気が抜ける程のあの子
「お、終わった……!」
「お疲れ様、日比野さん」
応接室の中央に置かれるテーブルに力尽きた様に寝そべるのは麗である。そんな彼女の様子にふふ、と笑みを溢すのは何故か居る沢田だ。その側にあるティーセットは紛れもなく彼女が用意した物だ。雲雀が部下を連れて見回りに行っている間に彼女に連れ込まれた沢田も最初は自身の違和感にビビり倒していたのだが、今はもう開き直っているらしい。
「あの草壁さんでも脳筋先輩達をまとめる事は出来なかったみたいなんだよね……何この量、ふざけてるのかな」
「いっつも書類片付けてるよね」
「そう!既に社畜気分味わってるからね」
「無理しちゃ駄目だよ?」
「……ほんっと沢田君癒しだわあ……」
「えっ?」
「ここに京子ちゃんいたらもう完璧」
「えっ!?」
机に寝そべったまま顔を横にすると、そこには先程やっと終わらせた書類が山の様に積み重なっている。これを数日で終わらせたのだから暫くは風紀に関わりたくない、無理なんだけど。そんな麗を本気で心配してくれる沢田は、今の彼女にとってはただただ天使にしか見えないのである。「京子ちゃん」と言う言葉を出しただけで顔を赤らめる彼は本当に可愛らしいのだ。密かな癒しを感じていた時、この空間を潰したのは耳が痛くなる程の衝突音だった。
「あーっ!またドア壊れた!」
「獄寺君!?」
「よう!ツナ、ここにいたんだな」
「ツナ兄!探したんだよー!」
「山本!な、何でフゥ太まで…!」
「校門でたまたま見かけてな。山本とはそこで会った」
「く、草壁さん…お帰りなさい」
応接室にこれだけの人が集まる事はまずない。それの発端は沢田なのだが、それを連れ込んだのが自身だと言う事には麗自身、きっと忘れているのだろう。視界の端には見た事のない少年が満面の笑顔を浮かべているが、それよりも気になるのが何故か睨み合っている雲雀と獄寺である。大方、沢田関連の事でキレた獄寺が雲雀に喧嘩を売ったのだと思うが。
「さっさと10代目を返しやがれ!」
「じゃあさっさと持って行ってくれる?邪魔だから」
「元はと言えばてめーの部下とやらのせいだろうが!」
「だから日比野はあとで潰す」
「何でですか!」
獄寺の両手にはダイナマイトがあり、雲雀の両手にはトンファーが抱えられている。明らかに「喧嘩」の範疇を超えているが、一応は喧嘩なのだろう。そんな二人から一瞬でも敵意を向けられ、挙句の果てにトンファーを投げ付けられた麗はそれをギリギリの所で避けてみせた。しかし、避けるだけである。思わず息を飲むその鋭さに涙を堪えた瞬間、彼女の傍らには「フゥ太」と呼ばれていた少年がキラキラとした瞳をこちらに向けていたのである。
「あ、あっぶな…」
「お姉さんすっごいね!一般人でしょ?」
「い、いっぱんじん…?沢田君達は…」
「あああああ!ち、違う!違うんだよ!これはあの…あの!子供のいたずら?みたいな?」
「ツナ兄何言ってるの!」
ちらり、と後ろを見れば、黒い艶のあるソファは中に詰められた羽を溢れさせており、そこにはトンファーが痛々しく突き刺さっていた。その横で身を乗り出すフゥ太は少し異常だ。そんな彼の言葉に疑問を抱く麗だったが、その気持ちは沢田の焦った様子によって飛ばされてしまっている。そして収集が付かなくなっている現状に痺れを切らしたとある男は「草壁」と呟き、その鋭い視線をこちらに向けたのだ。
「さっさとそこの三馬鹿を引っ張り出せ」
「応接室」と言う空間では、支配者は雲雀以外有り得ないのである。
「えっと…ふ、フゥ太、くん?沢田君達の所に行かなくて良かったの?」
「お姉さん、ツナ兄の友達一号って聞いてずっとランキングしたかったんだ!」
「へ…ら、ランキング?」
「あの三馬鹿の連れって全員こんなのばっかなの?」
「茉莉と同じ様な言い方止めません?」
「やっぱり一回本気で咬み殺すべきかな……」
(アッ手加減してたのね)
先程と変わって静寂に包まれた応接室だったが、何故かフゥ太だけはそこに留まっている。雲雀はその事に苛立っているが、如何せん小動物な為、何も言えないでいる。草壁さんに付いて行けば良かったと、今になって死ぬほど思うのはわたしの悪い癖だ。沢田から何の説明もなく面倒を看る羽目になった麗は目の前の少年の扱いに困っていた。見た目は普通の男の子なんだけど、何か、違う気がするんだよね。そう、リボーン君みたいな、そんな感じ。そんな事を考えていると、ふと周りの空気の流れが変わる。フゥ太の方を見ると、何やら呟いている姿があったのだ。
「ふ、フゥ太君?」
「こちらフゥ太。聞こえるよ、ランキングの星」
「何言ってんの!?」
「ねえ、やっぱりこの子返さない?」
ティーセットや終わらせた書類などを全て浮かばせたフゥ太の瞳は虚ろで、どうやらこちらの言葉は聞こえていない様だ。それに加え、フゥ太は理解しがたい言葉を口にしている。それに思わず突っ込んでしまった麗はきっと悪くない筈だ。隣では雲雀が真顔で返却を提案している。いやマジで沢田君戻って来たりしないかな、ないね。
「やっぱり麗姉は観察眼が素晴らしいね」
「それ褒めてる?」
「もちろん!あとね、恭弥兄は並盛で一番の強さだよ!」
「当たり前でしょ」
「あなたのその理由のない自信ってどこから湧いて来るんですかね」
「潰されたいの?」
「怖いですよ!」
数秒経った後(のち)にこちらに視線を向けたフゥ太の瞳は、先程とは違って光が宿っている様に見える。しかしそれと共に放たれた彼の言葉はいまいち褒められている気がしなくて、麗に複雑な思いを抱かせたのだ。彼が雲雀の事を「恭弥兄」って呼んだ時に思わず心臓が縮む思いをしたのは秘密だ。恐らくそんな呼び方をする人間はフゥ太だけである。
「これだけランキングしたかったんだ!じゃあね!麗姉、恭弥兄!」
「えっあっ、ちょっと…!」
言いたい事だけを言って応接室を出て行ってしまったフゥ太を、麗は追い掛けようとして廊下に顔を覗かせるが、そこにはもう人っ子一人居なかったのである。思わず呆気に取られるが、少しだけ安心したのはわたしだけだろうか。浅く息を吐きながら散乱してしまった書類を拾っていると、ソファに座ったままの雲雀が唐突に「ねえ」と声をあげたのだ。
「……僕、名前教えたっけ?」
「……怖いですね」