episode 68
幼馴染みの記憶達

『やっぱり馬鹿ですね、貴女は。あんなどしゃ降りの中捜索に行ってたんですって?』
『う、うん……』
『もう一回言わせて、お前馬鹿だろ』
『あうう……!』
『おかゆ作って来ますから、水飲んで寝転んでて下さいね』
『え、けど…悪い『寝てろ』…はい』

 場面が変わったその中はどうやら梅雨の季節の様である。レイノの部屋の窓から見える景色では、しとしと、と雨が降り続いている。恐らくそれの中の前日の天気は、どしゃ振りの大雨だったのだろう。それなのに初夏の格好で外出したであろう彼女はやはり馬鹿である。実際二人の幼馴染に思い切り貶されている。


『…俺さ、止めなかったっけ?この国は雨降ったらスモッグが出るからお前みたいな方向音痴は駄目だって』
『ん……ごめん、ね』
『ほんっと分かってねーな』
『心配、した?』
『…当たり前だろーが。いつまで経っても来ねーし』
『ごめ…』

 唐突に口が悪くなったヨルが部屋を出るのを確認すれば、フェンリーは溜め息を吐いた。しかし、虚ろになって行くレイノの視界では、そんなフェンリーの様子をしっかりと見てやる事は出来ない。ただ、途切れ途切れに謝罪の言葉を贈る事しか出来ないのだ。けれど、その後に続いた言葉に、彼女は目を見開く事になる。


『また、消えたのかと思った』

 そんな事、ある訳がないのに。


『…消えないよ』
『分かんねーだろ』
『…じゃあ、ちゃんと見てて。逃げないから、ね』
『約束破ったら今度の遠征費全部出せよ』
『破産するんだけど』

 レイノは眉を下げては、布団から覗かせた顔に苦笑を浮かべた。それがとても儚く見えて、フェンリーは消えない様に彼女の熱く、細い手を握る力を強めたのである。何時か消えるかも知れない。この温もりを感じる事が出来なくなるのかも知れない。けれど、それでも、今のこの瞬間だけは俺のものだと、そう感じたかったんだ。





『こんなに、こんなに好きだったのに、どうしてレイノを傷付けるの……?』
「…多分、君には分からないよ」
「フェンリーさん…?」
「こうでもしないと、俺は…俺達は消える事が出来ないんだ」
「何で消える必要がある?」
「……レイノの為、とでも言っておこうかな」

 黒鋼の肩にしがみ付くモコナは、目尻の涙を浮かべて震える声で言葉を紡ぐ。それに前髪で片目を隠しながらおざなりに呟くフェンリーの気持ちは、この場に居る者達にはきっと分からない。教えたとしても、きっと理解しては貰えないのだろう。それでもレイノの馬鹿みたいな願いを打ち砕く為に、その為だけに俺は、俺達はこうして対峙し続けるしか方法は無いんだ。




『…あら?』

 足元に転がって来た破片を思わず手に取ると、そこには成長したレイノとサクラの再会が描かれていた。レイノは雑に伸ばしたふわふわとした茶髪をお団子、として一つに纏めており、サクラは腰まで伸ばした紫のグラデーションカラーの髪をサイドアップにして纏めていた。そんなサクラは何時の間にかエッゲンベルク城に住み着いているレイノに気付き、思わず声を漏らしたのである。


『…あ、えっと』
『貴女、あの時の女の子よね?』
『…覚えていたんですか』
『もちろんよ!ずっと会いたいなあって思ってたんだから』
『……わたし、も』
『ん?』
『わたしも、会いたかったです』

 短いサクラの声に気付いたレイノは戸惑った様に慌てふためくが、それを止めたのは何処か嬉しげなサクラの手の力だった。瞬きを繰り返すレイノの姿は初めて見た時から何も変わってはいなくて、思わず笑みが零れてしまうのはきっと懐かしさを感じているからだ。しかも、照れ臭そうに言葉を紡ぐレイノを見てしまえば、思わず抱き締めてしまうのは仕方のない事なのである。


『あ、ああああの!』
『私ね、サクラ・イ・ゾルグって言うの。サクラって呼んでね!貴女は?』
『レイノ・アン・クォーツ、です。レイノって呼んで、下さい』
『敬語なんて止めてよ。何かくすぐったいわ』
『…あ、えっと、うん』
『これから何するの?』
『ご飯食べに行こうと思って』
『あら、良いわね。ご一緒しても良いかしら』
『も、もちろん!』

 間近に感じるサクラの温もりに思わず赤面して焦りを見せるレイノは年相応で、とても可愛らしいと、そう思った。何時も黒鋼を弄り倒す一面からは想像出来ないほど純粋で、そんな所もレイノの魅力なのだろうと、そう思う。姉妹の様であり、親友の様であるこの二人からは、今戦う事になっているなんて誰が思うのだろうか。
 その後に続く巡り巡る記憶達を見ても「仲が良い」、それだけしか浮かび上がって来なくて、今目の前で繰り広げられる痛々しい戦闘は見るに堪えない。早く終われと、そう願ってもなかなか終焉は来ない様だ。しかし、終わらない方が良かったのかも知れない。この後に続く場面はレイノが必死に隠して来た事で、きっと思い出したくなかったのだろう事で、それをただ見つめる事しか出来ない自分が、酷く憎かった。


prev next