episode 39
知り合い

「ファイさん、足、痛くないですか?」
「捩っちゃったんですよね?」
「うん、そうなんだけど大丈夫だよー。この杖もあるしねー」
『モコナが雪降ってた国で活躍した時のだよね!108の秘密技のひとつ、超変身!』
「サクラちゃんこそ荷物、重くない?」
「まだまだ持てます!」
『サクラ、はりきってるー』
「偉いねえ」

 レイノとファイとサクラ、モコナは材料の買い出しの為、商店街へと来ていた。ファイは足首を捩ってしまった為、ジェイド国で使った杖を支えに歩いている。サクラはパンが入った袋を抱えながら何やら意気込んでいて、その後ろでは、レイノらがそんなサクラを称える様に拍手を送っていた。その直後、大量の紙達が宙を舞う。それに気付いた彼は、腕を上にやってモコナにそれらを取らせたのだ。


「って、貰ったけど読めないやー」
「鬼児が人を襲ったですって!?」
「一体、どういうことなんだ!?」
「市役所は何をしているんだ!!」
「なーるほどー。強い鬼児は鬼児狩りの人達しか倒せないみたいだし、気を付けたほうがいいねぇ」
「ファイさんこれ以上怪我したら危ないですからねえ」
「えへへー。気を付けまーす」

 受け取った新聞の文字を読もうとするが、異国語を習って来なかったファイやサクラ、モコナはもちろん、この国に来た事がないレイノも読めないのである。周りに耳を傾けて聞こえて来たのは、市役所への不満の声だった。そんな世論に、サクラは不安げに眉を下げる。そんなサクラの横ではすっかり調子が元に戻ったレイノがファイとじゃれ合っていた。


「うちの鬼児狩り『ワンココンビ』は、今頃、剣の訓練とやらかなぁ。きっと、お腹空かして帰って来るだろうから、一緒に美味しいもの、作ってあげようねー」
「はい!」

 不安げなサクラに気付いたファイはうっすらと微笑み、彼女を安心させようとその笑みを彼女に向けた。すると、彼の思惑通り安心感を持ったのか、彼女は何時もの元気な笑顔を見せたのである。また、それを見たレイノの顔にも優しげな笑みが浮かんでおり、それに酷く安心したモコナなのであった。




「さて、こんなものかなー」
『お店で使うのは全部、買ったー?』
「買い忘れ無いです?」
「うん。小麦粉はワンココンビに頼んだしー」

 複数に分けた買い物袋が重たげに道路に置かれた。その中にはハムやレタスなどと言った食料品類、コーヒー豆やマヨネーズなどと言った調味料類などが大量に入っている。これらに加えて重量のある小麦粉を持って帰る、となると骨が折れそうである。レイノが思わず溜め息を吐けば、その時、足元にくすぐったさを感じたのである。ちらり、と下を見てみると、そこには可愛らしい猫が二匹、レイノとサクラの足にすり寄っていた。


「どっちも珍しい耳の猫だねー」
「本当ですね」

 どちらも耳が垂れている猫達はどうやら人懐っこい性格の様で、甘える様にレイノらの顔を見上げている。そんな癒される光景を瞳に映しながらも彼女は未だに首筋の鬱血痕から興味が薄れていなかった。静かにそれを掻くその動作は迷惑ではないが、毎日の様に見るそれの為、かなり気になるのである。


「…レイノちゃん、サクラちゃん、モコナ、ちょっとここ見といてくれるー?」
「買い忘れでもありましたか?」
「んー……うん、そんな感じかなあ」
『……この間からレイノもファイも変だね』
「えっ、そう……?」

 ちらり、と視線を動かして自身の視界に入ったのは小物やアクセサリーが打ってある雑貨店だった。そこでたまたまお目当ての物を見付けたファイはすぐさまレイノらに声を掛け、店内に入って行ってしまったのである。その後に繰り広げられていた図星を突くモコナの言葉を、彼は知らない。




「ただいまー」
「お帰りなさい」
「何買って来たんです…っ」

 数十分経った頃だろうか、店から出て来たファイの腕には何やら薄い素材の物が抱えられていた。それに気付いたレイノは「それは何か」と言う問いを投げ掛けようとするが、それは唐突に訪れた僅かな息苦しさにより出来なくなってしまったのである。彼が買って来たのはどうやらストールと呼ばれる物らしい。青と灰色で彩られたそれは酷く綺麗な色合いをしている。


『これでちょっとは首の事気にならないでしょー?』
「え…あ、ありがとう、ございます」
「…ふふ、良かったー」

 ストールを視界に入れても未だに困惑から逃げ出せないレイノの耳元で、ファイはそっと囁いた。ああ、なるほど。そう納得したのは一瞬で、見られてたんだ、と言う気持ちが彼女を支配する。そこから浮かび上がって来る羞恥心を抑え込んで礼の言葉を送った彼女の頭を、彼は嬉しそうに笑みながら優しく撫でたのである。




『サクラ、運ぶの慣れて来たね』
「だといいんだけど」

 今日も喫茶店、猫の目は大忙しである。しかし、サクラはこの状況に慣れて来たのか、トレーを持つ手は震えていなかった。今日は少し制服を変えて来たらしく、胸元から見える柄物の生地はシックで凄く可愛らしい。レイノも髪飾りを変えたりなどと色々趣向を凝らしている様だ。そんな店内に鈴の音が鳴り響いた。


『ワンコ一人帰って来たー』
「「お帰りなさい」」
「おう」
「おかえりー。お使いありがとー」
「今度は店の奴に運ばせろ」
「でも自分で持って帰ったほうが安いんだよー。だから買って来るって、小狼君がー」
「小狼君はまだ鍛錬中ですか?」
「ああ」
「だって」

 帰って来たのは黒鋼だった。彼は両肩に重そうな小麦粉を乗せていて、相当苛立ってるのか、それを置いてカウンターテーブルに大きな音を響かせた。何時もは居る筈の存在が居ない事に気付いたレイノが彼に問いを投げ掛ける。どうやら正解だった様だ。サクラが同じ事を知りたかったのだとも気付いていたレイノはサクラにそっと笑いかける。その事に安心したサクラはその気持ちを持って客のオーダーに駆け付けて行ったのだ。その後ろでは、ファイが黒鋼の服の臭いを嗅いでいる。その姿はまるで猫だ。


「お酒のにーおーいー。どっか寄り道してたのー?」
「あの酒場にもう一度行って来た」
「『白詰草』?」
「そうだ」
「静かに呑めました?」
「まあな。新種の鬼児のことを尋ねに、だけどな」

 ファイの行動に倣う様にモコナも黒鋼の肩に乗り、黒鋼の服の臭いを嗅いでいた。猫が二匹に増えた、と思ったのは心の中にしまっておく。黒鋼の行き先を聞いたファイは「いいなー」と駄々を捏ねるが、昨晩の騒動を思い出してしまう為、以降は呑ませてくれないだろう。しかし、そんなファイの様子もその後に続いた黒鋼の一言により一変するのである。


「新種の鬼児のことを尋ねに、だ。新種の鬼児は人の姿をしていたんだろう。なのに、何故あの女はそいつが鬼児だと分かったんだ?」
「どうしてだって?」
「この国では、小競り合いやケンカ以上の人間どうしの諍いは御法度なんだと。けどな、そいつは、鬼児を使って鬼児狩りを襲ったんだとよ」

 黒鋼が話すその話はきちんと筋が通っている。その事が分かっただけでも充分だ。そう思ったと同時に玄関の鈴の音が店内に響き渡る。慌ててそちらに顔を向ければ、そこには笑顔を浮かべる護刃と草薙、そして、蘇摩が居た。知り合ってからと言うもののほぼ毎日の様に通い詰めてくれる彼女らは、レイノにとっては既に大切な友達なのである。


「鬼児の仲間は、鬼児だろう」




「は〜。もう本当に何でこんなに美味しいのかな。何個でも食べちゃうよ、ここのケーキ」
「しかし、龍王の奴遅ぇな」
「また、無茶なさってないと良いのですが…」
「そう言えば小狼君も遅いですよね、お師匠様?」
「その呼び方止めろ!」

 喫茶店、猫の目には、お馴染みの鬼児狩りメンバーが揃っていた。今日のケーキはレイノとサクラが作った物で、クリームチーズを使ったケーキである。濃厚な口当たりが癖になりそうだ。モコナも手伝ったそんな品物には、ちゃんと愛情が込められている。そんな和やかな空気の中、勢い良く開かれた扉の先には息を切らした小狼と龍王が居た。


「どうしたの?」
「新種…の鬼児に、会っ…た」
「戦ったの!?」
「いや。鬼児を従えてて、それが凄い数で…だから…そのまま逃げた…けど。でも…あれは絶対…強い!」
「どうしたの?小狼君」
「あの鬼児と一緒にいた人は、おれの知ってる人かもしれない……」

 息を切らしている小狼と龍王は何処か様子がおかしくて、レイノらは眉を顰める。龍王曰く、新種の鬼児に会ったらしい。そんな小狼にサクラは水の入ったコップを差し出すが、そんな小狼の表情は曇るばかりである。そして、レイノらに自身と新種の鬼児の関係を明かしたのだ。


「その人は、おれに戦い方を教えてくれた人です」

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