蛇に睨まれた蛙
「こいつ、バーズの鳥手なずけてやんの」
「―――じゃあ、このザコ2匹はいただくよ」
「好きにしやがれ」
「死にぞこないが何ねぼけてんだ?こいつはオレがやる」
「言うと思った」
「徹底的にやっからさ」
そう言った犬は何処からか歯型のカートリッジを取り出し、それを自身の歯にはめ込んだ。カシャン、と軽快な音が鳴ったかと思えば、頬に愛らしいビジュアルの模様が現れる。その見た目とは裏腹に、その模様は「百獣の王」を表している様だった。髪も伸び、前髪を留めていたアメピンは何処かに飛んで行ってしまっている。少し喉を鳴らすと、その場ではガルルル、と言った唸り声が響いていた。
「ライオンチャンネル!!」
「ワオ、子犬かい?」
手も人間のものではなくなっており、「百獣の王」であるライオンらしく、鋭い爪が備わっていた。それで身を抉られれば、一たまりもないだろう。しかし、そんな犬を見ても雲雀が臆する事は無く、寧ろ楽しげにゆるり、と口角を上げた。―――一度、足を踏み出す。その瞬間に雲雀の肩に乗っていたバードの鳥は何処かへ飛んで行った。それに気付いた雲雀は、瓦礫の上に転がっている自身の武器を視認したのである。
「うるへーアヒルめ!!」
声を荒げる犬が雲雀に向かって走ると同時に、雲雀は地面に落ちていたトンファーを足に引っ掛けて宙に浮かせる。そしてそれをきちんと手に収めたのだ。その勢いのままそれを振り翳すが、犬は雲雀の攻撃を紙一重で避けてみせた。―――しかし、雲雀の動きが止まる事は無かった。雲雀は敵に背を見せたかと思えば、自身の身体を回転させてトンファーを犬の顔にぶち当てたのである。鼻や口から血を出す犬に対して容赦なく、雲雀はもう一撃をお見舞いする。勢いのあるその攻撃は、犬の身体を場外へと吹き飛ばしたのだ。
「犬!」
「次は君を…咬み殺す」
一瞬にして繰り広げられるこの光景に、千種は思わず目を見開いた。その反応も、犬の身体が窓ガラスを突き破った際に響いた痛々しい音によって出て来たものなのだが。そんな千種の反応にも目もくれず、雲雀はよろつきながらもしっかりと前を見据える。その視界には、僅かに怯えた草食動物が映っていた気がした。
「ぐ…っ」
フゥ太がビアンキの腹を刺した直後、麗の身体は再びソファに埋め込まれる事になる。それをやったのは他でもない、骸だ。麗の首を絞める力を強めれば、付近からはギリ、と痛々しい音が響いて来る。それと共に襲い掛かる息苦しさは、慣れてはいけないものだと分かった。それから逃れようともがくが、そんな姿を見て笑みを浮かべる骸は酷く恐ろしい。
「余計な事ばかりしますね、あなたは」
「う"、あ…っ」
「日比野さん!」
顔を青ざめながら麗の名を呼ぶ沢田は、唐突に現れたフゥ太に目を見開き制止の声をあげた。そこでようやくフゥ太の様子がおかしい事に気付いたらしい。そんな二人が対峙している間にも、彼女が負う痛みはどんどん重みを増して行く。肩の熱に気付きそちらを見てみると、破れた制服から赤みを帯びた肩が顔を覗かせていた。―――打ち身、だろうか。浅い呼吸を繰り返していると、それをしていた口元が覆われる。くぐもった声でさえ、耳障りとでも言いたいのだろうか。
「んん"…っ」
(さ、わだ、く…)
「どうにか出来ると思ったんですか?少し刃物を向けただけで…」
「っ……」
「―――ほら、こんなにも身体が震えるくせに」
麗の口元を覆う手から逃れようと、彼女は身を捩る。うっすらと開けた潤む瞳には、間一髪でフゥ太の攻撃を避ける沢田の姿が映っていた。―――嗚呼、ああ、声を出す事も出来ない。片手はソファの背もたれに縫い付けられ、ふと現れた刃物は彼女の首筋に当てられていた。ひやり、とした感覚が彼女の恐怖心をより煽っている。そんな感情から身体を震わせる中、彼女の視界に見えたのは首に何かを巻き付けられた沢田の姿だった。
「前にディーノにもらったムチをもってきてやったぞ」
「こんなものわたされて、どーすんだよ!!」
「どーするもこーするも、やらねーとおまえがやられるぞ」
「相手はフゥ太だぞ、できるわけないだろ!?」
「それに、どっちみちやらねーと麗を助けらんねェ」
「そ、それは…!そう、だけど…」
「ディーノに貰った鞭で何とかしろ」と言う無理難題を、リボーンは沢田に突き付けているらしい。しかしこのままではフゥ太だけではない、人質となっている麗でさえ助け出す事は出来ないだろう。はっと目を見開いて視線を横にずらせば、首筋に刃物を添えられて涙を浮かべている彼女の姿が見えた。―――いつも笑顔なあの子が、いつもオレの味方でいてくれる日比野さんが、泣いている。そんな現状に、耐えられるはずもなかったんだ。
そんな中で響き渡る骸の独特な笑い声に、沢田はきゅ、と鞭を握り締め、骸の方に強く足を踏み出した。そんな沢田の行動に声を漏らすも、沢田の後ろには未だ操られたままのフゥ太が付いて来ている。―――けれど、今は骸が最大の敵だ。やるしかない、そう思った沢田は鞭を握り締める力を強め、それを骸に向けた。
「やあ!!」
力の入った声をあげながら、沢田は鞭を骸に向かって思い切り振り翳した。しかし何時の間にやらすっぽ抜けてしまったのか、鞭の先端は沢田の右目に衝撃を与え、そのまま両足を縛られてしまい、沢田は一瞬にして身動きが取れない状態になってしまったのである。そんな沢田を見て笑い声をあげた骸の言葉通りに後ろを見てみると、そこには鞭に絡まりながらも呻き声をあげるフゥ太が居たのだ。
フゥ太が欲する三叉槍を飛ばしてやれば、沢田はフゥ太の光の宿らぬ瞳に気が付いた。それは、ランチアと酷く似ていたものだ。もしフゥ太の中に罪悪感が蔓延っているのだとしたら―――なんて恐ろしい事だろう。そんな事を考えている内にもフゥ太の手には三叉槍があり、それは沢田へと向かっていた。
けれど、フゥ太は悪くない。骸の策略に乗せられただけで、敵じゃない。味方だから、ちゃんと味方はいるから、帰っておいで。―――そう、フゥ太に告げた。するとフゥ太は苦しみ始め、顔を歪めては頭を押さえて蹲る。しかし次に見た時には、フゥ太の瞳に光が戻っていたのだ。麗がほっと息をついたのも束の間、フゥ太の鼻や耳からは血が垂れて来ている。どうやらクラッシュを起こしているらしい。
フゥ太は少なくとも10日はヘルシーランドに監禁されており、その間、眠る事は殆どなかったらしい。おそらく警戒心から来るものだろうが、骸はそれを逆手に取り、並盛のケンカランキングを手に入れたのだ。また、極度の緊張状態やストレスから心を閉ざしてランキング能力を失ってしまったらしい。それでさえも必要な犠牲だったと、骸は言う。
「もくろみは大成功でしたよ。現に今、ボンゴレはここにいる」
「…罪のないフゥ太をこんなにして、関係のない日比野さんを傷つけて…六道骸、人を何だと思ってるんだよ!!」
「おもちゃ…ですかね」
「ふざけんな!!」
そう声を荒げた沢田はしっかりと鞭の柄を持って、再び骸の方へと駆け出す。そんな沢田を見兼ねた骸は麗の両腕に再び手枷を付け、立ち上がった。その瞬間に変化した右目に気付いたのはリボーンだけである。―――骸は床に転がしておいた武器を瞬時に振り上げ、沢田の横を通り過ぎた。何も、起きていない様に思えた。しかし、沢田の頬にふと赤い線が生まれ、それは全身に広がって行ったのである。
「沢田君!」
「どうか―――しましたか?」
「っ…なにがどーなってんの?」
「すれちがいざまにすさまじい攻撃をあびせたんだぞ」
「さすがアルコバレーノ、その通りです」
全身に広がった夥しい程の斬撃は、沢田の衣服をものの見事に切り刻んでみせた。ビアンキがせっかく用意してくれた物なのに、それも無駄になりそうである。辺りに飛び散る血を見ながら、骸は冷たい視線で沢田を見下ろした。背中に麗の悲痛な叫び声を受けながら、武器の先端に三叉槍を取り付ける。そんな骸の右目には確かに死ぬ気の炎が宿っていた。そうして話し始めたのは、「六道輪廻」についてである。
「―――僕の体には前世に六道すべての冥界を廻った記憶が刻まれていましてね、6つの冥界から6つの戦闘能力を授かった」
「なに…言ってんだ?」
「それが本当なら、オメーはバケモンだな」
「君に言われたくありませんよ。呪われた赤ん坊、アルコバレーノ」
あの「六」にはそう言う意味が含まれていたのか。―――麗はここで初めて骸の正体が分かった気がした。けれど、これだけでは彼の言い様のない不気味さを説明する事が出来ない。しかし何故か、彼がそっと笑う度に良く分からない悲愴感が彼女の中に伝わって来るのだ。それが分かれば、苦労はしないのだけれど。ただ怯えるだけの自分がどんどん嫌いになって行くだけで、わたしはなぜか、とても泣きたくなった。
「さあ。次の能力を、お見せしましょう」
ああ、雲雀先輩。あなた今、どこで何をしているんですか。