甘い雰囲気をまとっては
 少しずつ暑さが厳しくなって来た今日この頃、並盛町のとあるケーキ屋にて、京子は居た。都心から少し離れたこの町の店舗にしては品揃えが良く、珍しいオリジナル商品などもショーケースに並んでいる。それらを楽しそうに吟味している彼女は、この日を楽しみにしていたのだ。店員に声を掛けようとしたその時、後ろのガラス張りの扉が開かれ、頭部のベルが店内に鳴り響いた。そこに居たのは入学式の時からずっと、また会いたい、と思っていた名前も知らぬ少女だった。


「…京子、ちゃん?」
「えっと、あの…」
「あ、名前言ってなかったよね。日比野麗です……ってこんな所で自己紹介もおかしいかな。えへへ」
「ううん!ずっとお名前知りたくて、けど、クラス違うからなかなか会えなくて、あの」
「わたしも会いたいなーって思ってたの。すごい偶然だね」

 自身の名前を覚えてくれていた麗は琥珀色の瞳をぱちくりと大きく瞬かせて京子の顔を見つめた。そして、やっと知れた麗の名前は、京子を幸福感で満たしてくれたのだ。あまり話せていない友達だからか言葉を詰まらせる京子に、麗はふわり、と笑みを浮かべて手を差し伸べた。思っていた通り優しい少女であった麗は、自然な動きで京子の横に足を運ぶ。そうして、真剣な瞳でケーキを選び出したのだ。




「そう言えば何で制服なの?今日土曜日なのに」
「あー…委員会がね。呼び出されちゃって」
「えっ、土曜日もあるの?」
「風紀だけだよね、こんなん。馬鹿じゃないかなって思う」
(フラストレーション溜まってるのかな……)

 好みのケーキらを買う事が出来た麗と京子は道中、たどたどしくながらも会話をしながら近くの公園のベンチに腰を下ろした。そこでふと気付いた違和感が、麗の服装だったのだ。私立学校ならともかく、彼女らが通っているのは何の変哲もない公立の中学校なのである。しかし、土曜日に制服を着る、と言う習慣は麗にとっては既に日常茶飯事になっているのだ。それも全て雲雀のせいだと思うとつい舌打ちが出る。


「あ、そうだ。沢田君と話した?」
「ツナ君?」
「あ、話したんだね。元気?」
「毎日獄寺君と山本君と楽しそうだよ。あ、最近はリボーン君も一緒みたい」
「リボーン君?」
「ピストルを持ってる赤ちゃんなの。可愛いんだよ」
「何その異常現象」

 心の中で苛立ちの割合が増える中、思い浮かべたのはふわり、と嬉しそうな笑みを浮かべた沢田の姿だった。そして、京子が同じクラスなのだと思い出した麗は笑顔で問い掛けた。先の二人の名前は茉莉から聞いた事があったが、後者の名前は聞いた事がないそれである。恐ろしいくらい異色な赤ん坊の話を笑顔で話す京子があまりに朗らかで、自身が間違っているのか、と不安になるが、間違ってないよね。やっと友達になれた気がした麗はちらり、と腕時計を見ると、そこには雲雀に言われた時刻をとうに過ぎているそれが表されていた。やっば、行きたくない。これ絶対殺されるやつじゃん。気持ちが急降下して行った麗は怠くなる身体に鞭打って、京子と別れたのだ。




「遅い」

 何となく予想はしていた言葉である。しかし、何故だろう。笑顔が歪んで行くのだ。この人は何故、何時もこんなに傲慢なのか。初対面から分かってましたけどね。強いからですよね。ええ、知ってます。お茶が用意されてなかったらブチ切れてましたよ、きっと。まあ用意してくれたのも草壁さんなんでしょうけど。僅かな苛立ちを少しでも見せる為に、麗は応接室の机に音を立ててケーキ屋の箱を置いた。


「ちょっと」
「…何ですか」
「優しくしてよ。潰れちゃうでしょ」
「…あのですね、朝からこのぶあっつい書類終わらせたんです。やっと帰れると思ったら並盛の端のケーキ屋でケーキ買って来てってふざけてます?」
「全然」
「十分で行ける距離じゃないんですよ!徒歩です!バイクなんかないんですよ!」
「僕の貸してあげようか?」
「事故るわアホか!」
(ああああ激しい……!)

 先程の麗の行動に眉を顰めた雲雀は箱の中身を確認して、好みのケーキを用意していた皿に乗せた。そんなありがたみも何もない彼の言動にこめかみに青筋を浮かべた彼女は、卓上に積まれた十何cmほどもある書類を軽く叩き付け、怒りを滲ませた笑顔を彼に向けた。それを見てもなお、全く表情が変わらない目の前の彼は何時も通りすぎて寧ろ腹が立つ。目の前の彼女は真剣にいかっているのだろうが、冷静に見てる側としたら凄い面白いんだよね。こんな事言ったらもっと面倒臭くなるから言わないけど。けれど、一番心臓が痛いのは草壁だと言う事に、喧嘩をしながらも一緒にケーキを食べる二人は気付いていない。


「何これ、あっま」
「…勝手に選んだのはあなたでしょうが」
「変えてくれない?」
「何で買って来たわたしが食べかけのケーキ食べなきゃいけないんですか!嫌ですよ!」
「何で?咬み殺すよ?」
「わたしのセリフです!わたしが咬み殺します!」
「…へえ」

 雲雀が手に取ったのはブルーベリーのモンブランだった。ノーマルなモンブランよりも甘めに仕上げているそれは、彼の口には合わなかったらしい。それを麗に差し出した彼は何時もと変わらない無表情を浮かべていて、それが余計に彼女の癇に障る。彼の要望を全力で拒否するが、寧ろ喧嘩を売られる、とはどう言う理屈なのだろうか。衝動のままに思わず宣言を口にしてしまえば、目の前の彼は楽しそうに口角をゆるり、と上げた。やばい、と思った時には既に遅く、目の前にはトンファーが迫って来ていた。これを避けてしまう自分が怖い。軽い衝撃音が鳴ったかと思えば、彼女は何時の間にか応接室の扉を開けて、「ごめんなさい」と叫びながら逃げ出していた。それを追い掛けて行く彼の姿が消えれば、そこには草壁のみが存在する事になる。そんな草壁はコーヒーを一口飲んでは、ほう、と一息付いて、一言だけ呟いた。


「今日は早かったなあ……」

 草壁の気苦労は、未だ絶えない。


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