垣間見る独裁者の笑み
「極限に良い朝だな!日比野!」
「は、はいっ!?」

 昨日終わらせる事が出来なかった仕事を終わらせに、麗は何時もより少し早めに家を出た。最寄り駅から並盛中まではそこまで距離が空いている訳ではないので、早歩きで行かなくても良いのだが雲雀よりも早く着きたい、と言ういまいち良く分からない欲求の為に少し、足の回転を速めたのだ。そんな時に声を掛けられてそちらを見れば、そこには見た事のない少年がこちらに笑みを浮かべていたのである。勿論、知り合いではない。


「ど、どちら様で…?」
「オレはボクシング部主将、笹川了平だ!!座右の銘は"極限"!!」
「きょ、極げ…?」
「お前が日比野麗だろう、京子と友達の!」
「京子ちゃん…」

 恐る恐る、と言った様子で問い掛けると、目の前の少年は麗の両腕を掴んで自己紹介を始めたのだ。その時の熱気には圧倒されるしかない。と言うか、今時自己紹介で座右の銘を教えてくれる人っているんですね。笹川、と言ったその少年は京子の事を知っている様だ。少し思考を巡らせれば、麗は京子の苗字が「笹川」だった事を思い出す。


「もしかして、京子ちゃんのお兄さん…?」
「そうだ!」
(性格正反対なんですけど…)
「何してんの?」

 嗚呼でも、真っ直ぐさと言うか馬鹿さ加減は少し似てるのかも知れない。けれど、性格は限りなく正反対である。今まで関わった事のない人種に、わたしはどうやらただただ驚いている様だった。そんな時、わたしは聞き慣れた声を聞く事になる。その瞬間、笹川の顔に嬉しそうな笑みが浮かんだのだ。


「ヒバリではないか!」
「げ…」
「げ、って何、僕のセリフなんだけど。シバキ倒すよ」
「あなたわたしに『咬み殺す』って絶対言いませんよね。何その頑ななポリシー」
「うるさい」
「うるさくないですよね!?」

 先程の声の正体は雲雀である。本日初めて見た彼の姿に思わず漏らしてしまった声は、どうやら彼に聞こえていたらしい。そこから始まる二人の口論は良い意味でも悪いそれでも何時も通りである。しかし、笹川は生でそれを見るのは初めてだった。淡々とテンポ良く進んで行くそれは、初めて見る同級生の姿である。それに少し喜びを感じてしまった、と言うのは秘密だ。


「…やけにお早い登校だね、笹川了平」
「朝のトレーニングだ!」
「あっそ」
「……お知り合いですか?」
「知り合いって言うか…」
「友達だ!」
「違う」

 相変わらずスクールバックもリュックも持たない雲雀は、身長がほぼ変わらない笹川に言葉を放った。それに返って来るのは喧しい叫び声に近いそれである。この二人のテンションの格差には驚くばかりだ。それ以上に、二人が自覚している関係の名の格差に、麗は困った様に思わず冷や汗を掻いたのだ。

 嗚呼、何だか嫌な予感がする。




「あ、あの…笹川さん、いますか?」

 昼休憩、茉莉の誘いを断って早めに昼食を済ませた麗は笹川のクラスに訪れていた。目的は部活での大会申請についてである。階が違う教室に来るのは初めてで、思わず腰を引いてしまうのは仕方ない、と割り切って欲しい。集会やイベント事でしか見ない面々を見ては自分は場違いなのではないだろうか、と不安に駆られるのだ。何時もよりも小さくなってしまった声に気付いた近くのとある人は室内に向かって「笹川」と少し声を張り上げた。すると、それに反応した笹川はこちらに視線を向けたのである。


「おお、日比野ではないか!どうかしたか?」
「あ、あの、部活の書類の事で…」
「書類?」
「わたしも詳しくは聞いてないんですけど、雲雀先輩が渡して来い、と…」
「僕のせいな訳?」

 ゆっくりとこちらに近付いて来てくれた笹川に書類を見せるが、彼は良く分かっていない様だった。しかし、そうなってしまっては困るのだ。麗も良く分かっていないのだから。そんな時、彼女の肩にはずし、とした重量がのしかかっていた。聞き慣れた声に恐る恐る視線を横に移動させれば、そこにはもう会いたくなかった人物がこちらを見下ろしていたのである。


「ひ、雲雀先ぱ…」
「遅い」
「ヒバリ!授業を受ける気にはなったか?」
「なってない」
「学生の本分だろう!」
「君はその『学生の本分』をしてても、僕に点数で勝ててないよね」
「し、仕方なかろう!忙しいのだ!」
「ボクシングで頭打ちすぎたんじゃないの?」

 この人は何でいつもわたしの居場所が分かるんだろう。恐ろしい通り越してもはや尊敬の域なんだけど。そんな事をわたしが思っているとは知らず、雲雀先輩は目の前にいる笹川さんと対峙した。わたしとの口論と同じ様に淡々とテンポ良く進んで行くそれは、本人らにとっては真剣なものなのである(雲雀先輩の方が茶化している様に聞こえるけど)。雲雀先輩に恐れをなして少なくなっていた人達も、終わる事のない二人の口論に再び野次馬の様に群がって来ていた。その状況にはらはらするのは多分わたしだけだろうね。まあそれも、群れてて大丈夫なのかな、って言う保身の為なんだけど。まあ、稀に見ない雲雀先輩の笑顔があるから、大丈夫だとは思ってるんだけどね。


「ボクシングを馬鹿にするな!」
「君を馬鹿にしてるんだよ。もう馬鹿だけど」
「喧嘩を売ってるのか!」
「売ってない。君を見ると闘争心が萎えるんだ」
「何を!極限にプンスカだぞ!!」

 雲雀と笹川の口論を見ては冷や汗を掻く間も、二人のそれが止まる事は無かった。寧ろ悪化している気がする。周りもどんどん人が群がって行き、恐らく草壁が来ない限りこの現状は変わらないのだろう。そう思うと、額を押さえてしまうのは仕方のない事だと思える。幼稚園児か、と言いたげな笹川の言葉を最後に、麗はポケットに入っていた携帯を使ってある人物に電話を掛けた。


「……草壁さんいます?」

 わたしには無理でした、帰りたい。


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