episode 84
変化した態度
『さぁ!遂に決まりました!』
『『ドラゴンフライレース』優勝者は!』
『誰よりも可憐に!そして、誰よりも速く空を駆けた『ウィング・エッグ号』だー!!』
ゴール地点に設営されたステージには、数え切れない程の人々が集まっている。そんな中でスポットライトに当てられたのは、優勝者であるサクラであった。目立つ事に慣れていないサクラは少し照れ臭そうである。周りで騒ぐ煙幕やファンファーレによって、その場は一気にお祭りムードとなった。そんな中に奈落からゆっくりと現れたのは、優勝賞品である充電電池を持った知世である。
「おめでとうございます」
「ありがとう!」
「やっぱり女の子は目に優しいー。勝ったねぇ、サクラちゃん」
「勝てて良かったです……!」
「…何で泣いてるんですか」
多くの歓声の中、サクラと知世は笑顔で言葉を交わした。二人の間には紙吹雪が舞っており、それが何より二人の笑顔をより魅力的なものにしている。その様子をスポットライトで照らしながら、アナウンサーの実況は続いていた。しかしそれは段々と脱線し始め、隣に居た女性アナウンサーが男性アナウンサーを回収して行った。何処かシュールな光景に目が点になったサクラだったが、小狼と目が合うと嬉しそうに手を振った。何と愛らしい光景だろうか。
そんな光景に対して率直な感想を言った龍王は、無意識に小狼を照れさせる。先程までレイノに冷たい一言を浴びせていたとは思えないくらい純粋な反応である。その横では、ファイが大袈裟なくらいにサクラに対して手を振っていた。
「怪我、酷いのにちゃんと固定しないんだからー」
「ふん」
「あんまり大げさにしたらサクラちゃん、責任感じちゃうもんねぇ」
「面倒だっただけだ」
「照れ屋さんですねえ」
「ああ!?」
「そうしといてあげよー。お父さん」
「だからてめぇ!」
「でもさー、変わったなぁと思わない?」
ファイのこの振りっぷりはレイノ5割、ファイ4割、黒鋼1割と言った所だろうか。今更ながらに思うが、レイノのサクラ愛はどうにかならないものか。そして、再び家族ネタで黒鋼を弄り出したファイは、黒鋼の肩を軽く叩いた。そんな二人の絡みを見て吹き出したレイノは、何時ものごとく黒鋼に頭を鷲掴みにされていた。馬鹿である。
「小狼君、旅の最初は全然、笑わなくて、苦しそうで。レイノちゃんもいつも苦しそうで、泣きそうですぐ壊れそうだったもん。サクラちゃんは記憶が揃ってなかったせいもあるけど、不安そうで。黒るんは怒ってばっか、なのは今も一緒かー」
「あぁ?」
「でも、旅の間に辛い事もあるけど楽しい事もあって、ああやって、あの子達が自分で頑張って笑ってるのを見るとさ、変わったなぁって思って」
「そう思えるお前も変わったんだろ」
「え…」
けれど、そんなレイノも旅の最初は大人しかったのだ。こうやってファイと黒鋼がコントの様な事をやっていても、モコナがうざったく絡みに来ても当たり触りのない反応を示すだけであった。それが何故こうなったのか。それはやはり、ファイが根気強く側に居たお陰でもあるのだ。
嗚呼、この人は本当に周りを見ているのだな。馬鹿みたいに優しくて、笑っちゃうほど不器用で、びっくりするくらいに人の事しか考えてなくて。けれど、そんな人だからこそ見えているものもあるのだろうか、とそう思うのだ。自分の事は二の次で、自己犠牲が酷くて、彼はわたしの事を壊れそう、と表現したけれど、わたしからしたら貴方の方がずっと儚くて、どこかに行ってしまいそうなんだよ。そんなファイの驚きの声は、周りの煩いくらいの歓声に掻き消されて行く。
「そうですよ。最近のファイさんの笑顔、わたし好きですもん」
「レイノちゃん…」
「だから、笑ってて下さいね」
そんな喧騒の中だったからか、レイノの笑顔は一際目立って見えた。嗚呼、オレ、ちゃんと笑えてるのか。作ったものじゃない、ちゃんと自然に出来ているのか。何でだろう。そう考えた時、一番最初に出て来たのはやはり、君だった。何でこうも好きなんだろう。何でこんなに馬鹿みたいに惹かれてるんだろう。
嗚呼、離したく、ないなあ。
「では、乾杯」
ドラゴンフライレース、表彰式が終わった後に、知世は宴席を準備していた。真っ暗な夜空はライトや花火で色鮮やかに彩られている。船内からも僅かだが、花火が打ち上げられる音が聞こえる程だ。そんな中、彼女の掛け声によって宴会は始められ、各々好きな場所に腰を落ち着かせた。
『サクラ、かっこよかったよー!』
「本当にねー」
「黒鋼さん、手、大丈夫ですか?」
「ああ」
「ファイさんは!?」
「全然。平気ー」
「小狼君、怪我は!?」
「大丈夫ですよ」
「ほんとに!?嘘じゃない!?我慢してない!?」
一行は一つの場所に固まっており、レイノはサクラの横に座っている。黒鋼に続いてファイ、小狼と次々に問い掛けるサクラを見れば、記憶が戻って来ている事が分かり、少し嬉しく感じる。それはレイノだけでなく他の人々も思っているが、何よりもその気持ちが強いのはやはり小狼だろう。記憶を失う前のサクラを知っているのは、この場では小狼のみであるから、と言うのが理由である。
「ほ…本当です」
「良かった……あとね、レイノちゃん、ごめんなさい。わたしのせいで、こんなに大怪我…」
「サクラちゃんのせいじゃないよ。身体が勝手に動いちゃったの、仕方ないもん。それに…戻って来れたから、良いかな、って」
「レイノちゃん…うん。有り難う」
「死にかけたくせ…っ」
力んだ身体を落ち着かせたサクラだったが、視界の端に入ったレイノに眉を下げた。そして、控えめに固定された腕をギプス越しに優しく撫でたのだ。感覚は、無い。当たり前だ、神経が切れているのだから。それなのに、何故だろう。暖かい。神とかは信じないクチなんだけど、本当にサクラちゃんは「神の愛娘」なんだろうなあ、と僅かながら思う。だって、とっても優しいんだもの。
そんな良い雰囲気に包まれていた筈なのに、黒鋼の言葉で台無しだ。思わず彼の足を踏み潰してしまったが、絶対謝ったりなんかしてやんないんだからね。
「ってえな!何しやがるクソアマ!!」
「だーれがクソアマですか!余計なこと言わなくて良いんですよ!何なんですか!馬鹿ですか!」
「んだと!?」
『まーまー。仲良くしようよー』
けれど、それが痛い所に当たってしまったらしく、怒られた。いや、怒られた、なんてものじゃない。暴言だよね、暴言。サクラちゃんに聞こえてなかったから良かったものの、本当有り得ない。多分こう言う雰囲気が苦手なだけだと思うけどね、許さないんだからね。レイノと黒鋼の言い合いにモコナも混ざってじゃれ合っている隣では、サクラが微笑みながらサクラの羽根が入ったトロフィーを強く抱き締めていた。
「開けないんですか?」
「開けて羽根が戻ったら、眠っちゃうかもしれないから。知世ちゃんにちゃんとお礼、言いたいの。主催者さんで、まだ忙しいみたいだから」
とても嬉しそうにトロフィーを抱くサクラに惹かれ、小狼は問いを投げ掛ける。その答えは、人との繋がりを大切にする彼女らしいものであった。優しいこの子は近い将来きっと、損をする。そんな時、今のこの笑顔を守れたらな、と思うのだ。そんな彼女の目の前にふと、一輪の花が差し出される。
「おめでとうございます。そのトロフィーは美しい貴方にこそふさわしい」
「しかし凄いな。まさか、あそこで滝につっこむとは思わなかったぜ」
「不正を行ったものは誰か、分かりましたか?」
「いや、それが…」
差し出された花によって、今まで繋がっていたサクラと小狼の手はあっさりと離されてしまった。それを行ったのは残であり、そして、その横には笙悟が居た。もう見慣れた構図である。その間にファイはレイノの代わりに新しい飲み物と軽めの食事を取って来てくれた。今の怪我の状態では多くは持てないだろうと言う、ファイの気遣いである。トレーに並べられたのはスパークリングのジュースとヘルシーなサラダを乗せたお皿である。美味しそう。
『お耳がいたいー』
「どうしたの?」
「っ…何か、来ます……」
海藻サラダを一口、口に含んだ所で顔を歪めたレイノは、とある違和感に頭を悩ませていた。頭が、痛い。割れそうな痛みとか、そんなんじゃない。たまに思い切り痛みが来る。その一撃が、とてつもなく重いのだ。ファイに支えられる身体を震わせ、彼の肩に額を押し付ける。痛い、痛い、やだ、助けて。船の円型の窓が震える。嫌な音。ガラスを爪で掻いた様な、そんな音。その場の空気が静まった次の瞬間、強風に呷られて思い切り窓がぶち破られた。咄嗟の判断で彼女を庇った彼のそれは決して間違っていない。
嗚呼、この旅に平穏は無いのか。
prev next