episode 45
優しいうそ

「あ…あの、ファイさん」

 黒鋼らが居なくなった広場は何処か物寂しい。黒鋼が居なければファイはあまり口を開かないのだ。無意識の行動だとは思うが。そんな中のファイとの沈黙は到底耐えられるものではなかったのだ。そうしてレイノは、ちょうど聞きたい事もあったし、と自身を納得させて口を開けたのである。


「んー?」
「桜都国で、お酒飲んだ時の事…覚えてますか?」
「あー……」
「あ、あの」
「…ごめんねぇ。オレ、あの時ほとんど意識なくてー。やっぱりオレ、何かしちゃった?」
「あ…っい、いいえ」

 誤魔化す様な間延びした声に、聞いてはいけなかったんだと、理由もなくそう思った。それと同時に忘れかけていた「あの夜の事」を思い出してしまったのだ。忘れていたのならそれで良いし、覚えていても言っては来ないのだから放って置けば良かったのに。そう思ってしまうと急に羞恥心が沸き上がって来るのだ。貴方の心が入り込んで来る様で。そんな気持ちを隠す様に、レイノは再び口を開いた。


「それにしてもサクラちゃん、変わりましたよね」
「あそこで行きたいって言うとは思わなかったもん」
「小狼君にも少しずつ惹かれて行ってるみたいですし」
「レイノちゃんは行かなくて良かったのー?」
「痛いの嫌ですしね。それに、黒鋼さんの邪魔したらどうなるか分かりませんし」

 明らか話を逸らしているわたしにはきっと気付かれてるんだろうけど、敢えてそれに笑顔で答えてくれるファイさんの優しさが痛い。思いっきりごめんなさい、って謝りたくなる。うそだけど。そう言えば今頃、黒鋼さん達はどこら辺にいるんだろう。サクラちゃん大丈夫かなあ。そんな気持ちを見透かした様に、今度はファイが口を開いたのである。


「みんな、今頃何してるかなぁ。もう黒たんが張りきって戦ってるかなー」
「そうだと良いんですけどねえ」
『あれ、すごく強い』
『そばにいけない』
『いけないくらい強い』
「そっかー。で、そのあれってー、どんな感じなの?」
「大きいの?」
『あれは…』

 生物らはどんどんレイノとファイの周りに群がって行き、先程と同じ様な喋り方で口を開いた。ファイは分かっているのか分かっていないのかが分からない程の曖昧な頷きを返し、顔を近付けた。そんな二人に、生物の一匹は重い空気を漂わせて話し始めたのだ。そして、全貌を聞いた二人は思わず顔を見合わせ、苦笑を浮かべたのである。


「黒ぷー、怒って帰って来るかなー」
「うわあすごい想像できる……」

 思わず浮かべてしまった表情は無意識である。魔物の正体がそれだけ意外なものだったのだ。そんな二人の脳裏には不機嫌そうに大きな足音を響かせながら樹海から帰って来る黒鋼の姿が映っていた。すると、生物らは力のあるとあるものを持って、駆け寄って来たのである。


「これ、何ー?」
『落ちてた、落ちてた』
「この気配…」
「わー。サクラちゃんの羽根だー」
「何でここに…」
「まあ、見つかったから良いんじゃないー?」

 生物らが差し出したのは紛れもない、サクラの羽根だった。これだけ近くにあったのにこんなにも気付かないものなのだろうか。何処か、引っ掛かる。けれど、ファイの間延びした声が神経を麻痺させる。そんな時、生物らにお祝いの踊りをしよう、と言われたファイは太鼓を持たされたのである。




「何やってんだてめぇら」

 太鼓を持ちながら踊り、それを近くで楽しそうに眺めて食事をするレイノの元に黒鋼らは帰って来た。そんな光景に対して、サクラと小狼は再びコケてみせたのである。そんなサクラと小狼に気付いたファイは太鼓を下ろし、レイノは腰を上げて黒鋼らに近付いて行く。そしてレイノは、先ほど見付けた羽根を差し出しのだ。


「この子達が持ってたんだー。落ちてたの、拾ったんだって」
「それって魔物が現れた頃じゃないですか?」
『そう?』
『そうかも』
「魔物は竜巻だったんです」
「あはは。そうかもね、ってわたし達も話してたんですよ」
「生贄、寄こせなんて、竜巻が言ったのかよ」
「それがねぇ」

 レイノがサクラの羽根を差し出すと、モコナは大きく目を見開かせた。正真正銘本物である。そして、どうやら魔物の正体が「竜巻」だと言う事も当たっていたらしい。その事に苦笑を浮かべたレイノは同意を求める様に後ろに居るファイに目配せをした。そして、生物らに声を掛けたのである。


『あの恐ろしいもの強い』
『すごく強い』
『住んでる所飛んでった。いっぱい倒れた』
『戦っても勝てない』
『勝てないならイケニエを出すのはどうか』
『『いいかも』』
『おいしそうなイケニエ渡したら、もう大丈夫かも』
『きっと大丈夫』
『大丈夫だ』
『大丈夫って言った』
『だれが?』
『だれ?』
『あの恐ろしいものかも』
『あの恐ろしいものだよ』

 淡々と進んで行く言葉達は、進むごとに黒鋼らの顔色を悪くさせるものだった。こう言う時の悪い予感と言うか、こうなって欲しくない、と言う考えは良く当たるのだ。しかし、これを認めてしまえば自身の行動が無駄だと証明する様なものだ。そんな嫌な予感をよそに、目の前の生物らは「せーの!」を声を合わせてこう言った。


『魔物がおいしそうなイケニエ渡したらもう荒らさないっていった!』

 「言ってねぇだろ!」と言う黒鋼の突っ込みは至極当然である。本当に伝言ゲームにありがちな展開だった。勘違いにも程がある。それにしても、わたしと全く同じ反応をする黒鋼さんって面白いなあ。思わず笑みを溢したレイノは小狼にサクラ羽根を渡し、それはサクラの体内に吸い込まれて行った。そして、急な眠気がサクラを襲い、小狼の腕の中へと収まったのだ。その直後、木々が揺れ始める。目の前には魔物である竜巻が迫っていた。


「わっ…」
「大丈夫ー?」
「は、はい……」

 黒鋼にしがみ付いていたファイだったが、飛ばされそうになっているレイノを視界に入れれば、彼女の身体をそっと掻き抱いたのだ。そして優しく笑みを向けてやれば、彼女は戸惑った様に、けれど素直に声を返してくれる。さっきは手が冷たい、などと言ったけれど、何だろう。凄く、温かい。すると竜巻は急に止み、その中からは可愛らしい花が舞い降りて来たのである。ファイはそれを手に取り、彼女の髪に飾る。


「こ、れ…」
「嫌だった?」
「っ…う、嬉しい、です」

 思わず赤い頬を撫でてしまったのは、君の笑顔のせいなんだからね。

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