episode 27
弱点

(みんな、どこへ行くんだろう)

 虚ろな瞳をした子供達はサクラが閉じ込められている部屋を通り過ぎ、何処かへ向かっていた。真相を確かめようと外に出ようと扉を押す。しかしその扉が開く事は無く、何かに突っ掛かっている様だった。それが気になったサクラは再び小窓から下を覗くと、外側から木で塞がれていた。何とかしようとサクラは思わず振り返る。そこで目に入ったのは、サクラの足にある鎖と繋がっている古いベッドだった。


「このベッド、すごく古い……ひょっとしたら」

 ベッドの柱ごと引き抜こうとしてるのか、ジャラッと金属音を立てながら鎖を手に持ち、サクラはそれに力を入れた。幾ら古くてもベッドの柱である。彼女が力を入れてもパキ、と音がしただけで、折れはしなかった。しかし、彼女は諦めはしなくてパキ、と音を立てながら白い肌に汗を伝わらせて懸命に力を入れた。やっとの事でベッドの柱が折れたのかベッドは傾き、その反動で彼女は後ろに倒れたのである。


「折れた!」

 次に、サクラはボロボロになったベッドの布を二つに破り、輪っかになる様にぎゅ、と固く縛る。それを小窓の柵から外に出し、若干傾いた木へと近付け、クイッと持ち上げた。輪っかは木を地に落とした様で、カラーン、と軽快な音を響かせていた。ここに犯人が居ない事が唯一の救いである。鎖を持って子供達を追い掛けようとしたサクラだったが、そんなサクラに声を掛ける人物が居た。


「サクラちゃん!」
「レイノちゃん!ど、どうしたの!?その血」
「脱出する時にちょっとやっちゃって…」
「平気?痛まない?走れる?我慢してない?」

 声を掛けて来たのは袖が真っ赤に染められ、手首に巻かれた布が赤く滲んで来ている少女、レイノだった。サクラは切られたレイノの手首を痛まない様に優しく包み込み、質問攻めをする。そんな初めて見るサクラの様子に、呆気に取られたレイノは思わず瞬きを繰り返した。そして、笑みを溢したのである。


「えっ、な、何?」
「んーん、何でもないよ。ありがとう」
「…良かった」

 レイノの笑顔を見て慌てふためくサクラは、どうやらこの状況を上手く理解出来ていない様である。それで良いんだけどね。そう心の中で思ったレイノは痛みを堪えて笑みを浮かべた。何とかバレずに済んだみたい。血が付かない様にサクラの頭を撫で、二人は子供達の後を追う事になった。


「みんな様子がおかしい」
「うん。まるで半分眠ってるみたいだね」
「どこへ行くの!?」

 レイノとサクラは子供達の生々しい足音に耳を傾け、再び駆け出す。サクラは思わず鎖を持っていた手の力を緩め、階段を下って行く子供達を不思議そうに見下ろした。そして、そこで目に入った物は、ぼろぼろになった遊具と所々に積まれた大量の土、そして、その先にある小さな絵画だった。


「お姫様の絵が幾つも飾ってある」
「ここ、ひょっとしてあのお城の中なのかな」
「え?でも、お城は崩れてて…」

 レイノとサクラが小声でそんな事を話していると、一人の子供が絵を右にずらす。そこから出て来たのは、小さな穴だった。そこに入って行く子供達は、その行動がさも当然かの様に歩を進める。それは後ろに並ぶ子供達にも言える事だった。どうやらそこは抜け穴になっているらしい。


「待って!」
「サクラちゃん!?」

 突然出たサクラの声にレイノは驚き、子供達は一斉に振り向く。レイノは思わずサクラを後ろへと押し退ける。しかし、子供達は虚ろな瞳のまま、ゆっくりと歩を進めて来たのだ。二人の背後は壁、逃げ場は無い。子供達はまるで、何かに取り付かれた様に、ゆっくりとした足取りで着々と二人に迫って行ったのだった。そしてその場には、サクラの悲痛な叫び声が響き渡ったのである。




「結局、何も見つからなかったじゃないか!!」

 自警団の男は苛立ちで叫んでいた。黒鋼も一人言を呟く様に「うるせえ」とぼやいている。ファイらの行く所行く所に本当に付いて来たらしい。ここまで来ると何やらの執念すら感じる。朝から止んでいる雪は家の屋根や木の枝に重苦しく積もっており、視覚から寒い、と感じるものである。そんな寒さの中、ファイの視界に入ったのはとある人影だった。


「グロサムさんだー」
「ずぶ濡れじゃねぇか」
「ほんとだー。さむそー。でも、雪も降ってないのになんで、あんなに濡れてんのー?」
「あの城の前の川にでも落ちたか?」
「村のやつらはよっぽどのことがない限り、あの伝説のせいで城には近付かないぞ!」

 ファイらの視界に入ったのは全身ずぶ濡れになりながらも、その水を拭こうとしないグロサムだった。ファイは木の枝にぶら下がって疑いを隠す様にそう言って笑い、黒鋼は腕を組んでグロサム擬視している。しかし、小狼はグロサムに見向きもしないで、本に目を向けていたのだ。そんなファイらの行動に驚いた自警団の男は何時もの大きな声で叫ぶと聞こえてしまったのか、グロサムはこちらを睨み付けた。


「ってことはー、よっぽどのことがあったんですかねぇ」

 ファイは「どもー」と付け足す様に笑みを浮かべ、軽く手を振ってみせた。隣に居る小狼も本から目を離し、グロサムをじっと見つめている。そんな二人にグロサムは反応を見せず、町へ続く道に足跡を残したのだ。それを見送った小狼はもうひとつ、確かめたい事があるらしい。




「いつ、どこの子がいなくなったか?」
「はい。記録してらっしゃると伺ったので」
「この町には保安官はいないからな!自警団を組んで町を守ってる!何かあれば、全て町長に報告してる!」

 ファイらは再び町長の家へと訪れていた。ファイと小狼がソファへと座り、黒鋼と自警団の男がその両脇に立つ。町長に紡いだ筈の言葉は男が大声で答える事となり、鼻を鳴らしている。横では黒鋼が苦そうな顔付きで耳を塞いでいた。ほぼ一日黒鋼の隣にはこの男が居る。元来あまり賑やかなタイプではない黒鋼にとってはかなり苦手とされる人種だろう。


「勿論、最初の子がいなくなってから全て記録してあるが…」
「見せて頂けますか?」
「何故、そんなものを…」
「子供達を探す手掛かりになるかもしれないんです」

 町長は何故そんな事を頼むのか分からないらしく、途切れ途切れに言葉を紡いだ。けれど、それ以上に、小狼の言葉には確信めいた響きがあったのだ。この人達なら何とかしてくれるのかも知れない、なんて。確証は何処にもない筈なのに、そんな風に託してみたくなる彼らに、町長は記録書を渡したのである。




「おまえ、それなくすなよ!町の大事な記録なんだからな!」
「はい」

 小狼は町長に借りた記録書のページをゆっくりと捲って行く。一文字も逃さずに、ゆっくりと。後ろから自警団の男に怒鳴られているが、小狼は全く聞かずにすたすた、と階段を降りて行った。男の言葉を小狼は聞いていたらしく、記録書を目線に合わせ、ひょいひょい、と障害物を避けて行く。だが、それも長くは続かず、何かに躓いた小狼は雪の中で転けてしまったのだ。


「読みながら歩いてるからだ!」
「うーん。前は、馬に乗っててもひょいひょいだったんだけどねぇ。心配なんだろうねぇ。子供達とレイノちゃんとサクラちゃんが」
「お前もだろ」
「え…」

 ファイは何気なく呟かれた黒鋼の言葉に目を見開く。しかし、その後にあまり見せる事のない苦笑を浮かべたのだ。やっぱり気付かれちゃってるよねぇ。本当鋭いんだから、黒ぴーってば。心の中で変な渾名で呼ばれているとも知らず、黒鋼は雪の中で未だ埋まる小狼の身体を持ち上げた。


「すみません」
「あせるな。見えるもんも、見えなくなるぞ」
「…はい」

 小狼は全くその通りだと言わんばかりに、再び真っ直ぐな瞳で前を見やり、力強く言葉を返した。黒鋼は自身の服の中に居るモコナにからかわれるが「うるせえ」と一蹴してみせる。そんな姿ををしばらく見つめた後、小狼の視界に入ったのは、子供に笑いかけているカイルの姿だった。


「カイル先生、忙しいねぇ」
「二年前、先生が来るまでこの町にはずっと医者はいなかったんだ!病気や怪我したやつらだけじゃない!子供達とも良く遊んでくれて!本当に良い先生だよ!」

 外で活気良く叫ぶ自警団の男は放って置いて、カイルが診察してた家の中では、子供が虚ろな瞳でゆっくりと起き上がり、窓を開け、身を乗り出していた。子供は意味深な言葉を呟き、震える手を何とか押さえて、空を指差す。唯一それを見ていた小狼が空を見れば、そこには灰色の空が広がっていたのだ。


「黒い鳥……」




「小狼君の言った通りだねぇ」

 色々な事実を掻き集めて出て来た結論は「スピリット」の人々にとっては信じがたいものだった。けれど、何度考えても他のそれは出て来ない。その犯人を追い詰める為に、ファイと黒鋼は森の奥に隠された古びた水門の前へと来ていた。目立たない様にあったそれは良く探さなければ見付からない場所にあった。


「随分と古い水門だが、ちゃんと動くのかよ?」
「あそこに行けば分かるでしょー」
「あそこ?」

 ファイが「あそこ」と言って指差した先には小さな小屋がある。おそらくそこに二人が求めている物があるのだろう。歩を進めてみると、サク、と雪が潰される音がする。空を見上げると、そこからは小さな宝石が降り注いでいた。乾いて来る唇を一舐めすると、ファイは再び歩む事を始めた。こんな寒い日には、君の温もりに浸りたかったんだけどなあ。




「これで流れをコントロールしてるんだねぇ」

 そう言ってファイが視界に入れたのは、幾つものぜんまいが取り付けられている小屋の壁である。古びているそれからは僅かだが、錆び付いた金属の臭いが漂う。あまり好きではないそれだ。しかし、最近使ったであろう跡は残っている。どうやら、小狼の読みは当たっていた様だ。


「それじゃ黒ぽん、あとよろしく」
「てめーがやれ」
「えー?でもオレって力仕事に向いてないしー」
「くねくねすんな!」
「だったらほら、早く」

 予想はしていたが、こうも早くバトンタッチされるとは思ってもみなかった。目の前でへらへら笑うクソ野郎に苛立ちが募る。この国で買った服の裾をひらひらとさせて俺の背中を押すこいつは小娘の容態を酷く案じていた。そんなこいつはどうやら自分の気持ちに未だに気付いていないらしい。いや、認めたくない、の間違いか。小娘の方も満更でもないんだろう。なかなか矢印が双方に向かない事に苛立った俺は、それを乗せる様に目の前の機械に力を込めた。




「小狼君が目星つけてくれた所にあったよー、この川の上流ー。隠してあったし凄く古かったけど、ちゃんと動いたよー。この川の水を止める装置。最近使った跡もバッチリー」
「城の中にも同じものがあるんでしょう」
「先生!!違うよな、先生!先生が子供達をさらったなんて、嘘だよな!」

 城の前で小狼とカイルが対峙している。そんな所に、シリアスな雰囲気に合わない様な陽気な声が雪の中に響き渡り、近付いて来る。その正体はファイだった。グロサムと自警団の男は歯切れが悪い様な表情を浮かべて、小狼と黒鋼は確信付いた様なそんな表情を浮かべている。ここに居る者全員、目の前のカイルの反応を待っているのだ。そして漏らした声は、酷く苦しげだった。しかし、それは気のせいだった様である。


「あはははは!!――まったく、とんだ計算違いだったな。ちょうどよく来た余所者に子供さらいの罪を着せて、さっさと目当てのものを手にしたら、この町から出て行くつもりだったのに」
「先生…!」
「本当にあんたの仕業なのか」
「あの城の中に欲しいものがあったんでね。それがちょっとやっかいな場所にあって、子供じゃないと無理だったんだ」
「そんなことのために子供達を!」
「そんなこと?あれの力を知らないからそんな馬鹿が言えるんだよ」

 カイルは押さえていた手を口から離し、急に笑い出す。いよいよ化けの皮を剥いだらしい。自警団の男は子供の事など何とも思っていないカイルの姿にショックを受け、力なく呼ぶが、それもグロサムに制された。グロサムはカイルの本当の姿に気付けなかった事に苛立ちを覚え、ギリ、と歯を食い縛る。そんなグロサムの顔を見ずに、カイルは流れが止まった川へと飛び降りた。その瞬間にモコナが粉を掛けた事により、カイルの行き先はこちら側には丸見えなのである。
 先程モコナがカイルに投げたのは霧の国で手に入れた光る魚のウロコを粉末状にした物だと言う。こう言った応用力は、やはり父親との旅で培ったのだろう。川の水面を良く見れば岩がある。どうやらカイルはここを足場にして城内に入って行ったらしい。これで全て繋がった。


「追いましょう」

 あとはこの手に、君を掴むだけ。

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