君の優しさに触れる
 2月14日、今日は女子が好きな人にチョコレートをあげる「バレンタインデー」である。もちろん、この日の雰囲気に流されて告白をする人も居るだろう。お金を掛けて高級な市販の物を買う者や愛情を込めて作る者など、種類は様々である。また、女子の見た目もこの日だけは可愛らしく、着飾ったものだ。しかし、そんな事情など露知らず、風紀委員会は今日も朝から元気に制服の抜き打ち検査である。


「雲雀先輩もなかなか酷な事しますよね。せっかくオシャレして来たのに『外せ』とか…鬼ですか」
「学校にアクセサリーは必要ないでしょ」
「問答無用で『外せ』は怖すぎですよ、ねえ?草壁さん」
「え?」
「学生なら学生らしい格好をしろって言ってるの、ねえ?草壁」
「えっ」
「どう思います?草壁さん」
「いや…」
「まさか僕より日比野を取るの?草壁」
「あの、ちょ…」
「「ん?」」
(こいつら絶対仲良いだろ!)

 前日に急遽呼び出された麗らは、唐突に翌日の制服チェックを言い渡されたのだ。しかしその事に驚いたのは彼女のみで、どうやらこれは各年で行われている事らしい。そして早朝に集められた風紀委員達は眠気と戦いながら身だしなみチェックを行う羽目になったのだ。
 相変わらず、風紀が関わった雲雀の熱意は素晴らしい。問答無用と言いたげに鬼気迫る様子の彼の前では、浮ついた生徒など瞬殺である。没収した装飾品を袋に入れる動作はもはや慣れたもので、断然友チョコ派である麗はただただその様子を呆れた様に見つめていた。それに加えてこの仕事に飽きて来た事もあり、標的を草壁に絞ったのである。


「そう言えば日比野、お前、委員長には渡さないのか?」
「一応持って来ましたけど…」
「へえ、あるんだ」
「……理不尽だし、すぐ殴るクソ野郎だと思ってますけど、まあ、お世話になってます、し」

 先程の項垂れた様子とは一転して、草壁は麗の方に顔を寄せて問いを投げ掛けた。肯定の意を示した彼女の答えに、雲雀は思わず口角を緩めたのだ。しかし、その後に続いた暴言には青筋を浮かべ、「お前の方がよっぽど口悪いだろうが」と静かに突っ込んでいる。だが、恥ずかしげに言葉を紡ぐ彼女に驚いたのも事実だった。


「…食べれるの?」
「へ?」
「ちゃんと食べ物?」
「どう言う意味ですか」
「お腹壊さないかな、って」
「毒なんか入れてないし!」
「敬語」
「です!」

 我に返った雲雀は先程までの自分の様子を掻き消す様に唐突に脈絡もない事を問い掛けた。そこからは何時もの二人の言い合いが始まるのである。周りに居る風紀委員もそっと抜け出そうとしては風紀委員に捕まる生徒達も「またか」と言いたげな表情を浮かべ、こちらを見ている。先程のしおらしさは何処へやら、である。


「草壁、こいつの頭どうにか出来ない?」
「馬鹿でもないです!」
「無理だと思います」
「何でそんな真顔でそんな失礼なこと言えるの?怖いんだけど」




「茉莉、おっはよー!」
「おはよう。元気ね、何かあったの?」
「久し振りに茉莉と一緒にいれるから!あと、沢田君達に会えたし!」
「…あんたってほんと人たらしよね。いつか刺されるわよ?」
「何で!?」

 身だしなみチェックを終わらせた麗は、酷くご機嫌な様子で教室に入って来た。その要因として、放課後に委員会活動がない事が挙げられる。それに加え、自身の癒しである沢田と京子の笑顔を見れた事は麗にとって至福のひと時なのである。半ば強制的に入れられた風紀委員会が嫌な事は決してないが、バイオレンスな日常よりかは平凡なそれの方が良いに決まっている。


「あっ、そうだ。去年からお世話になってるからあげるね、チョコレート」
「どうも。私からもこれ、チロルチョコ」
「茉莉からの愛が…軽い……!」
「冗談よ」

 短く声をあげた麗は鞄からある物を取り出し、それを茉莉に差し出した。それは透明な袋で軽く包まれたブラウニーとクッキーである。小さめに作られたそれらはとても可愛らしい。それのお返しとして返って来たのはこれはまた小さい市販のチョコである。思わず瞳を潤ませるが、溜め息を吐いた茉莉は本当のお返しであるリボンでラッピングされた生チョコを差し出してくれた。その直後、廊下からは何やら奇声が聞こえてくる。思わず冷や汗を掻く二人は嫌な予感がしてならないのだ。


「日比野ちゃんおっはよー!チョコちょうだい!」
「いきなりだね!?」

 勢い良く扉を開けて教室に入って来たのはロンシャンだった。二人の嫌な予感は当たっていたのだ。細かく言えば、麗はチョコを作っている段階から変な直感が働いていた、らしい。ダイナミックに彼女の前に滑り込んで来た彼は挨拶の次にチョコを強請り、彼女を酷く驚かせていた。


「直球すぎていっそ清々しいわよね」
「ある意味一番分かりやすい人だよね」
「チョコ!日比野ちゃんの欲しい!」
「…って感じだけど、用意してるの?」
「い、一応……関わっちゃったし」
「あんた、その言い方だと関わりたくなかったってニュアンスになるわよ」
「だって元ストーカーさんですよ!?嫌じゃん!」
「ストーカーとか止めてよー、熱烈なファンと言って!」
「言いません」

 すっぱり、と断言しながらロンシャンに手渡した物は茉莉と同じ、一口サイズのブラウニーとクッキーである。その直後、驚くほど喜んだ彼は滝の様に涙を流し、二人の目の前でくるくると踊ってみせた。その時の彼女の表情は死ぬほど色がなかった、と後(のち)の麗は言う。


「ありがとう日比野ちゃん大好き!これからも付いて行くからね!」
「来なくて良い!何本人目の前にしてストーカー宣言してんの?」
「麗に触ってんじゃないわよこンの発情人間が!」

 しかし、ロンシャンの奇行はそれだけでは終わらず、すぐさま麗との距離を縮め、頬を擦り合わせた。そんな彼に対して思い切り蹴りを喰らわせた茉莉はまるで鬼神の様だった、とクラス全員が思っただろう。しかし、麗だけは沢田を助けようとする獄寺に似てるな、と思ったのだ。だが、これを言えば自分もロンシャンの様になる事は目に見えて分かるので口は閉じたままである。

 誰だって、命は惜しい。




 目の前に映るのは自身の身長の倍はある巨大な門だ。生まれた時から見ている為、今ではもう慣れてしまったがこの規模が普通だとはこれからも思えないだろう。見た目よりかはかなり軽いそれを押して中に入れば、ししおどしが携えられた小さな池やアーティスティックな砂が一面を飾っている。これは母の趣味だ。
 石段の道をしばらく歩けば、やっとの事で玄関に着く。毎回の様に思うが、この無意味な道は何なのだろうか。絶対金の無駄だと思うが、これも母の趣味な為、何も言えない。玄関で靴を脱いで歩を進めると、またしばらくの間、木の廊下が続く。その間に幾つもある襖の多くが、開けた事もない部屋だ。一際大きな襖を開けると、そこには優雅に緑茶を飲んでいる雲雀の母が居た。


「ただいま」
「あら恭弥さん、お帰りなさい。今日は早いのね」
「帰らせたから」
「で、恭弥さん」

 何時もと同じ様な黒の着物をきちんと着こなしている雲雀の母は世間一般的に見ても綺麗、なのだと思う。彼女のその吊り目が雲雀の中に遺伝子として残っている事は誇りにさえ思う。しかし、今年に入って麗と知り合ってからと言うものの、何やら様子が変なのだ。それは父にも言える事なのだが、母の方はそれがあまりにも顕著なのである。
 何時も浮かべている綺麗で、柔らかささえ感じるその笑みは、今の雲雀にとってはただただ困惑の対象だ。しばらくそれを見つめていた彼の顔には僅かながら冷や汗が浮かんでいる。しかし観念した彼は小さめの鞄からある物を取り出し、それを机の上に差し出した。


「さっすが恭弥さんね!朝頼んでおいて良かったわ!」
「もう一個は父さんの分だから食べないであげて」
「やだちっちゃい!可愛い!」
「聞けよ」
「聞いてるわよ。で、恭弥さんも貰ったのでしょう?どうでした?」
「関係ない」

 雲雀が取り出したのは麗に頼まれた雲雀の両親の分のチョコレートである。他の人より量を多めにしている、と言っていたが気を遣っているのだろうか。珍しくテンションが上がっている母の様子を見ると、気を遣わなくても良いんじゃないか、とも思うが。そんな母のニヤついた問い掛けを一蹴した彼には、その後に続いた母の言葉など届いていないのだろう。


「不器用ですね、恭弥さん」




 リビングから抜け出した雲雀は木で造られたらせん階段を上り、その足は自室へと向かっていた。その途中で壁に立て掛けてある物は、全て雲雀家の栄光を示す物だ。生憎、彼はそんな過去の物に何ら興味は無いし、継ぐつもりもない。それをこの前父に言ったら「好きにしなさい」と言われたのでそれはそれで驚いたが。
 この和の屋敷では珍しい木製の扉を開けば、シンプルにモノクロでまとめられた部屋が視界に広がる。持っていた小さめの鞄を机に置けば、中でカサ、と音がする。それは麗に貰ったチョコレートである。気まぐれに開けると部屋中に甘ったるい匂いが広がった。思わず眉を顰めるが、その下にある小さなメッセージカードに気付いた雲雀はそれに手を伸ばす。


『これからもよろしくお願いします。今年は負けませんからね!』

 書かれていた文章はまるで意味が分からなかった。けれど、この言葉を言っている麗をイメージするのは難しくない。メッセージカードの端に張られているシールはにこちゃんマークだろうか。元気なそれは彼女の趣味に合っていると感じた。思わず漏れる笑みはきっと誰にも見せられない。馬鹿みたいに緩みきったその口角を手で覆い隠し、雲雀はそっと目を瞑った。


「僕も、馬鹿だな」

 恋愛を前にしてしまえば、並盛最強でさえただの男なのだ。


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