episode 71
二度目の旅立ち

 翌日、一行は首都へと赴き、とある場所へと足を運んでいた。そこに並ぶのは数え切れない程の墓石である。それらの多くがレイノが起こしてしまった魔力の暴発による死してしまったこの町の人々だ。等間隔で揃えられたそれらを眺めては顔を歪めるレイノは酷く痛々しい。それでも前に進んだレイノは、エジリンに案内された場所に跪き、目を閉じた。その前に並んでいたのは「Henry」と彫られた墓石と「Sakura」と彫られたそれである。


「霊園、ですか」
『はい。この霊園は世界規模を誇るものです』
「こんなにもお亡くなりに…」
『レイノ様の一件でかなり墓石が増えましたけれども』
「…ごめんなさい」
『いいえ。あの頃のこの国はどこかおかしかったと、主様はいつも言っていました。だからこそ自警団を作り、せめて自分の町でもと、そう願ったのでしょう』
「そんな事を…?」
『けれど、変わったようです。貴女と…レイノ様と出会って、心から守りたいと、そう仰っていました。それも全てサクラ様の夢によるものだと』
「…夢見か」
『ええ』

 サア、と一行の間に爽やかな風が吹き抜ける中、エジリンはフェンリーの墓石を優しく撫でながらちらり、とレイノに視線を向けた。試す様に言ってみたのだけれど、ここまで打撃を受けているとは思っていませんでした。ファイ様にかなり支えられているみたいですが。そんな事に思わず含み笑いを浮かべて、エジリンは一行と向かい合い、つらつら、と言葉を紡いで行く。


『何かが起こると分かっていた様です。それが、レイノ様の人生を大きく左右する事も、抱いてはいけない願いを持ってしまう事も』
『願い?』
「…わたしにとっては数ヶ月前の事でも、この国に…『グラーツ』にとってはすっごく前の事、なんだね」
『はい』
「…すごく、幼かったんだと思う、わたしは。ただ、もう一度だけ会いたいって、そう思っただけなの。それがいけない事だとも、叶う事がない事も分かってなかった。黒鋼さんの言う通り、楽観的だったんだろうね」
「お前…」

 「サクラ」の夢では、レイノは飛王に見初められていた。決して純粋なものではないそれは、のちのレイノを酷く苦しめる事になると分かっていた。けれど、未来を変える事はとても難しい。自身が話せば、また別の選択肢が増えてしまう。だからこそ言えなかった。いつも笑顔なレイノを消したくは無かった。ただの、人の欲望だった。
 そんな「サクラ」の思いなどは知らないレイノは酷く幼かったのだと思う。ただ毎日が幸せで、楽しくて、こんな日々が続けば良いと本気で思っていた。記憶のない幼少期など忘れて、目の前の二人の幼馴染みがあまりに大切だった。それはあまりに幼く純粋で、また、馬鹿な感情だった。今までどれだけ守られていたかも知らないで、へらへら笑ってばかりで、無知とは罪だと、この時わたしは初めて知ったのだ。


「わたし達の前に現れた二人は…」
『サクラ様の羽根で意図的に動かされていた、と考えてよろしいかと』
「それは、お二人の意思ではない、と言う事ですか?」
『そうであって欲しいと、願っております』
「黒ぷーはどう思ったのー?」
「…殺気は確かにあった。だが、敵意は無かった」
「サクラも、最期に力を抜いてたし…そう言う、事なの、かなあ」
『…お二方はいつも、貴女の事しか考えていませんよ』

 そう断言したエジリンの顔は何処か悟っていて、なぜだかわたしは、酷く泣きたくなった。刀を教えてくれた事も、魔術を教えてくれた事も、消えるな、と言ってくれた事も、オシャレを教えてくれた事も、わたしは全部与えて貰う事ばかりだった様に思う。それが全てなのだろう。ぶちぶち、と足元の人工芝の草が千切れる音がする。


『貴女がこの先幸せで在れる様に、笑顔を失わない為にはどうするべきか、いつも考えていました』
「…馬鹿、だねえ」
『ええ、大馬鹿です。だから、もう戻って来ないなんて、そんな事、思わないで下さい』
「…それ、誰から…」

 いつも一緒に笑っている時、そんな事ばかり考えていたのか。いつも一緒に話している時、そんな事ばかり願っていたのか。どうして、わたしの事ばかりなのだろうか。どうして、わたしはただ守られるばかりなのだろうか。少しでも力を付けて、二人に追い付きたかった。けれど、二人はそれよりも前を行ってたんだね。それだけが悔しくて悔しくて堪らなかった。だから言ったのに、いつの間に告げ口してたんですか。ファイさん。


「あはは、バレちゃったー」
「バレますよ!わたし貴方にしか言ってないですもん!」
「オレだけだってー」
「うぜェ」
「話聞いてます!?」

 思わず睨み付けると、そこには悪びれた様子もなく、何時もの調子でへらへらと笑みを浮かべているファイが居た。そんな、ある意味何時も通りな彼に苛立つわたしはかなりストレスが溜まっているのだと思う。そして、黒鋼さんを茶化す様に近付いて行く様子にも苛立つわたしが自分でも良く分からない。そんな光景を見て焦るサクラと小狼、くすくす、と笑みを溢すエジリンは酷く対称的で、わたしは思わず頬を膨らませたのだ。


「んー……あのね、レイノちゃん」
「…何ですか」
「フェンリー君とサクラちゃんはね、信じてるんだと思うよー?レイノちゃんのこと」
「え…」
「幸せになってくれるー、って」
「…そんな、こと」

 不貞腐れたレイノを見ては苦笑を浮かべたファイは彼女と同じ様に墓石の前でしゃがみ込み、そっと彼女の頭を撫でた。それでもなお不貞腐れていた彼女だったが、その後に続いた彼の言葉に、思わず目を見開いたのだ。馬鹿だと、心底馬鹿だと、そう思った。だって、そうでしょう。どうして、自分の為に生きないの。わたしはいつでも自分の為に進んでいたのに、どうして。そんな自問自答が脳内で繰り返される彼女の頬に、何か温かいものが飛び付いて来た。モコナだ。


『レイノが幸せじゃないならね、モコナが幸せにしたげる!』
「も、モコナ…」
「私も!」
「サクラ、ちゃん…」
「もちろんオレも、小狼君もだしー。あ、黒ぷーもだよねー」
「だから俺にふるな」
「だから、ね」

 唐突に告げられた言葉はぱちくり、と瞬きを繰り返す、と言う行為をするには充分なものだった。それに群がる様にサクラ、ファイと言葉を掛ける彼らは酷く楽しげで、レイノは戸惑う事しか出来ない。ちらり、と周りを見やれば小狼は優しげな笑みを浮かべていて、ツン、とした痛覚に苛まれる。どうやらわたしは皆の笑顔に弱いみたい。


「今だけは、泣いて良いんだよ」

 そして、染み渡る様なファイさんの声にもきっと、すごく弱いんだ。




「有り難う御座いました」
『いいえ。こちらの事情に巻き込んでしまい、申し訳ありません』
「謝らなくても良いのにー。羽根も戻ったし、レイノちゃんも号泣したし、一石二鳥でしょー」
「後半絶対違いますよね!」

 霊園を出た一行とエジリンは二、三言、言葉を交わしてから別れの挨拶を口にした。それを代表した小狼に、エジリンは思わず苦笑を浮かべながらも言葉を返したのだ。そんな会話に割って入ったレイノとファイは先程の真面目な雰囲気は何処へやら、何時もの調子を取り戻している。そんな光景に対しての反応は、呆れた様に溜め息を吐く者とくすくす、と笑みを浮かべる者と分かれたのだ。


『レイノ様、必ず帰って来て下さいね』
「エジリン…」
『帰って来て、もう一度一緒に、一から始めましょう』
「っ…うん」
『それまでは、任せて下さい』
「…この国の事、お願いします」
『はい』

 モコナの背から大きな羽が生えると足元に侑子の魔法陣が現れ、それを中心に沸き上がる様な風が巻き起こった。どうやらそろそろこの国ともお別れらしい。目の前の使い魔には頼りっぱなしだった様に思う。全てを知っていて、それでも誰にも言えない辛さはきっとわたしには分からない。そして、待つ辛さも、きっと分からないのだ。それを敢えて負わせるわたしは性根が曲がってしまっているのだろうか。けれど、そんなわたしでも良い、と言ってくれる仲間がいる。そんなわたしを見守ってくれる友達がいる。それだけでわたしは救われるのだ。そして、前回言えなかった「行って来ます」を口にして、一行は、レイノはミッドガルド国から姿を消したのである。


『彼らの旅路に幸多からんことを』

 そう言って見上げた空は、酷く晴れていた。

prev next