眼帯の真実
「う…浮いてる!!あいつもアルコバレーノ!?」
「ああ。奴も最強の赤ん坊、虹の一人だぜ」
「藍色のおしゃぶりのバイパー。アルコバレーノ一のサイキック能力をもつとも言われている術士だ」
「サイキックって…超能力じゃないスか!?そんなオカルトな!!」
「戦いの最中、行方不明になったときいていたが、まさか生きていたとはな。――なぜ今までおしゃぶりが光らなかったんだ?コラ」
「よくわかんねーが、さっきのクサリみてーのでおしゃぶりの機能を封印してたみてーだな」
「バカチビ共にはわからぬ、研究の副産物さ。おまえ達と違って僕は怠らなかったからね、――呪いを解く努力を」

 「呪い」――そんな言葉を耳にして、麗は思わず足元のリボーンに視線を向けた。何時かに聞いた「赤ん坊が赤ん坊らしからぬ」理由、それを詳しく聞いた訳ではないが察しの良い彼女は気付いてしまった。わたしが今見ているものとその本質は、全く異なるものなのではないか、と。それを言葉にした事は無い、怖いからだ。たかが14年の人生だとしても、今までの常識が覆される。言いようのない不安が込み上げるのだ。そして、それに気付かない彼ではない。
 口を噤め、そう言われた気がした。小さなアヒル口は動いていない。口から吐息を吐き出す様子もない。ただ視線だけで、そう追い詰められた気がしたのだ。――すい、と視線を泳がせる。そうしてようやく、麗の視界には藍色の髑髏が映り込んだ。


「やばいぜ。あのバカチビ相手じゃ並の術士じゃかないっこねーぜコラ!」
「なめんなコロネロ。髑髏は波の術士なんかじゃねえぞ」
「――誰だろうと…負けない」

 外野の雑音をものともせず、クロームは三叉槍を握り直し、目の前に浮かぶマーモンに向かって駆け出した。そしてマーモンのいる場所目掛けて、握り締めていた三叉槍を思い切り振り翳したのである。しかし、その攻撃は避けられた。――様に見えた。しかし、どうやら刃先を当てる事が目的ではなかったらしい。唐突にマーモンを囲む様に現れたのは鋭い牙を携えた複数の大蛇だ。そのまま重力に逆らう事なく床に落下したマーモンはクロームに見下ろされる事となったのである。


「す、すごい!効いてるみたいです…!」
「あの女!!やるではないか!!」
「ケモノを召喚する…あの技は」
「――骸の能力、畜生道だ!!」
「10代目!間違いなくあの女、骸に憑依されてますよ!!」

 獄寺のそんな言葉に苛立ちを覚えたわたしは、きっと心が狭い。中途半端な否定を口にする沢田君にさえ、もやもやとした感情を覚えている。――改めて見る「幻術」とやら、初めて見た時は恐怖が大半を占めていたから記憶が曖昧だ。今の髑髏ちゃんを見ていると、その時の事を曖昧ながらも思い出してしまう。怖くて怖くて堪らなくて、それでも迷子の様な彼に手を伸ばした、あの時を。
 何匹もの大蛇に囲まれたマーモンは、あの小さな身体だ。身動きは取れないだろう、そう皆が思っていた。しかし、この赤ん坊の底力はこんなものではない。おしゃぶりから放たれた光で大蛇らを吹き飛ばし、何喰わぬ顔でその場に立つのだ。


「僕もそろそろ力を解放するよ。君の正体はその後でゆっくり暴こう」

 マーモンのその言葉に反応する様に、クロームは頭上で三叉槍を振り翳し、杖の部分を床に押し付ける。その瞬間、クロームを中心に何本もの火柱が立ち上がったのである。凄まじい勢いで広がりを見せるそれらは双方の観客席にまで影響を及ぼし、我慢できぬ程の熱気を浴びせた。そこから抜け出したマーモンの衣服は確かに焦げており、幻覚とは思えぬ程の質感を帯びている。しかし、そんなクロームの弱点もまた、幻覚なのだと言う。眩い光が辺りを包んだかと思えば、一面は氷に包まれたのだ。――この、凍える様な寒さも幻覚と言うのだから何を信じれば良いのか分からなくなる。
 幻術とは人の知覚、すなわち五感を司る脳を支配するということだ。術士の能力が高ければ高いほど支配力は強く、術にかかる確率も高まり、より現実感をもつ、とマーモンは言う。


「そして、術士にとって幻術を幻術で返されるということは、知覚のコントロール権を完全に奪われたことを示している」
「っ、髑髏ちゃん!」
「どうだい?忌わしきアルコバレーノの力は。さあ、君の正体を暴こうじゃないか」

 ビキビキ、体育館の中心からヒビ割れの音が聞こえる。そちらに目を向ければ、クロームの両足は氷で固められていた。それに負けじと彼女はマーモンに鋭い視線を向けるが、そのマーモンが指先を動かしただけでクロームの身体は宙を舞い、そのまま床に叩き付けられる。――後ろの観客席からは悲痛な叫び声が聞こえる、麗ちゃんかな。普通のお友達でいたかったのに。どうしよう、どうしよう。でも、負けられない。そうして起き上がった私は思わず三叉槍を庇ったけれど、それが仇となってしまったらしい。
 ゆっくりと、マーモンの小さな手の平が握られて行く。その度にクロームの藍色の瞳が見開かれ、絶望を感じゆく。それが頂点に達した時、クロームが大事そうに抱えていた三叉槍が見るも無残に砕かれたのだ。その瞬間から吐血を繰り返すクロームは、床に倒れ込む。すると、クロームの腹が見る見るうちに陥没して行くのである。それに加え、この現象は現実だと言う。麗は、目の前の現実をただただ見つめる事しか出来なかった。


「む……さま…」
「髑髏ちゃん、大切な人って…」

 薄々、感付いていた事ではあった。謙虚なその態度、僅かに懐けば献身的なそれへと変化したクロームは、良い意味でも悪い意味でも浮世離れしていた。そんな彼女だからこそ気になった、と言うのも一因である。しかしどうしてか、堂々と周りに主張する様な髑髏の眼帯が忘れられなかった。とても似ている人を、わたしは知っているから。――薄々、感付いていたのだ。それでもその名を口にしなかったのは、怖かったからかもしれない。迷子の様なあの少年を慈しむ反面、薄暗くて届きそうで届かない光を見上げるだけの恐怖を経験してしまったから。


「骸……様…」
「にわかに信じがたいが、彼女は幻覚でできた内臓で延命していたらしいね……」
「幻覚でできた内臓――!?」
「それで幻覚のコントロールを失い、腹が潰れたんだな」
「…リボーン君、知ってたの?」
「……やはり知らなかったんだな。でも気付いてただろ、あいつと骸の関連性」
「――わたしは、六道君目的で髑髏ちゃんと友達になった訳じゃないよ」

 ちらり、と一瞬だけリボーンに目を向けるが、その行為は些細なもので終わった。それから麗が、彼と視線を絡める事は無かった。――その顔を見たら最後、わたしはきっとリボーン君を責めてしまう。分かってて命の補償のない戦いに出したの、と。それが自己満足だとしても、その姿がいくら醜くても、わたしはきっと声を張り上げてしまっていた。そんな衝動を押し留める様に、ただ一言、そっと言葉を紡いだのだ。
 ――上出来でしたよ、かわいい僕のクローム。君は少し休みなさい。耳元で囁く様なテノールが館内中に響き渡った。麗と沢田がぞくり、と肌を粟立たせたのは同時だった様に思う。その声音は滑らかに二人の脳内に入り込み、体内にてそれを響かせたのだ。


「なーんだ、フタを開ければマーモンの圧勝かよ。しかも、アルコバレーノの力もちょっとしか見れねーしさ」
「これで全て終わったな」

 レヴィが言った通り、クロームがただの術士ならここで終わりだっただろう。しかし、彼女と幻術にはただならぬ繋がりがあるのだ。それを証明するかの様に彼女の身体は見る見るうちに霧に包まれて行く。この現象を、マーモンは自身の死体を隠す行為、女術士によくあるものだと口にするが、麗は言い様のない違和感を感じていた。ただ消すだけじゃない。トラブルメーカーである雲雀の側に居ると、こう言う感覚にも敏感になってしまうらしい。それはどうやら沢田も同じらしく、「あいつが来る」とただその言葉だけを繰り返していた。


「――六道骸が!骸が来る!!」

 粉々に砕け散った三叉槍は新しいそれに生まれ変わり、それを握り締めていた細々とした手の平は骨張ったものへと変化した。手に力を入れる度にきゅ、と擦れる革手袋はきっとクロームには似合わない。ずるり、と解けて行く髑髏の眼帯は何処(いずこ)へ、ゆっくりと開かれた右目には「六」と言う文字が刻まれていた。――ああ、嗚呼、怖いはずだった。恐ろしい存在だった。それでもこんなにも高揚するのは、わたしがどうしてもこの人を嫌いになれないからだろう。

 ――ねえ、六道君。貴方の真意は、きっともっと単純でしょう。


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