悔しい約束
 幻術同士のぶつかり合いとも言える名残が残る場で、骸はもう一つの指輪を手に入れた。綺麗に割れたそれは確かに彼の手中へと収まっており、最早マーモンの物とは思えない状況に陥っている。そんな現状に両者共々、様々な反応を見せており、了平の言う通り「圧倒的な力」と言う表現が最も適しているだろう。しかし、そんな中でも現状に納得を示す者が居る。――それが麗と沢田であった。慈愛や慈悲、などと言う同情にも似た感情に襲われぬ、ある意味の骸らしさとはこれなのだ。


「このリングを1つに合わせるのですね?」
「は…はい……」

 全てのパーツを揃え持った骸を前にしては、常に「冷静、冷酷」を維持して来たチェルベッロでさえも言葉を惑わせていた。しかし、そんな空間にも荒れた声音が響き渡る。――それは、骸の幻覚によって潰された筈のマーモンである。粉状に分散させた自身を集約させ、彼女は恨み言葉を宣(のたま)った。荒い呼吸を繰り返す彼女だったが、常識では到底考えられない場所に立つ彼に存在に目を見開かせた。


「――ご存知ですよね?幻術を幻術で返されたということは、知覚のコントロール権を完全に奪われたことを示している」

 骸のその言葉と共に、マーモンの味方である筈のファンタズマが彼女の首に絡み付く。その力は次第に強まり、再び床板が隆起する程である。そんな彼女を煽る言葉とは裏腹に、骸は手を出す事さえさせぬ様にこの空間そのものを地下に吸い込まんとした。――冷静になって考えてみれば、この現状は確かに幻覚である筈なのに妙に感じる現実味は何なのだろうか。これこそが骸の力と言うのだろう。そしてそれは、マーモンだけではなく麗らを巻き込む形となる。


「落ちるー!」
「おっと!」
「――日比野!掴まれ!」
「っ…うん!」
「――どうですか?アルコバレーノ、僕の世界は!!」

 足場としていた床板が融ける様に消失する現状では、誰もが冷静を欠いていた。その中で差し伸べられた手の平は一筋の光、とでも言うべきだろうか。――獄寺の手の平を掴む力を強めれば、何処か熱が籠る骸の声音が鼓膜を震わせる。そんな骸は一つの術と化し、マーモンの体内に入り込んだ。苦しげに歪む彼女の表情など露知らず、全身を入り込ませたと思えば彼女の身体に凸凹、と衝撃を与えたのだ。


「ムムム!!やめろ!死ぬっ!死ぬ!!」
「君の敗因はただ一つ、――僕が相手だったことです」

 囁く様に言葉が告げられた瞬間、マーモンの身体は風船の様に割れ、周辺に吹き飛んだ。その破片さえも消え失せた頃、幻術の解けた体育館に骸は悠然と立っている。その背中が酷く大きく見え、黒曜ランドで迷子のようだと感じた自身の感覚が勘違いではないかと思った程だ。――しかし、それはただの早とちりだと知る。そして、わたしは骸くんの事をなにも知らないのだと言う事も知ったのだ。


「な…」
「これで…いいですか?」
「……霧のリングはクローム髑髏のものとなりましたので、この勝負の勝者はクローム髑髏とします」
「あのバイパーが…」
「粉々かよ」
「え…ちょ…っ、そんな…そ…そこまでしなくても…」
「この期に及んで敵に情けをかけるとは…どこまでも甘い男ですね、沢田綱吉。――心配無用…といっておきましょう」

 クロームが勝者となった事実に、麗は一先ず深い安堵の息を吐き出した。しかし、マーモンの事が気にならない訳ではない。――どうやら、マーモンは最初から逃走用のエネルギーは使わないつもりで今回の戦いに臨んでいたらしい。それを聞いたXANXUSは表情、体勢を変えぬまま「争奪戦後、マーモンを消せ」とゴーラ・モスカに命じた。すると、それの返答と言いたげにモスカは顔周りから白い煙を吐き出す。そして、その様子を見届けた骸はくつりと喉を震わせたのである。


「まったく君はマフィアの闇そのものですね、XANXUS。――君の考えている恐ろしい企てには、僕すら畏怖の念を感じますよ」

 小さく、しかし強く紡がれたその言葉はどうやらXANXUSの勘に障ったらしい。しかし、ピク、と眉を動かした彼に対し、骸はふと息を吐く様に笑みを溢した。――首をつっこむつもりは無いが、沢田綱吉をあまりもてあそばない方がいい、と。その言葉の真意は、自身の一味に害を及ぼすのなら容赦はしない。そう告げている様に感じた。だからこそ、XANXUSも骸から視線を逸らさないのだろう。しかし、そんなXANXUSでさえも骸の視界からは消え失せ、独特な笑みを響かせながらボンゴレの陣地へと踵を返した。


「骸様!!」
「すんげー!!やっぱつえー!!」
「てんめー、どの面下げてきやがった!!」
「ご、獄寺くん!」
「それくらい警戒した方がいいでしょうねぇ。僕もマフィアなどと馴れ合うつもりはない。僕が霧の守護者になったのは、君のをのっとるのに都合がいいからですよ。――沢田綱吉」

 嬉しそうに骸に群がる千種と犬とは打って変わり、獄寺は何処からかダイナマイトを取り出し、骸への警戒心を露わにしていた。それを真正面から受けても、骸の顔色に変化は無い。寧ろ、そんな獄寺を煽る言葉を響かせている。――それだけじゃないくせに、そう感じても麗はその言葉を口にはしなかった。きっと認める事はしないだろうから。それに、きっとわたしから言われてもこの人は眉を顰めるだけなんだろう。
 同じ様な思いを抱く麗と沢田とは打って変わり、額面通りの言葉を受け取った獄寺は再び骸への警戒心を露わにする。しかし、それを制止した沢田は、言葉を詰まらせつつも確かに謝礼のそれを口にしたのだ。その様子を見て、彼女はふと笑みを浮かべた。


「……日比野麗」
「ん?」
「あなたに頼むのは大変、大変心苦しく、思わず吐きそうになるんですが優しさの塊であるあなたなら受けてくれますよね」
「……喧嘩を売ってるとしか思えないけど言ってよ」
「…この娘(こ)を、頼みます。――友達、なんでしょう」
「……うん。任せてよ」

 帰る雰囲気を醸し出した麗の名を、骸は囁く様に口にした。――そして思う。この男は悪態をつく事しか出来ないのか、と。ヒク、と口角を引き攣らせるも続きを促した麗の中には未だに数ヶ月前の恐怖が燻っているらしい。しかし、それを上回る程の嬉しさと高揚が彼女の心を支配した。――きっと悔しかっただろうな、わたしに頼むのは。それでもあの時とは違う、ちゃんと視線を合わせて言葉を交わしてくれた骸くんをわたしは信じたいと、そう思った。あの優しい瞳(め)は、確かに自身の分身を労わっているはずだから。
 「少々疲れた」とそう呟いた骸の身体はゆっくりと傾き、それが麗の腕の中に納まった時にはクロームに戻っていた。小さく、柔らかな身体に空洞を感じられない。彼はいつだって遠くからクロームを守っていたらしい。


「大丈夫。寝てるだけだよ」
「よ、良かった……」
「こいつ、すぐくたびれるびょん。これだから人間は…」
「――犬、いこう」
「うい」
「え!?ちょ、この娘(こ)放置ですか!?」
「起きりゃ、自分で歩けんだろ?その女ちやほやする気はねーし、そいつは骸さんじゃねーからな。――それに、いくら骸さんがお前を頼っても、オレは認めた訳じゃねェからな!日比野麗!」

 骸の優しさが詰まったクロームを緩く抱き締めるも、何処か恨みが込められた犬の視線が注がれる。それの矛先が彼女である事は間違いないのだが、それの一部は麗にも宛がわれている気がした。――恐る恐る、麗の視線が上へと向く。すると、ふと二人のそれが絡み合ったのだ。その瞬間に吠えた犬は、どうやら本気で彼女の事を嫌っているらしかった。ここまで嫌われると一層清々しい。そんな事さえ思った彼女はゆるりと目元を緩め、笑みを浮かべた。


「良いよ、認めなくて」
「っ…その全部受け入れる精神が気に喰わねェんだびょん!バーカ!」
「ガキかよ……」
「…ごめん、日比野」
「大丈夫だよ。慣れてるから」
「……でも、もっと大変な事になると思う」
「へ?」

 しかし、どうやらそれは逆効果だったようだ。まるで噛み付くかの様に吠える犬は、駄々を捏ねる子どもと言った方が良いだろう。現に、獄寺はそんな犬の様子に呆れ返っていた。そんな、目の前で繰り広げられる光景に沢田らはぱちくり、と瞬きを繰り返している。もう、苦笑を浮かべる他に術は無かった。しかし、麗のそんな表情を一気に変える言葉を、千種は口にする。――何の事だか予想するのは酷く難しい事であった。まさか、この場に来るなんて、骸くんの言葉が真実になるなんて思わないでしょう。


「お前は何やってんの……?」
「ひ、ひばり、せんぱい…」
「…ねえ、聞いてんの?返事くらいしなよ日比野(バカ)」
「は、はい……」

 体育館の扉に凭れ掛かっていたのは雲雀だった。男にしては白い肌、艶やかな黒髪に変わりはなく、変わった所と言えば服装くらいだろう。もう少しで日が回る時間帯である今、彼は風呂などの全ての用事を済ませ、後は寝るだけ、と言った様子である。少しくらい隙を見せても良いもののそんな様子は皆無で、寧ろ何処か怒っている様にも見えた。それは彼の言動にも表れており、麗の両頬を勢い良く掴み、挙句の果てに彼女を馬鹿呼ばわりしたのである。


「な、なんでここに…」
「君の母親から電話が来たんだよ。ご飯食べて来るって言ったきり連絡がない、って」
「あ…」
「…僕の事に首を突っ込むのは今更だし何も言わないよ。けど、あの人を泣かせるのは違うでしょ」
「ご、ごめんなさい……」
「謝るなら僕じゃなくて君の母親でしょ」
「仰る通りです……」

 雲雀の登場によって青ざめていた麗の顔は、彼の言葉によって原因を変えた。――そうだ、成り行きで来てしまったから連絡も何も出来ていない。麗はそこで初めて気付いたのである。その後にも続く雲雀の言葉は全て正論で、何も間違ってはいない。その事実が彼女の心を酷く締め付けた。三人で住むには丁度良いあの家に、お母さんは今、一人でわたしを待っているんだ。――そう思うと、するりと謝罪の言葉が口から漏れる。しかし、それを一番に伝えたい相手は今、ここには居なかった。
 周りの視線は麗が独占してしまっていたが、当の本人がそれに気付く事はおそらくない。その事に気付いた雲雀は溜め息を吐いては彼女の頬を掴む手を下ろすと、今度は彼女の頭に手を置いた。わしゃわしゃ、と聞こえるその音は髪との摩擦の音だろう。――どうやらわたしは雲雀先輩に雑にも撫でられているらしかった。そんな雲雀先輩はわたしと視線を合わせていた身体を伸ばしてはどこからか鍵を取り出し、それをわたしに見せ付ける。


「――帰るよ」
「っ……はい」

 たった一言、されど一言だった。けれど、麗にはそれで充分だったのだ。――先程まで羽織っていたグレーのブルゾンを着せてやる。さも当然かの様に、それに腕を通した麗に思わず笑みを溢してしまった山本はきっと悪くない。指先も見えぬ程に彼女の身体を覆ったそれからは、雲雀の匂いが仄かに香っている。だからかな。全てを雲雀先輩に委ねてしまったような、そんな気持ちになった。――皆に見られている。恥ずかしい。どうか、どうか。

 どうか真っ赤なこの顔を、晒す事になりませんように。


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