いつまで経っても艶美の情で
 青い空に浮かぶ入道雲、太陽の光に反射されてキラキラと輝く海、そこに群がる人々の顔にはどれも笑顔が浮かび上がっていた。それは海水浴に遊びに来た沢田や山本も例外ではなく、これから感じるであろう海水の冷たさを想像して楽しげにビーチパラソルを立て掛けている。しかしそんな中で嫌な空気を醸し出す人物が一人、麗である。大きめのパーカーを着込んで身体を丸め込む様に座るその姿は如何にも座敷童だ。そんな麗を見て冷や汗を掻いていた沢田らだったが、今はもう見慣れてしまったのか麗の頭上に影を作っている。


「さ、沢田君…わたしやっぱり帰った方が…」
「え…だ、大丈夫じゃないかな?」
「せっかく10代目が誘って下さったのに何戯れ言抜かしてんだてめー」
「ほんっと獄寺君って残念なイケメンだよね……て言うか10代目って何?」
「そこは置いとこう!気にしなくて良いから!置いとこう!」
「やっぱあいつの事か?」
「え、や、まあ…」
「そんなに嫌だったら帰れば良いじゃないですか」

 飲み物を買って来てくれた沢田に手を伸ばし、その飲み物を受け取る。そんな彼は海に行く事を断っていた麗を頑なに誘った人物である。そんな彼に絶大な信頼を寄せる獄寺は彼女の気持ちを何ら理解はしていない。そんな中で隣に座る山本は僅かに苦笑を浮かべながらとある人物を思い浮かべていた。その人物こそ、現在厳しい物言いをしているハルなのである。その声にびく、と肩を跳ねさせた麗は恐る恐る上を見上げる。そこにはやはり不機嫌そうに眉を顰めるハルと、それを宥める京子が居た。


「み、三浦さん…」
「まさか来てるとは思わなかったんですけど…」
「ご、ごめんなさい」
「何で謝るんですか!意味分かんないです!」
(ええ!理不尽!)

 呆れた様にはあ、と溜め息を吐くハルに、麗は無意識ながらに謝罪の言葉を口にした。それに何故か怒って来るハルに理解が出来ないのだが、ハルはその事に気付いているのだろうか。まあまあ、と宥めてくれる京子が居なければ、麗はきっとこの場から逃げてしまっていただろう。


「あなたはいっつもそうですね!だから…っ」
「まあまあ」
「山本さん…」
「そこまで、な?」

 ハルはきっと怒りに身を任せて何かを言おうとしていたのだろう。しかし、その場に割って入ったのは京子と同じ様にハルを宥める山本だったのである。その顔には笑みが浮かび上がっていたが、何も言わせない、と言う圧があった様にも感じる。ぐ、と口を噤んだハルを見届け、彼は無言でぽん、と麗の頭を撫でたのである。擽ったくも感じるその感触は、何処か温かかった。


「麗ちゃんとハルちゃんって本当に仲悪かったんだね……」
「ハルが一方的に嫌ってるだけなんだけどね…」
「日比野は何とか話そうとしてますよね。その努力はほぼ無駄になってますが」
「いつから仲悪いの?」
「最初から…って言うか、友達ですらないよね」
「えっ、そうなの?どうしてだろう……」
「さあ…?」

 一方、ビーチパラソルの影に入って来た京子はぼそり、と呟く。それを聞いていた沢田と獄寺は呆れた様に眉を下げている。ゆっくりと麗とハルの距離を伸ばしている山本の動きはさすが、としか言いようがない。この現状を一番理解しているのは、もしかして山本なのかも知れない。その山本は再び麗の近くに寄り添い、笑みを携えた。そんな時に現れたのが下世話な笑みを浮かべた男達である。


「ねえ、君暇そうだしちょっと遊ばない?」
「はひ?だ、誰ですか?」
「そこの明るめの茶髪の子も行こうぜ」
「っきゃ!」
「京子ちゃん!」

 その男の一人はハルに近付き、もう一人は京子に近付いた。どうやら前々に知らされていた了平の先輩ら、と言うものらしい。見た目から想像出来る下衆加減だ。ほぼ裸に近い身体を寄せられ、二人の顔には確かな嫌悪感があった。沢田も僅かに眉を顰めるが、この場をどうにか出来る力を持ち合わせてはいなかった。麗も思わず京子の方に顔を向けるが、その間に違う影が生まれる。それは確かにこちらを見下ろしていたのだ。


「あんたもこいつらの連れ?」
「…そうです、けど」
「へー…顔は平凡、スタイルもそんなに良くもないけど…」
「…喧嘩売ってます?」
「怒った顔は結構好みだな」
「きっ…もち悪いこと言わないで下さい!」
「まあまあ」
「まあまあ、って、どこ触ってんですか……!」

 肌を焼いているからか感じる威圧感に、麗は思わず声をどもらせた。それが大きく感じるのは、先程まで側に居た山本が居ない、と言う要因もあるのだと思う。しかしその後に続く言葉達は彼女を侮辱してる事を意味している様で、彼女は思わずこめかみに青筋を浮かべた。その怒りの表情に何故か気分を良くした男は彼女の華奢な手首を掴み、そのまま肩を荒く抱き寄せたのだ。するり、と滑り落ちる手が厭らしく、ぞくぞく、と悪寒が走る。初めてシャマルと出会った時を思い出す。その思考を途切れさせたのは、何処か力んだ山本の手だった。


「山本、くん…?」
「…こいつには手ェ出さねーでくれるか?」
「や、山本…?」
「何だてめー」
「頼まれてんだ。だから、この手放せよ…な?」

 ビーチパラソルの影に隠れて見えない山本の表情は、何処か暗がって見えた。僅かな沈黙の後に日の目を見た彼の表情は何時もと変わらない様に思えた。しかし、僅かに影があるその顔は、確かに怒りが孕んでいたのだ。初めて見る「喜」と「楽」以外の彼の感情に、麗と沢田は思わず目を見開いた。言葉を発せずとも、それは獄寺や京子、ハルも同じである。唐突に響いたギリ、と言う骨が軋む音は確かに山本から発されていた。そんな山本の気迫に負けたのか、その男は麗を狙う事を諦めたのである。

 そう言えば「頼まれた」って、何の事なんだろう。




 それからは色々あった。この騒ぎで敵対する事になった男らと沢田らの元に駆け付けた了平だったが、まるで洗脳されているかの様にこの男らに従順だった。その後の話の流れでスイム勝負をする事になったが山本と獄寺は岩陰で男らの仲間に襲われ、沢田もまた、溺れた子供を助ける為に駆け付ける。そこで対決相手に裏拳を喰らわせてしまうが、その間に山本と獄寺がその仲間らを伸してしまったのだ。
 そこからは比較的に平和な時間を過ごしたのだが、ハルとの関係は一向に良好にはならなかった。そんな麗の隣には、護衛をする様に山本が座っている。


「いやー、やっぱツナといると飽きねーなー」
「そうだね。何かしらハプニングを持って来るし」
「それは日比野もだろ?」
「うぐ…そ、そう言えば、山本君、泳ぎに行かなくて良いの?率先して行きそうなのに」
「言ったろ?頼まれたんだよ」
「それも気になってたんだけど…誰に?」
「雲雀だよ」
「雲雀先輩!?」

 浅瀬の方でパシャパシャ、と水音を立てている沢田は京子と来れた甲斐があってか、酷く幸せそうだ。その隣に居るハルと獄寺は相変わらず喧嘩ばかりの様だが、端から見ればただただじゃれ合っている様にしか見えないのである。そんな光景を楽しげに眺める麗は、この場では聞く事は無いだろうと思っていた名を聞き、思わず目を丸くしたのである。麗の反応に山本ははた、と言って良かったのか、冷や汗を掻くが、開き直って「実は」と雲雀との短いやり取りを思い出したのだ。




『今度の休み、日比野も海に連れて行くんだけど良いよな?』
『……何で僕に聞くの?勝手に行けば良いでしょ』

 校内でたまたま会った雲雀は、いつもの様にボロボロになった並中生徒を引き摺っていた。この光景に耐性が付いてしまったのは絶対こいつのせいだと思う。こんなこと言ったら咬み殺されるし、絶対言わないけど。少し威圧的な言い方になってしまったけど、雲雀は特に気にする事は無く、返事をして来た。機嫌が良いのかもしれない。


『いや、だって日比野の保護者みてーなもんだろ?まあ、お前はそうは思ってねーみたいだけど』
『…人の気持ちを詮索するのはいただけないな』
『分かっちまうんだからしょうがねーだろ』
『…で、海、だっけ?どうぞ好きにすれば?』
『そっか!』

 気絶しているらしい傷だらけの男子生徒をつんつん、と指先でつつく。雲雀がちょっとだけ顔を顰めた様に見えたけど、トンファーを出すつもりじゃなかったみたいだからそのまま続けた。一向に顔を上げないオレに呆れたのか、雲雀ははあっと深い溜め息を吐いて「行って良いよ」って言ってくれた。絶対そんな柔らかいニュアンスじゃないけど、「しょうがねーから貸してやるよ」的な感じだと思うけど。会話はここで終わると思ったんだけど、交換条件として雲雀は一つだけ言葉を付け足した。


『代わりと言っちゃなんだけど、あの子の事、ちゃんと見てくれる?』
『んん?』
『…あの子、すぐに誰かに狙われるから』
『…それって、男に、って事か?』
『いや、色んな事に良く巻き込まれるって意味で』
『ああ…なるほどな。良いぜ。交換条件、ってやつだな!』
『…何でそんなに嬉しそうなの』
『いや、『ヒバリ』もただの男だなって』
『殺すよ?』
『『咬み』どこ行った?』

 その言葉は何よりも日比野の事を思いやってて、オレは少しだけ嬉しくなった。もちろんオレの言った意味もあるんだろうけど、多くはただ、日比野に少ない休みを楽しんで欲しいとか、そんな感じなんだろうなあ。日比野が関わるとただの男になる雲雀が何か面白くて、多分その時のオレ、すっげーニヤニヤしてたと思う。友達の惚気を聞いてる感じ、友達じゃないけど。後輩として、惚れてるやつとして優しさを向ける雲雀を見て何か、すっげーなあって思って、これは絶対守らなきゃなって、そう思ったんだよ。





「そ、そうだったんだ……」
「あいつ、かなり丸くなったもんなー」
「…優しいと、思う」
「あ、やっぱ気付くんだ?」
「言い方悪いけど、あからさま、でしょ?さすがに気付くって言うか…わたし別に鈍くないし、肯定も否定もしないから自惚れちゃうし」
「…自惚れてんのか」
「いっ、言わないでね!秘密だからね!」

 雲雀の威厳の為に所々で端折った箇所はあるが、殆どはありのままを伝えた筈である。その一連の会話を聞いて、麗は驚いた様に、しかし僅かに嬉しそうに目を丸くした。そして、照れた様に足に顔を埋(うず)め、ぼそり、と言葉を紡ぐ。しかしその直後には恥ずかしそうに山本に口止めを頼んだ。そのコロコロと変わる表情に、山本の口からは思わず笑みが零れたのだ。


「な、何笑ってるの……!」
「いや、何か、面白くてさ!それに、じれったいって言うか…」
「…わ、分かってるよ……わたしもさ、じれったい」
「…言わねェの?」

 山本の笑い声に気付いた麗は顔を真っ赤にしてそれを咎める。その赤く染まった頬は、どうやら夕日のせいだけではない様だ。そんな夕日の様な頬の赤みを携えながら、彼女はふと黙り込む。その返事を、急かす事はしなかった。急かすものではないし、それに、その返事を予想出来ていたからだと、今では思う。


「…言えないよ。今の関係、壊したくないもん」
(いや、速攻抱き締めると思うんだけどなあ……)
「それに、三浦さんの問題も解決できてないし」
「雲雀はこの事、知ってんのか?」
「わたしが直接言った事は無いけど、多分気付いてるんだと思う」
「そっか……」
「だから、それからかな」
「…お前がそれで良いなら、オレもこのまま護衛係続けるかな!」

 山本の脳裏に浮かび上がった麗と雲雀の告白シーンでは雲雀が彼女を抱き締めており、現実にこうなりそうだから怖い。それに彼女が気付いていないものだからもっと怖い。しかしそんな彼女も色々な事を考えている様で、それを無視して告白を勧める事は、部外者である山本には出来なかった。ただ、何時もの様に笑ってガシガシ、と雑に頭を撫でる事しか出来なかった。いや、それこそが山本の役目なのかも知れない。けど雲雀、良く覚えておけよ。


「…ふふ、何それ」

 この儚さを早く手に取らねーと、お前は一生後悔すると思う。


prev back next

top