恋い焦がれた甘さ
「よう、恭弥。今日は戦う前に指輪の話をしてえ、騙してるみてーでスッキリしねぇからな」
「いいよ、興味ないから。あなたをグチャグチャにすること以外」
「ったく、困ったやつだぜ」
翌日も、雲雀とディーノは屋上での対峙を繰り返した。どうやら雲雀は、ディーノとの対戦に味を占めたらしい。そんな光景を見ながら、麗とロマーリオは思わず苦笑を溢すのだ。そして、元々手に持っていた飲み物を喉に流し込む。涼しさが増して来たと言っても、まだまだ湿気が多い日本ではこれが酷く身体に染み渡るのだ。ほう、と思わず息を吐く傍ら、雲雀は苛立った様に「ねえ」とディーノに声を掛ける。
「真剣にやってくれないと、この指輪、――捨てるよ?」
「なっ、まて!」
「ひ、雲雀先輩…!ロマーリオさんも何笑ってるんですか!」
「まあまあ。良いよ麗、交換条件だ。――真剣勝負でオレが勝ったら、おまえにはツナのファミリーの一角を担ってもらうぜ」
吐き捨てる様に出た雲雀の言葉は明らかに脅しの部分が露見していた。また、そんな言葉に翻弄される自身のボスの姿を見て、ロマーリオは笑いを堪え切れずにいる様だ。その光景に慌てる麗だったが、どうやら心配はいらなかったみたいである。何処からか鞭を取り出したディーノはそれを持ち、不敵に口角を上げてみせた。
ピリ、と緊迫した空気の中、麗は雲雀から注がれる意味ありげな視線に反応する。その後に踏み出した足はそのまま屋上の扉に向かうと思われたが、何故か彼の方に向かっているのだ。そして、勢い良く何かを押し付けた。
「……何これ」
「ご飯とか、飲み物とか、あと、薬とか、です」
「……何で?」
「…あなた、放っといたら飲まず食わずだし、怪我の手当てもしないから、だから、その…」
「へェ、わざわざ買ったんだ?」
「っ…い、いらないなら返して下さい!わたしが食べます!」
「太るよ」
「太りません!――もう、文句ばっか…」
麗が雲雀に押し付けた袋はどうやらコンビニのそれだったらしく、その中にはおにぎりやら簡易食やら包帯やらが入り乱れていた。先日の荒れ具合を見て彼女が買い込んで来たらしい。それを覗き見ては僅かに目元を緩ませた彼は、酷く柔らかい雰囲気を身に纏っている。しかし、それを彼女に悟らせる事は絶対にしないのだ。けれどまあ、試すくらいの事はしても良いんじゃないかと思う。そう感じた彼は、視界に捉えた襟ぐりの後ろを自身に引き寄せた。
「冗談、もらうよ」
「な…っ――けが!放ってちゃ駄目ですからね!草壁さん召喚しますからね!」
「はいはい」
(召喚ってなに)
視界いっぱいに広がった雲雀の顔は酷く和らいでいて、麗は顔が赤くなる事を止める事は出来なかった。そんな羞恥心から逃げる様に屋上から出て行くが、彼はおかしい、と言いたげにくつくつ、と喉を鳴らす。そして袋の中からおもむろにカロリーメイトを取り出し、それを口に放り込んだ。そんな一連のやり取りを見て溜め息を溢すディーノは、これから苦労するのかもしれない。
「…お前、ずっるいやつだなあ」
「何言ってんの」
六時間、きっちりと授業を受けて応接室に向かったが、そこに雲雀は居なかった。しかし、過激な衝突音が時折聞こえるのでまだまだ元気があるのは分かる。思わず笑みを溢せば、目敏い草壁も揃って苦笑を溢した。今日の作業は数枚の書類と見回りだけだ。それが終わればその場で帰って良い、と言われている。その「書類」と言うのも雲雀の承認が不要な物なので、手早く終わりそうだ。用意された麦茶を飲み干し、近くに置いていた腕章に手を伸ばす。「行って来ます」とそう言えば、背に優しげな視線が投げ掛けられた気がした。
今日の見回りは商店街の周りだ。夕飯の時間帯だからか、主婦や子連れが多く見受けられる。「お菓子が欲しい」と駄々を捏ねる子供を見てはくすくす、と笑みを溢し、ポケットから取り出した飴玉を差し出してみる。酷く頬を緩ませる親子を見る事が出来るこのコースは、麗のお気に入りのそれだった。特に争い事もない様だし、草壁に緊急連絡する事もなさそうだ。そう結論付けた麗は「見回り終わりました」と一言だけのメッセージを入れ、コンビニへと歩を進ませたのである。
コンビニで購入したアイスを咥え、片腕には重たげな袋を引っ提げて、麗は帰路に付いていた。コンビニを出た後は真っ直ぐ帰ろうと思っていたのだが、そのタイミングでまたもや母親にお遣いを頼まれたのである。――あの人は意地でも外に出ないのか。そう思うほど、麗の身に降り掛かる「お願い」は高頻度なのである。
思わず溜め息を吐き、黒曜駅をとぼとぼ、と歩いている時だった。何故か目に留まった公園に、何時の間にか足は向いていたのだ。小さい頃は良く遊びに来ていたが、小学校に入ってからは寄り付く事もなくなった場所である。そこに入れば辺りは閑散としており、少しだけ、寂しくなった。そんな場所に一つの人影がある。――同じくらい、かなあ。思わず親近感が湧いてしまい、気付いた時には、麗はその人影に声を掛けていた。
「――お隣、良いかな?」
「……えっ、あっ……っ、はい」
何処か戸惑った様なそんな声に、とちったかもしれない、そんな考えが脳内をよぎった。しかし距離を取る様子は見受けられない。ただ、少しだけ、視線の動きに節操がないだけだ。ちらり、とその様子を見やれば、ばちり、と視線が絡み合った。深い紫色のその双眸は酷く美しく、暫くの間見つめてしまったのを覚えている。しかし見覚えのあるその制服に、麗は再び声を掛けていた。
「その制服…黒曜中?」
「えっ…は、はい……」
「わたしも、本当はその制服着る予定だったんだよねえ」
「並盛、なんですか……?」
「うん。ほら、黒曜って治安悪いでしょ?ちょっとでも逃げたくて」
――まあ、あんまり意味なかったみたいだけど。その言葉が外に吐き出される事は無かった。何時もよりもゆったりと進んで行く会話は、麗の気持ちを落ち着かせるものとなる。本当は早く帰って晩ご飯の用意をして貰わなくてはならないのだが、この大きな瞳を見てしまえば彼女の足はもう動かないのだ。そんな彼女の耳にはカサ、と言う音が届く。そちらを見れば、隣に座る少女が麦チョコを取り出していた。
「…麦チョコ好きなの?」
「…安いから」
(中学生とは思えない言葉……)
問い掛けと共にこてん、と首を傾げれば、少女からは嫌に現実的な言葉が吐き出された。思わず冷や汗を掻くが、他人の家庭事情に首を突っ込むのもいかがなものだ。しかし、侘しい気持ちになったのもうそじゃない。そう結論付けた麗は袋の中からとある物を取り出し、それを少女に差し出した。
「コンビニのシュークリームなんだけど…嫌い、かな」
「……良い、の?」
「もちろん。コンビニスイーツってなかなか馬鹿に出来ないよねえ」
「…あまくて、おい、しい」
「えへへ、でしょ。――あ、名前言ってなかったよね。麗って言います、日比野麗。よろしくね」
「麗、ちゃん…」
「そっちは?」
パッケージには「クリームたっぷり」と書かれている、麗がコンビニで密かに購入した甘味だ。ぱくり、と頬張ると、サク、とした香ばしい生地となめらかなカスタードクリームが口内に広がって行く。それがどうにも幸せで、少女は初めて瞳を輝かせたのだ。それがどうにも嬉しくて、麗は優しく目元の力を緩めたのである。そんな麗の問いに、少女は「クローム」と、細々と呟いた。
「――クローム、髑髏」
「…髑髏ちゃん。髑髏が好きなの?」
「……好きな人がくれたもの、だから」
「好きな人がくれた好きなものって、好きになっちゃうよね」
「麗ちゃん、も?」
クロームの問い掛けに優しく笑んだ麗の脳内には、とある人物が浮かんでいた。力任せで戦闘馬鹿で、けれど、酷く優しく不器用で。予想よりも遥かにお子様舌なその人物に、思わず笑いそうになる。しかし、それほど幸せな気持ちでいっぱいなのだ。何処か儚い雰囲気を纏うクロームだが、同じ様な感情を持っている様で嬉しい、と思うのはお門違いだろうか。しかし、そんな事を思っている時に限って邪魔が入るのである。その静寂を破ったのは麗の携帯だった。
「もしもー…」
『あんたどこで何やってんの!?さっさと帰って来なさいバカ娘!今すぐ帰って来ないと晩ご飯作らないからね!』
「材料買って来たのわたしなんですけど?聞いてる!?」
『…あっそう。じゃあ恭弥君にチクっても…』
「あああごめんごめんごめん!帰る!今すぐ帰る!全速力で帰るから待ってて!」
着信相手の名前も見ずに通話ボタンをタップした麗の耳に飛び込んで来たのは、怒鳴り散らす母親の声だった。視界の端ではビクリ、と肩を跳ねさせるクロームの姿が見える。――びっくりさせちゃって申し訳ない、けど可愛い。て言うか何でスピーカーになってんの?弄ったのだれ?って、大方予想はついてるんだけど。けど、その予想した人の名前を出されちゃったら、わたしはお母さんに逆らえなくなる。ずるいよね。ブチっと通話を切り、たまたま入っていたメモ帳に電話番号を殴り書きする。そして、それをクロームに押し付けたのだ。
「これ、わたしの連絡先。良かったら連絡して!じゃあまたね、髑髏ちゃん!」
「えっ、あっ」
「今度はゆっくり遊ぼうねー!」
まだまだ色々と雑談を続けたかったが、どうやら今日はこれでタイムアップの様だ。勢い良く立ち上がり、慌てふためくクロームを置いて荷物を担いで駆け出した。そして、うるさいくらいに声を張り上げ、手を振ったのだ。すると、あっと言う間にその元気な姿は見えなくなる。そんな嵐の様な少女に呆然としながらも、クロームは無意識に緩んで行く口元に手を寄せた。
「――日比野麗、ちゃん」
初めての、女の子のお友達。