episode 41
守り合う

「あー。貴方、小狼君に戦い方を教えてくれたっていう人ですよねー?」
「小狼をご存じなんですか?」
「はい。一緒に旅をしてますからー」
「レイノも?」
「…そうです、けど」
「異なる世界を渡る旅ですか?」

 目の前に居る黒髪隻眼の青年、星史郎はどうやら数年前から老いを感じてはいない様だった。その事を気味悪がるわたしだけれど、あまり他人の事は言えないよね。横に立つファイさんは本性を隠す様にゆっくりとした口調で喋っている。星史郎さんの質問にも答えず、笑みを貼り続ける様子はどこか怖い、なんて。


「小狼に世界移動の力はなかった。ということは、『次元の魔女』に対価を渡したのかな」
「貴方もですかー?貴方は凄い「力」の持ち主のようだけれどー、世界を渡る魔力は、その右目の魔法具によるものでしょう?」
「さすがですね。これを得る為に対価として、本物の右目は魔女に渡したので」
「けれど、その目の魔力は「回数限定」ですよねぇ。渡れる世界の回数が限られてる」
「ええ。だから、少しでも可能性があるなら、無駄にしたくはないんです」

 しかし、次の言葉にはファイは興味を示した。自身も同じ立場に居るからだろうか。魔術師であるファイにとって、力を感じ取る事は酷く容易い事である。星史郎は、妖しく輝く右目を挟む様に手を添えた。その時に呟かれた言葉は、この人の人柄を理解するには充分な言葉である。


「僕が探している二人に会う為に」

 その言葉と共に動き出した鬼児達は、目の前のレイノとファイに襲い掛かった。


『レイノ!ファイ!!』
「こっちに来たら駄目だよ!」
「サクラちゃんの側を離れないで!!」

 真っ二つに割れたテーブルを使い、ファイは鬼児の一撃を避けてみせた。横ではレイノがバク転によりそれを避けている。そして、二人はモコナに対して声を張り上げたのだ。次の一撃を避ける為に高く飛躍した彼は、着地する時に思わず怪我をしている左足を使ってしまったのである。それによって顔を歪めてしまった彼を見て、彼女はやっと怪我の事を思い出したのだ。


「ファイさん、足!」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃ…っ」
「足を痛めてるんですね。魔力を使えばもっと楽に逃げられるでしょう、レイノも」
「でも、魔力は使わないって決めてるんでー」
「自分の為に使う魔力は無いよ」
「じゃあ、仕方ないね」

 眠っているサクラの横に着地したレイノは苦笑を浮かべるファイの顔を見上げた。大丈夫じゃないでしょう。こんな所で意地を張っても仕方がないのに。星史郎さんがいる前ではこんな事、言えないけれど。そんな事を考えている内に再び鬼児達に命令を下したらしい星史郎さんの瞳は、少し緩やかに弧を描いていた様に思う。


「…さようなら」
「っ駄目!」

 その言葉が合図だった様に、鬼児達の鋭い爪がファイを襲う。しかし、それより先に身体に襲い掛かって来たのはレイノの叫び声と身体である。微かな温もりを感じるその身体は緊張とこれから来るはずの死ですっかり固まっていて、オレは思わず目を瞑った。守るはずが守られているなんて、良くある話なんだけどね。微かに聞こえるモコナのオレらの名前を呼ぶ叫び声を残しながら、守れなかった、と言うちょっとした後悔を心に残しながら、オレは思わずレイノちゃんの頭を掻き抱いた。




『ゲスト番号・辺得多―35689、桜都国より強制退去となりました』

 生きている。疲労感は、無い。服装も何時もと変わらない。目が覚めて現状を確かめたレイノの頭上には疑問符が浮かんでいた。それに加え、鬼児達に襲われた際の傷が一つもなく、極め付けは今居る場所だ。透明な壁に触れてみるが、カプセルか何かだろうか。どんどん疑問が増えて行く中、コンコン、とそれが叩かれる音が響き渡ったのだ。その音に惹かれて前を向けば、そこには見知った顔が見えたのである。


「ファイさん!」
「やっほー」
「やっほー、って…」
「頭くらくらしてないー?」
「だ、大丈夫です……」

 目の前に居たのは何時もの白く、ふわふわとした服を着ているファイだった。そんな彼は何時もと同じ、へらへら、とした笑みを浮かべ、呑気にこちらに手を振っている。透明な壁から解放され、彼の怪我を思い出したレイノは思わず身を乗り出したのである。その時の彼の顔は珍しく驚きで支配されていて、少し得した気分になる。しかし、念を押される様に投げ掛けられた問いに、彼女はきょとん、と表情をなくした。その次に襲い掛かって来たのは、崩れるくらいに痛い、酷い頭痛だったのである。




 唐突に風が生まれ、それの中心には侑子の魔法陣が浮かび上がっていた。また、その上に浮かび上がるのは大きな口を開けるモコナである。そこから飛び出て来たレイノらは風に流される様に地面に近付いて行く。次元移動をする際に見られる、何時もの光景だ。どうやら今回は特殊な様で、一行が落下したのはとある入れ物の中である。


『まともに吐き出せねぇのか、この白まんじゅうは!!』
『まあまあ、いつもの事でしょう。ハゲますよ』
『ハゲねェよ!』
『さーて、今度はどんな国かなー』

 それぞれがそれぞれの入れ物に入れられた後、黒鋼は隣でうふふふ、と楽しげに笑うモコナに声を張り上げていた。そして、そんな自身に暴言を吐いて来たレイノに再び声を張り上げたのである。そんな漫才じみた会話を放置してファイが周りを見渡せば、目の前には一行を歓迎するかの様に声を掛ける女性らが立っていたのだ。


『『夢卵』を御使用ですね』
『いえ、あの…』
『皆様、初めてですか?』
『は、はい』
『では、初心者設定にしておきますね』

 小狼は何かを言おうとしているが、全て女性らの言葉に遮られる。戸惑いがちにサクラが肯定すると、一人の女性がパネルを操作した。その事により、一行の周りはプシュ、と言った軽い空気音が響き渡る事になったのだ。その音はどうやら「夢卵」の蓋が閉められるそれの様らしい。それぞれがそれぞれの入れ物に閉じ込められてしまった今、手助け出来る者は誰一人居ないのだ。


『それでは、皆様、よい「夢」をお楽しみ下さい』

 笑顔で告げられた言葉は一行にとっては意味の分からないそれで、ファイは思わず隣に居るレイノの名を叫んだのだ。「夢卵」の壁を叩いた先に居る彼女から返って来た彼の名は、酷く弱々しい声である。そうして眠ってしまった彼女に釣られる様に、彼も夢の世界へと誘われて行ったのである。





「この記憶って…」
「そう言う事、らしいよー?」
「よ、良かった……」
「へ?」
「いや、ファイさんの怪我とか、一回死んだ事とか、全部なかった事にされるんだって思うと、良かったなあ、って」
「…そんなの、オレもだよ?」
「え…」
「オレが守るって言ったのに、いつの間にか守られてるんだもんね?」
「ご、ごめんなさい。つい…」

 レイノは先ほど流れて来た記憶に未だに戸惑いを感じていたが、目の前にある悟った様なファイの笑みで酷く安心したのである。そして、それに支配された彼女の身体はずるずる、と崩れ落ちてしまったのだ。そんな彼女を支えようと手を伸ばすが、ふと呟かれた言葉に目を丸くしたのである。しかし、その後に続いた言葉に、心の中は何故か幸福感で満たされたのだ。どんどん近くなる二人の距離は同行者のそれを超えており、しかし、それを教えてくれる人物はここには居ない。だが、唐突に響き渡った警報音に、それは再び元に戻ったのである。そして、照れ隠しとしてファイは彼女の額を指で弾いたのだ。


「有り難う」




「…良かった」
「生きててって事ですか?」
「えへへー。死んだんだけどねぇ、桜都国では。オレのほうが先に死んだから、ちょっと聞いてまわっといたんだー」
「ここは桜都国じゃないらしいんですよね」
「え?」

 先程の警報音は小狼によるものだったらしく、現実世界に戻って来た彼はレイノとファイが生きて喋っている事に安心し、安堵の息を吐いた。ちなみに小狼も服は、学ランから何時もの薄い衣服に戻っている。それらの状況と二人が紡ぎ続ける言葉達から、「桜都国」と言うのは現実には存在しないと、そこで初めて理解した。次に一行が訪れたのは、桜花国にある妖精遊園地だったのである。


「ジェイド国を出てオレ達が来たのは、この遊園地だったみたいー」
「ここは、この国の人達の遊び場になってるらしいですねえ」
「じゃあ、桜都国は…」
「アレは仮想現実っていうものなんだって。あのカプセルの中に入って見る幻覚みたいなもの、って言えば分かりやすいんですかね」
「で、仮想現実の中で戦ったり生活したりするのが、ここで人気の遊戯みたいだよー」
「それで…だったんですね」
「え?」
「んん?」

 周りを見れば、友達と訪れる者や家族連れ、恋人とのデートの場所になったりと、それぞれがそれぞれの娯楽を楽しみにこの遊園地に訪れているらしい。その中でも特に人気のアトラクションになっている「夢卵」には、たくさんの行列が出来ていた。ただ、今は入らない方が良いみたいである。


「鬼児の動向を市役所が把握していたり、鬼児が鬼児狩りだけを襲ったり」
「ヘンだなって?」
「本当に、そう思ったのは、黒鋼さんと行った『小人の塔』で、全体が鬼児だという部屋があったんです。斬っても倒せない鬼児だったんですが、火をつけたら燃えて」
「倒したんですね」
「でも、床が濡れてたんです。まるで、燃やした鬼児のせいで、塔に入った鬼児狩りが火傷しないようにしてあったみたいで……」
「なるほどー。そりゃヘンだねぇ」
「でも何故、この国に来た時の事を全然、覚えてなかったんでしょう」
「『夢卵』を初めてお使いになる方には、このゲームをより楽しんで頂くために、訪れる仮想国が実在するとスムーズに認識できるよう、個人のデータベースを一部、改訂させて頂いてます」

 黒鋼と小狼が訪れた「小人の塔」での鬼児達は生きていない物の気配を纏っていた筈なのに、それらは突然小狼だけを襲ったのだ。そう言った予測出来る行動を起こすそれらはおそらく何かに管理されているのだろう、と小狼は考えていたのである。そんな会話をしながらある部屋に入ったレイノらは、響き渡る靴音に視線をやった。その音はだんだん近付く度に激しくなる眩暈は、小狼にある記憶を思い出させる要因となったのである。




「つまり、あの世界が本当だと思うようにされてたってことですね」
「だから遊園地の事は桜都国では忘れてた、とー」

 小狼が思い出した記憶は、一行が夢の世界へ旅立つ前までの事である。先程、レイノも見た記憶だ。ファイの言葉で目が覚めた小狼は目の前に居る女性を視界に入れた。しかし、小狼はすぐに手に持っている刀に目を向けたのだ。夢の中の出来事ならば、この手にある刀が存在する事は無いのではないか。


「千歳といいます」
「この遊園地を作った人達の一人なんだってー」
「貴方達は『夢卵』システムの干渉者をご存知だと伺いました。教えて欲しいんです、その人のことを」
「何故ですか?」
「このままでは…」

 少しウェーブの掛かった長い黒髪を腰まで下ろしている目の前の女性は千歳と言う。見た事のない服を着ていて、それがこの国の服なのだとすぐに理解した。彼女の言う「その人」と言うのは、やはり星史郎の事なのだろう。桜花国でも彼について調べているらしいが、一向に事件解決へのめどは立たないのだ。


「ゲームがゲームで済まなくなってしまいます」

 レイノらが消えた桜都国では、暴走した鬼児達が国を喰っていたのだ。

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