行はリビングの様な部屋に案内され、ソファに左から妹のサクラ、小説家のファイが座り、その両脇に使用人のレイノと黒鋼、助手の小狼が立っていた。町長はこれまでの苦しい思いを振り返る様に頭を抱える。今までずっと喋らなかったレイノが何時もの柔らかい表情を隠して、凛々しい面持ちで問い掛けた。その言葉を初めとして、町長は子供誘拐を眉を潜めて話し始めた。黒鋼のコート内でごそごそ動いているモコナと被害者である黒鋼以外の四人は、町長の話を真剣に聞いていた。
 歴史書を読んでも無駄と町長は主張するが、その程度で小狼の決心が揺らぐ筈がない。小狼は町長の歴史書を受け取り、真っ直ぐな瞳で町長を見やる。そして、力強く言葉を紡いだのだ。


「ありがとうございます。でも、やらなければならないことがあるんです」




「ひゅー。すごいねぇ、前も見ずに」
「この先です」

 一行は町長から歴史書を受け取った後、小狼、ファイとサクラ、レイノと黒鋼と分かれ、馬をゆっくりと進ませた。小狼は一人で馬に乗りながらパラッと歴史書のページを捲る。後ろでは黒鋼とモコナがじゃれているのをレイノが抑える、と言う何とも言えない奇妙な光景があった。小狼は本当に本を読んでいるのか、と疑うほど木を器用に避けていて、それは馬も同様である。モコナはぷは、と黒鋼のコートから出て来ては未だにじゃれていて、流石のレイノも呆れていたのだ。小狼が指差す先にあるのは今にも崩れそうな巨大な城である。


「しかし、これでどうやって城まで行くんだよ」
『レイノ、黒鋼、渡れない?』
「無理だろう。特に子供をつれてじゃあな」
「魔法を使ったら分からないけど、この状態じゃ無理だろうね」
「この川は三百年前にもあったようですね」
「昔はどうやって城に入ってたんだろー」
「ここに橋があったんでしょう」
「これ以外に城に行ける方法は見当たらないねぇ」
「じゃあ、やっぱり子供達をお城へ連れ去るのは無理ってことですかね」

 一行の足元には硬い足場がある。その下には勢い良く流れ続ける幅のある河が存在していた。そんな光景を視界に入れながら小狼は歴史書のページを再び捲り、廃墟になる前の北の城の写真が載ってあるページに目を通す。小狼はそれに一通り目を通した後、パラ、とゆっくりと歴史書の紙を捲って行く。
 向こう岸の足場には何かが切れた痕があり、その間にも木の枝が所々に落ちている。黒鋼とファイが呟いた言葉によって結論を出したレイノだが、その横では目の前の城をじっと見つめていた小狼の姿があった。




「手掛かりっぽいものはなかったねぇ。城には近づけなかったしー」
「強い力も感じませんでした」
『モコナも』
「サクラちゃんの羽根も不明かぁ」

 一行は北の城から離れ、町に戻る為に馬の歩みをゆっくりと進ませた。カツカツ、と音が響く中、彼女らの会話には僅かながら落胆を匂わせる言葉が混じっている。気付かれない様に溜め息を吐くレイノが良い証拠だ。そんな中、何かに気付いた様にサクラが声をあげる。


「あー、グロサムさんだー」
「んな所で何してんだ?」
「あっち、何もないのにねぇ」

 サクラの声に誘われて、レイノらもそれを見るべく目線をそちらに合わせた。視界に入ったのは、寒い雪の中、険しい顔付きで白い馬に乗っているグロサムだった。この目撃がのちにどの様な影響を及ぼすのだろうか。それはここに居る人間には分からないのである。


「お城くらいしかないですよね」




「…まだ見付かってないのね」

 グロサムに特に聞く事もない為、スピリットに戻った一行だが、そこはやはり何時もと変わらず暗い雰囲気のままだった。彼女らは往診を終えたカイルを見付け、馬の歩を止めて馬から降りる。そんなカイルの視線の先には黒い兎を抱えたそばかすの少女がおり、その少女の瞳は涙で潤んでいた。


「往診ですか?」
「ええ」
「今朝いなくなった子と仲の良かった子供達が随分、ショックを受けているので…本は借りられましたか?」
「はい。町長さんに」
「貴方が見たという姫のことでもいいんです。何か分かったら、どんな些細なことでも教えて下さい。子供達が一日でも早く、戻ってくるように」

 小狼は軽快に飛び降り、サクラは先に降りたファイの手に支えられながら降りた。レイノもファイとは違う、力強く、男らしい大きな手に支えられて地に足を付けたのである。小狼が見せた歴史書に、カイルは眉を下げた。何だろう。どこか白々しい、そんな感じがする。気のせいであれば良いのだけれど。




「何か書いてあったー?」
「三百年前のエメロード姫の統治時代のことが少し。三百年前もこの国は異常気象で、作物が育たなくて大変だったようです」
「伝説の『鳥』がくれた羽根については何か書いてある?」
「いいえ。でも、突然王と后が亡くなって、城下の子供が消えたのは本当みたいですね」
「ってことは、やっぱり金の髪の姫がさらっちゃったってこと?」
「分かりません」

 晩ご飯をしっかりと食べた一行はそれぞれの部屋に入り、眠るまでの時間を各々過ごしている。男性陣の部屋では、町長から借りた歴史書を読み返す、と言う作業が繰り返し行われていた。真剣な話を始めたファイと小狼の横では、黒鋼とモコナがずっとじゃれている。そんな黒鋼とモコナを放置して、ファイは相槌を打って小狼へと近付いて行く。そして投げ掛けたファイの問いに、小狼は歴史書をぱた、と閉じた。


「書物や歴史が真実のみを語っているとは限りませんから」

 その言葉は、嫌に真実味を帯びていたと思う。




「…雪」
(わたしはきっと雪を見たことがないだろうってファイさん言ってたけど、わたしの記憶はまだ、すべて戻ってないから、これが初めてのことか分からない)
「サクラちゃん?」

 今夜もまた、白い雪が降り積もっている。一方の女性陣の部屋の窓は開いており、そこからは冷気がとめどなく侵入して来ていた。時折ぷる、と震える自身の身体がそれを証明している。冷え切った手の平に息を吐きかけると、少しだけ温もりが戻った気がした。そんな時、後ろの扉が開く音がする。シャワーを浴びて来たレイノが戻って来た様だ。そんなレイノは不思議そうに声を掛けて来る。


「レイノちゃん」
「どうしたの、寒いでしょ?」

 そんな事を心で思っているサクラの部屋の扉が開かれる。そこから現れたのはレイノだった。サクラは今までに無い程驚いた表情を浮かべた。けれど、その優しい声色に安心したのも事実だ。小狼の様な知らない間に隣に居る安心感ではなく、何もかもを包み込んでくれそうな太陽の様な抱擁感である。


「…冷たい」
「窓、何で開けてるの?」
「いなくなった子供達、寒さで震えてるかもしれない。姫を見たのはわたしだけだし、また何か起こるかも、って」
「なるほど……じゃあ、わたしも起きてようかなあ」

 サクラは寒さの余りに唇を噛み締めて、小刻みに一瞬震えた。この寒さの中で毛布を肩に掛けるだけに留めているのだからそうなるのは当たり前である。予想を上回る程の行動をする彼女に、レイノは呆れ返った。けれど、サクラを見つめる瞳は酷く優しい。そんなレイノはサクラの横に毛布を置く。それを、サクラは不思議そうに見つめていた。


「レイノ、ちゃん?」
「しばらく起きてるでしょ?暖かい物でも淹れて来る。何が良い?」
「じゃあ……ココア」
「分かった。ちょっと待っててね」

 サクラが瞬きを繰り返すと、レイノは一度だけ伸びをしてサクラに問いを投げ掛けた。どうやらレイノも自身の我が儘に付き合ってくれる様だ。その事が分かると何やら頬をむずむずして来る。嬉しい、のだろうか。考えた後(のち)に一言答えたサクラの頭を軽く撫でたレイノは、ココアを準備する為に一階のキッチンへ向かったのである。




 キッチンから戻って来たレイノの手にはポットと二人分のカップ&ソーサー、そして、冷蔵庫に入っていたのだろうマシュマロの袋である。彼女曰く「マシュマロを入れたらもっと美味しくなる」らしい。溶かした方が美味しいらしいが、今回は時間もないので浸すだけである。
 おそらく日も変わっているだろう。レイノが淹れて来てくれたココアも底を付く頃合いである。そんな夜が深まって来た頃、雪が降る夜の町に仄かな光が現れ、人型がうっすらと見えて来たのだ。しかし、レイノはそれが分からない。サクラの言う「金の髪の姫」の存在は、レイノには見えていないのだ。


(本当にそこにいるの……?)
「子供達が連れて行かれちゃう!!」

 人々の家からは子供達が虚ろな目をして姫に付いて行っている。しかし、それは自身の意思などそこにはない様に見えた。ただ従うだけの、そんな行動の様に見える。姫が見えないレイノでも、そんな子供達の様子が異常だと言う事は重々に理解していたのだ。力んだ身体により落ちた毛布がカチャンと、カップの音を鳴らした。


「見失っちゃう!」
「サクラちゃん待って!」

 サクラは子供達を見て、思わず木の枝と窓に手を掛けて身を乗り出した。それを見たレイノも思わずサクラの後に続いて行く。この極寒の夜の中、結構な速さで走って来たのか二人の息遣いは荒く、白い息が見えた。雪の中を走りながらサクラは吐き出す様に言葉を紡いで行く。不規則に曲がった木の枝から二人が見た物は、姫に着いて行く子供達と廃墟になった北の城だった。


「お城に連れて行くの?」
「でも、お城の前には川があって渡れないんじゃ…」

 レイノとサクラは驚いた表情を浮かべながら川へと近付くが、その流れが収まる気配は無い。姫は黒い鳥に囲まれながら、今まで上げなかった左手をゆっくりと上げる。姫が両手を広げると、何かがずれる音が響き渡る。すると、時間が過ぎて行くほど川の威力は収まって行き、ピタ、とその動きが止まったのだ。子供達は虚ろな瞳に何も映さないまま、水面に波紋を広げながら北の城へと歩を進めて行く。目の前の驚きの光景に目を奪われていたが、レイノは隣に居るサクラの様子がおかしい事に気付き、身を屈ませた。


「サクラちゃん?」
「…だめ。今…」
「サクラちゃん!?」
「眠っちゃ…」
「サクラちゃん!」

 どうやらサクラには激しい眠気が襲い掛かっている様だ。レイノはサクラの名を呼ぶ。サクラも眠気に負けない様に顔を手で支えながら横にそびえ立つ木に手を置き、身体を支えていた。しかし、それも長くは続かない様だ。レイノは酷く驚いた様子で素早くサクラに駆け寄り、倒れかけたサクラの身体を支える。サクラの視界は狭く、暗くなって行き、レイノの表情を見えなくなり、レイノの胸の中で夢へと堕ちた。決死の表情でサクラの名を呼ぶが、レイノは背後の何者かの手によって気絶させられてしまったのだ。意識が飛ぶ直前に見たその顔は、意外な犯人像だったのである。

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