episode 63
違和感
「観光っつってもよ、この国の地理分かんねーのにどこをどう見ろってんだよ」
『大丈夫!モコナがいればきっと戻れるよ!』
「白まんじゅうは当てになんねェ」
『何でよー!』
黒鋼とモコナは、住宅街へと足を踏み入れていた。旧市街とは違い、眩さがあるそこでは彼の様な服装の人間は目立つのである。広場や商店街と比較すれば静けさがあるが、そうなってしまう程度にはやはり人が居るのだ。住宅街を抜けた先には森林に囲まれたエッゲンベルク城があり、黒鋼とモコナはそこを目指す事になったのだ。
「…で、羽根の気配は感じてんのか?」
『…うん。ある、けど…何かに守られてるみたい。弱いの』
「はあ?意味分かんねーぞ」
『けどお城にあると思うよ!変な気配はそこからしかしないもん!』
モコナが指らしき物で差したのは、目の前に聳え立つ巨大な城である。それは、それだけ違う次元にある、と錯覚しそうなほど真っ白で神聖な物だ。迂闊に近付いてはいけない様な、そんな感覚に陥る。ここにもう一人魔力を感じ取れる人間が居れば何か分かったかも知れないが、叶いもしない事を願っても仕方がないのである。
「…取り敢えず飯だ飯。酒は…駄目だな」
『良いじゃん!飲もうよ』
「死んでも飲むか、クソまんじゅう」
『あー!モコナのこと貶した!!侑子に言おーっと!』
「んだと!?」
黒鋼は目の前の城の神聖さに気付いた様だが、モコナには敢えて言わない事にした。言ってどうにかなる話ではないからだ。それに、自分達の独断で行く訳にはいかないのである。視界の端に映る城は、思わず彼に悪寒を走らせた。自身に魔力と言った力は無い筈なのに、何故か、嫌な気配が止まらないのである。
「ここ、どこでしょう……」
「…迷ったみたい、ですね」
「どうしよう……」
「何かご用で?」
サクラと小狼はグラーツの郊外へと足を踏み入れていた。魔術師や自警団、金工師などが生業としている所だ。大体の人は城で勤務している為、今居るのは自警団くらいだろう。そんな所に迷い込んでは周りを見渡す二人に、声を掛ける人物が居る。その人物はこの町に入って来てレイノに声を掛けていた男性を叱っていたそれだった。
「貴方は…」
「自警団の者です。何かありました?」
「えっと、あの」
「ヨル?そんな所で何やって…」
迷子になったらしいサクラと小狼のは自警団である、とある人物に声を掛けられていた。その人物の名はヨル、と言う。ヨルの上司であるフェンリーがそう呼んでいたから間違いないだろう。二人が立ち止まっていた場所は、どうやら自警団本部の前だったらしい。そんな所で加わったもう一つの声は、先ほど聞いたそれだった。
「貴方は…」
「あ、レイノの友達だよな!俺のこと聞いてる?」
「い、いいえ。全く」
「えー…あいつ何も言ってくれてねーの?まあ良いけど。オレはフェンリー、レイノの幼馴染だよ」
「レイノちゃんの?」
フェンリーはサクラと小狼の姿を視界に入れた途端、唐突に人懐っこい笑顔を浮かべた。それを見た二人は安心した様に息を吐き、ここで初めてレイノとフェンリーの関係性を知ったのである。何も教えてくれないレイノの事を少しでも知れた喜びにサクラは頬を緩ませるが、小狼は言い様のない違和感を感じていた。
「ま、よろしく頼むわ。えっと…」
「…小狼です。こっちはサクラ姫」
「そ。よろしくな、サクラちゃん。小狼君も」
今のフェンリーの言葉が話を逸らしたものなのか、ただの思い過ごしなのかは分からない。しかし何にせよ、小狼は再び軽い違和感を感じた。そんな小狼を置いて、フェンリーは先程の笑みを浮かべたままサクラに手を差し伸べる。その後に彼女も礼儀と思い、握手を交わしたのだ。その時、一瞬目を見開かせた彼女の存在を、この場に居た者達は誰も知らないのである。
氷の様に冷たい手に、私は思わず逃げたくなった。
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