episode 43
いつかの果たし状
「『白詰草』の織葉さんだー」
「なんであの女が鬼児と一緒にいるんだ?」
「もしかして、あの人が…」
「こんな方法で引っ張り出されるとは思ってなかったわ」
「すみません」
「でも、仕方ないかな。なかなか有望そうな鬼児狩りさん達が情報収集にやって来た時、貴方のことを言ってちょっと、目を逸らさせて貰ったし」
「ってコトはー、お店で教えて貰った情報はー」
「嘘ってことかよ」
「全部が、じゃないわ。「鬼児を従えていた美しい男の子」と会ったのは本当。ただ、その男の子は鬼児ではなかったけれどね」
意外な人物の正体に、ファイは何時もの笑みをなくしていた。黒鋼もその場に留まり、頭を悩ませている。どうやら星史郎はイの一の鬼児の正体を知っていた様である。織葉の話には嘘が練り込まれていたらしい。そう言った部分も含めて、この「夢卵」と言うアトラクションは人気を誇っている。
「遊戯が面白くなるなら、「誤った情報をワザと与えること」もまたイベントの内よ」
「そういったイレギュラーな対応が出来るのも、貴方が「生きた人物」だからですね」
「プレイヤー?」
プレイヤーは、例えば、護刃や草薙の様な存在の事で、自分の好きな様に容姿や名を変える事が出来る。ノンプレイヤーは鬼児の様な存在の事で、あらかじめ制作サイドによって管理されている。その為、小狼が目隠しをしていた時に表れた鬼児には気配がなかったのだ。織葉はゲーム上で言うボスキャラ的な存在らしく、それを倒せばゲームクリア、と言った流れになっている筈だった。しかし、どれだけ管理状況が良いとしても予定は予定でしかないのである。
「で、干渉者さんは私に何の用かしら?」
「仮想現実である桜都国と現実世界では、姿形を変えることも可能なんですよね」
「そうよ」
「貴方の本当の姿は今と同じですか?」
「いいえ」
「貴方は、「永遠の命を与えられる」と聞きました」
「ええ」
「回りくどい質問の仕方はやめましょう」
何処か回りくどい、苛立つ質問達が空気間を彷徨っている。星史郎は一体何を知りたいのだろう。質問の主軸が全く見えないのである。そんな事にも関わらず、織葉は笑みを絶やさない。しかし、その後に呟かれた「昴流」と言う名に、レイノは何処か、懐かしさを感じたのである。
「違うわ」
「…吸血鬼の双児について、何か知っていますか?」
「知らないわ。私も、この妖精遊園地のシステムを作ったひとりなの。「永遠の命を与える」というのは、最強の鬼児である私を倒した者には、桜都国内の無敵状態。つまり、何があっても死亡しない特権を制作者サイドから与えるという意味。吸血鬼の伝説とは無関係よ」
「今回も違いましたか」
「ご期待に添えなくてごめんなさい。でも、この状況はちょっと困ったわね」
「遊戯の世界が現実化しているのは、これのせいです。制御は出来ませんが、この世界から消えれば、影響も消えますよ。それに、あの二人がいないなら長居は無用だ」
即答で返されたのは、否定と言う返答だった。それに星史郎は若干戸惑いながらも質問を続けて行く。しかし、その質問も困惑の返答で返されたのだ。彼が知りたかったのはそれだけだった。用事が終わった彼は桜花国から抜け出そうとする。そんな彼を止めたのは、小狼だった。「大切なもの」だと懇願する小狼に降りかかるのは優しげな笑みだけで、この手にそれが戻る事は無い。戦うしかない。しかし、負ける事は分かっている。けれど、決めた事は必ずやり遂げると、そう決めたのだ。それにきっと、今のおれではこの剣はきっと扱いきれない。けれど、抜かないままでは万に一つも勝ち目はない。だから、僅かな可能性があるならそれに賭けたいのだ。そして振り下ろされた炎を纏ったその剣は、星史郎を貫いたと、そう見えたのだ。
「倒した!?」
「いや…避けられたねぇ」
「…今回は無理そうですね」
「ねー、せっかく楽しかったんだけどー」
「それ関係ないです」
レイノとファイが言った言葉はどうやら当たっていた様である。その後に小狼に紡がれる星史郎の言葉は、まるでこれから先の事を予知している様だった。君の瞳を見れば分かるよ。君にはもう、君だけの心が宿っている。どんな事があっても、どれだけ強い力に圧されても、君のその心が君を守る。だから、諦めては駄目だよ。
小狼が星史郎の名を呼んだと同時に、星史郎の義眼には侑子の魔方陣が現れていた。そして、それに続いて足元にも同じものが現れると星史郎の身体はばらけて行ったのである。次元移動が始まった今、もう時間は止まらないのだ。小狼は剣を持ったまま星史郎の元へと飛び行き、炎を握り締める。だが、それと同時に星史郎と魔方陣は跡形もなく消え去ったのである。それと同時に、今まで彼女の肩に居たモコナの身体が浮いたのだ。そして、次元移動の際のあの大きな羽が姿を現したのである。
「何だ!?」
どうやら星史郎が使った魔法具の力に引きずられている様だ。どちらも「次元の魔女」の力が備わっており、また、力の源は変わらない為である。それに気付いたレイノとファイは顔を見合わせ、同じ考えである事を確認した。そして二人は黒鋼と小狼に声を掛けたのだ。
「ありがとー、サクラちゃん預かっててくれて。黒りんー!」
「小狼君!もう、この国とお別れらしいですよー!」
「あぁ!?」
「え!?」
「お別れってどういうこと!?」
「ちょっと待てよ!!」
ファイは草薙からサクラを返却して貰い、黒鋼と小狼に向かって苦笑を浮かべた。それは隣に居るレイノも同じである。そんな二人に黒鋼らは戸惑っているが、もう遅いのだ。既に侑子の魔方陣が出てしまった今、この国に居る事は出来ない。魔法陣を囲う様に風が現れると同時に具現化した桜都国が消えて行く。それに続き、護刃達の服もこの国の物に変わって行った。黒鋼とサクラも元の服に戻り、刀も姿を消して行く。そんな中、護刃はレイノに手を伸ばしたのだ。
「リボンにゃんこちゃん!!」
「レイノって言うの!本当の名前!こっちはサクラちゃん!」
「レイノちゃん!また、会える?」
「…今度会ったら、一緒に買い物に行こう」
「え…」
「色んな服を見たいな。美味しいケーキも食べたい。だから、その時は」
レイノは最後まで偽名で呼ばれる羽目になった。しかし、もう最後なのだ。これから先会えるかどうかも分からない。そう思った彼女は、自分とサクラの名を叫んだ。そして、護刃の問いに優しい笑みも浮かべたのだ。体が移動に巻き込まれる。留まりたいと思うけど、それは出来なくて。モコナの吸引力に身を任せる。自分勝手な約束を残して、護刃の愛くるしい笑顔を残して。そして一行は、慌ただしく桜花国から去ったのだ。ただ、また会える事だけを信じて、一行は先に進むのである。
「護刃ちゃんの好きなもの、いっぱい教えてね」
その時に向けられた貴女の笑顔が、肯定を示していた様に思えた。
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