episode 42
果たされる約束
「どうなってんだ、この鬼児達は。白まんじゅう」
『モコナだもん』
「変な感じとやらは?」
『もっと強くなってる。何か、まわりいっぱいに広がってる』
「またこの姫の羽根が関係してるのか?」
黒鋼は、自身の家にやって来た鬼児を、サクラを抱えながら倒して行く。未だに小狼の帰りを待ってるのだろう黒鋼は少しでも守れる様に刀を振るっていた。そんな中、喫茶店の屋根には、巨大な鬼児が覆い被さっている。彼女の羽根は強い力の結晶の様なものであり、早く見付けないと暴走したこの国が壊れてしまう恐れがあるのだ。いよいよ鬼児の重圧に耐え切れなくなった屋根は壊れ、鬼児が侵入して来てしまう。相変わらずこの国の鬼児は気配がなくて面倒臭いと、思わず黒鋼はぼやき、口角を上げて刀を構えた。
「天魔・昇龍閃」
そう言って刀を振り払って出した技は黒鋼を中心としており、彼が描いた円が鋭い一閃となり、それが鬼児を貫いた。それにより、もちろん家は殆ど壊れている。鬼児は小さく音を響かせて消失し、それをやってのけた黒鋼は刀を満足気に見下ろす様に見つめていた。すると、入り口であろう所から護刃らがやって来たのである。
「お店が…」
「酷えな」
「きゃー!『ちっこいにゃんこ』さん、どうしたの!?」
「寝てるだけだ」
「『ちっこいわんこ』は!?」
『…小狼』
護刃らが訪れた喫茶店は原型を留めておらず、人が住める場所ではなくなっていた。彼女と犬は、動かないサクラを見て相当驚いている。小狼の身を案じている龍王の声に、モコナも小狼の名をそっと呟いた。その直後、大きく地面が揺れたのだ。ただの地震ではない、と言う事は一向に収まる気配のないそれが証明してくれていた。
「本格的におかしくなり始めやがったか」
「妖精遊園地側は、どうしたんでしょう!」
「くっそー!このままじゃ国外退去した後実際、会っても誰が誰だか分かんねぇよ!」
「『わんこ』さん『にゃんこ』さん達は容姿、実体と同じなの!?」
「名前は!?この国用じゃなくちゃんと本当の名前!」
「何言ってんだ?おまえら。わけわかんねぇぞ」
建物はどんどん壊れて行き、空までもが歪みを生み出している。そんな中、龍王と蘇摩は黒鋼とモコナが全く知らない単語を並べて行ったのである。その横では、護刃と龍王は酷く慌てた様子で黒鋼に問いを投げ掛けていた。思わず慌てすぎた龍王は瓦礫で手を打ってしまったのだが、その事に酷く驚いた表情を浮かべたのである。
その時、龍王が口にした「夢卵」と言う単語は聞き慣れないそれである。一行が乗っていた物だが、未だに夢から覚めない黒鋼とモコナが知る事が出来ない。龍王が手の甲から血を流した直後、その場に居た人間達の身体は唐突にばらける事になったのだ。
「どういう意味ですか」
「遊びは、安全でなければなりません」
警戒を孕んだ瞳を向ける小狼に、千歳は眉を顰めたが、再び真剣な表情へと変えたのである。そんな彼女曰く、例え、夢の中で怪我を負ったとしても退去すれば、怪我は無くなる。結界の中に居る事と同じなのだ。しかし、強大な力の為に夢が夢ではなくなってしまうのである。
「ここは…妖精遊園地!?」
「何で桜都国の容姿のままこっちに戻ってんだ!?」
強制的に桜都国から退去された黒鋼らが行き着いた先は、妖精遊園地だった。彼とモコナにとっては、初めて見る場所である。周りを見渡せば、逃げ惑う人々の姿が視界に入る。そこには、悲鳴や奇声やらも混じっている。そんな中、変わる事のない容姿に龍王は驚いている様だった。そんな所に再び響き渡るのは巨大な地響きである。
「鬼児!?」
先程の大きな音は鬼児が出した音らしく、既に遊園地は原型を留めてはいなかった。何かを見付けたモコナは声を張り上げ、遠くを指差す。モコナが指差した先に居たのは、鬼児の上に立つ星史郎。そんな彼は、黒鋼らの存在に気付いたのか、そっと微笑んだのである。
「なるほど。ありゃ『殺す者』の目だ」
その視線とが絡まった瞬間、俺は確かに何かを感じた。
「おっと」
『どこ行くの?』
「あいつがあそこにいて、小僧が戻ってない。そろそろ日も変わる」
黒鋼は殺気を漂わせて抱えていたサクラを草薙に手渡した。そして、肩に乗っていたモコナも蘇摩へと投げ付けたのである。今こそ、約束を果たす時だ。一人で星史郎の元へ向かった黒鋼の背中は酷く凛々しく、そして、酷く憂いを帯びていた。黒鋼は何の為に、誰の為に戦うのだろうか。それは、本人にも分からない事なのだろう。
「後は、俺の勝手だ」
モニターを見れば、夢卵に乗っていた人達は桜都国の容姿のまま桜花国へと強制退去になっていた。鬼児達の行動もいよいよ狂ったものになって行く。そんな状況になってしまったが、この桜花国にはそう言ったシステムの存在は認められていない、と言う。干渉者がどんな方法でそれを実現しているのか、早くそれを把握して対抗手段をとらないと手遅れになってしまう。その言葉を聞き届けた小狼は自身の名を呼ぶファイの声に、ちらり、と視線を向けた。
「サクラ姫達を探します!」
「それなら見つけましたよ」
「黒鋼さんは…」
「黒わんこはこっちー」
小狼は外へと駆け出し、サクラ達を探そうとしていた。しかし、その行動はレイノの声によって中断される事となったのだ。彼女が指差したモニターには草薙に抱えられながら眠っているサクラの姿が映っている。そして、ファイが指差したモニターには、二つの人影が映っていた。それらの正体は紛れもなく黒鋼と星史郎で、星史郎は鬼児を連れていたのである。
「『猫の目』にいた奴らを殺したのは、おめぇか」
「はい」
「小僧はどうした」
「殺しました」
遊園地はどんどん荒れて行き、人々の悲鳴だけが響いている。笑顔で殺した、などと言う星史郎に人の心があるのかどうかは不明だ。そんな星史郎の言葉に、黒鋼は殺気じみた笑みを浮かべた。しかし、それに負けじと星史郎も妖しい笑みを浮かべていたのである。
「…分かった……てめぇは俺が斬る」
黒鋼のその言葉が合図であった様に、黒鋼は刀を抜いて星史郎へ襲い掛かった。そして、星史郎が居た場所に刀を振り払ったのである。しかし、その場所に星史郎は既におらず、黒鋼はただただ空気を斬っただけだった、その様に見えた。しかし、こちらを向いた星史郎のフードは二つに切られていたのだ。
「…避けきれると思ったんですが」
「真っ二つにしたと思ったんだがな」
切られたフードは下へと落ち、星史郎は鬼児へと着地する。その様子を見ている黒鋼から放たれる殺気が消える事は無い。出来ると、そう感じた。そんな星史郎は胸ポケットから眼鏡を取り出し、それを掛けたのだ。その顔には、久しぶりに楽しい時間になりそうだと、笑みを深める表情があったのである。
「夢卵」のコーナーから急いで出て来たレイノと小狼は護刃と龍王の名を呼び、ファイは千歳を爆発から守る様に分厚いコートを被せていた。居なくなったレイノをよほど心配していたのか、護刃はレイノに抱き付いたのだ。そして、モコナと龍王も小狼に同じ気持ちを抱いていたのか、すぐさま小狼に抱き付いたのである。
「良かった!あのまま別れたらもう会っても分かんねぇからな!」
「あの世界は現実じゃなかったんだね」
「知らなかったの?」
「オレ達旅行者だからー」
護刃らは、どうやら桜都国が仮想現実の世界だと言う事を知っていたらしい。そんな彼女に、ファイは笑みを向けながら言葉を紡ぐが、理解はしてくれなかった。まあ当たり前か。モコナはレイノとファイの名を呼びながら、二人の胸元に飛び付いた。目の前で死ぬ姿を見せてしまったモコナには申し訳なさでいっぱいであるレイノは、モコナの身体に頬をすり寄せた。
「姫は…」
「眠ってるだけのようです」
「あっちは大丈夫じゃなさそうだけどな」
「星史郎さん…」
「どうしたの?」
「眼鏡、掛けてる……」
「と、どうなるの?」
「…本気だ」
「黒鋼さんと互角、じゃないでしょうか」
「え、それって…」
小狼は、サクラの身を案じていたが、無事だと聞き、安堵の息を漏らしていた。そして、草薙の言葉に耳を傾ける。目を凝らして良く見ると、星史郎は鬼児を剣に変形させていた。恐ろしい程の笑顔を浮かべる星史郎はもう誰にも止められないのだろう。眼鏡を掛ける、と言う行為は、星史郎にとっては「本気を出す事」と同等なのである。その事を知っているレイノと小狼は、冷や汗を掻く事を止める事は出来なかった。
「ちょっと危ない、ですかねえ」
二つの刃が交わり、金属音が響き渡る。黒鋼が押している様に見えたが、星史郎も負けじと攻めに入っていた。星史郎は余裕の笑みを浮かべていて、戦う事を好んでいる様だった。そこだけは黒鋼と変わらない点だろう。星史郎の剣は特殊らしく、黒い何かが黒鋼の身体に纏わり付く様に伸びて行く。そして、再び二つの刃が交わり、鈍い打撃音を響かせたのだ。星史郎は剣を持たない手で黒鋼の右手首を掴み、それを地面へと近付けて行く。そして、黒鋼を宙へと放り投げたのだ。しかし、黒鋼が腰に力を入れて地面へと着地した事により、敗北は免れた様である。
「小狼、剣を持っていましたね。教えているのは貴方ですか?」
「成り行きでな」
「見えない右側からの攻撃にも反応出来るようになっていました。良い先生なんですね」
「あいつの戦い方の元をつくったのはそっちだろう。身のこなしが小僧とおまえ、同じだ」
星史郎は鬼児から建物へと足場を変え、黒鋼と言葉を交わし始めた。黒鋼は日本国で体術を元にした剣術は見た事がなかったが、今の星史郎の戦い方を見て確信した。しかし、だからこそ面白い。こんな相手に会えるなら異界へ飛ばされるのも無駄じゃなかったかも知れないと、そう思うのだ。そう話した瞬間、何かに気付いたのか星史郎の顔付きが変わったのである。
「…呪がかかっていますね。それもかなり強力な」
「誰かを殺る度に強さが減るらしい」
「…いいんですか?」
「てめぇを倒すにゃ、半端じゃ無理だ。息の根を止めるつもりでいかねぇとな」
「こっちも同じつもりでいないといけないようですね」
どうやら星史郎は黒鋼に掛かっている「呪」に気付いたらしい。国一番の魔力の持ち主が掛けた強力なそれは少し神経を張り巡らせればすぐに分かる代物だ。しかし、そんな事は関係ないのである。やっと出会えた自身と張り合える程の力の持ち主に興奮する気持ちは止められないのだ。そんな二人は、至極楽しそうに武器を振るったのである。しかし、刃が交わる前には二人の間に何かが突き刺さったのだ。
「なんだ!?」
「わー。モコナの口からなんか出たー」
「うっそお……」
「おまえら…!!」
「黒様ー、やほー」
「ちゃんとこっちに戻っていたようですね。三人とも」
「…どういうことだ」
モコナの唐突な乱入にファイだけが笑顔で拍手をしており、レイノらは目を見開いて唖然としている。そこでやっとこちらの存在に気付いた星史郎の胸元からは淡い光が放たれていた。その光に反応したのはレイノとモコナだけだった。しかし、一瞬遅れて小狼もそれに反応を示したのである。星史郎の中から出て来たのは、サクラの羽根だった。
「どうして星史郎さんが!?」
「この羽根は僕も制御出来ないんです。勝負の決着はまた、いずれ」
サクラの羽根が表れた途端、桜都国の具現化が進んで行き、遊園地も破壊の道を辿って行く。そして、星史郎が持っている羽根を中心に強い風が巻き起こり、人々は近付く事が出来ない。どうやらファイの予想は当たっていたらしく、サクラの羽根の力により、ゲーム世界が実体化されている様だ。
それを見た小狼は瓦礫を登って星史郎に近付いて行くが、行く手を阻むその風は、一向に弱さを見せてはくれなかった。小狼は剣を支えにしながら羽根に手を伸ばしてみせた。しかしその直後、大きな風と共に何かが現れたのだ。
「見つかっちゃった」
羽根は一層輝きを放ち、現れた何かを照らし出す。大きな鬼児の手の上には人影が見えた。可愛らしくウインクをしながら言葉を紡いだその女性は、ファイと黒鋼が行ったバー、「白詰草」で歌を歌っていた織葉だったのだ。ずっとずっと待ち望んでいたこの時は、呆気なく過ぎて行くのである。
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