episode 60
無意識の再会
「ね、殺っちゃってよ」
『…本当によいのですか』
「良いよ。それがあいつの望みだろ」
深夜、街中が静まり返っている夜明け前は酷く不気味である。そんな何処となく暗い印象を持つ空気が、とある二人の男女の高低音によって振動した。そんな二人が持つ無邪気な声色に笑顔、それがどれほど恐ろしいか。それが分かるのは淡い光を放つ一人の少女のみである。そんな少女の顔には陰りが見えた。
「あの子はきっとここに来るわ」
「それまでの余興だよ」
『……分かりました』
ぬるい向かい風が二人の男女と少女の身体を突き抜ける。そんな男女の瞳には眩しいくらいに輝く満月が姿を映していた。それが表すのは希望か絶望か、それを知っている者は誰も居ない。それでも、少しでも良い未来が訪れる様にと、少女は固く瞼を閉じて了承の意を込めた言葉を呟いた。そんな少女は、知らない。
あいつに会わなければ、俺らはきっと消える事すら叶わない。
「『くーっろちゃん!』」
「ぐえっ!!」
翌朝、お昼前になっても起きて来ない黒鋼を起こしに来たレイノとモコナは、彼の腹目掛けて全体重を預けたのだ。その行為は、奇妙な渾名と共に行われた。痛々しい呻き声は彼女とモコナに達成感を与えるには充分で、口角はしっかりと緩みきっている。そんな最悪な寝起きに、彼は思わず頭を押さえたのだ。
「おはよう御座います。良く寝れました?」
「お前らが来なかったら良く寝れたんだがな」
『朝ご飯出来てるよー!』
「…そうかよ」
モコナは元気そうに言葉を押し付けて足早に一階へと降りて行った。置いて行かれた黒鋼は未だに寝惚けているのか短い黒髪を無造作に掻き毟り、昨日買ったこの国の服に着替える。そして、部屋の外で待っていたレイノと共に少し長めの廊下を歩き始めたのだ。彼は黒を基調にしたストライプ柄のジョードプリを着用し、黒色のチャッカブーツを履いている。
「珍しいですね、黒鋼さんが一番遅いだなんて」
「…普通だろ」
「昨日のわたしの様子が気になるんですか?」
「分かってんなら聞くな」
「…大丈夫ですよ」
「取り乱してたくせに良く言うな」
「…サクラちゃんの羽根がある。進む理由はそれだけで充分じゃないですか」
コツコツ、とレイノと黒鋼の靴音が響く中、途中で割り込んで来たのは彼女の声だった。けれど、このタイミングで口を開いたのは失敗だった気がする。言葉を紡ぐ度に追い詰められて行く様な感覚は、どんどん自分の首を絞めて行っている様な気がした。そんな嫌な感覚から逃げる様に階段を降りた彼女は、その後に呟かれた彼の言葉は聞く事が出来なかったのである。
「…そう言う意味じゃねーんだよ、馬鹿女」
「おはよう御座います、黒鋼さん」
「朝ご飯出来てますよ」
「…おう」
「おっはよー、黒ちゃん」
「何で渾名が全部一緒なんだよ。打ち合わせでもしたのかてめーら」
溜め息を吐いた黒鋼は一階の床に足を踏み入れた。そこにはファイとサクラと小狼、そして、先ほど降りたレイノとモコナが黒鋼の登場を待っていたのである。ちらり、と僅かに絡み合ったレイノとの視線を流して、黒鋼は呆れた様に言葉を吐きながら席に着いた。それが合図になったのか、他の者達もぞろぞろ、と自分の席に着き始めたのである。
「おばさん、これ美味しかっ「何て?」
「…お姉さん、コレ美味シカッタデス」
「よろしい」
「…あの、『グラーツ』にはどうやったら行けますか?」
「あんた達、あの町に行くのかい?止めた方が良いけどねえ」
「探しているものがあるんです」
「……距離はあるから馬でも借りて行けば良い。ただ、あの町はおかしい事になってるよ」
「それって、どう言う事ですかねー?」
朝食後、宿屋の女将的立ち位置であろう女性が食器を片付けに来た。年の割には若く見える彼女に「おばさん」発言をしたレイノは何時も通りで、先程の痛々しい笑顔が嘘の様に思えて来る。この旅が始まる前、「前に進みたい」と、ただそれだけを侑子に伝えて具体的な行動を起こさなかったレイノはきっとこの国に来たくは無かった筈だ。けれど、自分で進むと、ちゃんと自分の足を動かすと、そう決めたレイノの気持ちの変化には、やはりファイが関わっているのだろう。そんな彼は頬杖を付いて宿屋の女性に問い掛けた。
「復興は続いているんだけどね、そんな矢先に事件が立て続けに起こってるらしいよ」
「事件、ですか?」
「変死事件、だったかしらね」
『その町に人は住んでるの?』
「最近増えて、前の様に、とまではいかないけど町としては機能してるはずさ。けど…」
「んん?」
町としての復活を着々と進めているのにも関わらず立て続けに重なる変死事件により、すっかり人は寄り付かなくなっているらしい。想像する事は難しいが、どうやら生活する事は出来る様だ。しかし、その後に続いた宿屋の女性の言葉に、一行は緊張感を持たざるを得なければならない事となったのだ。
「魔物も増えてるらしいから、気を付ける事だね」
「変死事件に魔物の増加、だって」
「黒様が喜びそうな案件だねぇ」
「魔物だけだろ」
「にしても、『グラーツ』にだけ集まるってどう言う事なんでしょうね」
「やっぱりサクラ姫の羽根、でしょうか」
宿屋を出た一行は三頭の馬を借りて、昨日購入したこの国の服に着替えて「グラーツ」に向かう事になった。小狼は白のシルクシャツに濃いベージュのベストを着込み、紺色の燕尾服を合わせている。そして膝辺りをゴムで締めた同色のズボンに白いソックスを合わせ、紺色のチャッカブーツを履いていた。サクラは緩い白のシルクシャツに黒のベストを着込み、首元にあるシルク素材のリボンがアクセントになっている。そして紅色とワインレッドのスカートを重ね、黒のエンジニアブーツを合わせていた。
ファイはクリーム色のカミーズに黒色のシャルワールを合わせ、黒のチャッカブーツを履いていた。そんな服装に合わせたダイヤモンドチャームには、きちんとしたレイノへの愛情が込められている。レイノは二の腕で緩く締められたシルクの白シャツに柿色のワンピースを合わせている。胴体の真ん中にはボタンが付けられており、腰はリボンで締められていた。そして、足元にサイドゴアショートブーツを合わせれば完成だ。
「魔術が盛んだと言ってる割には移動方法は馬なんだな」
「お金かけるの嫌でしょう」
「黒んぷがいっぱいご飯食べるからー」
「「ねー」」
「お前らも容赦なく食ってただろうが!」
カツカツ、と蹄の音を立てながら目の前の道を進んで行く一行の中で、一番最初に声を発したのは黒鋼だった。珍しい、と思ったのも束の間、レイノとファイが乱入してしまえば漫才の様になってしまうのである。それを見ているサクラと小狼が焦り、モコナが笑うのは何時もの光景で、分からない事だらけのこの現状を少しでも忘れさせてくれるのだ。
二時間ほど馬を使って進んだ先には、「Graz」と書かれた看板がぶら下がっていた。そこに着くまでに所々で遭遇した魔物らは、「グラーツ」に近付く程に増え、攻撃力も強くなって来ている気がする。そんな中辿り着いたそこは、ざわざわ、とした喧騒に包まれている様である。
「何だ?」
「宿屋の人が言ってた例の事件、だったりしてー」
「姫、捕まっていて下さい」
「う、うん」
耳障りな喧騒に眉を顰める黒鋼の隣では、ファイがへらり、と笑みを浮かべている。その後ろでは小狼がサクラを包み込む様に抱き締めており、そんな彼女は胸元にモコナに抱えていた。ゆっくりと町の中を進んで行くと、旧市街の路地へ続く道に人だかりが出来ている。そこにちらり、と顔を覗かせるとそこには目を見開かせる光景が映っていたのだ。
「うそ……」
「レイノちゃん?」
「進入禁止」と書かれたテープを辺りに張ってその中で指示を出している人物は金髪碧眼の、ファイに良く似た人物だ。少し幼さが残るその容姿は可愛らしいが、きちんと着込まれた軍服がその要素を完璧に消している。そんな彼を見たレイノは桃色の瞳を見開かせて、呆然とした様子で言葉を漏らした。それに気付いたファイの声に反応する事もなく、ただただ目の前の光景に夢中になったのだ。
死んだはずの貴方が、どうしてここにいるの。
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