犠牲となるは熟れた果実
「草壁さん!」
轟音が鳴り響く中、麗は近くに居る筈の草壁に対して声を荒げた。しかし、降り掛かる筈の温もりが一向に来る事は無い。また、この場には頼みの綱である雲雀も居ない。ぞくり、と嫌な悪寒が背筋を巡る。――わたしは、こう言う所では全く役に立たないんだ。何も出来ない。それは、六道君の一件で痛いほど分かった。
「う"お"ぉい!!邪魔するカスはたたっ斬るぞぉ!!」
「ひいっ、何なのあの人ー!?すんげーやばいよ!!」
「麗、下がってろ」
「で、でも、草壁さんとハルちゃんが見当たらなくて…!」
「何だと?」
濁声(だみごえ)を響かせる男に肩を震わせる沢田を傍らに、リボーンは京子の肩を突(つつ)いて避難を促した。麗にも同じ事をしようとしたのだが、当の本人はきょろきょろ、と何かを探している様である。そんな様子に疑問符を浮かべるが、その後に紡がれた言葉に、リボーンは大きな黒目を僅かに歪ませたのだ。
「いつからだ」
「た、多分、一番最初の爆発……」
「……取り敢えず麗は京子達と一緒に逃げろ。オレが探す」
そういや麗だけじゃなくて、オレらも守る為に草壁は前に出てたな。そこで怪我でもしたか。草壁はともかく、ハルのやつは麗と一緒で全く戦えねェはずだ。早く探し出さねーと、手遅れになる。―――そう思っていたのに、今まで歯を食い縛っていた麗は予想外の言葉を口にした。
「っ…いやだ!」
「……何言ってんだおめー」
「危険な目に遭ってるかもしれないなら、わたしも探す!―――友達だもん!」
言いたい事だけを吐き出して颯爽と駆けて行ってしまった麗を、ぱちくり、と目を丸くしながらリボーンは見つめる事しか出来なかった。この強引さ、―――これに、ヒバリも振り回されたんだろうか。そう考えると、かわいそうな気もするが。けれど、これが「麗」なんだろうな。
「……どうしたもんかな」
溜め息を吐いて困った風にしても、見せかけだと言う事は分かってた。
「いない……」
そう呟いた麗の額には汗が掻かれている。それが単なる暑さからか、焦りから来るものなのかは本人にしか分からないが。未だに何処かしらで響いている爆発音は止まる事を知らず、この場に居る人々の鼓膜を震わせている。所々で鳴り響くガラスが割れる音に肩を跳ねさせながら、麗は何時の間にか大広場に行き着いていたらしい。
そこでも煙は立ち上がっており、目を凝らしてみてもうっすらとした人影しか見る事は出来なかった。ゆっくりと晴れて行く目の前の光景をじっと見つめていると、見知ったそれが見えて来たのである。その人影の一つに、麗は大きく目を見開かせたのだ。
「ハルちゃん!?」
(な、何でこんな所に…)
そこには、並盛を襲撃して来た男の攻撃に巻き込まれそうになっているハルの姿があった。よりにもよって、何故こんな所に居るんだ。どうにもならない事を責めても仕方がないが、心の中で思うくらいなら許されるのではないだろうか。周りを見渡しても、草壁とリボーンは居ない様だ。頼みの綱は、無い。その事に、麗は思わず舌打ちを響かせた。
「死んどけ」と、男が呟く。その彼が構えた剣の切っ先は、地面に転がっている獄寺に向かっていた。その身体が動く気配は無い。―――それをじっと見つめるしか出来ないわたしは一体何なんだろう。あれだけ出来る事はしたい、って言ってたはずなのに、ここぞと言う時に、恐怖のせいで足が竦むんだ。そんなの嫌だって、言ったじゃん。怪我は痛いし血は嫌いだけど、―――もう友達は、泣かせたくない。
一瞬だけ目を瞑って前を見据え、麗はその場から駆け出した。そして手前に居たハルの腕と地面に転がっている獄寺の襟口を掴み、地面に倒れ込む。その際に紙一重で避ける事が出来た一突きはきっと奇跡だ。暫く轟音も鳴らず、ここら一帯は静寂に包まれていた。―――いや、周りが見えていなかっただけで、逃げ惑う人達もいたのかもしれない。そんな空間の中、静寂を破ったのは他でもない、こちらを見下ろす男だった。
「…何者だぁ、てめェ」
「……ただの、女子中学生です」
「ただのガキがオレの剣を避けれる訳ねーだろうがぁ!」
「殺気」と言うものを出されているのかただ単に声が大きいだけなのかは分からないが、ビリビリ、と肌を突き刺す何かがある。―――やっぱり怖い!無理!何でわたし普通に喋れてるの?ほんとに意味分かんない!こんなテンションじゃないとやってけない。何でこんな人の前に出れたんだろ、これ殺されるよね。どうしよう。
「し、仕方な、いじゃ、ないですか……」
「あ"あ!?」
(だから怖いんだってば!)
「お、まえ…」
「麗ちゃん!助け…っ」
殺される事なんて分かってる筈なのに、何故この口は動くんだ。骸の一件で耐性が付いた、とでも言うのか。逆にトラウマになってるかも知れない、と思っていたのだが。視線を逸らしながら途切れ途切れに言葉を紡ぐが、それはどすの効いたがなり声によって掻き消される。そんな声色を一身に受けている麗の後ろではうっすらと目を開けた獄寺が驚いた様に目を丸くした。その横ではハルが嬉しそうに笑みを浮かべてはいたが、とあるものを見ては獄寺と同じ様に目を見開いている。―――腕が、震えている。怖い、んだ。当たり前です。だって、だって、麗ちゃんはハルと同じ、女の子なんですから。当たり前の事なのに、どうして気づけないんでしょう。
「強ェのか弱ェのか良く分かんねーガキだな」
「……よ、わかったら、どうするんですか」
「殺す」
「っ…つよ、かったら…?」
「殺す」
(どっちにしても殺すんじゃん何この人!怖い!)
名前も知らないこの人は「殺す」しか言えないのだろうか。―――そんなこと口が滑っても言えないし、もし言えたとしても言った瞬間わたしの身体は二つに分かれてる気がするけど。チキ、と剣を構え直す金属音が聞こえる。そろそろ時間稼ぎも意味がなくなって来たかも知れない。ろくでもない死に方だなあ、と他人事の様に考える。風を切る音が聞こえ、後ろに居る二人を覆い隠して麗は思わず目を瞑った。
しかし、幾ら待っても熱が籠る様な痛みや意識が遠のく感覚は訪れない。恐る恐る目を開けると、視界は真っ黒に染まっていた。驚いて後ろを見上げると、そこには見慣れた人影があったのである。
「く、草壁さん!」
「大丈夫か、日比野」
「は、はい……」
「―――まさか逃げてなかったとは思ってなかったな」
「う"っ…ご、ごめんなさい」
「帰ったら委員長に怒られてくれ」
「えっ、一緒にですよね!?」
麗らを庇ってくれたのは行方が分からなくなっていた草壁だった。その後ろには三角形の武器を持った少年が相手の一撃を受け止めてくれている。草壁の言う通り、この場合は逃げた方が良かったのだろうが、馬鹿みたいに優しい麗には無理な相談だったのだ。そんな麗なのだから、帰ったら雲雀に怒られる、と言う結末は頭から抜け落ちている。
そんな会話が繰り広げられる一方で、麗らを守ってくれた少年は防戦一方で、最終的には胴体を斬り付けられ、地面に倒れ込んでしまった。額に浮かび上がっていた炎は水を掛けられた様に煙がのぼっている。そんな少年に再び剣が振り下ろされるが、死ぬ気になった沢田がそれを止めたのだ。しかし死ぬ気状態の沢田では全く歯が立たず、あっと言う間に5分が経過してしまったのである。
死ぬ気でなくなった沢田は、最早丸腰と一緒だ。そんな彼に仕込み火薬を放つが、それらは彼に当たる前に爆発し、四方八方に爆風を撒き散らしたのである。煙が広がって行く中で何とかその場から逃げ切ったと思われた麗らだったが、どうやらそれは早とちりだったらしい。その場に響く濁声は、紛れもないあの男のものだ。
「そぉいうことかぁ。こいつは見逃せねぇ一大事じゃねーかぁ。―――貴様らをかっさばいてから、そいつは持ち帰らねぇとなぁ」
「ひいいっ、なんなのー!!どーしよー!!」
「…やべーな」
その男の言う「そいつ」とは、少年が沢田に差し出した小さなボックスの事だ。どうやら目の前の男はそれを狙ってここまで追い掛けて来たらしい。こちらからすれば良い迷惑だ。しかしそうも言ってられる状況ではなく、また、この場から逃げられる空気でもない。きゅ、と唇を噛み締めると、隣に居る草壁の掘の深い顔が険しくなった気がした。
嗚呼、どうかわたしの平穏を返して下さい。