episode 76
煽り文句
「5人揃って予選通過ということで」
『かんぱーい!』
予選が無事終了したその日の夜、一行はそれぞれ酒やグラスなどを持って乾杯を交わしてした。こう言った行為が苦手な黒鋼は先に酒瓶を傾けており、恥ずかしがっている事が分かる。そんな黒鋼をレイノかファイ、あるいはモコナが茶化すのは、もうお決まりの流れと言う奴だろう。
「でもサクラちゃん、頑張ったねー」
「最後のビデオ判定、わたしもドキドキしちゃった」
「ありがとうございます。私もすっごくドキドキしたもの」
『モコナも楽しかったー、ジェットコースターみたいで』
「でも、びっくりしたねぇ。途中で、なんだかいっぱい墜落しちゃって」
「『ドラゴンフライ』は調整が難しいらしいですし」
「んー。でもねー、後で予選通過した人に聞いたんだけど、あんなにリタイアが多かったのはないって言ってたよ」
「なんか仕掛けでもあったってのか?」
「それはわかんないー、リタイア続出したのオレ達がゴールした後だったしー。小狼君、何か気付いた?」
「いえ。飛んで来る他の機体の破片を避けるのに…」
「集中してたもんねぇ。じゃあ、サクラちゃんは?」
ファイと小狼が予選について真剣に振り返っている前では、サクラとモコナがジェットコースターについての話を膨らませていた。と言うか、何故それで話が膨らむんだ。そしてファイの横には、グラスを持ったまま頭を垂らすレイノの姿がある。それに気付いたのは黒鋼のみだったが、疲れてんのか、などと暢気な考えを脳内で巡らせていた。
ファイと小狼の会話に黒鋼が加わってしまえば、レイノの何処か虚ろな様子にもサクラとモコナの異様にふわふわとした会話にも突っ込む人間が居なくなるのだ。今思えば、これが後々の展開への予兆だったのかも知れない。と言ってみるが、何て事は無い、実に馬鹿馬鹿しい話である。
「キラキラしてました!」
そんな展開は、サクラのこの一言によって幕を上げたのだ。
「キラキラ?」
「キラキラ!煙がね、キラキラしてたの!風に乗って飛んでたの!その中をびゅーんて飛んだの!」
ファイの問いに、サクラは明らかに何時もと違うテンションでにっこり、と満面の笑顔を浮かべながら断言した。良く見れば、頬が赤くなっている気がしなくもない。何時もなら静かな彼女が腕を広げて勢い良く立ち上がったのだ。何時もなら騒ぐポジションはレイノなのだから、不信感を抱いてしまうのは仕方のない事だろう。モコナと手を繋いでくるくる、と回る彼女の周りには花が舞っている様に見え、ファイらは思わず嫌な予感を感じたのだ。そして、意味の分からない発言をした彼女はその調子のまま外へと飛び出したのである。その隙に彼女のグラスに手を伸ばしたファイの鼻腔には自身が先程まで呑んでいた臭いが漂って来た。
「これ、お酒入ってるー」
「小僧と姫には飲ませるなっつっただろ!!」
「モコナのにも入ってるからー、犯人はモコナかなー」
ファイの鼻腔に入って来た臭いはアルコールのそれだった。どうやらアルコールを摂取した、と言う事で確定の様である。ファイの証言により犯人が分かった所で、黒鋼にはふと脳内で思い浮かんだ事があった。それはファイと黒鋼にとっては酷く嫌な事なのである。
「…ちょっと待て。あいつ、女の分全員用意してなかったか……?」
「って事は…」
「…えへへ、ふぁいさあん」
この宴会が始まる前の事である。再び嫌な予感を感じたファイと黒鋼は恐る恐るレイノの方に視線を向けた。そこには、呂律の回らない口調で笑みを溢す彼女の姿があったのだ。外での騒ぎに便乗してふらふら、と進む彼女とそれに少なからず戸惑うファイの姿が新鮮である。そして、外の激突音と同時に、彼女はファイに飛び付いたのだ。ふにゃり、と力なく笑みを溢す彼女は良いも悪くも年相応で、思わずどきり、としてしまったのは内緒である。
「押さえてろよ、小僧!んでもってお前はさっさと小娘寝かせやがれ!!」
「っえ、ちょ、黒ぽん!」
先ほど響いたガッシャン、と言った大きな衝撃音に痺れを切らした黒鋼は酔ってしまったレイノをファイに一方的に任せ、どすどす、と足音を響かせながらサクラの捕獲に努めたのである。この際、後ろから聞こえるファイの声は無視だ。珍しく戸惑っているファイは、首に絡み付いて来るレイノの腕を離そうと力を入れるが、いやいや、と駄々を捏ねるレイノを見てしまえば、眉を下げる事しか出来ないのである。
「えへへ、ふぁいさんあったかーい」
「レイノちゃんが熱いんだよー」
「んー…あたま、ふあふあ…夢、みてるみたい」
「眠いでしょー?だから、ね、ベッド行こー?」
「いっしょ?」
「いや、オレは自分の部屋で…っ」
すっかり火照ってしまった顔をオレに擦り寄せるレイノちゃんは見事に酔っ払ってしまったみたいで、オレはただ苦笑いを浮かべて話を合わせる事しか出来なかった。無邪気に笑う年相応なレイノちゃんと、とろん、と潤ませた瞳をオレに向けるレイノちゃんのギャップが予想よりも心にキて、オレは気休め程度にレイノちゃんの撫でてレイノちゃんの身体を引き摺ろうと考えていた。けど、それはレイノちゃんが腕に力を込めてしまったから出来なくなってしまったんだ。
「っちょ、レイノちゃん…!」
「ふぁいさん」
「…なあに?」
「いっしょにねましょ、ね?あったかいの、ちょうだい」
ぎゅうぎゅう、とオレの首を締め付ける力は強くて少し苦しいけれど、アルコールのせいで戦う時に出す様な、そう言った強い力は出ていないみたいだった。舌っ足らずな声でオレの名前を呼ぶレイノちゃんはいつもと違う雰囲気を持っていて、オレはそんなレイノちゃんにただただドキドキしっぱなしだった。抱き付かれた時に感じたふわり、としたレイノちゃんの匂いはいつもと変わらないはずなのに、アルコールの臭いのせいかどこかくらり、と揺らいでしまったオレは、どうやら思ったよりも本能に忠実らしい。
「ふぁいさんのにおい、好きなんです」
ここまで言われて手を出さなかったオレを、どうか褒めて欲しい。
翌日、本日一番最後に起きたのは黒鋼らしい。自室を出て彼が足を踏み入れた先のリビングでは、レイノとファイが壁に備え付けられているTVを眺めていた。その後に黒鋼の存在に気付いた二人は元気に挨拶の言葉を口にしている。少ない人数を気に掛けた黒鋼は控えめに周りを見回していたが、どうやらファイにはその意図が分かっていた様である。
「小狼君達、おでかけだよー。買い物行ってくれてるんだー」
「あんだけ騒いで早起きかよ、ガキどもは」
「まあまあ、お父さん」
「朝ご飯にしましょうよ、パパ」
「誰が、お父さんだ。つかパパは止めろ!」
翌日になってもまだ「お父さんネタ」で弄られ続ける黒鋼はよほど弄り甲斐があると見た。そんな時、TVでは昨日行われた「ドラゴンフライレース」の予選結果が放送されている。その中でも一位で予選通過した彼は大々的に取り上げられていたのである。その画面に気付いたファイは短く、嬉しそうに声をあげたのだ。
「昨日のレースのだー。「ひゅー」、黒様かっこいいー。テレビ観てる人は、黒たんが子持ちだとは知らないんだろうねぇ」
「だからその話題から離れろ!!」
「このニュースのおかげでモテたかも知れないのに残念ですねえ。あ、でもモテ期って人生に三回程あるらしいので大丈夫ですよ」
「お前はどこをフォローしてんだ!」
TVと言った公共物で大々的に放映される事は喜ぶべき事柄なのだろうが、今このタイミングでは最悪だ。そんなコントの様な会話を繰り広げているレイノらがサクラと小狼、モコナが見知らぬ集団に狙われている事を知る術は無いのである。嗚呼もう、こいつらといると本当に疲れる。
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