広がるこはく
「こ…ここが…」
「そう。これが雲の守護者バトルの戦闘フィールド、――クラウドグラウンドです」

 チェルベッロによって名付けられたそれは、運動場としての機能は成されていない。砂で固められた地面だけをそのままに、雲雀とモスカを有刺鉄線で囲う形になっていた。その中の八ケ所にはガトリング砲が設置されており、30m以内の動く物体に対し反応し、攻撃をする仕組みとなっているらしい。そのため、安全に動けるのは実質的に中央部のみだ。しかし、地中の至る所には地雷が埋められており、安心して休める場所は無い、と言う訳である。このフィールドも全て、雲の守護者の使命――何ものにもとらわれることなく、独自の立場からファミリーを守護する孤高の浮き雲――になぞらえて作られていた。


「まるで戦場ではないか!」
「怖けりゃ逃げろ。てめーらのボスのようにな」
「ふざけんな!!10代目は逃げたんじゃねぇ!!」
「ツナは来る必要ねーのさ。ヒバリはうちのエースだからな、あいつは負けねーって」
「何を?」
「…それに、さっさと終わらせなきゃなんねェ事情もあるもんな」
「黙ってくれない?」

 ふと告げられたレヴィの言葉は、沢田を敬愛する獄寺にとって聞き逃す事は叶わぬそれだった。しかし、そんな獄寺を止めたのが山本だ。――獄寺の肩を掴む手の平が、妙に力んでいた気がしたのは気のせいだろうか。そんな山本が最後に付け足した言葉は、真っ直ぐ雲雀へと向けられていた。「あの」雲雀が図星だ、と言いたげに表情を歪めるのだ。そんな人物は、たった一人しか存在し得ないだろう。
 何時もの笑顔とは違う、何処か茶化す様なそれに雲雀は酷く顔を歪めた。その様子を眺めていたXANXUSは「エース」と、ただ一言を呟く。そしてその直後、酷く滑稽だと言いたげに声音を響かせながら嘲笑ったのだ。――微かに鳴った蒸気の音は、一体なにを示したか。




「麗、どう言う事だ」
「ディーノさんの言う通り、雲雀先輩は問題児なんですよ。人並みの倫理観なんて持ち合わせちゃいないし、学校でまで独裁体制を敷いちゃうし、何よりも強いものが好きだし」
「お、おう……?」
「我慢させちゃってたんです、わたしが。――わたしが、弱いから。黒曜の事件から」

 六道一味に監禁された一件で、麗は恐怖と痛みを初めて経験した。それは自分自身の危機に忠告をしてくれたが、しかし一方で一生忘れる事は出来ないだろう出来事として麗の中に植え付けられている。自分が側に居なかったから、何時もと違う事をしたから、力が足りなかったから。――こう言った事を、雲雀先輩はいつも頭に置いていたらしい。ちがうのに、わたしが弱いからなのに、あなたのせいじゃないのに、と一度だけ零した事がある。その時の雲雀先輩の表情は、正直見れたものじゃなかった。強くて、堂々としてて、優しくて、そんな雲雀先輩を弱くさせてしまったのはわたしなんだろう。そう思った。しかし、ディーノは首を傾げる。


「……恭弥、言ってたよ。もう泣かせない、って」
「え…」
「もちろん守れなかった事実はあるし、怖い思いもさせちまって、後悔する部分もあるんだと思う。けど、それ以上に恭弥は、――お前の涙が一番堪えたんだよ、麗」

 ――あれはいつだっただろうか。応接室への突撃訪問から、さほど月日は経っていなかった。しかし、あの場に麗はいなかったから、少しずつ麗が世間一般の「日常」に入って行った時期だろう。オレと恭弥、お互いの体力も少なくなったのは、いつも決まって夕日が落ちる時間帯だった。一度だけ、何に引っかかってるんだ、と聞いた事がある。とても、びっくりしてて思わず笑っちまったんだよな。怒られたけど。怪我をするかもしれないって麗が泣く事はあれど、他人のせいで泣く麗は見た事がなかったんだってさ。恭弥にとってはそれがすげェ新鮮で、悔しくて、後悔したらしい。出来るなら泣かないで欲しい、泣くなら自分のせいが良い、って。あいつ、ほんとに麗の事しか考えてねェんだよ。
 そう告げたディーノの視界に大粒の涙を零す麗の姿が映り込むには、僅かな時間差があった。彼の冷たい雰囲気に圧されて泣くのとは違う、酷く幼く、それでいて雲雀への慈しみが孕んでいる様な気がした。そんな彼女にディーノは思わず苦笑を零し、何の加工もされていない茶髪をそっと撫でてやる。顔のパーツの端々を隠すそれは酷く艶やかで、密かに雲雀に自慢したくなった。


「……わたし、は、弱くても良い、んですか」
「そう言う麗だから、恭弥はここまで尽くすんじゃねェの?」
「…邪魔、じゃ、ないのかな」
「邪魔だったらちゃんと言葉にしてる、不器用だもんな」

 安心される様に、瞳を細めてディーノは笑った。麗がそんな彼の名を呼ぶと、彼は僅かに首を傾ける。日本人にはない、ブロンドの髪が揺れた。はくはく、と唇の開閉を繰り返す彼女は、どうやら言葉に迷っている様だ。そんな様子を見つめ、彼は再び言葉を紡ぐ。――怒ってるなら、目いっぱい気持ちをぶつけりゃ良い。心配なら、心配だと言えば良い。会いたいなら会いたい、って叫べば良い。そう言う等身大の麗を、恭弥はずっと求めてる。し、好きなんだよ、きっと。


「――せんぱいに、あいたい」

 麗の欲を初めて聞いたのがオレってバレたら、あいつはまた怒るかな。




「「「ヒバリーッ、ファイッ!!オー!!」」」

 そう叫ぶのは山本、獄寺、そして了平の三名のみだ。残りの人員であるクローム、千種、犬は芝生に腰掛け、その光景を眺めている。しかし、その直後には獄寺の怒号が響き渡るのだ。「声が小さい」と言う如何にも体育会系の文句が、まさか獄寺の口から飛び出すとは夢にも思わないだろう。だが、その真意も全て10代目――沢田――の意図を汲み取ったものらしい。それに対する正誤はあれど、この絶対的な信頼は沢田を象るにおいて重要なものの様に思えた。


「それでは始めます。雲のリング、ゴーラ・モスカVS.雲雀恭弥――勝負開始!!」

 チェルベッロによる開始の合図が響き渡った直後、モスカの足元から四つのエンジンが現れ、それによって彼は雲雀が立つ方向へ一直線に飛んだ。指先は銃口になっているらしく、そこから連続的に飛び出す銃撃は雲雀の命を奪い取る意思を持っている。しかし、その場に響くのはぶつかり合う金属音と何かが*がれる音――それら全てを響かせた雲雀は涼しい表情を浮かべ、後ろに横たわるモスカの姿さえ振り向きもしなかった。どうやら雲雀にとってのモスカとは、興味の範疇外の存在らしい。
 一分も経たずに終わった雲の守護者同士の対戦は、雲雀の勝利である。しかし、周囲の人間でその速さに付いて行ける者は居らず、この場に居るほぼ全員が呆気に取られた表情を浮かべていた。その中の一人であるチェルベッロに雲の指輪を預け、雲雀はXANXUSに向かって歩みを進める。


「さあ、おりておいでよ。そこの座ってる君。サル山のボス猿を咬み殺さないと、帰れないな」
「なぬ!」
「なぬじゃねーよタコ。それ以前にこの争奪戦、オレらの負け越しじゃん。どーすんだよボースー」

 雲雀は、この一件の中心に居るのがXANXUSである事を理解していた。それに加え、今の雲雀は闘争本能に飢えている。強い者が集まっているこの現状を、雲雀が逃す筈もなかった。そんな雲雀の言葉に反応を示すのはベルとレヴィで、当の本人は焼け焦げたモスカを真っ直ぐ見つめている。しかしその直後、XANXUSは楽しげに笑んだのだ。そして椅子から立ち上がったかと思えば、そのまま雲雀に足を振り上げた。それをトンファーで受け止めた雲雀の瞬発力には、感嘆さえ覚える。


「足が滑った」
「だろうね」
「ウソじゃねえ」

 トンファーを足場にして再び跳躍したXANXUSは、勢い良く地面に着地した。そこには地雷が埋まっていないらしい。しかし、一歩足を踏み出せば警報音が鳴り響く。そこから難なく飛び退いた彼にとって、このフィールドの造り自体にそこまで脅威を抱いていない様に思えた。そんな彼はモスカを回収しに来ただけだと言い張るが、生憎と自身の敗北を認めている顔ではないのである。どうやらそれは雲雀も同じ様で、再びトンファーを構えてはXANXUSの方へと駆け出した。
 手首の回転を利用して攻撃するが、XANXUSは余裕の笑みを崩さない。そんな状況の中、地雷とガトリング砲が作動してしまえば有刺鉄線内は最早無法地帯と化してしまうのだ。至る所で爆発音が鳴り響き、モスカとの戦闘などとうの昔の事の様に思えた。


「安心しろ、手は出さねぇ」
「好きにしなよ。どのみち君は咬み殺される」
「おのれ〜!!ボスを愚弄しおって!!」
「まてよムッツリ」
「ムッツリ!?」

 前回の時点で「雲の守護者戦により決着がつく」のは双方の共通認識であり、この場に立っているのが雲雀である以上、どちらが勝者なのか、と言う疑問は愚問である。しかしXANXUSの表情に焦りは無く、ただただ今の状況を楽しんでいる様に見えた。その表情から、ベルはXANXUSの企みに気付いたのである。だが、それを知る術は無い。ただ、マーモンかスクアーロなら知っていたのかもしれない。――未だに黒煙を出すモスカの片目には、見慣れぬ文字の羅列が表示されていた。何かを打ち込む様なその音は、彼の生を確信させるものなのである。
 今までは雲雀からの攻撃を避けるばかりのXANXUSであったが、元来血の気の多い人間だ。ふと、XANXUSの手の平には淡い光が灯る。トンファーがその動きを読み当てては、雲雀は煽る様に言葉を紡いだのだ。


「チェルベッロ」
「はい、XANXUS様」
「この一部始終を忘れんな。オレは攻撃をしてねえとな」

 そんなXANXUSの言葉に、チェルベッロは耳を疑う。――一体このお人は何をするつもりなのか。チェルベッロのそんな疑問も、とある攻撃によって晴れる事となる。それは、雲雀のものでもXANXUSのものでもなかった。何処からか放たれた密度の高い光線が、雲雀の太腿の肉を裂いたのだ。その箇所からは勢い良く血が噴き出し、止め処なく血液が溢れ出る。その光景に目を見開く三人だが、そんな三人の元に複数のロケット弾が落ち、大きな爆発音を響かせたのだ。それはどうやらヴァリアーの陣地でも同じ事が起こっていたらしく、レヴィを置いて爆発から逃れるベルの姿がそこにはあった。


「大丈夫スか?笹川兄!!」
「何が起きているのだ!?」
「…なんてこった。オレは回収しようとしたが、向こうの雲の守護者に阻まれたため、モスカの制御がきかなくなっちまった」
「――なに!?暴走だと!?」

 混乱が巻き起こる中でただ一人――XANXUS――はやけに芝居じみた口調で際限なく攻撃を繰り返すモスカを見上げた。雲雀に向かって行った時と打って変わり、暴走した足元のエンジンは何処を向くか分からない。モスカ自体が巨大な爆撃機になってしまったかの様だ。XANXUSの笑みは、この現状を先読みしていたのではないだろうか。そして、それを明らかにするかの様にモスカの攻撃は留まる事を知らない。寧ろ、激化している様に感じた。モスカの中心部から放たれる光線は、並盛中学の校舎を壊して行く。大きな音を立てて、コンクリートの欠片が地面に飛び散ったのだ。


「あ…圧縮粒子砲!?」
「無差別攻撃ではないか!このままでは全員オダブツだぞ!!」
「――ぶはーはっは!!こいつは大惨事だな!!」
「あいつ…笑ってやがる」
「あの野郎、はなっから勝負に関係なく、事故をよそおって皆殺しにする気だったんだな!!だからヒバリを挑発したんだ!!」

 その光景を眺め、XANXUSは高らかな笑い声を響かせた。この現状を酷く喜んでいるのは彼くらいである。――当たり前だ、己の思う通りになったのだ。笑わない訳にはいかぬだろう。雲雀はそんなXANXUSに駒として利用され、挙句の果てに愛着を持つ校舎さえ破壊されたのだ。雲雀の怒りの度合いは計り知れない。一方、既にフィールドとしての価値を見失った有刺鉄線の中で、クロームは吐息を荒げつつも彷徨っていた。黒煙と激しい爆発音のせいで視覚と聴覚が麻痺している。そんな中では、了平の忠告さえも耳に届かないのだ。
 側で響いた爆発音に、クロームは驚きから思わず足を踏み出した。その瞬間、スイッチが入る音が囁き、警報音が鳴り響いたのである。自身に迫り来る死の音が、光となって彼女を包み込んだ瞬間、その場では爆発音が響き渡る。――しかし千種と犬が、クロームをその衝撃から庇ったのだ。思わず安堵の息を吐いたのも束の間、三人の気配に反応したガトリング砲がこちらに顔を向けた。それに加え、反対方向からモスカが迫り来たのである。その間には、太腿から血を流す雲雀が蹲っていた。


「しまった!!やべえ!」
「挟まれた!!」
「ヒバリ!しゃがめ!」

 ――逃げ場は無い。そう悟ったクロームら三人と雲雀は少しでも攻撃の面積を減らそうと、身を隠す。しかし、校庭と言う身を隠す場所がないのも相まって、無傷を目指すのは難しい。モスカの中心部にはエネルギーが集約し、雲雀ら四人を焼き切るつもりらしい。そこへ高速で落ちて来る橙色の炎と同時に、僅かにフェンスが揺れる音が響く。――その直後、僕の視界に広がるこはくは、確かに見慣れたものだった。
 視界の端で温かな炎を眺めながらも、僕の身体はとある温もりに包まれていた。抱き締めて来るその勢いに負け、僕の身体とそれは地面に横たわる。薄っすらと目を開け、そこにいたのは顔を歪ませている日比野だった。


「――日比野…?」

 高速で訪れた橙色の炎は、沢田が放出していたものらしい。物々しいグローブを翳し、あれだけの攻撃を全て焼き切ってみせた。しかし、そんな光景さえも雲雀の視界には入って来ない。――理由は一つ、目の前に横たわる麗に意識を向けているからだ。何故ここに居る、何故目を覚まさない、何故――なぜ、僕を守ったんだ。そんないくつもの疑問が湧いて出るけれど、きっと答えは返って来ないだろう。
 沢田の到着から暫く経って、漸く周りの視線もこちらに分散される事となった。その中で最も反応を示したのは山本とベルである。特別仲の良かった二人からは、焦燥感が漏れて出ている様に感じた。そんな中、雲雀は麗の茶髪にそっと触れる。すると、それが微かに意識的に揺れた、気がした。


「……ひばり、せんぱ…」
「きみ、なんでここに…」
「…ごめん、なさい。逢い、たくて」
「は…」
「動かなきゃ、だめ、だと思っ、て…来ちゃい、ました」
「っ、…ちがう、なんで守ったの。そんなこと、願ってもないだろ」
「そば、に、いたくて。きっと、沢田くんが助けてくれる、って、分かってた、けど、――わたしの手で、まもりたかった」

 途切れ途切れに紡がれる言葉は、僕の嫌いなものだ。いつもへらへらしてて、馬鹿みたいに明るくてずっと笑ってて、そんな君を一番求めているのに。わざわざ危険に飛び込んで、血だらけになって、痛々しく笑って、――泣きそうに、なって。お前は、僕が見たくないものばかりを与える。それがどれだけ腹立たしくて、悔しくて、悲しい事なのかも知らないで。――思わず、歯を食い縛る。血の気が引いた青白い顔も、似合わない血液も、全てが憎い。また守れなかった。また守られてしまった。また、手が届かなかった。繰り返したくなかったそれを、再び手にしてしまうとはどんな嫌味だろう。


「我が儘ばかり、ごめん、なさい。でも、伝えたいこと、あって」
「あとでゆっくり聞いてやるから、もう喋るな」
「っ、……ひ、どい、です」
「もう、誰にも日比野を奪われたくない」

 既に力が抜け切った麗の身体を、雲雀は強く抱き締めた。そして、口から溢れ出る血液を身体で受け止める。一つの銃撃に貫かれ、彼女の腹部は血に塗(まみ)れているがそんな事はどうでも良かった。――言いたい事なんてあとでいくらでも聞いてやるし、僕も言いたい事があるんだ。だから、敵にも、日比野のクラスメイトにも、死にも、日比野を奪わせたくなんてない。そう言えば、日比野は驚いたように目を丸くして柔らかく笑った。当たり前なのに、どれだけ大事にしていたか知りもしないくせに。ただ、強いやつと戦って、傷だらけになって怒られて、応接室でお茶を飲む日常があればそれだけで良かったのに。


「――だから、もう僕から離れないでよ」

 正しい守り方があるのなら、どうか教えてくれないか。


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