隣に並ぶ、その足で
「茉莉とご飯食べるの久し振りな気がするなあ」
「そりゃ、あんたがヒバリのパシリになってるからでしょ」
「パシリじゃないもん!」
「あれはどう考えてもパシリでしょ。最近じゃあ、お昼まで頼まれるって言うじゃない」
「ぐ、ぬぬ……」
「強情かよ」

 ガヤガヤ、と騒がしい1-Bは何時も見ている風景で、しかし、その中に麗が居るのは最近では余り見ない光景だ。騒然としているこの場所で弁当を箸でつつく彼女は久し振りに感じる平穏を楽しんでいた。まるで漫才の様な茉莉との会話は麗にとって酷く落ち着くものだった。まあほとんど暴言なんだけどね。


「だってあの人、笑ってる時ほど怖いんだもん」
「えっ、あの人笑うの?」
「最近は良く見る、かな」
「へえ……」
「……何その返事。興味ないでしょ」

 目の前で頬を膨らませている私の親友は相変わらず苦労している様だ。けれど、その役割を心底嫌がってる様には見えなかった。寧ろヒバリの変化を見て楽しんでる様な、そんな感じ。本人は気付いていないんだろうけど、「最近は良く見る」と言った麗の表情、凄く嬉しそうなのよね。それに気付く時はあんたとヒバリの関係性が変わる時だと思うけど。


「そんな訳ないでしょ?」

 こんな面白い事、興味ない訳ないじゃない。




「あれ、雲雀先輩?」
「……日比野か」
「何ですかその溜め息。草壁さんにチクりますよ」
「草壁は絶対的に僕の味方だから」
「くっそう……」

 不運にも教師に捕まってしまった麗は資料を運ぶ手伝いをさせられ、その後、流れるままに事務処理作業までやらされてしまったのだ。それにより、下校時間は委員会で残った日とさほど変わらない。そんな所で出会った雲雀もこれから帰る所らしい。最悪な場面で会ってしまった。しかも、何で一日の終わりにこんなに気分を落とされなきゃならないんだ。


「今日は用事あったんじゃないの?」
「いや、行こうと思ってたんですけど…あの星(ほし)先生に捕まっちゃって…」
「…ああ、いつも笹川とタッグ組んでるうるさい教師」
「あの人たまに獄寺君の暴走に加担するからほんとだっるい……」
「口悪いね」
「他人のこと言えませんよね」

 麗が言う「星先生」とは並盛中学校の英語教師だ。本名は星 真也、と言う。授業は分かりやすいのだが、如何せん声が大きく、耳に悪い。そして、何事も力で押し通す節がある(決して暴力ではないのだが)。日々を平凡に過ごしたい彼女と面倒な人と極力関わりたくない雲雀にとって、星は相性が最悪なのだ。


「そう言えば今日はバイクじゃないんですね」
「毎日バイク乗り回してる訳じゃないから」
「わたしが苛めたみたいな言い方止めて貰って良いですか」
「おちょくってるんだよ」
「ぶち殺しますよ!?」
「ハイハイ」
(この野郎…!)

 わたしよりも10cm以上上にある雲雀先輩の表情は意外にも大きな手で見えなかった。それによって顔面を覆われ、その後に雑に頭を撫でられた。次々と変わって行く状況に思わず目を瞑る。そして、再び目を開けたその先にあったのは、楽しげに口角を緩めた彼の姿だったのである。初めて見るその柔らかな表情に思わず目を見開かせ、頬を赤らめる。僅かに感じた羞恥心を隠す様に、わたしはいつもと同じ様に暴言を吐く。それを見事に流された時には既に羞恥心はどこかに消え失せていた。


「…何、この子」
「ニーハオ!」
「な、何語でしょうか……」
「中国語…?」

 駅へと向かう道中で、ふと足元に影を見付ける。雲雀は思わず瞬きを繰り返せば、しゃがみ込んだ。そして、聞こえて来る言葉に「日本人ではない」と結論付けたのだ。二人して目の前の子供に視線を向けると、その子は顔を赤らめ、卵の様なつやつやの額に何かを写していた。そして、彼の腕にしがみ付いたのである。


「…ほんと何?」
「雲雀先輩ってほんとモテますねえ。羨ましいです」
「おちょくってるの?さっきの仕返し?」
「被害妄想なんですか、キレてるんですか、何なんですか」
「ん……?」

 この状況に、雲雀も珍しく戸惑っている様だった。そんな彼の様子に思わず口角を緩めて眺めてみる。ああ、何か楽しいなあ。完璧おちょくってるんですけどね、何だろう。クラスメイトが話している雲雀先輩の怖い噂とは似ても似つかない。確かに短気だし手出すの早いし異様に喧嘩が強いけど、普通の男子中学生なんだよね。案外ノリ良いし、最近は良く笑ってくれる。そう言った一面を見る度にわたしはほっこりとした気持ちになるんだけど、その気持ちが何て言うのか、今のわたしはまだ知らない。
 隣に居る雲雀が小さく声を漏らす。それに気付いた麗の手の中には何時の間にか子供が居座っており、ふと視線を前にやれば、彼は足早と麗を置いて行ってしまっていたのだ。


「っちょ、雲雀先輩!?」
「それカチカチ鳴ってるから多分爆弾、じゃあ任せた。また明日ね」
「っ…ちょ、ちょちょっと待って!?そんな物騒なもの後輩に託します?可愛い可愛い後輩ですよ!?」
「僕の後輩はゴツイやつか馬鹿しかいないよ」
「馬鹿ってわたしの事です!?シバキますよ!」
「ああもううるさい、それ何とかしてよ」
「ふっざけんなわたし非力なの知ってる!?」
「敬語」
「っ…ですか!」
「下手かよ」

 ハイスピードで進んで行く麗と雲雀の口論(と言う名の擦り付け合い)はテンションの差がかなりあるのが分かるだろうか。この間に顔を赤らめた子供は幾度となく二人の間を行ったり来たりしている。「器用」だと褒める事も出来るだろうが、第三者から見ればただの馬鹿である。冷たい彼の突っ込みを無視して「あっ」と小さく声を漏らした麗の視界には私服姿の沢田が映り込んでいたのだ。


「沢田君!」
「えっ、日比野さん?と…ひ、ヒバリさん!?」
「これ、何とかして」
「えっ…い、イーピン!?って、筒子時限超爆!?何で!?」

 わたしの腕の中にあったはずの子供(イーピンって言うらしい)はいつの間にか雲雀先輩の手に渡ってて、それを雲雀先輩は沢田君に放り投げた。そして一方的に投げ掛けた言葉に、沢田君は酷く焦っている様だった。見間違いじゃなければ、イーピンちゃんの額の絵は残り二つくらいだった気がする。心の中で「ごめん!」と謝りながら走っていると、隣にいる雲雀先輩に腕を引っ張られ、なぜか頭を押さえ付けられた。

 その直後、わたしの耳には大きな爆発音が聞こえたのである。


「ほ、ほんとに爆弾でしたね……」
「何、疑ってた訳?」
「…へへ、ちょっとだけ」

 気が抜けたのだろう日比野は地面にへたり込んでおり、どうやら荒い息を正している途中らしい。その間に途切れ途切れに聞こえた言葉に、僕はいつもの調子を取り戻した。そう思ったのに、その後に見てしまった日比野の困った様な笑顔に僕は呆気に取られた。何で、そんな顔できるの。そんな、心の底から楽しいって伝える様な、そんな顔できるの。と言うかそんな事を思ってしまう自分が気持ち悪くて、何かもう。


「ほんと、一日の終わりにこんなに体力使うとか思ってませんでしたよ」
「そんなの僕もなんだけど」
「雲雀先輩といると厄介ごとばっかりですねえ」
「他人のこと言えないでしょ」
「平凡に暮らしたいんですけどねえ」
「風紀委員になった時点で諦めるべきだよね」
「正論は止めて下さいよ!」


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