episode 58
共になる
「こ、これ…」
「おれ達が付けてた…」
「髪飾り…?」
「神器だよ」
「昔からこの陣社に祭られてる」
「「「え!?」」」
「何か理由があるんだよね」
「おう。その辺りは、うちの陣主に!って、今は無理か」
遊花区の人ととある氏子が案内した場所には、見た事のある傷だらけの髪飾り達が綺麗に祀られていた。二人曰く「神器」として昔からここにあるらしい。その事実に、レイノらは驚きを隠せないでいた。詳しい事を知りたいが、今はそっと見守るシーンである。
「新郎新婦の鏡割りだー!」
「行こうぜ!」
「祝い酒よ!一緒に飲みましょ!!」
「これはレイノちゃんのって知ってるけど、これ、二人が着けてたのなの?」
鈴蘭と蒼石の幸せそうな笑顔を壊す、などと言う無粋な真似は、一行には出来ない。一際大きな歓声が上がり、人々は楽しそうにそちらに駆けて行くが、一行には謎が残っていた。それは元は自分らの物であったか、と言う事である。ファイがサクラと小狼に問い掛ければ、二人は全力で頷く、と言う行為を何回も繰り返した。
「紗羅ノ国で遊花区の人達に着けてもらって」
「修羅ノ国で着替えた時に、外されてそのまま…」
「修羅ノ国に置いて来た、と」
『レイノはどうしてたの?』
「夜魔ノ国の人に渡してそのまま、のはずなんだけど…」
半年前の事は酷く曖昧だが、夜魔ノ国に着いて服を着替える、となった時に「女官」と呼ばれる役職の人間に外された筈である。その後に湯浴みを行った為、それが何処へ行ってしまったのか、持ち主であるレイノにも分からないのだ。それはどうやらサクラと小狼も同じ様である。一向に進まない会話に、ファイとモコナも首を傾げている。
「…修羅ノ国は紗羅ノ国のずっと昔の姿だったんじゃないでしょうか」
「どういう事だ?」
「おれ達は紗羅ノ国に落ちて、その後、おれと姫とモコナは紗羅ノ国の過去である修羅ノ国に、レイノさんは黒鋼さんとファイさんと同じ空間にいた為、夜魔ノ国に行ってしまったんじゃないでしょうか。そして、もう一度紗羅ノ国に戻って来た」
「場所は同じで、現在から過去、過去からまた現在と、時間だけ移動したって事かー」
「でも、どうしてこんなに紗羅ノ国の様子が違うんでしょう」
『なんか男の人と女の人、すっごく仲悪かったよね』
小狼の説明を簡潔にまとめたファイの言葉に、小狼は僅かに眉を顰めた。そんな微かな表情の変化に気付いた者はおらず、その後も会話は続いて行く。そんな中、小狼の脳内では一つの仮説が生まれた。修羅ノ国から移動する時に放った自身の言葉がこんなにも影響を及ぼしていたら、と考えると身体が少し、震えたのだ。
「未来が変わった、か」
その震えは、ファイさんの言葉で余計に酷くなったと思う。
「あぁ?」
「前の紗羅ノ国では、阿修羅像は一人きりでした」
「夜叉像もね」
「未来から来たおれがあの時、言った言葉を、阿修羅族の人はちゃんと受け止めてくれて、二人の像を離す事なく一緒に祭った」
「そして共にある二つの像は怪異を起こす事もなく、怪異が起こる事もないんだから陣社と遊花区がもめる事もないよねー」
「それでこうなったってワケかよ」
「良かったです、みんなあんなに楽しそうで」
「本当に。良かった、と思うけどねえ」
「でも…」
小狼は、この事実を口にする事を躊躇っていた。それを口すれば、何かが壊れる気がしたから。しかし、ファイはそれを微笑みながら言ったのである。争い事がなくなった紗羅ノ国の人々の顔には笑顔が浮かんでいて、とても幸せそうである。しかし、小狼の顔色が晴れる事は無かった。それに気付いたのはレイノとファイなのである。
「…ファイさん」
「やっぱり、考えすぎな所はあるよねぇ」
「それが小狼君らしさ、なんでしょうけどねえ」
ファイの顔を見ずに彼の名を呼んだレイノの視界には、固い笑みを浮かべる小狼が映っていた。そんな小狼に、ファイは思わず苦笑を漏らしたのだ。考える事が悪い事って訳じゃないけど、ちょっと頭がお堅いよねえ、小狼君。肯定を示したファイに、彼女は目を細めて笑んでみせた。
「おい、白まんじゅう。最初から修羅ノ国に落ちりゃ良かったんじゃねぇかよ。じゃなけりゃ夜叉族がいた夜魔ノ国でも…」
黒鋼が言う事はごもっとも、である。しかし、モコナはそんな彼の言葉をさらりと流して口を大きく開けたのである。激しい風が巻き起こる中、モコナが吸った物は、阿修羅と夜叉の二本の刀だ。二つの像から出て来たそれらを、モコナは体内に取り込んでしまったのだ。そんな辺りには静寂が巻き起こっている。
『モコナ108の秘密技のひとつ、超吸引力なの!ダイソンにも負けないよ!』
「秘密でもなんでもねぇだろ!」
「しょっちゅうやってんじゃん!」
「守り神の中身を吸い込んで」
「い、いいのかな」
「まずいんじゃーないかなー」
おそらく侑子の元に届いている阿修羅と夜叉の二本の刀は二度とこの像達の中には戻らないだろう。そんな事をやってのけたモコナに対して、レイノと黒鋼は勢い良く突っ込んだ。仮にも守り神の魂だ。バレて宝泥棒と言われても仕方がないのである。そんな時、向こうでの賑わいが一層高まった。現れたのは複数の淡い炎である。それを出したのは、火煉だ。ふわふわ、と浮かぶ炎を自由気ままに操るその姿は、まるで道化師である。全てが幻であるかの様に人を惑わせるのだ。
「祝い酒っつってたな」
「黒ろん、飲む気満々ー」
火煉が生み出した幻想的な光景を目に焼き付けたレイノは、飲酒する気満々な黒鋼に眉を下げる。この人の娯楽は飲酒と戦闘しかないのだろうか。しかし、それも叶わないのであろう現実は、黒鋼の頭上に居るモコナが生み出していた。再び大きく口を開けたモコナからは風が巻き起こっている。
「もうかよ!」
「ほら、小狼君はサクラちゃんを。離れちゃわないように、ね。レイノちゃんも」
時間がない中、ファイは黒鋼のマントを掴み、小狼の肩を軽く叩いた。そして、レイノに手を差し伸べたのだ。それに戸惑いがちに触れれば、ファイは強く彼女の手を握ったのである。そうしてじんわり、と広がって行く温かさは酷く安心出来るもので、彼女は思わず頬を緩めた。そんな中で呟かれた小狼の言葉とモコナのお礼を受けたその場は、火煉の淡い炎によって彩られていたのである。幸せな未来を、ただ願って。
それがどれだけ難しい事か、レイノはこの先で知る事になるのだけれど。
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