episode 51
久方振りの再会
「空が…!!」
怪しい雰囲気を漂わせる空の裂け目を見て、人々は一目散に逃げ回る。けれど、レイノらはそれをずっと見つめていたのだ。そんな中、国全体で起こる地響きや地震が収まる事は無い。それどころか、肌に直接突き刺さる様な感覚は刻々と増すばかりである。この殺気の塊は、どうやらただ事ではないだろう。
「空が割れる!」
「どうなってんだ、一体!!」
「やっぱり阿修羅像のせいだ!!」
「そうだ!これも阿修羅像のせいに違いねぇ!!」
「もう我慢ならねぇ!!あの像、ぶっ壊すしかねぇ!」
『おお!』
一方、陣社では、氏子らの罵る様な叫び声が響き渡っている。それらに囲まれているファイと黒鋼は酷く居心地が悪そうだ。そんな悪い雰囲気に呑まれる様にとある氏子が叫ぶと、他の氏子らもそれに賛成したのか手を上げ始める。しかし、それらも全て蒼石に止められる事となったのだ。
「たとえ争乱を呼ぶと言われていても、神の像。壊すことは許されません!」
「けど、蒼石様!!」
「それより、何故このようなことが起こったのか、そして、これからどうなるのか、確かめる方が先です」
蒼石が言っている事は正しい。けれど、氏子らもまた、陣主である蒼石の事が大切なのだ。だからこそ邪魔ものは消す、武力で片付けようとしてしまうのだ。蒼石は厳しい視線を向けて言葉を言い切ると陣社の中へと入って行ってしまった。そんな蒼石を、ファイと黒鋼は見届けると空の裂け目へと視線をやったのである。
「また姫の羽根が関係あるんじゃねぇだろうな」
「わかんないー。でも…何かとんでもない感じなんだけど、あの空の向こう」
そして、ファイはそっと笑んでみせたのだ。何かによって引き寄せられる様な、不思議な感覚がそこにはある。環境のせいで研ぎ澄まされた己の感覚を信じるのならば、空の裂け目の向こう側にあるものは酷く危険なものである。それがビリビリ、と肌に突き刺さるのだ。そんな痛みは、久方振りである。
空から放出される異質な空気によって腐敗していく建物達が遊花区の中には存在する。レイノらと鈴蘭は空から降って来る木片を避けながら、ある場所へと進んで行く。そこは、阿修羅像が祀られている所だった。ただ一つ違うのは、像が異質な何かに纏われていると言う事くらいである。それは、まるで生きているかの様だった。心臓の鼓動を表している様な、そんな音が脳内に響き渡る。それと同時に、嫌な予感も感じるのだ。
「…小狼君。サクラちゃんとモコナを任せても良いですか」
「レイノさん?」
「……嫌な気配が、止まらないんですよ」
「……ここは、任せて下さい」
「…有り難う」
阿修羅像があるこの場とは違うもっと別の場所、レイノが嫌な気配を感じるのはそこからだった。そしてこれはただの勘だが、そこにファイと黒鋼も居る気がする。けれど、像から溢れ出るこの気を見逃す訳にもいかない。そうして彼女が見出した結論は「この場を小狼に任せる」と言う事だった。そして、迷った末に優しげな笑みを見せてくれた小狼にそれを返して、彼女は別の気配の元へ駆け出して行ったのである。
絶対戻って来て下さいね、レイノさん。
「夜叉像がまた血の涙を…」
一方、陣社に祀られている夜叉像もまた、異質な何かに纏われており、右目から血の涙を流していた。そんな、だんだんと崩れて行く祠の中にファイと黒鋼、そして、蒼石は居た。心臓の鼓動の様なドクン、と言った音はその場に居る者全員の脳内にまで響き渡り、それが重なる度に嫌な予感はどんどん大きくなるのだ。それと同時にビリビリ、と震える刀に手を添えた黒鋼は、片方の手を柄にかける。
「…とんでもねぇ殺気の塊が在る」
「…空の向こうにね」
肌に突き刺さる鋭い殺気がとても痛い。そんな感覚に、ファイもまた言い様のない不安を抱きながらも正体不明の何かに向かって殺気を飛ばしたのだった。その表情は酷く険しく、何かを案じている様にも見える。しかし「近づいて来てる」と呟いたその直後、殺気とは別の何かを感じたのだ。
「…レイノちゃん?」
それは、確かに太陽の感覚だった。
「小娘がいるのか?」
「…今、魔力を感じたんだけど」
先程のファイの呟きをきちんと耳に入れていた黒鋼は厳しい視線を空の裂け目に向けながらも、ファイに問いを投げ掛けた。そんなファイは先ほど感じた、ピク、とした温かな太陽の感覚を言葉にしたのである。桜都国でも感じたこの感覚を忘れる筈は無い。思わず眉を緩めたと同時に陣社に響き渡ったのは「注連縄が壊れた」と言うとある氏子の叫び声だった。それと同時に解かれて行く自身の身体は次元移動の時に良く見るそれである。
「何だ!?」
「ええ?移動するのー?」
次元移動に気付いたファイと黒鋼はそれぞれ反応を示したが、前者は先程の魔力の気配にも神経を研ぎ澄ませていた。もし本当にレイノならば、ここで分かれてしまって良いのだろうか。そう考えている為である。しかし、解けて行く身体は止まってはくれなくて。モコナの口に吸い込まれる直前、久方振りに君の声を聞いた気がした。
「Ой...Что,Здесь」
「子、××●重!直◇●×令退!!」
「いったた……」
上からファイ、黒鋼、レイノの順番で紡がれた言葉達である。しかし、二人のそれらが彼女に分かる筈もない。耳に入って来るそれはもはや暗号だ。恐らくそれは目の前の二人にとっても同じ事なのだとは思うが。やっと会えたと言うのに言葉が通じないのでは意味がない。この場の近くにはモコナは居ないと言う事だ。
「ファイさん!」
「Что?」
(これ、また言葉が通じなくなってる……?)
目の前のファイは首を傾げており、恐らくこちらの言葉も通じてはいないのだろう。思わず溜め息を吐いて俯けば、頭上で風を切る様な音を耳にしたのだ。冷や汗が止まらなくなり、鳥肌も立っている。恐る恐る周りを見渡すと、そこら中で金属音が響き渡っており、もしかしなくてもここは戦場らしい。
するとふと、何やら声が鼓膜を震わせる。しかし、理解する事は難しい様だ。周りを見て不信感を抱いたレイノとファイ、黒鋼は戦闘体勢に入る。そこに居たのは、右目に傷を持つ黒髪の武装をした、「夜叉王」と呼ばれた男性だった。夜叉は、陣社に祀られていた夜叉像とそっくりだったのである。そんな夜叉の視線の先には、阿修羅像にそっくりの女性が居たのだ。
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