なでしこにふれる
「いきますよ」

 そう声を掛けた骸が持っていた三叉槍をとん、と地面に触れさせると、そこからは亀裂が走り、何かの力に引き寄せられる様に瓦礫や木の破片が次々と浮き始めたのだ。そこからは足場も作る事が出来ず、沢田は崩れて行く建物に縋り付く事しか出来ない。それは麗とリボーンも同じ事で、意識が戻らないフゥ太とビアンキはその力にされるがままである。しかし幾分かスローモーションに見えたその光景も、リボーンによる衝撃で消え失せる事となったのだ。


「おまえが見たのは幻覚だぞ」
「へっ、げ…げんかく!?」
「やりますね。見破るとは、さすがアルコバレーノ」

 先程の幻覚は骸曰く、第一の道である地獄道によるものらしい。それは永遠の悪夢により、精神を破壊する能力を持っている。それを発動した事により消滅した麗の首筋にある刃物も幻覚に類されているらしい。落ち着いて出来る呼吸に思わずむせた彼女は、首元を押さえている。息を荒くさせながら髪と髪の間から前を見やると、リボーンのニヒルな笑みが見えた。―――その笑みに酷く安心させられたのはどうしてだろう。


「しかし君達のことをしばらく観察させてもらい、二人の関係性が見えてきましたよ。アルコバレーノはボンゴレのお目付け役ってわけですね」
「ちげーぞ。オレはツナの家庭教師だ」
「なるほど、それはユニークですね。しかし先生は攻撃してこないのですか?僕は二人を相手にしてもかまいませんよ」
「掟だからだ」
「掟ときましたか。また実に正統なマフィアらしい答えですね」
「それに、オレがやるまでもなくおまえはオレの生徒が倒すからな。―――もちろん、麗も助ける」

 その鋭くて、けれど優しくもある大きな黒目に酷く安心して、わたしはソファの布をぎゅっと握り締め、泣きたいのを我慢した。それと同時に、弱くて何も出来ない自分が情けなくて仕方がなかった。―――どうして、わたしはこんなにも何も出来ないんだろう。耐える事しか、待つ事しか出来なくて、ただ助けられるだけ。そんなの、嫌なのに。嫌なはずなのにそんな、全部を受け止めるようなそんな顔されたら、どうしたって、甘えてしまうのに。
 骸の右目に「三」の文字が浮かび上がったかと思えば、沢田の周りに数えきれない程の蛇が現れたのだ。毒を持つそれらはじわじわと沢田の陣地を狭めて行き、焦りを増幅させて行く。この能力は第三の道である「畜生道」と呼ばれ、人を死に至らしめる召喚を起こさせるものだ。それを発動させた骸はにやり、と口角を歪めてリボーンを挑発してみせるが、リボーンは一切顔色を変えずに自身が「超一流の家庭教師だ」と言い張ったのだ。その直後、骸の反撃によってスピードを失った物は、金属音を響かせながら地面に転がった。―――それは、並盛中に入学してから随分と見慣れた物だ。


「トンファー!?」
「10代目…!伏せてください!」
「え!?」

 視界に入ったトンファーに目を見開くと同時に、麗は無意識に胸を高鳴らせた。そして、その直後に耳に届いた声にはっと顔を上げたのだ。そうして何度か響き渡る爆発音は彼女の予想を裏付けるものとなる。―――リボーン君のあの不敵の笑みは、そう言う事だったんだ。その事に気づいたわたしは、多分安心したように微笑んでいたんだと思う。


「おそくなりました」
「ヒバリさん!!獄寺君!!」
「ひ、ばり、せんぱい…」
「―――わかったか、骸。オレはツナだけを育ててるわけじゃねーんだぞ」

 現れた雲雀と獄寺の二人はボロボロで、その中でも重症である獄寺を、雲雀が支えている状態だ。その光景にほっと安堵の息を吐いた麗と沢田は、僅かながらに身体の力を抜く事が出来たのだ。―――嗚呼、良かった。良かった。無事だったんだ。あいたかった。ほんとに、良かった。こんなにも頼りにしてるなんて、思ってなかったけれど。そんな思いを抱かれているとは知らずに、雲雀は今まで支えていた獄寺の身体を放り投げたのだ。


「これはこれは外野がゾロゾロと。千種は何をしているんですかねぇ……」
「メガネヤローならアニマルヤローと下の階で、仲良くのびてるぜ」
「―――なるほど」
「すごいよ獄寺君!か…体は大丈夫なの!?」
「ええ…大丈夫っス……。つーか、あの…オレが倒したんじゃねーんスけど…」

 入口付近でそう告げては気まずそうに口角を歪める獄寺を無視し、雲雀はフラフラ、と歩を進めた。その時、自身の視界には麗が入り込んで来たのである。元気な様子なのは確かだろうが、所々に傷が見える。それらを視認した瞬間、雲雀は僅かに目元を細めた。その視線に気付いた彼女はきょとん、と目を丸くしている。―――相変わらずの馬鹿ヅラ。けど、それが安心するなんて、いよいよ毒されたのかもしれない。


「『傷はつけない』って約束、忘れたの?」
「いいえ。ですが、その約束を守ったとして、僕にメリットはあるんでしょうか?」
「―――話が通じない事は分かった。覚悟はいいかい?」
「これはこれは、怖いですねぇ。だが今は僕とボンゴレの邪魔をしないで下さい。第一、君は立っているのもやっとのはずだ。骨を何本も折りましたからねぇ」
(わたしを、守ったから…!)

 地面に転がったトンファーを拾い、付着した汚れを取りながら骸に問いを投げ掛ける。それに対して笑みを浮かべたまま述べた返答は、雲雀の神経を逆撫でるには充分なものだった。ピクリ、と眉を動かした後(のち)、雲雀の視界の端に何やら言いたそうな麗の姿が映る。彼女に対して僅かに目元を細めてみせると、何故か彼女は泣きたい気持ちを我慢する様に歯を食い縛ったのだ。


「遺言はそれだけかい?」
「面白いことをいう。君とは契約しておいてもよかったかな?―――仕方ない。君から片づけましょう」
「また目から死ぬ気の炎が!!」
「―――一瞬で終わりますよ」

 右目に「四」の文字と死ぬ気の炎を浮かび上がらせた骸は、その言葉を告げると同時に一気に駆け出した。そうして響き渡る金属音は、沢田を相手にしていた時とは比べものにならないほど激しいものとなる。雲雀と骸の二人の攻防は、常人の反射神経では到底見る事は出来ないのだ。二人の戦闘場所から離れた位置に居る麗は時折聞こえる金属音に肩を跳ねさせつつ、未だに自身の自由を奪う鎖を千切ろうとしている。


「君の一瞬っていつまで?」

 そんな事をしている間にも雲雀と骸の戦いは進んで行き、三叉槍を受け止めた雲雀はただ一言、僅かに挑発の意を孕むその言葉を放った。その言葉に思わず笑みを深めた骸は、一度雲雀との距離を取ったのだ。―――一度は雲雀が優勢と思われた。しかし、その直後に肩から吹き出す血液に、麗は泣きそうな声色を漏らしたのだ。そして再び右目に「一」の文字を浮かべた骸は、雲雀の頭上に桜を出現させたのである。


「さ…桜!?まさか、ヒバリさんのサクラクラ病を利用して…!」
「さあまた、跪いてもらいましょう」
「雲雀先輩!」

 半年振りに見る桜は酷く美しく、そして、酷く儚いものだった。それも全て幻覚と言うのだから骸は恐ろしい事をする。これによって敗北した雲雀の姿を見た麗はぞくり、とした悪寒を背負いながら再び声を荒げた。しかしそれは次の瞬間に消え失せる事になる。―――再び跪く、と思われた雲雀が、骸の腹にトンファーを捻じ込んだのだ。その勢いや響いた音から、骨が折れている事は明らかであろう。


「おや?」
「甘かったな。シャマルからこいつをあずかってきたのさ。サクラクラ病の処方箋だ」
「それじゃあ!!」

 笑みを浮かべ、口端から血を垂れ流す骸を挑発したのは獄寺である。獄寺は何処からか処方箋を取り出し、それを骸に見せ付けた。それに希望を見出した沢田を傍らに、雲雀はトンファーを交差させ、それらで骸の顎を突き上げたのだ。その勢いで骸の身体は宙を舞い、その口からは大量の血液が放出している。そうして後ろに吹き飛ばされた骸の頭上では、三叉槍が刀身と柄で分離したのである。


「これって…」
「おいしいとこ全部もってきやがって」
「あ…ああ…」
「か、った……?」
「お…終わったんだ……。これで家に帰れるんだ!!」
「しかし、お前、見事に骸戦役に立たなかったな」
「ほっとけよ!!」

 しいん、今まで激しい戦いを繰り広げていた映画館は一転して静けさが広がっていた。そこに響く獄寺の舌打ちと麗の朧げな呟きにより、沢田は自身らの勝利をじわじわと実感している。もうこんな痛い思いをせずに済む、と言う事に嬉しさから涙が出そうだ。そんな時、沢田の後ろではドタン、と言った音が響いている。そこには舞台から落ちてしまった彼女が打ったらしい頭を押さえている様子が見てとれた。しかし手錠で自由を奪われている為、酷く動かしにくそうだ。


「っ日比野さん!大丈夫!?」
「あ、あはは。大丈夫。ありがとう、来てくれて」
「い、いっぱい怪我してる!早く治療…!」
「皆よりは軽傷だと思うから、安心して」

 そんな麗の身体を支えてくれている沢田の表情は酷く心配性なもので、そんな反応を貰ってしまうとこちらが逆に落ち着いてしまう、と言うものだ。―――けれど、自分の事のように心配できる沢田君は、やっぱりとても優しい、と思う。剛毛な沢田君の髪を撫で、出来るだけ安心させるように笑みを浮かべる。すると沢田君はやっとの事でほっと息を吐いてくれた。
 そんな沢田の後ろでは、雲雀がフラフラ、と身体を揺らしながらこちらに近付いて来る姿が見える。ボロボロになった雲雀の影が麗を包み込むと、雲雀は彼女の手首に付いている手錠をトンファーで砕いたのだ。


「ひ、ひばり、せんぱ…」
「……怪我、いっぱいしてる」
「す、すみません……」
「僕が負けた、から」
「っ、そんなこと…!」

 ゆっくりと近付いて来る雲雀の顔に表情は無くて、麗が紡ぐ言葉は途切れ途切れになっている。そんな彼女の声を無視して、彼は未だに残る彼女の生傷をじっと見つめた。痛みに慣れていない筈なのに気丈に振る舞って笑みを浮かべる彼女は、酷く痛々しい。少しだけ眉を顰めてそっと呟くと、彼女は咄嗟に声を荒げる。しかしそれさえも押さえ付ける様に、彼は目の前の少女の身体を抱き締めたのだ。


「―――よか、った」

 絞り出すような雲雀先輩の声に、わたしはやっと感情を出せたのだと思う。


「っ…ばり、さん」
「…なに」
「こ、わ、かった、です」
「うん」
「あ、いた、かった」

 名前もろくに言えやしない。―――嗚呼、恥ずかしい。消えたい。けど、柄にもなくゆっくりと待ってくれる雲雀先輩は優しくて、その優しさに縋ってしまう自分がいた。いっぱい血も出てるはずなのに、その温かささえ安心できた。すると、今まで抑えていた気持ちがどんどん溢れて来るの。言うつもりもなかった言葉まで、雲雀先輩に送ってしまう。そんな言葉を言った瞬間、わたしの耳元で雲雀先輩がひゅっと息を吸った音が聞こえた。ぐずぐずになって行く涙腺を我慢する事はせず、わたしは怪我がない方の雲雀先輩の肩口で口元を押さえてぼろぼろ、と涙を溢して行く。そして、ずっとずっと言いたかった言葉を口にした。


「助けてくれて、―――ありが、とう」

 それを言った瞬間、雲雀先輩の表情(かお)が、少しだけ緩んだ気がした。


「……麗」
「な、に…?」
「―――良く頑張ったな」
「っ…な、かせないでよ……!」
「もう泣いてんじゃねーか」
「い、言わないで!」

 ボロボロ、と涙を流している麗の頭を、リボーンはそっと撫でる。そして優しい言葉を紡げば、彼女は先程よりも涙腺を緩ませて瞳を濡らすのである。その顔はきっと酷く醜いだろう。きゅ、と雲雀の服を握り締め、力強く目を閉じる。すると、雲雀の身体の力が抜けている事に気が付いた。恐る恐る雲雀の顔を覗き見ると、穏やかな顔で眠っている。―――ボロボロだけど、すごく、優しいかお。良かった、無事なんだ。よか、った。


「早くみんなを病院につれて行かなきゃ!!」
「それなら心配ねーぞ。ボンゴレの優秀な医療チームがこっちに向かってる。麗も治療してもらえ」
「あ、ありがとう……」
「あっ、獄寺君、ムリしちゃダメだよ」
「―――その医療チームは不要ですよ」

 雲雀が気を失った後、地面に転がっているビアンキとフゥ太に気付いた沢田は焦った様に周りを見渡した。そこには胸元から血を流す獄寺も近付いて来ている。それらを見兼ねたリボーンが助言をすると、麗は安堵の息を吐き、穏やかな呼吸をする雲雀をそっと見下ろした。しかし、そんな柔らかな雰囲気も冷たい声色によって消え失せたのである。


「なぜなら生存者はいなくなるからです」
「てめー!!」
「ご、獄寺君!!」

 その声色の正体は、雲雀が倒した筈の骸だった。―――トンファーで殴られる直前に浮かべていた笑みは、こう言う事だったのか。こうする事が分かっていたから、嘲笑(わら)っていたのか。この事を雲雀先輩が知れば一日中イライラしてそうだけど。そう考えると、気を失ってくれて良かったのかもしれない。
 麗がそんな事を考えている間にも骸は何処からか拳銃を取り出し、それを自身のこめかみに当てた。そして、「Arrivederci」―――また会いましょう、と言う意味を孕んだイタリア語を彼女らに送り、館内に銃声を響かせたのだ。その瞬間に肩を跳ねさせた彼女は、自身の膝で眠る雲雀の身体を思わずぎゅっと抱き締めた。恐る恐る目を開けると、目の前には頭から血を流す骸の姿がある。


「や…やりやがった」
「そんな…なんで…こんなこと」
「…し、んだの……?」
「ああ。捕まるぐらいなら死んだ方がマシってヤツかもな」
「く…やるせないっス……」

 あまりに衝撃的な光景が繰り広げられ、麗らは暫くの間、言葉を放つ事を憚られた。そんな中、恐る恐る言葉を発したのは獄寺である。どんどん広がる血の海を見つめながら、悔しげに顔を歪める姿がそこにはあった。死体を初めて見る彼女にとって、目の前の光景は直視できない程の衝撃的なものである。しかし、その横で口を押さえる沢田を見ては思わず眉を顰めたのだ。


(沢田君…?)

 その時、ビアンキの右目に「六」の文字が浮かんでいた事は誰も知らない。


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