勇気を振り絞る臆病者
 寒さも厳しくなって来た今日この頃、わたしはこんなクソ寒い中、呼び出しを喰らってしまった為、隣町の並盛中学にやって来ています。昨夜から降り続いた雪のせいで道路は一面真っ白で、ローファーが埋まりそうになりながらも応接室にやって来たわたしはいつもと違うその空間に驚いた。いつもならいるはずの草壁さんがいない。雲雀先輩に聞くと、集団インフルエンザに掛かってしまったらしい。あんなにガタイが良いのに免疫力クソかよ。そんな暴言は口にせず、わたしはいつもの倍以上の量はある書類を渡された。やっぱりクソだ。

 そんなこんなで、時刻はお昼を過ぎていた。


「…ちょっと、寒い」
「だってこんな密室にずっといたら息が詰まっちゃいますよ!」
「そのまま息詰まって倒れちゃえば良いのに」
「それ死ねって事ですか」
「寒いね」
「会話のキャッチボールが出来ない!」

 雲雀に渡された書類の山が半分を切った所で、麗はぐいっと背伸びをした。そして、窓から見える雪を視界に入れて窓を思い切り開けたのだ。その瞬間、室内に入って来た冷気に彼は身震いをしたが見て見ぬ振りである。運動場の一面が真っ白な様を眺めながら、彼女は学校に来るまでで購入したパンをもく、と口に含む。中からむにゅ、と溢れ出すカスタードクリームは甘さがちょうど良くて大変好みだ。


「雪、いっぱい積もりましたね」
「そうだね」
「…あ、そうだ。雲雀先輩!」
「……何?」
(嫌な予感…)

 窓から身を乗り出し見下ろすと、キラキラと輝く銀世界が視界いっぱいに広がった。すると、麗の心の中は、思春期特有の好奇心で満たされたのだ。わくわくとした気持ちを隠す気もないその声色は雲雀にとっては恐ろしいもので、ここまで彼を振り回す事が出来るのは彼女だけだろう。


「遊びましょう!」




「今日は何時に帰れるだろうね」
「まあまあまあ。こんな日があっても良いじゃないですか」
「君、最近それ良く言ってるよね」
「雪うさぎ出来ました!」
「聞けよ」

 外に出た二人は校舎の周りをゆっくりと歩いている。靴底が雪に埋まる度にサク、と軽快な音が鳴り、それが楽しくて堪らない。そんな楽しげな麗を横目に、雲雀はしゃがみ込んで雪を掬い取る。素手で触れたせいで直(じか)に伝わる冷たさに目を細めながら、彼は一向に話を聞こうとしない彼女に怒りの笑みを向けて手の中の雪を握り潰したのである。


「ふふ、冗談ですよー」
「お前は真面目な時とふざけてる時のテンションにギャップがないから良く分からない」
「ちょっと違いますよ。失礼ですね」
「と言うか真面目な時を見た事がないしね」
「あ、ああありますよ!」
「何そのどもり様」

 何時もよりも大人しげに笑みを溢す麗を見て、雲雀は溜め息を漏らしながらも心の中は柔らかくも穏やかな気持ちでいっぱいになった。柄にもなく目線を同じにする為にしゃがみ込んだのもそのせいだろう。冷たい風に乗って冬の匂いと彼女の家の柔軟剤の匂いが鼻腔を擽る。そんな時、彼の耳には複数の人の声が入って来たと言う。


「…誰かいるみたいだね」
「へ?けど、今日って日曜日だから開放してないんじゃ…」
「僕が頼んだ」
(あんたかよ!)
「あれ、君の友達じゃなかったっけ?」

 そう言って校舎の影から指差した先には、確かに麗の友人である沢田が何やら騒いでいた。顔を乗り出して奥の方に視線をやると、何故か雪玉に埋もれている山本やディーノも居る。雪合戦でもしに来たのだろうか。それにしてもその「雪合戦」の域を超えている気がする。そんな事を考えている内に雲雀は校舎の影から出て行ってしまい、その手にはラジコンがあった。


「何これ?あと、そのデカいカメ」
「ヒバリさん!!」
「げっ」
「いや、あの」
「せっかくの雪だ、雪合戦でもしようかとね。といっても、群れる標的に一方的にぶつけるんだけど」

 沢田の叫び声で気付いた麗は最悪だ、と言いたげに声を漏らし、呆れた様に顔を押さえている。一応言うが、今日は雪合戦をしにわざわざ電車に乗ってここに居る訳ではない。雲雀に「書類を手伝え」と、半ば無理矢理連れ出されたのである。その肝心の「書類」はまだまだ半分は残っている。あの人まさかまた暴動起こすんじゃないだろうか。そう考えて思わず身を乗り出してしまったが、唐突に聞こえて来た沢田の「あ、あの!」と言う声にぱちくり、と瞬きを繰り返した。


「き、聞きたい事が、あるんです、けど」
「…聞きたいこと?」
「は…あ、いや、あの、えっと…」
「……早くしてくれない?」
「ヒバリさんって、えっと、あの、日比野さんの事…」

 瞬きを繰り返すのは雲雀も同じだった。今までは暴力で一方的に抑え付けていた、言わば「草食動物」から話し掛けられたのだ。けれど、待たされるのが嫌いな彼は苛立ちから目を細め、高圧的な言い方になる。しかし、その後に紡がれる沢田の言葉に雲雀はピクリ、と眉を動かしたのである。その瞬間に出て来てしまった麗は仕方なく、「雲雀先輩?」と声を掛けたのだ。


「日比野…」
「沢田君も、こんにちは」
「日比野さん!」
「雪合戦?楽しそうだね」
「いや、あの、その…っご、ごめんなさいいい!」

 何時の間にかラジコンからスライムの様な感触になってしまったレオンを掴みながら、雲雀は今しがた現れた麗に視線を寄越した。その彼女は優しげな笑みを沢田に向けており、雲雀に向けるものとは違う、また違う彼女の一面を見れた気がした。そこから暫く雑談が続くと思われたのだが、沢田は謝罪の言葉を叫びながら唐突にその場から逃げ出してしまったのである。


「な、何だったの……?」
「さあ……?」
「雲雀先輩、何かしたんですか」
「言いがかりは止めて」
「だってあの怯え様、尋常じゃないですよ」
「それにしても、なかなか侮れないね。沢田、だっけ?」
「話聞いてます!?」

 唐突に逃げ出してしまった沢田の小さな背中を見つめながら、二人は驚いた様に目を大きく開かせた。しかしそれは一瞬の事で、次の瞬間には雲雀は別の事を考え込んでいたのである。隣では麗がぎゃあぎゃあ、と騒いでいるが知ったこっちゃない。まさか、気付かれているのだろうか。前面に出した覚えは無いのだが。

 まあ、日比野が気付かなければそれで良い。


「そう言えば、バレンタインデーのやつ、喜んでたよ」
「本当ですか?良かった……」
「……ほんと参る」
「え?」
「何でもない馬鹿死ね」
「今日暴言酷いですからね!?」


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