episode 44
森の国
「サクラちゃん、起きたかなぁ」
「良く眠ってましたから……」
「起きてちゃいけないし、早く探索済ませて戻りましょうか」
「はい」
桜花国から強制的に移動させられた一行は新しい国にと身を落ち着けた。そこは多くの木で囲まれており、人の住んでいる気配は無い。その事から一行は仕方なく、二手に分かれて探索する事になったのである。一緒に行動する事になったレイノと小狼は、サクラが眠っている周辺を探索する事にした。するとふとサクラの叫ぶ声が響き渡ったのである。
「大丈夫?」
「目が覚めましたか?」
「レイノちゃん、小狼君!ここって…」
「桜都国じゃないんだよ」
「わたしが眠ってる間に移動しちゃったの?大変な時にわたし、眠ってたのね」
「サクラちゃん…」
「サクラ姫…姫の羽根、取り戻せなかったんです。星史郎さん…小さかったおれに、戦い方を教えてくれた人が羽根を持っていて。そのまま、別の世界へ移動するのを止められませんでした」
良く伸びている木や草を掻き分けて進んで行くと、驚いた表情を浮かべたサクラが目に入る。桜都国とは違う風景に驚いている様だった。人の気配を感じる事が出来ない為、この国の名は分からない。また、桜都国が仮想現実世界だとは知らない彼女に、そんな事を言っても仕方がないのである。初めて取り戻す事が出来なかったサクラの羽根はもう少しで触れそうだったのに届かなかった。自分にもっと力があれば取り戻せたかも知れないのに。そんな気持ちが、小狼の拳に力を伝わらせた。
「レイノちゃん、小狼君、怪我は?」
「ないよ?」
「…いえ」
「ほんとに?」
「ほ、ほんとです!」
「黒鋼さんは?ファイさんは?モコちゃんは?」
「みんな大丈夫だよ」
「良かった。みんな、怪我がないなら本当に良かった」
「…姫…」
すると、ふとサクラがレイノと小狼の手に触れる。しかし、小狼は病む心を抑え切れず、顔に影を作った。それがサクラには怪我を我慢している様に見えたのだろう。念を押す様にサクラはもう一度問いを投げ掛けると、小狼は焦り出したのである。その後に続いた肯定を示すレイノ言葉によって、サクラは柔らかな笑顔を浮かべたのだ。すると、ふと後方から草を掻き分ける音が耳に届いたのである。
次々と投げられるそれをレイノは刀で切り、小狼は蹴り技で割ってみせる。速さが緩んだ為に見えたそれは木の実だった。しかし木の実の攻撃は続いていて、それらは全て二人によって壊されている筈だった。ある瞬間に彼の顔面に迫って来た木の実は壊れず、思わず彼は身を屈めた。そんな彼の咄嗟の行動に反応出来なかった彼女は、それを額に打ち付けて気絶してしまったのである。
その場には、サクラと小狼、二人の声が響き渡っていた。
『いーけないんだ〜、いけないんだ〜。乙女の心をふみにじり〜』
「モコナ、歌上手だねぇ」
『躍りもばっちりだよ〜♪』
「せっかく楽しく新しい国を探索してるのに、不機嫌だねぇ、黒ちゅうは」
一方、ファイと黒鋼、モコナは一つにまとまり、少し遠くの森を探索中である。そんな道中、モコナは変な歌を歌っており、それに対してファイは拍手を送っている。それを見て黒鋼は不機嫌そうに呆れていた。そんな黒鋼を茶化すファイとモコナだが、黒鋼の睨みで中断されたのだ。
「星史郎さんとの戦い、途中になっちゃったからー?」
「…あの魔女、何、考えてんだよ。勝負の邪魔しやがって」
「その後もなんだか慌ただしく移動しちゃったしねぇ」
『モコナ、その時のこと覚えてない』
「でも、そのおかげで小狼君も、黒ろんも剣が手に入ったしー。遊戯世界が現実に戻るちょうど境目の、いい具合に戻りきってないところでモコナの口に吸い込まれたからねぇ。けど、次元の魔女さんは何でこれ、送って来たんだろうねぇ」
あそこで邪魔が入らなければ、決着は着いていたかも知れない。黒鋼はそれに苛立っているのだ。そんな気持ちも知らずにファイは刀の柄をつつき、モコナはそれにすがり付く。武器を手に入れる事が出来たのは、これからの旅路を考えるとかなり有利に働くだろう。しかし、気になるのは侑子が送って来たとされる竹に刺された一枚の紙切れである。
「何かついてるー」
『侑子からのお手紙だ!!』
ファイは目を丸くさせて竹に挟まっていた紙を抜き取った。そこには達筆な字で「ホワイトデーは倍返し。遅れたら罰は三倍返し」と書かれている。この文で納得出来たのはモコナのみらしく、モコナはぽん、と手の平を叩き、「だって!」と意味もなく黒鋼の肩に乗ったのだ。それに突っ込む黒鋼だがそれは無視され、レイノが居る場所に戻ったが、そこには網に引っ掛かっているサクラしか居なかったのである。
『どうしたの?』
「レイノちゃんと小狼君が攫われたんです!!」
グイグイ、と自身の身体に纏う網を引き千切るサクラは案外行動的な性格なのかも知れない。どうやらそれは大木の先に取り付けてあった物らしく、目を凝らさなければ見えない程の距離だ。それを見上げている黒鋼の横では、彼女は切羽詰まった表情で声を張り上げたのだ。
『つかまえた、つかまえた』
『ぎしきだ、ぎしきだ』
レイノと小狼が連れて来られたのは、トーテムポールが立った広場みたいな場所である。二人はそこに括り付けられていた。その周りには、気持ち良さそうな、もこもことした不思議な生物らが太鼓の音に合わせて自由に身体を動かしている。この様子が異様な事は、衝撃を受けた頭でも充分理解出来た。しかし、出て来る言葉がない。
「儀式?」
『わっ!』
『しゃべった?しゃべった?』
「うん」
『答えた!答えた!』
しかし気になる言葉に、小狼が思わず問いを投げ掛けた。すると喋らないと思ったのか、目の前の生物らは酷く驚いた表情を浮かべたのだ。レイノは小狼の裏に居る為、音でしか判断は出来ないが、それでもかなり驚いているのだと分かる。危険は無い様だと思うが、思ったよりもきつく縛られている縄から出るのは些か骨が折れそうだ。
「レイノさん、起きてますか?」
「起きてますけど…これ何なんですかね?」
「分かりません」
「まあでも、言葉が通じてますし大丈夫でしょう」
「ファイさん達が姫の所に戻ってたら良いんですけど…」
小狼の後ろに括り付けられているレイノの額は、微かに赤みを帯びている。時折痒くなるそこはかなり苛立ちが募るのである。この不利な状況で言葉が通じなければどうしよう、と少し不安も募っていたが、その心配は無い様だ。後はファイらが来てくれる事を願うばかりである。しかし、どうやら足元に熱が篭って来る。小狼の短い声に思わず下を見ると、そこには大きくなる炎があったのだ。
『ちょっと焼いとこう!』
『そうしよう、そうしよう』
『おいしくなるかも!』
「ええ!?」
「ならねーよ」
どんどん大きくなる炎は留まる事を知らず、レイノと小狼の膝を覆い隠すまでの高さに上ったのである。スカート焼けちゃうんだけど。どうしよう。そんな心配事をよそに突っ込みどころ満載の目の前の生物らの言葉に、彼女は冷静に突っ込みを入れてみせたのである。
「レイノちゃんと小狼君を捕まえたのは耳としっぽが生えた小さい人達だったとー」
「こっちのほうに担いで行きました!」
「桜都国でやった訓練はどうなってんだ。木の実後ろ頭にぶつけて昏倒とはな。つーか、小娘あいつつえーんじゃねェのかよ」
「小狼君が避けた木の実がおでこに当たってしまって!小狼君は、わたしがあの木の蔓に吊られてしまって、それを助けようとして……!」
「まあ、桜都国ではああするしかない状態だったとはいえ、剣を扱うにはまだまだだな」
「先生きびしー」
『あっち!』
ファイらはサクラの案内を聞きながら目的地までの道のりを急いでいた。彼女はもちろん生物らの事も気になるが、それ以上にレイノと小狼の事が心配なのだ。何かに気が付いたモコナが指差した先からは何処か焦げた空気が漂って来る。ファイらは入り交う木を飛び超え、草を掻き分ける。そうして辿り着いた場所で、ファイはサクラを守る様に身を乗り出し、黒鋼は自身の剣に手を添えたのだ。
「「あ」」
しかし視界に入ったのは、穏やかに食事をするレイノと小狼だったのである。
「大丈夫でしたか?」
「レイノちゃんと小狼君は!?」
「レイノちゃん、大丈夫ー?」
「あはは……まあ、何とか…」
「あらら。おでこ赤くなっちゃってるよー」
「ファイさん、手冷たいです。離して下さい」
「えー、何でそんなに塩対応なのー?」
「平気です。それに、色々事情もあったみたいですし」
「事情ー?」
「なんだてめぇら」
予想よりも遥かに平和な状況に、サクラは思わずコケてみせたのである。そして、小狼のタンコブに優しく触れたのだ。その隣では、ファイはレイノへ近付き、レイノの顔を覗き込でいた。そして前髪を上げて、額を見やったのである。それに続く様に、ファイはぶつけた所に自身の手を触れさせたのだ。レイノ曰く「その手は冗談抜きで冷たかった」らしい。サクラの肩に居た筈のモコナは何時の間にか小狼の後頭部に移動していて、タンコブを覗き込んでいた。そんな横でだんだんと群がって来た生物らを、黒鋼は思い切り睨んだのだ。そんな黒鋼の睨みに怯んだのか、生物らはレイノと小狼の後ろに隠れている。
「このヒト、顔こわいけど取りあえず、いきなり噛みついたりしないから大丈夫だよー」
「取りあえずってのは何だ!!」
「怖い顔はいいんだー」
「貴方いつも鬼みたいな顔してますよ」
「うるせェ間抜け」
唐突に後ろに密着して来た生物らを丸くした目で見つめるレイノの隣で、ファイは黒鋼を指差して言葉を紡いだ。そして、もはや日常茶飯事となってしまった黒鋼の突っ込みを聞く事になったのだ。それに便乗した彼女は黒鋼に暴言を吐かれ、どんどん盛り上がって行く口論にまで発展してしまったのである。これを止めるのはもちろんファイの役目なのだ。
「魔物がいるんだそうです。この森を抜けて更に奥の樹海に。突然、現れてこのひと達の住んでる所を荒らし廻って」
『みんなで戦った』
『けど、ぜんぜんダメ』
『あの恐ろしいもの、イケニエささげろっていった』
『美味しそうなイケニエ渡したら、もう森荒らさないって』
「で、おいしそうなレイノちゃんと小狼君を捧げようとしたとー」
『モコナも美味しそうなのにーぃ』
「で、焼いて捧げられそうになったっつうのに何のんきに飯食ってんだよ」
「その魔物、話を聞いていると本当に、急に現れたらしくて、凄い力を持ってるらしいんです」
「今までのサクラちゃんの羽根絡みの事件と似てるかもー」
『あの恐ろしいものが現れないように出来るかもしれないってこれとこれ、いった。だからほどいた』
『これとこれ、くわしいことが聞きたいといった。だから座った』
『いっしょに座ったら仲間。仲間ならいっしょに食べる』
取り敢えず食事をしよう、と言う事になった一行は、トーテムポールの横に集まる事になった。周りを見渡せば、木やトーテムポールは無残な姿になっている。まるで伝言ゲームかの様に次々と片言の言葉を紡ぐ生物らはレイノと小狼に抱き付いた。ぶちぶち、と流れを切る様な会話で全てを理解したファイの脳内はどうなっているのだろうか。
「レイノさん、モコナ、羽根の気配は?」
『…うん。感じる』
「近いですよ」
「魔物退治ってわけか」
「黒様うれしそー。テンション上がってたのに不完全燃焼になっちゃったもんねぇ」
「ふん」
「わたしも行きます」
「姫…」
「足手まといにならないように頑張ります。一緒に行かせて下さい」
「…はい」
話が一区切り付いたところで、小狼はレイノとモコナに問いを投げ掛けた。それに対してレイノとモコナは神経を研ぎ澄ませて、力強く呟いたのである。その言葉を聞いた途端、黒鋼は面白そうに口角を上げた。そんな黒鋼を見て、ファイは再び茶化し始めたのだ。そんな中、突然サクラが一つの要求したのである。その声は、聞いた事のない意志の籠ったそれだった。思わず圧倒される様な、そんなそれ。そんなサクラを見て、思わず小狼は微笑んだのだ。
『みんなで行くの、だめ!』
『だめ!』
「え?え?」
『みんな行って帰って来なかったらイケニエいなくなる。ひとり残って!』
「しっかりしてるー」
一行の準備が整ったところで、生物らは突然叫び出した。内容は「誰か残れ」との事である。ちゃっかりしてやがる。そう思ってしまうのは仕方がない事だろう。言い張った生物らの言葉に、レイノのファイは笑い、黒鋼は苛立ち、サクラと小狼は冷や汗を掻いている。
「でも、誰を…」
「モコナを残しちゃうのは問題かもー。いざという時、言葉が通じなくなると困るし。黒鋼りーは、もちろん行く気満々だしー」
「わたし残ります。痛いの嫌なんで」
「オレも残るよー」
「でも…!」
「サクラちゃんは行って来てー。危ない目に遭うかもしれないけど、それでも行きたいんでしょ?」
「魔物退治は黒鋼さんに任せておけば良いよ。今のあの人なら敵なしだから」
「何適当なこと言ってんだてめェ」
「はい」
「姫も何頷いてんだ」
結論を言うと、人質として残るのはレイノとファイとなった。そんな二人の選択に一瞬行くのを迷ったサクラだが、二人の言葉と微笑みに背中を押され、肯定の返事を返したのである。黒鋼の静かな突っ込みと二人の応援の声を背に受けて、サクラは初めて戦場へとおののくのだ。
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