逃れられぬ、全てから
「レヴィ隊長!!正体不明の侵入者は、まっすぐにここに向かっています!」

 そう声を張り上げた喪服の男は、硝子の破片が散りに散らばった床に跪く。その様子を見ながら、沢田はただただ目を丸くするだけだった。ただ、何時もと違う感覚がこの空間にのさばっている。それを理解しながらも今の状況に追い付く様な思考を、沢田は持ち合わせていなかったのだ。こちらに近付く明暗に気付かず、その場から動く事をしないのである。


「おのれ!何者だ!!」
「どんなハエがくるのか楽しみだね」
「な…何が起きてるんだ?」
「何かこちらに向かってきているようですが…」
「あいつが修業から帰ってきたんだ」
「あいつ!?」

 ボンゴレとヴァリアー、双方それぞれの反応は異なるが、どちらも想像できない侵入者に思考が偏っていた。そんな中、リボーンだけが真実を知っている、と言う事実はやはりどうして酷く異質である。それに対して何の疑問も抱かない沢田も、だんだんと平凡な非凡さが露見して来た気がした。そんな中、鈍い音を響かせて別の喪服の男が床に転がる。その後に現れたのは、この町の支配者だった。


「ヒバリさん!!」
「ちょっと雲雀先輩、何でそんなに雑に扱えるんです……?血いっぱい出て…!」
「敵意を向ける人間の扱いに雑も丁寧もないでしょ」
「そ、そんな思いっきり蹴らなくても…!」
「へえ…君は自分を殺そうとしてくる相手にそんなに情けをかけられるんだ?すごいね」
「馬鹿にしてますよね!?」
「っ…日比野さん!?」

 キラリ、と煌めくトンファーを構えて現れた雲雀は良くも悪くも何時も通りだ。そして、その後ろに付いて回る麗の存在も何時も通りなのである。沢田は思わず彼女の名を叫ぶが、当の本人は目の前で転がっている喪服の男に夢中だ。そんな彼女に呆れた雲雀がくい、と顎を動かすと、彼女の視界に漸く沢田の姿が映ったのだ。


「沢田君!良かった……!」
「えっ、ちょっ…ええ"!?」
「…ひと段落ついた事だし、校内への不法侵入及び校舎の破損、連帯責任でここにいる全員咬み殺すから」
「なっ、オレ達もかよ!」
「あの人校舎壊されたことに怒ってるだけだー!!」
「あいつ本当に学校好きな」
「その学校を血で汚してるの、雲雀先輩なんだけどねえ」

 弾ける様な笑みを浮かべては自身の首に絡み付く初めての友人に顔を赤らめるも、沢田の全身には僅かに鋭い視線が突き刺さる。ビクリ、と肩を跳ねさせて恐る恐るそちらを覗くと、溜め息を吐く雲雀の姿が見えた。その後に見えた鋭い灰色の瞳はこの空間の人間らを捉えており、逃がすつもりは無い様だ。それを見ても笑みを絶やさないヴァリアーは、やはり沢田の常識には当て嵌まらない。


「よくも…オレの部下を潰してくれたな」
「あなたは沢田氏側のリング保持者ですか?でしたらこのような行為をされては…」
「どけチェルベッロ!奴はただの、不法侵入者だ!!」
「雲雀せんぱ…っ」

 しかしヴァリアーの中でもマーモンとスクアーロ、レヴィの反応は異なっている。レヴィは憎悪が孕んだ双眸で雲雀を睨み付けた。そして、チェルベッロの制止の声も聞かずに雷を纏ったパラボラを雲雀に突き立てたのだ。その素早い動きに麗は思わず声を張り上げるが、どうやらそれは必要がなかったらしい。雲雀はトンファーさえ使わず、レヴィが行く道の障害物となったのだ。その直後に響いた鈍い音には思わず目を丸くしてしまう。


「まずは君から、咬み殺そうか」
「なに!?」
「おーおー、かっこいいねー」
「あのバカ、出てくるなりメチャクチャしやがって」
「でもやっぱりすごいよ、ヴァリアーの攻撃をいとも簡単に」
「ああ、さすがだな」
「できる……!何者なんですか?」
「奴は、うちの雲のリングの守護者にして並中風紀委員長、雲雀恭弥だ」

 一瞬も変わらぬ表情に思わず安堵の息を吐けば、麗は隣に立つリボーンを優しく抱いて膝に乗せる。その時、全身に突き刺さる感覚に彼女が気付かない筈がなかった。そして「え…?」と短く発された声に彼が気付かない筈もなかったのだ。何かあったのか、と聞くが、本当の事は聞く事が出来ない。思わず眉を顰めるけれど、それに気付いた彼女に頭を撫でられた。――だからこいつは喰えねェんだ。
 一方でヴァリアーの面々は、先程の雲雀の動きを見逃さなかった。それに一番食い付いたのはスクアーロである。スクアーロはマーモンの言う「なかなかの身のこなし」と言う言葉を鼻で吹き飛ばし、にやり、と口角を歪ませた。その直前に聞こえた「レヴィは鈍重なうえに故障している」と言う一文はこの際無視である。そんなスクアーロは既に自身の癖になっている、濁った声で言葉を荒げた。


「貴様、何枚におろして欲しい!!」
「ふうん。次は君?」
「おやめください。守護者同士の場外での乱闘は、失格となります」
「なに!!」
「まーまー、落ちつけってヒバリ。怒んのもわかっけどさ」
「邪魔だよ。僕の前には、――立たないでくれる」

 そう言い放ち、トンファーで勢い良く風を切る今の雲雀には麗の姿は見えていない様だった。何かを切り裂く様なそんなそれが彼女は何時まで経っても慣れなくて、膝に乗せたままだったリボーンを胸元でぎゅう、と抱き締める。そんな事になってるとは露知らず、そのトンファーは緩やかな山本の身のこなしによって動きを封じられる事となった。その瞬間、僅かに歪んだスクアーロの表情を言及する者は居ない。


「そのロン毛はオレの相手なんだ。我慢してくれって」
「す、すご……」
「……邪魔する者は何人たりとも、――咬み殺す」
「やっべ!怒らせちまった……!!やっぱ手出したから?」
「殺されたいの?能天気野郎」
「何で急に悪口!?」

 あくまで笑みは絶やさず、しかしその手には逃がさない、と言いたげにしっかりと力が籠っていた。そんな山本に目を丸くする沢田と獄寺、そして雲雀だったが、後者は戸惑いがちな麗の賞賛の言葉を耳にすると、眉間に深い皺を生まれさせたのだ。そして、僅かに強く罵言を吐いてみせる。トンファーには仕込んでいた棘が顔を覗かせており、それを見た彼女は額を押さえて深い溜め息を吐いた。そんな彼女の傍には、既にリボーンは居ない。


「ちゃおっス、ヒバリ!」
「…赤ん坊かい?悪いけど今、取り込み中なんだ」
「ここで暴れちまってもいいが、でっけえお楽しみがなくなるぞ」
「楽しみ……?」
「今すぐってわけじゃねーが、ここで我慢して争奪戦で戦えば――」

 ――遠くない未来に骸と、戦えるかもしれない。リボーンはそう言い放った。しかし、それに付け加える様に告げられた「仕返し、してーんだろ?」と言う問いに雲雀の眉間の皺は再び増える事となる。その「仕返し」と言うのはおそらく麗絡みの事なのだろうが、その事を知っているのは雲雀とリボーンだけである。雲雀は暫く思案した後(のち)に舌打ちを響かせてトンファーを下ろし、僅かに口角を緩ませる。真偽を問う雲雀の言葉に答えは返って来なかったが、きっとそれが「答え」なのだろう。


「校舎の破損は完全に直るの」
「はい。我々チェルベッロが責任をもって」
「そう……気が変わったよ。僕とやる前に、あそこの彼に負けないでね」
「え……」
「じゃあね。――日比野、帰るよ」
「えっ、ちょっ、ちょちょ、待って下さい!ち、治療…!」
「は?」
「っ…獄寺君の治療!が!したいのですが!」
「ああ?」

 珍しく雲雀が身を引いた事でこの場は収束の道を辿る筈だった。――けど、忘れてた。この馬鹿は急に馬鹿な事を言い出す馬鹿だった事を。こんなに馬鹿を連発していると知られればこの後輩は怒るんだろうけど、残念ながら全然怖くない。けど、こう言う時の日比野は絶対に引かないんだ。僕がどれだけ睨んでも、どれだけ見下ろしても、諦める事を知らない。そして、きっとこの子は最終的には僕が折れてくれる事を分かってる。


「――勝手にすれば」
「っ…ありがとうございます!」
「五分で済ませて」
「承知です!」
「お前らはボスと奴隷か?」

 はあ、と雲雀が溜め息を吐いた瞬間、麗は花が弾け飛んだ様に眩しい笑顔を漏らしてみせた。やはり分かっていたんだろう。腹立たしい気持ちこそあるが、これも惚れた弱みなのだろうか。煤だらけになっている壁に凭れ掛かると、既にあの喪服の連中はこの場から姿を消していた。ひと際大きな声を出す銀髪が居なかったから先刻から分かっていた事だが。僅かに緊張が解れたこの空間はやはり慣れないが、麗が麗らしく在れる場所もまたここだった。その矛盾に、雲雀は思わず目元を緩める。
 少し離れた場所で、麗は何処からか医療道具が入った簡易セットを広げた。これらは全て雲雀の為に常備している物だ。それを見て周りからは驚きの視線を浴びせられ、思わず苦笑を漏らす。しかしそれを器用に笑みへと変え、彼女はボトルの水でタオルを濡らし、それで獄寺の汚れを拭って行く。時折ピクリ、と反応を示す獄寺に「ごめんね、ごめんね」と心の中で懺悔しながら手を進めて行った。軽く水気を拭き取り、消毒液をたっぷりと染み渡らせた脱脂綿を傷口に宛がう。じんわり、と滲んで来る血液を見て、これからは逃れる事は出来ないのだと悟った。大きな絆創膏で傷口を隠し、真っ白な包帯でそれらを隠せば完成だ。しかし、獄寺がその場から動く気配は無い。


「……獄寺君、どうしたの?まだ痛い?――あっ、包帯きつい?ごめんね!?」
「…ちげェよ」
「へ?」
「手際が良いから驚いたんでしょ。察しなよ」
「無茶言わないで下さい……」
「いつも出来ない事するの誰だっけ?」
「っ……ふ、か、抗力、です……!」
「へえ……」

 幾つもの質問を投げ掛けるも、返って来る声は無い。しかし、その理由は既に雲雀が話してくれていた。痛い訳ではないと知り、麗と周りに居た沢田らは落ち着いた様に安堵の息を吐く。その間にも彼女と雲雀の口論は続いており、この光景を初めて見るバジルはぱちくり、と目を丸くしている。何時の間にか彼女の背後でしゃがみ込んだ雲雀は、彼女の耳元でとある言葉を囁いたのだ。


「じゃあ、あの喪服の連中と知り合ったのも不可抗力なわけ?」

 その言葉は、麗を怯えさせるには充分なほど効力を持っていた。

「な…は、え……?」
「向こうの誰かを見て顔色変えてたでしょ」
「なっ……ど、どこまで見てんですか!怖いですよ!」
「どうも」
「褒めてないです!」

 琥珀の瞳を大きく見開かせ、しかしその顔色は酷く青ざめていた。まるで世間話をするかの様に声を掛けて来た雲雀に、麗はただただ恐怖しか感じない。そんな感情を振り払う様に声を荒げるが、どうやら意味は無かったらしい。周りの人々からは「またか」と言った視線を注がれ、それが余計に彼女に羞恥心を募らせる。そんな彼女は自身の顎を掴まれ、それによって近付いた距離に沢田は思わず顔を赤らめた。


「まあ、どっちでも良いけど…逃げるなんて止めなよ?問題児」
「もっ……んだいじはあなたじゃ――」
「じゃあね、赤ん坊。――約束、忘れないでよね」
「ああ」
「ちょ、ちょっと!雲雀先輩!」

 僅かに顎を上に向け、怖い筈なのに、麗は何処か色気を感じるその視線を一身に受けていた。ここまで追い詰められれば、もう既に沢田を気遣う気力は残されていないのである。そんな彼女に満足したのか彼女の手首を無理矢理引っ張り、背を向けたままリボーンに声を掛ける。どうやら、後ろで騒いでいる後輩と目を合わせない為だろう。階段を降りてからも騒がしいままの二人を見送りつつ、沢田らはぱちくり、と目を丸くする。その横で、山本は困った様にくしゃり、と笑みを浮かべてみせていた。

 ――良くやるよなあ、お互い。


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