episode 92
魔術師の直感

「なんか面白そうな本ないかなー」
「そ…そうですね」
「嘘くせぇ」
「こう言う人が犯罪犯したりするんだよねえ」
「どこがー?」
「その顔がだよ」
「えー。満面笑顔なのにー」

 再び図書館に入った一行は、いっそ清々しい程に白々しい態度を取りながら館内を練り歩いていた。それの筆頭がファイである。大体予想は出来ただろうが、それに嫌気を刺していたのは黒鋼である。その横では、レイノが笑顔で毒を吐いていた。そんな二人の態度に驚く程に目が笑っていない笑顔を、ファイは浮かべた。それが余りに白々しくて、思わず笑ってしまったのは詮無き事であろう。その笑顔のまま、ファイは笑顔を催促する言葉を黒鋼に送って両頬の肉を抓った。すると、びっくりするほど嘘くさい笑顔が出来上がったのだ。腹が捩れそう。


「黒鋼、その顔は凶悪すぎるから止めた方が良いよ?」
「…白まんじゅう、刀、出せ」
「だめだよー。刀なんか振り回したら」
「図書館から追い出されちゃうでしょう?」
「だったら余計な茶々いれんな!!で、お前はどっちの味方だ!」

 眉間に皺を寄せながらも口角は上がっているその表情は人を上から威圧する時のそれである。上の顔と下の顔は別物の様に見える。そう考えてしまったらおかしくて堪らなくて、笑いすぎて瞳から涙が溢れる。それに青筋を浮かべた黒鋼はモコナに刀を催促した。本気ではないであろう彼だが、ファイに茶々を入れられてしまったら反応してしまうのは仕方のない事だろう。しかも、それにレイノも加わってしまえば、そのコンビをもう止める事は出来ない。


「でも、まだ図書館が開いてる時間なのに良いのかな……」
「夜のほうがもっと警備が厳しくなるでしょう。開館中なら、あちこち歩いてても怪しまれません」
「まずい所に入っちゃっても「迷ったんです」とか言えるしねー」

 何時もなら黒鋼への弄りに割って入って来るモコナは、今回は酷く静かだった。目を瞑り、何処かに神経を擦り減らしている様だ。そして何かを感じ取ったのか、小狼のキャスケットに乗ったまま、モコナは案内を始めた。行き着いたのはとある壁。そこが一番サクラの羽根の波動が強いと言うのだ。


「何もねぇぞ」
「壁よ。モコちゃん」
『でも、ここから感じる』
「これって…」

 周りを見渡しても、そこには背の高い本棚と僅かに古びた壁があるだけだ。しかし、ここから波動がすると言うのだ。レイノもそれを感じ取っている。また、何処か違和感を感じるのだ。何かは分からないが、悶々とした、そんな感覚。思わず目の前の壁と右の本棚に触れると、その違和感は晴れた。そう感じた所で、彼女はファイに声を掛ける。彼も目の前の少女の言いたい事が分かったらしく、僅かに口角を緩めた。


「これ、魔法壁ですね」
「だねー。黒っち、この本棚、こっちに動かしてー」
「ああ?なんで俺が。めんどくせー」
「お願いー。おとーさん」
「後で何でもするからあ」
「しょうがないなぁ。娘とかーさんの頼みなら」

 今回、わざわざファイに聞いたのは一つの賭けであった。魔力を持っているからこそ分かる事だった。ハンターになる際に力を付ける為にミッドガルド国の魔術書は粗方読み漁ったのだ。だから聞かなくてもそんな事は分かる。彼が答えるかどうか、それが知りたかった。少しはわたし達に気を許してるのかな、なんて思う。勿論そうだったら良いな、と言う希望も込めているが。


「ささ、その怒りを本棚にー」
「くっそー!」

 ファイの催促に余計に怒りを煽られた黒鋼は一発だけ拳を叩き、右の本棚を強く外に押し出した。すると、今まで壁だった場所は映像の電源が切れた様にその模様を無くし、代わりに出て来たのは奥へと続く洞窟の様な通路だった。やっぱり、と言う気持ちが大きかったレイノは、目の前に居るサクラや小狼の様に驚きはしていない。


「この本棚とこの本棚で魔法壁を作ってたんだよー。だから、位置を動かすと魔法がズレて壁の向こうが現れる」
「凄いです。ファイさん、レイノちゃんも!」
「んー。ちょっとでも魔法の勉強したことあるなら分かるよー。ね?レイノちゃん」
「え、あ…まあ」
「けど、動かしたのが感知されたら守衛機能とやらが来ちゃうかも」

 ファイは黒鋼が動かした右の本棚と左のそれを手の平で指し示しながら魔法壁の仕組みをサクラと小狼に説明している。その話を聞いた彼女は純粋にレイノに尊敬の視線を向けるが、何時もなら嬉しいだけなのに今のこの状況では只々複雑なだけだ。それもこれも全部ファイのせいだ。答えを渋ったせいで黒鋼の視線もビシビシ感じるし、もうやだここ。そんなレイノの泣きたい気持ちも知らずに、小狼を筆頭に一行は目の前の空間に足を踏み入れた。

 その瞬間、守衛機能が活動を始めた事を、わたし達は知らない。




「国宝だとか言ってた割には入り口の仕掛け以外はなんもねぇのかよ」
「そんなワケないでしょー。ほらさっそく」

 洞窟内はかなり天井の低い造りになっている様で、一歩一歩を踏み締める度にそれぞれの足音が洞窟内に反響する。それと同じく、それぞれも言葉も何時もよりも大きく響き渡っていた。そんな音が響く所だから、周りの環境の変化も直ぐに分かってしまうのだ。まあ、この人達の場合、音よりも気配で気付いていそうだが。その証拠に、パキパキ、と言った音が響いたと同時に、ファイはレイノの肩を抱き寄せていた。


「登場ー」

 装飾品だと思っていた両端にある置き物は見る見るうちに自身の身体を伸ばして行き、敵意を持って一行を見つめていた。それを確かに感じた小狼はサクラとモコナを自身の背後に追いやり、戦闘態勢に入る。それと同時に襲い掛かって来た敵を、足技のみで破壊してしまったのだ。元は装飾品な為、脆い造りになっているらしい。


「小狼君かっこいいー!」
「ちょっとファイさん!何ぴゅーぴゅーしてんですか!」
「あ、今、ちょっと口笛っぽい音出てなかったー?ね、ね、黒たんってばぁ」
「ちっとはおまえも手ぇ、出せ!」
「やー。小狼君と黒様が対応してくれれば十分かなーっと」

 破壊した敵の欠片により視界が悪くなるが、それはもう致しかねない問題であろう。一方では、呑気に口笛を練習しているファイに守られているレイノと、真面目に敵を破壊している黒鋼が居た。彼女の突っ込みを無視して全く敵に手出しをしないファイにはもう呆れ果てるしか出来ないだろう。そんなファイに切れる黒鋼は通常の精神を持っている。そんな時、ファイの背後には大きく口を開けた敵が待ち構えていた。気付いているのかいないのかは定かではないが、ファイは笑みを浮かべている。そんな様子に軽く舌打ちをした彼女は、ファイの顔の横に思い切り足を突き出したのだ。


「…分かってましたよね、来てたこと」
「レイノちゃんなら助けてくれるだろうなーって思って」
「…本当性格悪いですね、貴方」
「えへへー、そんな事ないのにー。ありがと、助かったよ」
(本当、狡いよなあ)

 態勢はそのままで、レイノはファイを少し睨みながら拗ねた様に言葉を放った。少し不機嫌な彼女とは対照的に、彼は何時もの笑顔を浮かべて目の前の彼女と目線を合わせて来たのだ。そして紡がれた言葉には信頼を感じ取れて嬉しく感じて、しかし、それと同時にもしわたしが反応していなかったらどうしたんだろう、と言う不安も感じてしまう。だが、その後に続いた言葉はそんな気持ち達を全て取っ払ってしまったのだ。嗚呼もう、分かってるのかなあ。こんな危機的状況なのに有り難う、なんて。

 気持ちを、認めざるを得ないじゃないですか。

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