episode 74
怖いお父さん(仮)
「あはは。微笑ましいねぇ」
知世らと別れ、夜の帳が下りる頃のピッフル国には車や高層ビルなどの光が溢れていた。それを浴びるのは一行も例外ではなく、ドラゴンフライの操縦が苦手なサクラの為に小狼がサクラに指導を行っている。それの為にトレーラーの前には数個のスポットライトが置かれているのだ。そして時たま、互いの手が触れ合ったりなどと言う青春じみた事が起こるのだ。嗚呼、可愛い。そんな様子を見つめるレイノとファイの顔には優しげな笑みが浮かんでいた。
「そういえば、今日の黒たんも微笑ましかったー」
「ああ?」
「知世ちゃん、でしたっけ」
冷蔵庫に入っていた炭酸水とレモンは、レイノにとある物を思い浮かばせた。グラスに炭酸水を注ぎ、そこにはちみつ、レモン果汁を入れる。それらを混ぜる為にマドラーを動かすとカチャカチャ、と言った軽快な音が響く。しっかりと混ざりきったら氷を入れ、余ったレモンをグラスに刺せばはちみつレモンソーダの出来上がりだ。それを持ってリビングに戻れば、ファイが黒鋼に二本目の酒を渡している所だった。朗らかな雰囲気に包まれていると思われたが、それは彼女が放った一言により打ち破られたのだ。言わない方が良かったかな、なんてもう遅い。
「でも、結構会うもんだねぇ、姿は同じでも同じじゃない人に。日本国の知世姫もあんな感じだったの?可愛い子だったねぇ、面白いし」
「…おまえはまだ会ってねぇようだな」
「っ黒鋼さ…」
「逃げ続けなきゃならねぇ理由と」
特に核心を突く様な流れにしたい、と言った訳ではなかった。そして、この話題に黒鋼が乗っかって来るとも思っていなかった。旅の序盤から我関せず、と言った態度を取り続けていた彼がファイに干渉する様な言動をするとは考えなかったのである。だからこそ止めようとしたのだが、どうやらそれは遅かったらしい。ファイの今の顔は酷く暗く、笑ってはいるが瞳に光は感じ取れなかった。
「同じ顔でも、同じ奴とは限らねぇけどな」
「…分かるよ。ただ同じ顔をしているだけなのか、それともあの人なのか、オレには分かる」
レイノの言いたい事が分かったのか後付けの様に言葉を発した黒鋼だったが、それもまた無意味だったらしい。見た事もない様な顔付きをしたファイは、焦点が定まらない瞳で何処かを見つめていた。何も言えなかった。嗚呼、これがファイの闇なのか。わたしにはどうする事も出来ないのか。
しかし、一瞬で何時もの笑みを浮かべたファイは頬杖を付いて黒鋼を見つめている。嗚呼、胸糞悪ィ。そう思うのは黒鋼だけではない筈だ。そんな、何処か意味深な雰囲気を醸し出すトレーラー内とは一方で、外からは騒がしい声達とエンジン音が近付いて来ている。それが止んだと思ったが、次の瞬間には驚く程の打撃音がトレーラー内に響き渡ったのである。
「大丈夫ー?」
「ふ、ふぁい……」
地震でも起こった様な揺れに対してレイノは持っていたグラスに入っている飲料を零さない様に努力したが、その代わりに身体の安定を保てなくなっていたのだ。それに気付いたファイは彼女の身体を抱き留めた。それにより、二人の距離は物理的に酷く近付く事となる。嗚呼、恥ずかしい。
「ごめんなさい〜!!」
「サクラちゃん、豪快だなぁ」
「すっごいへこんでる……」
「…んとに大丈夫なのかよ」
トレーラーの外を見れば一部分がへこんでおり、そこからは黒煙が舞い上がっていた。後ろでは小狼が焦っており、反対にモコナは面白がっている。そんな中、レイノはへこんだそれを興味深そうに見つめていた。何処かズレている、そう思うのは仕方のない事である。こんな調子で明日を迎えても大丈夫なのだろうか。黒鋼の悩みは尽きそうにない。
翌日はドラゴンフライレースが行われる日となっていた。それの会場には出場者だけではなく、観客も大勢訪れている。空には紙吹雪や白煙が舞い、メインステージは一種のパレードの様になっていた。それらの周りに、黒鋼とサクラは居た。レイノらは受付に足を運んでいたらしく、小狼が持っている紙にはレースの行程などが説明されている様だ。
「なんか、レースって2回あるみたいですよ」
「ああ?」
「予選と本戦の2回ですわ。まず、今日行われるのが予選。その予選に勝ち残った方が本戦に進む事が出来ます」
一行が居るそんな場所に、知世とボディーガードらが姿を現した。知世はレースについて話していたかと思えば、ふわり、と腰近くまで伸ばした艶やかな黒髪を風に靡かせる。この子可愛いんだけどねえ、性格のせいで色々と損してそうな気がするんだよね。わたしだけかな。そんな事を思われているとは知らないであろう知世は、「というわけで」と言葉を続けて何処からかビデオカメラを取り出した。
「さっそく撮らせて頂きますわー!」
いや本当、顔面詐欺だとは思う。
トランペットの音が合図だった様にドラゴンフライレースの開始のアナウンスが会場中に響き渡る。今回のレースは賞品のおかげか、参加者も過去最高らしい。しかし、このレースで20位以内に入らなければ本戦には進めないのだ。そんなシビアなこの会場内には「ドラゴンフライ」のエンジン音とうるさすぎる歓声でまみれていた。
『なんか見た事ある顔いっぱいだね』
「え、ええ」
「龍王…じゃない」
「なんか、この国は別の世界で会った人に妙に会うなぁ」
周りを見渡せば高麗国の春香、桜花国の龍王、ミッドガルド国のサクラなど、知っている顔の人物が沢山居る。しかし、違うのだ。「異世界の別人格」と言う情報を忘れていれば、思わず声を掛けてしまっていただろう。今見た中でも13人は居ると言う事実に、一行は思わず瞬きを繰り返した。
『お待たせしました!皆様!時間です!!』
そんな不思議な現状に少なからず戸惑いを覚えながら、再び流れたアナウンスに耳を傾けた。すると、大きな音を響かせながらチェッカーフラッグを持った知世が姿を現したのである。それが振られる時、いよいよ「ドラゴンフライレース」がスタートされるのだ。まずは第一歩、予選通過を目指すのみである。
『さあ!豪華賞品を手に入れるのは一体、誰なのか!?ドラゴンフライ達、綺麗に飛び立ちま…』
「きゃー!」
スタートラインから一斉に風を切る音が響き渡る。そんな中、一機だけがガスの抜ける音を響かせており、それをレースの実況者が発見した。サクラである。機体のバランスを崩した様で、平衡感覚が可笑しくなってしまった様に見える。一直線に並ぶドラゴンフライから漏れ出す彼女の機体はある意味目立っていた。
『さっそく一機失格かー!?』
「姫!」
「あらら」
「焦ってるサクラちゃん可愛いほんっと」
「ダメダメじゃねーか!のっけからかよ」
焦りを見せるサクラに気付いた小狼はスピードを緩め、隣に並んでやる。彼女はそれに気付いているのだろうか。スタート早々で脱落寸前な彼女を見て、レイノは逆に見ている側が引くくらいにもサクラを心配していて、それに対して黒鋼は溜め息を吐いては突っ込んでいた。それも含めて、ファイは苦笑を浮かべているのだろう。だが、ここで落ちて貰っては困るのだ。この予選を通過しなければ、その先の本当の舞台に立ても出来ないのだから。
『きゃー!きゃー!』
「ゆっくりペダルを踏んで!そのままハンドルを上に!」
「は…はい!」
『いや!持ち直しましたー!!』
サクラが幾らアクセルペダルを踏んでも機体が安定して飛ぶ事は無い。彼女の頭上に乗っているモコナは、逆にこの状況を楽しんでいる様に見えるのは気のせいだろうか。だが、そんな彼女の傍に機体を寄せた小狼はアドバイスを叫んだ。そんな二人を見たレイノとファイ、黒鋼の三人はサクラを小狼に任せて先を急いだのである。
黒鋼の機体のサイドミラーには、よたよた、と蛇行走行をするサクラの機体が映っている。それが気になるのか、彼は横目で頻繁にそれを見ていた。もちろん、今のスピードを維持し続ける事も忘れずに。そんな彼の両隣にレイノとファイの機体が並ぶ。しかし、極力関わりたくないのか、黒鋼はスピードを速めた。
「待ってよーう」
「照れ隠しですかー?」
「これは勝負だろうが。無駄口たたくな」
「それもそうだねー。んじゃ」
しかし、それにたやすく追い付いて来る辺りに、また腹が立つのだ。黒鋼の言葉に若干本気を出したのか、ファイはエンジンを震わせてスピードを上げた。そして、その一瞬の間にファイの機体は小さくなって行ってしまったのだ。それを視界に入れた黒鋼は「最初から真面目にやれ」と、小言を呟いたのである。
「で、お前は行かねーのか」
「行きますよー。その前に一言だけ。後ろは任せましたよ、お父さん」
「誰が『お父さん』だゴルァ!」
前の列に繋がって行くファイに続くと思われたレイノだが、一向にスピードを速める様子は無い。何処か真剣な雰囲気を漂わせる彼女だったが、最後の一言に黒鋼がぶち切れた。当たり前である。そんな中、雲の中から現れたのは「ドラゴンフライレース」上位入賞常連組だ。そして次にそれらに混ざろうとする様にスピードを速める機体が三機、現れたのだ。
『今回初エントリーの三人!『ダーツ号』と『ツバメ号』と『黒たん号』だー!!』
「なんつう名前つけてやがんだてめぇら!!」
「可愛い名前のほうがいいかなーって。オレのほうの名前はモコナが付けてくれたんだー」
「顔に似合わず可愛いですねえ羨ましいです」
「小娘てめえ思ってねーだろ棒読み感丸出しなんだよ!!」
現れた三機と言うのは、レイノとファイ、黒鋼が乗っている機体だった。先頭集団に追い付いたのは大変よろしい。しかし、その機体の名前が問題なのだ。こんな所でもただひたすらに弄られる黒鋼はある意味天性ではないのだろうか。ちなみにレイノの機体の名前は、「ダツ」と言われる頭部が尖っている魚が関係しているらしい。
抜かしたり抜かされたりを繰り返していると、急に風が荒れ始めたのだ。突風である。ドラゴンフライはかなり軽い為、風の影響を受けやすいらしい。現に、いくつもの機体が脱落している。そんな中、レイノら三人と小狼は難なくそれをクリアして行った。戦いに身を置いていた事もある為か、反射神経は素晴らしい。
「「ひゅー」さすが小狼君。いつもみたいに「まだまだ」とか言わないの?」
「ふん」
「格好良いですね、黒鋼さんもあれくらいやれば良いのに。脳震盪起こしますか」
「シバくぞ」
「サクラちゃんは?」
残るはサクラのみである。先程の蛇行走行を見ている辺り、難なくクリア出来るとは到底思えない。しかし、それは杞憂に終わった様だ。彼女はまるで風の通り道が分かっている様に、まるでそう進むのが当たり前だと言う様に綺麗なターンを魅せたのだ。先程の蛇行走行は何だったのだろうか。
『これはすごいー!初エントリーの『ウィング・エッグ号』見事なターンです!!』
『すごいよサクラ!!』
「サクラちゃんかっこいー」
「何あのターン惚れそう」
「声のトーンを上げろ」
素晴らしいターンをし終えた後、一息付いて興奮しきっているモコナを嬉しそうに受け止め、小狼の方に向かって笑顔でサインを出したのだ。そんなサクラの様子に安堵の息を吐いた黒鋼だったが、隣で走るレイノの声のトーンが洒落にならないほど本気だったので、一応突っ込んでおく。こいつはいちいちボケねーと気が済まねェのか。
「素晴らしいですわー!!これは更に盛り上げねばー!!」
『おお!知世社長にスポットが!?』
そんなサクラの様子は、彼女を溺愛している知世のビデオカメラによって全て記録されていた。テンションが上がりきってしまった知世はビデオカメラをボディーガードに持たせ、ある物を翳した。それは充電電池基い、サクラの羽根である。それからは光が射出されており、それはある塔を指し示していた。それが予選のゴール地点となるらしい。
『さあ!あの電池は、一体、誰の手にー!?』
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