強者の想いをそっと
「ほい」

 そう言ってペットボトルを差し出したのは、つい数瞬前まで己と対峙していた男である。その男が持つ癖のある金髪と黄金の双眸は日本人特有の物ではない。その男から注がれる視線がどうも癇に障り、雲雀は小さく舌打ちを響かせて奪い取る様にペットボトルを鷲掴みにした。そんな様子に苦笑を浮かべつつ、その男――ディーノ――は雲雀の横に腰を下ろした。


「…なに」
「いや、特に用事はねーんだけど…」
「ならあんまり近づかないで」
「嫌われてんなあ……」
「わざわざあの場所で話さなくても良いのに…」

 じろり、と言う様に鋭い視線を向けられたディーノは頬を掻き、思わず眉を下げた。しかし、その後に耳に届いた小さな一言に、彼はぱちくり、と目を丸くした。――ああ、なるほど。そう言いたげに上げられた口角は、雲雀の目にはどんな風に映ったのだろうか。そんな事を考えもせず、ディーノはふと口を開く。


「……恭弥ってやっぱりさ、麗をこう言うのに巻き込みたくねーの?」
「こう言うの?」
「戦いとか、血生臭い場所」
「そうだね」
「それって、麗が大切だからか?」
「…そうだね」

 殆ど分かりきった事を問い掛けるディーノを、雲雀はどう思うのだろうか。それを理解できる程、二人は理解し合っていないのだが。二つの問いのどちらにも同じ答えを紡いだ雲雀だったが、僅かに変化した声色には確かに雲雀の想いが乗っていた。僅かに緩んだ目元は、きっと一人の少女を見つめている。


「…何を勘違いしてるのか知らないけど、日比野は別に鈍い訳じゃないよ」
「へ…」
「僕の気持ちにも気づいてるし、沢田達が休んでる理由も知ってるし…あなたが、普通の会社の社長だとは思ってもいないよ」
「え"っ、バレてんの……?」
「まあ、『マフィア』ってやつのボスとは気づいていないみたいだけど」
「じゃ、じゃあ、何で言わねーの?麗のいつもの感じだったら言いそうだけど」

 僅かに足を崩し、雲雀はそこに頬杖を付いた。そして一瞬だけちらり、と視線をディーノの顔に向け、つらつら、と言葉を紡ぎ始める。その言葉に思わず頭を押さえたくなったディーノは「大人」としてはまだまだなのだろう。その証拠に、ディーノは麗の本質に気付いていない。そんな人間を嘲笑うかの様に、雲雀はくい、と口角を上げた。


「…勘の鈍いやつが、一年半も僕の隣でいれる訳がないでしょ?」

 そう紡がれた瞬間、自分の頬がひくり、と吊り上がった気がした。




 ガチャ、と扉が開くと、仄かに冷たい風が肌を撫でる。風が吹く方を見れば、そこには麗が居た。時計を見れば短針が12と1の間を指している。――もうそんな時間なのか。思わずぼうっとしていたらしい。オレの姿を発見したのか、麗はぺこり、と礼儀正しくお辞儀をする。いつ見ても日本人はお淑やかだ。


「雲雀先輩、いないんですね」
「見回り?に行ったぞ」
「あれだけ暴れてまだ歩き回るんですか。体力ゴリラですね」
「あの恭弥を『ゴリラ』呼ばわりするのはお前くらいだと思う」

 きょろきょろ、と辺りを見渡してもあの黒い後ろ姿が視界に入る事は無い。見た目はあれだけ大人しいのに、どうしてあんなにも行動力があるのか。その言葉が自身にも降り掛かっている事に麗が気付く日は、来ない可能性が高いのだろうが。相変わらず口が良く回る彼女にひっそりと苦笑を漏らせば、ディーノは飲み物を勧められた。
 「コーヒー」とディーノが言葉にすると、麗は給湯室へと歩を進める。暫くすると響く湯気の音やマドラーの音は、酷く心地好かった。そして差し出された黒檀(こくたん)色のその液体は微かに艶がかっている。それをゆっくりと喉に流し込んだ。――苦味はもちろんの事だが、ブラックなのに微かに感じる酸味は何なのだろうか。しかしそれが邪魔をする事は無く、口当たりは酷く良かった。美味しい。


「これ、美味いな。豆が良いのか」
「豆は雲雀先輩がいつも買って来るんです。だから良く分からなくて」
「あいつ、こだわり強そうだもんな」
「お坊ちゃんだし、舌が肥えてるんじゃないですかねえ」
「そうなのか?」
「家、見た事あります?すっごい大きいんですよ」
「仲良いんだな、麗と恭弥」
「ちっ、違います!」

 改めて考えると、こうやって深く麗と話すのは初めてな気がする。一年ほど前に会った時はバタバタしていた事もあり、そこまで深く関わった訳ではないのだ。だからこそ、大人びた儚げな一面と年相応な少女らしい一面の矛盾に戸惑う。そんな事を思われてるとは知らないで、雲雀との仲をからかわれた麗は頬を赤らめるのだ。そんな麗は頬を膨らませていたかと思えば、そっと口を開く。


「…雲雀先輩、怪我、大丈夫ですか?」
「掠り傷はあるけどちゃんと治療したぜ。安心しろ」
「そ、ですか。良かった……」

 先程の強気な否定の言葉とは打って変わり、今の麗は酷くしおらしい。――やっぱりリボーンの言った通りだ。六道骸の一件が、麗の中ではトラウマじみたものになっているらしい。あの一件で、オレはイタリアでの調査があって行けなくて、申し訳なさはある。けど、その気持ちは正直上辺だけのものだったらしい。でも、心底ほっとした麗の顔を見て、頭を思いきり殴られた気持ちになった。こんなに弱い人間を置いて、オレは何をしてるんだ。


「…恭弥はな、巻き込みたくねーみたいだぞ、麗のこと」
「……ほんと、不器用ですよねえ、あの人」
「――分かってたのか?」
「最近、やけに過保護なので」
(恭弥がねえ…)
「けどそれ、守るつもりはありませんから」
「へ?」

 詰まりそうになる喉を我慢し、ディーノは平然を装って言葉を紡いだ。その言葉に、観念した様に麗は苦笑を溢すが、それは何処か嬉しそうにも見えた。年相応の感情を持ち合わせているのは、気のせいではないらしい。しかし、その後に視界に映った表情は、何処か苛立ちを孕んでいた。


「あの人が何を決めたのかは知りませんけど、それを全部受け入れるほど、わたしは人間できていないので」
「お、おう……」
「けど、今のわたしじゃ手当てくらいしか出来ないので、だから…わたしの気持ちが決まるまでは、雲雀先輩のこと、――よろしくお願いします」

 そう言って深々と頭を下げた麗は、何かを決めあぐねている様には、とてもじゃないが見えなかった。どちらかと言うと背中を押して貰いたい様な、そんな風に見える。その姿勢は全部、泣きたくなる程に恭弥を想っていた。オレは「ヘタレ」って良く言われるけど、ボスと言う立場だ。鈍くはない、と思う。だからかな、麗の気持ちに気づいちまった。今はお互いの事を気遣いすぎてすれ違ってる部分があるけど、いつかちゃんとぶつかり合えたら良いな、と思う。


「――おう、任せとけ」

 それまでは、オレがお前らを守ってやりてェなって、そう思ってるよ。


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