episode 30
深まった絆
「ん……」
『レイノ、起きたよー!』
「大丈夫ですか?気分は…」
「大丈夫ですよ。気分も良いです」
城から解放された子供達は自身の親の元へ駆けて行く。それを迎え入れる親の瞳は涙で揺らいでおり、どれだけこの日を待ち望んだか分からない。子供達の身体に怪我は無く、どうやらカイルは貴重な労働力にわざわざ怪我をさせる様な事はしなかった様だ。そんな子供達も次第に涙を流して行き、そんな光景を見ているグロサムの顔には優しげな笑みが浮かんでいた。そんな時に響いたモコナの声にファイらは振り返り、そこに駆け寄る。それに大きく反応したのはファイだったが、声を掛けたのは意外にも小狼だった。
「おい、怪我は」
「完治はしてませんけど、もう大丈夫です」
「本当に大丈夫ー?」
「信じてないんですか?」
「今回はかなり無茶したからぁー」
次に話し掛けたのはまた意外にも黒鋼だった。不機嫌そうにレイノを見下ろすが、一応心配はしているのだろう。彼女は何時もみたいに明るく笑いながら怪我した手首を、服の上から数回摩る。その行為を止めたのは、ベッドの上に顔を乗せるファイだった。どうやら彼女の言葉をあまり信用はしていないらしい。その事に気付いた彼女は周りに視線を向けるが、その言葉を否定してくれる人は誰一人居なかった。
「まあ、ちゃんとあったかいから良いけどー」
「へ?」
「何言ってんだてめー」
「もー、黒ぴーうるさい」
(このヘタレ野郎…!)
ファイはレイノの指のラインをゆっくりとなぞり、時折指同士を絡めていた。時折ぴく、と反応する彼女は何も言えずにされるがままとなっている。それを邪魔する様に割り込んで来た黒鋼を一蹴すれば、ファイは再び彼女に笑みを向けたのだ。後ろでは怒りを必死に抑える黒鋼と、それを宥める小狼が居る。そんな二人を放置して、ファイは彼女の名を呼んだ。
「笑ってみせてよ」
はにかんだ君の笑顔を、オレは一生忘れる事は無いだろう。
「ちょっと待て!」
「グロサムさん!」
「落ち着け!」
「落ち着いてなんていられるか!」
外では何かあったのか、自警団の男が雪を踏み締めてはグロサムに近付いていた。男にしては珍しく涙を浮かべていて、町長に怒鳴り散らしている。そんな様子をきょとんとした表情で見つめるグロサムは、何の事かてんで分かっていない様だ。焦る町長が酷く可哀相だと言う事しか分からない。
「なんで、言ってくれなかったんですか!!カイル先生が掛け合う前から、土地代は豊作になるまで待つって、町長に伝えてあったって!」
「それだけじゃない。あの宿は元々グロサムさんのものだ。それを、病院にするなら。と、無償で貸して下さっていた。ずっとずっとグロサムさんは、この町に住む者達のことを、一番に考えていて下さったんだ」
「子供達がいなくなってから、ずっと夜も寝ずに探しててくれたって…どうして言ってくれなかったんですか……!」
「言いふらすことでもないだろう」
町長は隠していた事を洗い浚い全て自警団の男に明かす。宿の事はもちろん、グロサムの本当の気持ちも、である。叫んだ男にグロサムは冷静に言葉を返した。それに、男ははっとした表情を浮かべ、白い息を表したのである。嗚呼、きっと俺は、この人の事を何も分かっていなかったのかも知れない。グロサムは「それに」と付け加えて、部屋で騒ぐファイらをそっと見上げた。
「結局私だけでは子供達を探し出すことはできなかった」
その瞳には、感謝の思いが含まれていた。
『サクラが起きたー!』
一行の部屋では枕の羽毛が舞っている。それを見て笑うレイノは酷く嬉しそうだ。そんな時、モコナがサクラが眠っているベッドに木を置けば、サクラは既に身を起こしていた。その事を言ったモコナの叫び声にレイノらは気付き、黒鋼も動きを止めたのである。
「大丈夫ですか!?」
「ずっと…誰かが視てる……って、どういうこと……?」
「姫?」
「もう一度、エメロード姫に会わなきゃ……!」
サクラの目が覚めて一番に近寄ったのはやはり小狼だった。しかし、サクラは途切れ途切れで意味深な言葉を呟き、その瞳に彼を映す事は無い。そんな彼女の言葉に「スピリット」を出る事になった一行は、城の前まで歩みを進める事になった。その時に書いた「エメロード姫の伝説」が正しく受け継がれて行きます様に、と願いを込めて、一行は次に進んで行ったのである。
「…だめ。エメロード姫…どこにもいない……」
『前に、侑子言ってた。心配なことがなくなったら、霊はどこかへ行くんだって』
「成仏するってことか」
「よっぽど子供達のことが心配だったんだねぇ。金の髪のお姫様」
崩れ果てた北の城が眼前に広がる。一行は再びそこに訪れていた。しかし、その前の川は休む事なく、勢い良く流れ続けている。そんな中を、サクラは必死にエメロードを求めて見渡していた。しかし、その後に紡がれたモコナの言葉に黒鋼は納得した様に呟き、レイノとファイは被っていた帽子を取り、手を合わせたのだ。
「けど、エメロード姫がサクラちゃんに教えてくれた、「誰かがずっと視ている」っていうのは、どういう意味なんだろー」
「もうひとつ、分からなかったことがあるんです。カイル先生はどうして、あの城の地下に羽根があると知ったんでしょう」
「本にあったとかじゃねぇのか」
「グロサムさんに聞きました。羽根がエメロード姫の亡くなった後どこにあるか、書かれた本はないそうです。それに、そんな伝承もないと」
「この旅にちょっかいかけてるのが、いるってことかー」
小狼が聞いたのはおそらく、カイルに手当てをして貰った後の事だろう。町の事を一番に考え、また、一番に理解している筈のグロサムが言うのだから確信は持って良いものとする。そんな小狼の言葉に、ファイは被り直した帽子を人差し指でくいっと上げ、不敵に笑ってみせた。その横で、レイノは無意識に変化して来ている自身の気持ちに、思わず首を傾げたのである。
「「誰か」が」
『あの医者は失敗したようです。ジェイド国に落ちた羽根は、玖楼国の姫の元に戻りました』
「スピリット」の入り口となる場所では、一頭の黒い馬とある男が何処かを見つめていた。まず映ったのは勢いの強い川と崩れ落ちたあの北の城である。そして、次に映ったのはその前に集まる五人の姿だ。それらを見ている男は酒場で出会った店員だった。左耳にはイヤホンらしき物を付けていて、右手には双眼鏡を持っている。男の後ろにぶら下がる看板の裏側では、耳障りな音を響かせ、あるマークを浮かばせた。それは気味の悪い、黒い蝙蝠のマークだった。
「干渉できる値が限られているのはなかなかもどかしいが、それもまた得られる力の為だと思うと、楽しいものだ」
店員の声はやけに機械染みた声だったが、その声はモニターを通して、何処かに繋がっていた。繋がっているその先に居た飛王は、小さな台の上にお猪口を、音を立てて置く。巨大な鏡には不安な瞳をしたサクラと小狼が居た。その横に居るレイノが映ると、飛王は思わず目を細める。嗚呼、その顔は疑問を感じている顔だな。しかし、じきに分かる。私が正しいと、出会えると。お前のその願いがお前の内にある限り、お前は私から離れられないのだ。
なあ、レイノ。
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