episode 83
未遂状態の告白
「レイノちゃんの、事…」
「ファイさん…?」
「す…」
ぎし、とベッドのスプリング音が響き渡る。端正な顔立ちが近付いて来て、互いの顔の距離が狭まって行く。透き通る様な蒼い瞳が酷く真っ直ぐで、引き込まれそうに、なる。そう言えばこの国に来てからと言うものの、かなりの時間を黒鋼さんと過ごしていたなあ。ここまで至近距離になるのは、久し振りかも知れない。きらきらと輝くファイの金髪が、レイノの鼻先に掛かってくすぐったい。あ、やっぱり、綺麗、だなあ。
レイノとファイの影が重なる、そう思った時だった。豪快に開けられた扉の前には、片手をポケットに突っ込んで「帰ったぞ」と言葉を発する黒鋼の姿があった。その瞬間、不意打ちの力でファイの身体は後ろへと傾き、仕切りの役割を担っているカーテンから顔を覗かせる事となったのである。
「…何やってんだおめーら」
「あ、あはは。プロレス?」
「何で疑問形だよ。つかすげェ一方的だし」
おそらく気付いているのだろうが、わざと気付かない振りをしてくれている黒鋼は、何時か絶対何処かで損をしていると思う。先程の事をどうにか水に流そうと変な空気の中で会話をする三人だったが、そんな中に朗報が入って来る。サクラが優勝したのだ。それを聞いた三人は医務室から飛び出したのである。
「「ひゅー」。さすがサクラちゃん」
「だから、その口で言うのヤメろ」
「だって『夜魔ノ国』でも練習したけど出来なかったしー。じゃ、お医者さんに見せにいこっかー」
壁に取り付けられているパネルを観ると、モコナと喜び合っているサクラの姿が映っている。それを観ているファイは、吹けもしない口笛をどうにか表現しようと言葉で言ってみた。桜都国から続けられているそれに、黒鋼はそろそろうんざりしているのだ。それさえも笑って過ごすファイは、ある意味大物なのかも知れない。そんなファイは黒鋼に近寄り、リタイア後から常に隠している左手を晒した。そこには、鋭利な何かで削られた傷跡がはっきりと残っていた。
「面倒くせぇ」
「だめですよ。パパがそんなんじゃ子供達が真似するでしょう?特に小狼君とか」
「だからそれもヤメろ!つかパパって何だ。わざわざ、んな戯言言いに来たのかてめぇは!!」
「それもあるけどー。まぁ、一番はレイノちゃんだけどね。ちょっと気になって」
「間欠泉ですか?」
「うんー。何か違う気がしてねー」
ファイが問題視しているのは、予選のレース、本線のレースの第一チェック地点、第二チェック地点とレイノと黒鋼がリタイアした間欠泉の危険性の高さの違いであった。考えてみればそうである。驚きやそれから来る不安定な操縦から誘発された連続リタイアはあったものの、命に関わる事ではない。しかし、間欠泉は違う。明らかに命を奪いに来ていた。それは、その身を持って体験した彼女が一番良く分かっている。
「…最後のはモロくらったら、怪我だけじゃ済まなかっただろうな。現に小娘は息止まってたしよ」
「お医者さんも言ってたもんねー、生きてるのが奇跡だーって。サクラちゃんが気付かなかったって事は、自然なものじゃないのかなぁ。他の間欠泉は避けてたしねぇ。やっぱり、知世ちゃんが言ってた通り、不正を働いたのがいるってことかー」
水の中に居る事は特別苦じゃない筈なのにあの水の塊にぶち当たった瞬間、痛くて堪らなかった。今まで感じた事のない痛みで、心臓を思い切りわし掴みにされた様な、そんな感じ。死ぬかと思ってたけど、本当に死んでたんだ、びっくり。この国の医者には感謝してもしきれないだろう。そんな事を思っている間にもファイと黒鋼の会話はどんどん進んでおり、その足は医務室ではなく、外の大広場へと向かっていた。何だかんだでファイさんも甘いよなあ。そんな事を思っていたその時、黒鋼はぼそり、と一言呟いた。
「…二派、な」
それがやけに重くて、この人には隠し事は出来ないと、そんな事を思うのだ。
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