episode 62
言葉の真意
「取り敢えず観光がてらこの町を回って見ましょうか」
「…逆だろうが」
「はいうるさい」
「てめェ…」
「まーまー。三組で分かれる、って事で良いでしょー?」
先程の殺人現場から離れた一行は広場へと集まり、これからの行動を相談する事になった。そんな所で、わざとらしく笑みを浮かべたレイノは言葉を放つ。何時もの様子に戻った今のレイノにとって、黒鋼の突っ込みなど屁ではないのだ。そんな黒鋼を軽く流してファイが選んだのは、レイノとファイ、黒鋼とモコナ、サクラと小狼、と言ったペアである。その結論に苦々しい表情を浮かべた黒鋼だったが、サクラと小狼の笑顔とモコナの襲来により了承せざるを得なくなったのである。そんな良く分からない苛立ちを、黒鋼はファイに向けたのだ。
「魔術師、てめェ…小娘となりたかっただけだろうが」
「そんなこと無いよぉー。だって、心配でしょー?」
「ああ?」
「この国に来てからあの子、ちょっと変だし」
「…あいつ、何か隠してやがる」
「隠してる、って…」
「どうやら、何かの理由を付けねー限りここには戻りたくなかったらしいな」
「理由…」
しかし、ファイはそれさえも笑顔で流したのである。けれど、彼も彼なりの考えがあった様だ。それは黒鋼も思っていた事である。ちらり、と向こうを見ればサクラと小狼と談笑しているレイノの姿が見えた。普段と変わりないと思うが、そんな中でも一瞬、痛々しい程に顔を歪めるのだ。それに惹かれるオレはきっと、あの子の事を何も知らない。前に進みたい理由も、ふとした時に顔を歪める理由も、時折身体を震えさせる理由も、何も知らないんだ。
「何か色んな物があるねぇ。夜魔ノ国の城下町みたい」
「分かります。あの時ファイさん、かんざしくれましたよ、ね…」
レイノとファイは、ある商店街へと足を運んでいた。グラーツでは地元ブレンドのワインやパンプキンオイルなどが有名で、「カイザーヨーゼフマルクト」と言う青空市場で売られている。その他にも採れたての果物や花などの匂いが混じり合い、鼻が幸せだと教えてくれていた。そんな所をゆっくりと歩きながら、二人は会話を続けている。そんな中、ふと目に入ってしまったダイヤモンドチャームに、彼女は思わず仄かに頬を赤らめたのだ。
「……ああ、これ?レイノちゃんからの初めてのプレゼントだからねー」
「そ、その言い方ずるいと思います……」
「えへへー、お揃いみたいだよねぇ」
「だ、だからそう言う言い方恥ずかしいんですって!」
レイノの視線に気付いたファイは数瞬ぱちくり、と瞬きを繰り返したが、すぐに笑みを浮かべて首元にあるネックレスを軽く指で持ち上げた。そして、嬉しそうに彼女が付けているバチ型簪をそっと指でなぞったのである。その間に紡がれた言葉は彼女の羞恥心を煽るには充分だった様で、目の前の彼女は焦った様に簪に触れた。なかなか見れないこんな彼女に、彼は思わずくすくす、と笑みを溢したのである。
「あ、レイノちゃん、お金ってまだあったっけー?」
「まだありますけど…何か欲しいんですか?」
「お腹空いちゃった」
「子供ですか」
「だってお昼時でしょー?果物美味しそうなんだもん」
「グラーツの果物はいつも採れたてだからみずみずしくて新鮮だよ!どうだい?」
「ほら。お店の人もこう言ってるしー、ね?」
しばらくしてから笑みを止めたファイは、とある店の前でしゃがみ込んでレイノを見上げた。そして浮かべた笑顔に、彼女は思わず呆れた様にぱちくり、と瞬きを繰り返したのである。しかし、店員の勧めと首を傾げる、と言うファイのあざとい仕草に彼女は溜め息を吐いて、桃とラ・フランスを一つずつ購入する事になったのである。
「美味しいねぇ」
先ほど購入した果物に歯を立てて、その力を少し強めると口元からはシャク、と言った軽快な咀嚼音が響く。そしてそれを口内に放り込めば、僅かな水分を体内に取り込む事が出来るのだ。甘さと酸味が程好くあるそれらは小腹を満たすのにちょうど良い食品である。ファイの言葉に笑顔で頷いたレイノもそう思っている筈だ。
「…レイノちゃん、どうしたの」
「え…」
「この国、って言うか、この町に来てから変だよ?」
「あ…いや、その…」
「何か思う事でもあるの?」
小さめの公園に設置されているベンチに腰掛けたレイノとファイの間に、会話は無かった。しかし、そんな沈黙を破ったのは彼の確信めいた問い掛けである。いつかは聞かれるだろうと、分かっていたはずなんだけど、いざ聞かれるとやっぱり身体は反応しちゃうみたい。どう言えば良いのか分からない。けれど、もう逃げられないと分かってる。そう決心した彼女は、唇をそっと開いた。
しかし、それを止めたのは懐かしい感覚だった。間違う筈がない闇の属性の魔力のそれは自然と自身に入り込んで来る。けれど、有り得ないのだ。あの時、この町に居た者達は全て消えた筈なのだ。ふわり、と鼻腔を擽る桜の花の香りは懐かしく、そして、酷く惨めな気持ちにさせた。
「…レイノちゃん?」
「…やっぱり、おかしい……」
「え?」
良く分からない疑問達がレイノの脳内を巡る中、そんな彼女の様子がおかしい事に気付いたファイは不安げに彼女の名を呼んだ。その後に呟かれた彼女の言葉に、真意が全て込められていた様に思う。けれど、それを理解出来るほど、オレはこの子の事を知らなさすぎた。すると、彼女の後ろから子供特有の高い声が響き渡ったのだ。その子を見た一瞬、彼女の顔が歪んだのは何故だろうか。
「…元気だね。コケちゃうよ?」
「大丈夫!この町の果物美味しいでしょ?僕も大好きなの!」
「…知り合いなのー?」
「いいえ。けれど、多分この町の子でしょう。服が豪華ですし、王族でしょうか」
「…このお兄ちゃん、なあに?」
「一緒に旅をしている…仲間、かな」
「……お前は、独りだろう」
「え…」
近付いて来た子供と目線を合わせる為にしゃがみ込んだレイノは柔らかな笑みを浮かべ、それを目の前の彼に向けた。装飾品が多い彼は、どうやら城から下って来た様だ。王族の親戚、とでも言えば良いのだろうか。その事を理解したファイも彼女に倣ってしゃがみ込むが、その瞬間、目の前の子供の雰囲気が変わったかと思えば唐突に巨大化したのだ。そこに突如として現れたのは魔物だった。
「レイノちゃん!」
「魔物が、何で…」
ファイは反射的にレイノを庇い、近くにあった木棒を手に取ってはそれを構えた。その間にこの町の人々には避難して貰っている。蹴りや打撃などで攻撃を繰り返すが、ダメージを受けている気配は無い。その事から分かった事は、目の前の魔物は異様に防御力が高い、と言う事だ。碌な武器がない今、二人は追い詰められている状態になっていた。そんな時に受けた攻撃によって、彼女の白い頬には赤い傷が生まれてしまったのだ。そして、それはどんどん広がって行く。
「…あれ、どう言う事ー?」
「分かりません。取り敢えず目の前のこいつをぶっ倒すのが先、ですかね」
「だねぇ」
レイノとファイは持ち前の身体能力を使い、屋根を次々と渡って行く。しかしそれは常人には出来ない事だ。そんな行動を繰り返した後(のち)に辿り着いたのは、大きな噴水が中央に設置されている広場である。周りに人は居ない。障害物もない。人間がどうして魔物に変わったのか、と言う疑問はこの際後回しだ。異様な気を放つ目の前の魔物を倒す為、二人はそれを視界に入れたのである。
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