episode 93
黒く渦巻く
合図があったかの様にタイミング良くこちらに迫って来る敵の動きは素早く、対処しきれない、と悟った小狼は、サクラの手を握り、思い切り地面を蹴った。それに続いたレイノ達だったが、その間を縫って敵は身体をくねらせて行く。周りには石の欠片が飛び散り、眼球にでも当たれば失明する勢いである。
「まあ、相手するより、逃げちゃったほうが早いよねぇ」
「これ、キリがないですもん、ねっ!」
後ろから勢い良く迫り来る敵を、ファイは被っている小さめのハットを抑えながら避けてみせた。その横に居るレイノは彼の肩を土台にし、敵に対して飛び蹴りを喰らわせていた。また、一方で黒鋼は、軽々と言った様子でくねらせては迫る敵を避けて行く。先頭で走る小狼もまた、しゃがみ込んで敵同士を激突させていた。
そうやって攻撃を躱して行くが、敵の数は一向に減らず、逆に増えて行く一方である。洞窟の壁にぶち当たりながらも攻撃を仕掛けて来る敵達はやはり、侵入者の殲滅を第一に動いている機械で、その様子が少し、気味が悪かった。
「レイノさん!モコナ!」
『うん!サクラの羽根に近付いてるよ!』
「小狼君!そこ、思い切り突っ込んで!」
後ろに居る敵に追い付かれない様に只ひたすらに地面を蹴って前に進んでいれば、水面の様な膜が現れる。サクラの羽根の気配は、そこからこちらに届いている様だった。レイノとモコナの声に促されてその膜を抜ければ、そこにはサクラと小狼の記憶には新しい、二つの塔の様に聳え立つ玖楼国の遺跡があった。周りは足場の悪い砂漠、真上を見上げると何時もと変わらぬ青空がそれぞれ一面に広がっている。
『玖楼国って、小狼とサクラがいた国だよね』
「ええ……」
「玖楼国に戻って来たのか?」
『モコナ、移動してないよ』
「こ…「これは、『記憶』だよ」
不思議な光景に動きが止まった一行の中で、一番最初に行動したのはレイノだった。玖楼国の遺跡にそっと触れ、目を閉じる。たったそれだけの行為が酷く神聖なものの様に思えるのは、やはりレイノが神官と言う立ち位置に居るからだろうか。ふわり、と何かに包まれている様に感じるのはこの遺跡の力なのだろうか。ファイが言う様に紛い物の筈なのに、何故こんなにも、懐かしさを感じているのだろう。
「なんか言いたいことありそうな感じだねぇ。レイノちゃん、黒りんた」
「…さっきの壁といい、ちょっと魔法をかじったくらいで分かっちまうことが守りになるはずねぇだろ。仕掛けを見破るには仕掛けた以上の力が要る。それも、魔法とやらは使っちゃいねぇみてぇだしな。こいつみたいに制約がねぇ訳じゃねーだろ」
「買いかぶりすぎだよぅ」
「…嘘くせぇ」
「…んとに黒様って、いらないトコばっか見てるんだから」
少しの違和感を感じた所で元居た位置に戻ろうと踵を返したレイノの前を、サクラと小狼、モコナが通り過ぎて行く。少しずつ消えて行く二人の足跡が何故か儚く見えて、二人の微妙な距離が何処かいじらしい。そんな二人の声が聞こえにくい距離になった所だろうか、ファイは試す様な口振りでレイノと黒鋼に視線を寄越した。しかしそれは一瞬で、瞬きをした次の瞬間には何時ものふざけた薄っぺらい笑顔に変わっていたのだ。ファイのそんな表情に呆れた黒鋼は鼻を鳴らし、先に行ってしまった二人の方へ歩を進めた。
「それだけ、気に掛けてるんですよ。貴方のこと」
「んー…嫌われてる、と思うんだけどねえ」
「嫌いな人には関わらないと思いますよ、黒鋼は」
「…名前…」
「え?」
砂漠を浮かせる風の音のみが目立つ中、レイノの溜め息がより酷く響いた様に思う。そして、そんなわたしに苦笑いを浮かべるしか出来ないファイさんはきっと、何もかも分かってたんだと思う。それでも彼に全部を諦めるなんて事をして欲しくなくて、励ましたつもりだった。けど、彼の顔に残る違和感はわたしを酷く悲しくさせた。何も出来なくて、何も言えなくて、わたしは同情するかの様に目を細めるしか出来なかった。
「んーん、何でもないよ」
黒くくすんだこんな気持ち、君は知らなくて良いから。
『やっぱり、サクラの国の遺跡と一緒?』
「そうみたい。遺跡には発掘隊の人達がたくさんいて…みんな良い人ばかりだったんだけど、中でも色んな国を巡っているっていう考古学者の先生がとても優しい人だったの。遺跡に遊びに行こうとすると、いつも兄様に叱られてたんです」
「発掘途中だし、危ないからかなぁ」
「ええ。それもあったんですけど…どうしてだったんだろ」
懐かし気に遺跡に触れるサクラの横では、小狼が眉を顰めて難しい表情を浮かべていた。その間にも明かされて行く彼女の記憶は彼の中の記憶と完全に一致していて、けれど、彼女のそれの中には居ない自分と言う存在を認識する度に悲しくて寂しくて堪らなくなった。どう足掻いてもあの時間には戻れなくて、戻れたとしても何も出来ない事が分かってしまうから、こうやって耐えるしかないのだ。馬鹿みたいに記憶のある彼女を求め続けている自分に嫌悪感を抱いていると、軽く肩を叩かれた。――レイノだった。
「中、入ろっか」
そんな一言に励まされてたなんて、貴女は知らないでしょう。
『なんか、ちょっと不思議な感じだね、この遺跡。道が広かったりせまかったり』
「サクラちゃんの記憶を基にしてるからじゃないかなあ」
『あ!このベンチみたいなの、おっきい!すごーい v』
「時計かな。ちっちゃいねー」
遺跡の中は、蛇道の通路が続いており、周りは石のブロックが積まれた様な造りになっていた。そして、ある程度の所まで進めば、人が座るには大きすぎる丸太のベンチの上に時間を確認するには小さすぎる時計がちょこん、と置かれていた。余りに不自然なそれらはファイ曰く、サクラの記憶なので強く印象に残っている所が強調されている可能性がある、らしい。
モコナに促され、先へと進んだ一行が辿り着いた所は、サクラの羽根の紋様が描かれた巨大な床があるだけだった。レイノとモコナは、この床の下からサクラの羽根の波動を感じると言っている。その発言を頼りに小狼は一歩足を踏み出すが、その瞬間、何処からかの地響きが一行の身体を揺らした。すると、見る見るうちに床の中心から亀裂が入り出したのだ。
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