episode 75
不思議な光線

「あれが羽根なら勝つ必要ねぇんじゃねぇのか」
「んー?」
「どう言う事ですか?」
「奪っちまってあの白まんじゅうの口からまた別の世界に行きゃ済む事だろ」
「黒様、悪いひとだー」
「ここまで来るといっそすがすがしいですよねえ」
「てめぇらには言われたかねぇよ!」
「でも、あれは捕ってもしょうがないかもー」

 知世が充電電池を世間に見せた事によってより一層盛り上がりが増したドラゴンフライレースも佳境を過ぎた。それに参加している一行の一人である黒鋼は、真顔でまるで泥棒の様な事を言い放ったのだ。この場に後方の二人が居たら二人して焦っている事だろう。それにしても、黒鋼が考えそうな事である。
 そして、そんな黒鋼の発言にレイノとファイが反応しない訳がないのだ。それにしても、良くこんなにも黒鋼を煽る言葉が出て来るものだ。最近は彼女の煽るレベルが上がって来ている。ファイに毒されたのだろうか。そんな二人にも腹黒さと言う要素があるからか、黒鋼の突っ込みは至極当然の様に思えてくる。


『それが、この町の殆どの電力をまかなえるという噂の充電電池!!』
「の、模造品ですわ」
『モコナもめきょってなってないし、違うよー』
「ちなみにわたしも感じてません」
「それを先に言え!」
「皆さんが競って下さっている優勝賞品、何かあっては大変ですもの。本物は我がピッフル・プリンセス社が厳重に保管していますわ」
『さ、さすが巨大会社を率いる若社長!!』

 ここぞとばかりに盛り上げを見せるアナウンサーだが、知世の笑顔のカミングアウトに芸人顔負けのコケ芸を披露してみせたのだ。小狼も驚いていた事だし、おそらく黒鋼と同じ事でも考えていたのだろう。顔に似合わず、腹黒い事を考える少年である。そんな黒鋼と小狼の考えを見越すとは、さすがである。
 知世とボディーガードらが乗っている「ピッフルGo」の上空に浮くスポットライトからは「まかせて安心!警備はピッフル・ガードへ」と書かれた垂幕が飾られている。変に達筆なのが目に付くのは何故だろうか。


「やりますね、知世ちゃん。悪さは出来ないって事ですね」
「まずは予選突破だー」
『さらにスピードをあげる先頭集団!それぞれ見事に『ドラゴンフライ』を操っています!って、いきなり後ろからぶっちぎりだー!強引に飛び出したのは『黒たん号』ー!!』
「だからその名前は呼ぶな!!」

 それを見た先頭集団のレイノらはさっさとゴールした方が得策だと一瞬にして悟ったのだ。静かに舌打ちをする黒鋼の様子から、侮れないなあ、と感じたレイノなのである。前方に機体などがあるのにも関わらず無理矢理アクセルを全開にした黒鋼は、色んな意味で目立っていた。その後にファイ、レイノと言った順番で続くが、レイノの目の前を細い光線が横切ったのだ。少しでも前に出ていれば、胸元に赤の一文字が刻まれていただろう。その光線は誰にも当たる事なく、向こう側の空へと消えて行った。


(っ…今の、光線…?)
「レイノちゃん?大丈夫?」
「…平気、です。行きましょう」

 先程の光線には、ファイも気付いていない。何だったのだろうか。それは分からない。しかし、今はそれで良いのかも知れない。そう心を落ち着けて、レイノは彼の言葉に素直に従う事にした。そして、黒鋼が無意識に作ってくれていた道をファイと共に進んで行ったのである。次にアナウンサーが紹介するのは中盤集団である。そこから猛スピードで繰り上がって来るのは、小狼だった。


『『モコナ号』だー!!』
「なんだそりゃー!」
『あのひらひらがモコナのお耳に似てるんだもーん』
「ほんとね」

 小狼の乗っている機体は「モコナ号」と言うらしく、それに対しては黒鋼が全力で突っ込んでいた。それを見ているレイノとファイが笑う光景と言うのはもうお決まりの流れだろう。後方グループのサクラは気の緩んだ自分を引き締めてアクセルを踏む。そんなサクラの姿を撮り続ける知世はとても幸せそうである。
 同時刻、先頭集団の機体らが次々とゴールして行った。トップは黒鋼、その次にレイノ、ファイと続いて行った様子である。予選通過者が残り10人になった頃、小狼の回りでは軽い破裂音が次々と鳴り響いていた。機体の故障だろうか。しかし、煙で曇る視界を掻い潜った小狼は、予選11位と言う好調な成績を残したのである。


「煙が!」
『見えないー』
『すごい煙だ!!巻き込まれると方向を見失うぞー!』
(落ちついて!慌てちゃだめ)

 小狼がゴールした事によって本戦に出れる人数は自動的に9人となる。サクラは未だ煙の中に捕まっており、ゴールの位置が何処か把握出来ていない。回りではエンジン音が聞こえているが、それらが何時ゴール地点の塔へ向かって行くかは分からないのだ。だが、彼女は決して取り乱したりはしなかった。風が流れてくる方向にゴールがあると信じているからだ。視界の端にちらちら映るきらきらとした物体が目障りだが、そんな物を気にしている暇は無い。彼女がゴールへ向かっている間に二人ゴールしてしまい、隣には競い合う機体があった。カメラ判定から、20位は「ウィング・エッグ号」となったのである。一行は全員、予選を通過する事が出来たのだ。


『やったね、サクラ!!』
「ありがと、モコちゃん!!」
「サクラちゃんもさっすがー」
「やりましたね、小狼君」
「…はい」
「これで予選とやらは通ったな」
「5人ともね」
「後は決勝ですね」

 本戦に進めると言う喜びからか、サクラとモコナは嬉しそうな笑顔を浮かべながら思わずお互いを抱き締めた。そんな彼女とモコナの姿を見て、黒鋼はほっと一息付いていた。何だかんだ言って、一番心配性なのは彼らしい。レイノは小狼の側に立ち寄り、小狼の顔を覗き込んで笑みを浮かべた。レイノのそれを見た小狼も安堵の息を吐いて、嬉しそうに頬を緩めたのだ。
 レース後の盛り上がりの中、サクラと競い合った相手の女子は互いに握手を交わしていた。そんな様子にレンズを向けていた知世のビデオカメラの画面には嬉しそうに笑うサクラとモコナが居た。しかし、そんなサクラとモコナを見て浮かべた笑顔とは一変して、知世は煙の中の光の粉に視線を向け、採取、成分分析を指示したのである。


「レースに不正があったかもしれませんわ」

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