episode 61
消えた欠片

「すみません。何があったんですか?」
「また変死体さ。これで五件目だよ」
「そんなにですかー?」
「犯人は…」
「いまだに見つかっていないよ」

 馬から降りた小狼は近くに居た人にこの騒動について問いを投げ掛けた。それに返って来た答えは一行が欲していたものだったが、予想を大きく上回るそれだったのである。それに僅かに目を見開いた小狼はちらり、と視線を事件現場に向ける。そこには無惨にも人の形になってはいないものがあった。異臭が漂うそれは、数時間は放置されている事を示している。


「あの人達は…」
「ああ、自警団だよ。最近できてね、知ってるかい?」
「オレ達旅をしてましてー、さっきこの町に辿り着いたんですよー」
「旅人かい。こんな騒動でお迎えになってすまないね」
「いいえー」

 苦々しい表情を浮かべながら問い掛けたレイノに、町の人は笑みを浮かべてそっと首を傾げた。それに代わりに答えたファイは同じ様に笑みを浮かべながらそっと彼女を自身の背後に隠した。それに気付いた彼女がファイの服を掴む力を強めると、ピク、と反応を示した気がする。そんな時、彼女に気付いた町の人が思わず声をあげたのだ。


「あんた、ハンターの…」
「……レイノ、です」
「…帰って来ちまったのかい」
「……はい」

 ビク、と肩が跳ねたレイノをファイは心配げに見つめるが、それに返って来る何時もの朗らかな笑みを見る事は叶わない。この国に着いてからと言うものの、彼女の口数は極端に減ってしまっている。何時も飄々とした笑みを浮かべる姿などは見えず、代わりに見たのは初めて見るであろう、取り乱した彼女の姿だった。頭を撫でて、額同士を擦り合わせて抱き締めたが、眠れていないんだろう事は分かっている。それを危惧して出来るだけ人前に出さない様にしていたのだが、やはり無理だったらしい。


「…レイノ?」
「……フェン、リー」
「お帰り」
「た、だいま」

 レイノに声を掛けて来たのは「フェンリー」と呼ばれた軍服を着込む男性だった。殺人現場で彼女の帰還を口にする彼は何処かおかしいのだと思う。しかし、彼女の言葉が途切れ途切れになるのはそれが原因と言う訳ではない様だ。その時、ファイの脳裏には阪神共和国での彼女のとある言葉が浮かんでいた。自身にそっくりだと言う人物がいる、と。もしかしたら目の前のこの男性が彼女が言ってた人物なのではないのかと、そんな考えに至ったのである。しかし、それは有り得ない事なのだ。その者は確かに、死んでいる筈なのだから。思わずぞくり、と背筋を震わせたと同時に、この場には何かを叩く様な軽快な音が響き渡っていた。


「何女の子ナンパしてるんですか、シバき倒しますよ」
「もうしてるから!」
「仕事して下さい」
「…じゃあな、レイノ」
『レイノ…?』

 先程の軽快な音は部下であるヨルによって出されたそれらしく、それを受けたフェンリーは痛みに顔を歪めて未だに響く後頭部に手を当てた。その後に背中を思いきり叩かれたフェンリーは、仕方ない、と言いたげに眉を顰め、レイノに手を振ったのである。それに反応しない彼女はらしくは無くて、モコナは思わず顔を覗き込んだ。そこにあったのは、悔しげに、けれど悲しげに歪められた顔だったのだ。その時、モコナの目が見開かれる。それは彼女も同じだった。足元で輝く物に触れれば、それは輝きを収めて消滅したのである。


「消えた?」
『今の、サクラの羽根の気配だよ!』
「羽根じゃなかっただろ」
「欠片、でしょうか」
「て言うかー、普通こんな人目に付く所にあるかなぁ?」

 その一連の動きを見た一行は揃って目を丸くした。次々に紡がれる言葉達は憶測に過ぎなくて、解決への道に進んでいる訳ではない。けれど、この時の言葉で最も確信が持てたそれはサクラの言葉だった。そして、ファイの疑問はすっかり消えてしまった喧騒の中に沈んで行く。そんな中、レイノは自身の手の平から消えてしまったサクラの羽根の欠片を握る様に手に力を込めて緩める、と言った動作を数回繰り返した。そして、誰も答えられないであろう疑問をそっと呟いたのである。


「どう言う事……?」




 このグラーツと言う町には市街地から少し離れた場所に「エッゲンベルク城」と呼ばれる森に囲まれた城がある。城門からファサードまでの間に開放的にある庭園は何時でも手入れが行き届いており、グラーツが誇る文化遺産だ。城内にはたくさんの間(ま)があり、それらの一つである「惑星の間」には噴水の上に巨大な鏡が浮かんでいる。その前に居るある一人の少女はそこに向かって静かに視線を向けていた。そして、鏡にはある男が映っており、どうやらその人物と会話をしている様である。


「レイノとフェンリーが出会った……これで良かったんでしょう」
『ああ。これで道筋を戻せねばな。期待しているぞ、サクラ』
「…ええ」

 ただ一言だけ声を出すと、ニヒルに笑ってみせた男は鏡から姿を消した。その瞬間、「サクラ」と呼ばれたその少女は大きく溜め息を吐いたのだ。道筋を戻す、なんて何馬鹿な事を言っているんだろう。そう言ってやりたいけれど、それをしてしまえば私は一生あの子に会えないから、出来ない。それを分かってて敢えて、なのでしょうね、あの男は。一番分からないのは自分の事なのかもしれない。あの子の根元は変わらないのかもしれない。けどね、少しずつでも「あの子」だけの心が出来てると、私は思うのよ。だから、あまり過信しない事ね。分かってるのかしら。

 ねえ、飛王。

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