他人でいられるはず

『スカイ…スカイ…っ、何で、何でよ…っ』
『好き、だから…あなたの、事…っが』
『…っ、あんたが、あんたがいなきゃ意味ないのに…っ』

 何時もの蒼い空は見えず、広がるのは混沌とした雰囲気のある空だけである。地面は無を象徴する様に、一面に焼け野原が広がっている。そこに蹲るのは傷だらけのスカイと呼ばれた少女、そんな彼女をなくさない様に必死に抱き締める一人の戦士、周りには哀しみの余り泣きながらも勇敢に立ち向かう戦士も居る。そしてそれら全てを見下ろす敵であろう女は、禍々しい気を放っていた。スカイと泣き崩れる戦士との間には切ないながらも愛しい空気が流れており、このまま時間が止まれば良いのに、とさえ思う。それら全てを、目の前の女は掻き消そうとしているのだ。


『っ…はは、愛されてる、ねえ』
『何馬鹿なこと言って…っ』
『絶対…逢える、から。信じて…ね』
『スカイ…いや、消えないで、傍にいて、お願い』
『っ、ヒーラー…わたし、ね、あなたが…す…』

 スカイはヒーラーと呼ばれる戦士の頬に手を伸ばし、優しく触れてみせた。触れた箇所からは水分を感じる。涙だろうか。何処で産まれたかも分からない、守る者も居ないこんな自分の為に泣いてくれる目の前の人はどれだけ純粋なのだろう。――痛みがなくなる。感覚が薄れて行く。消えるのだろうか、こんな所で。今更になって死ぬのが怖い、だなんて、馬鹿だなあ。そんな嘲笑さえ残すスカイは「好き」の二文字さえも伝えられないまま、愛しい者を遺して星となった。

 その場には、ヒーラーの悲痛な叫び声と女の高らかな笑い声が嫌に響き渡ったのだ。





「「スリーライツ?」」
「「「知らないの?」」」
「な、何よ」
「超人気のアイドルグループよ」

 晴天のとある平日の放課後、美華は中学から仲良くして貰っている五人の女の子と行きつけの喫茶店のクラウンでお茶をしていた。敵が現れたら戦士として戦わなければいけない生活を送りながらも、美華を除く彼女達は束の間の休息を楽しんでいた。その時間に話題に上がったのは今大人気と謳われるアイドルグループ、如何にも女子高校生らしいそれである。残念ながら、高校に入学してからバイト三昧である美華は何の話かさっぱりだ。


「完全に浮かれきってる!」
「駄目よ、皆」
「さすが亜美、やっぱり亜美は勉きょ…」
「知的で素敵な大気さんを忘れてるわ」
「亜美ちゃん…」

 スリーライツは男性三人組のアイドルグループらしく、リーダーである星野光は子供っぽいがワイルドで危ない感じが人気らしい。アレンジ担当の夜天光は何を考えてるかは分からないが、近寄りがたい美しさが人気らしい。亜美の言う大気光は気品溢れて大人、クールな感じが人気だと言う話だ。それぞれ人気の出る長所が違う所も良いのだろう。それにしても、亜美がアイドルに夢中になるとは意外である。その証拠に頬を赤らめた亜美を見て、美華は口角を引き攣らせている。


「で、うさぎちゃんと美華ちゃんは?」
「誰が気になる?」
「わたしはそう言うの興味ないからパス」
「まもちゃん…」
「…元気ないね」

 自身に降り掛かって来た美奈子とレイの問いに、美華は僅かに眉を顰めた。美華は昔から幼馴染の偏った音楽論のせいでアイドルが嫌いなのだ。完璧偏見である。しかし、美華の隣に座っているもう一人の幼馴染であるうさぎは、何時もの元気がない様だ。理由を聞いてみれば恋人である衛が留学してしまうらしい。論文が認められたとの事だ。素晴らしい事なのだろうが、一年近くも逢えないとなると寂しさが募るのは当たり前の事だった。


「すごいじゃないか!」
「うさぎちゃんの気持ちも考えなさいよ!」
「ご、ごめん」
「…亜美も、でしょ?」 

 うさぎの気持ちを代弁すれば、嬉しいが素直に喜べないと言う所だろう。何時も傍に居てくれた人が突然居なくなるのは精神的にも弱くなると言うものだ。それを分かってか、美奈子は衛の留学を素直に喜んでしまったアルテミスを押さえ付けた。一方で美華は、出されたキャラメルラテを啜りながら亜美に声を掛ける。亜美の恋人である蒼も音楽を学ぶ為に留学してしまうらしい。うさぎと同じ状況ながらも落ち着いているのは、やはりお互いが納得するまで話し合ったからだろう。――留学の話のせいで若干暗くなってしまった自身らの席から逃れる為に今日はお開きとなったのだ。




「留学したいしたいとは言ってたけど、本当にするとは…」
「うっせえ。最近ジャズに目覚めてな」
「お前思いつきで留学すんの?馬鹿なの?亜美ってばこんなクズ野郎に振り回されてかわいそう……」
「オイコラ、待てコラ」

 翌日、美華と亜美は蒼の見送りの為に空港を訪れていた。周りには男女の見送りが多い、おそらくうさぎや亜美らと同じ理由だろう。美華と蒼の一連のコント染みた会話も見慣れたもので、それを見て笑う亜美も充分見慣れている。それでも寂しさは募るのだ。このまま抱き締めて欲しい、連れ去って欲しい、などと思う程には寂しさを感じているのだ。


「…蒼、くん。わたし、待ってるからね。ちゃんと、帰って来てね……浮気は、いや、ですけど」
「…ばーか、しねえよ。ちゃんと亜美の隣に戻って来るから、空けといてくれな」
「分かんないよねえ、亜美可愛いから」
「てめえ亜美のこと見とけよ、潰すぞ」
「はいはい、当たり前でしょ……安心して行っておいで、蒼」

 亜美は蒼の服の裾を掴んで途切れ途切れに言葉を残して行く。そんな弱々しい姿にさせてるのは自分だと考えると不謹慎にも笑みが溢れて来ると言うものだ。もちろん愛しさも感じている。そんな想いを隠す様に彼は目の前の彼女を強く抱き締めた。そうすれば、自然と美華と彼は向き合う形となる。視界に映った彼の瞳は、何かを決めた様だった。それを悟った美華は苦笑を浮かべてもう戻れない彼を送り出したのだ。


「亜美、まだいるでしょ?わたし先帰るね」
「えっ…良い、の?美華ちゃんも…」
「最後くらい二人きりにしてやらなきゃ蒼がかわいそうでしょ?そのままちゅーくらいして来なよ」
「ちゅーって…ちょ、ま、美華ちゃんったら!」

 多分今年中には会えないのだろう蒼と亜美に気を遣ってその場を去ろうとする美華だったが、申し訳なさそうに眉を下げる亜美に止められる。そこから逃げる様に、美華は冷やかしの言葉を残したのだった。少しでも残された時間を楽しんで欲しい、なんてらしくない事を思いながら。空港の出口に足を進めると女達の黄色い声が鼓膜を刺激する。嫌そうに顔を歪めながらそれの発声元を見れば懐かしい星の輝きを感じる。

 ――まさかね、あの人が地球に居る訳ないのに。




「…今また星の光が消えた」
「やつらが…?」
「こんな時に。あのお方さえいてくれたら…」

 薄暗い部屋の中に三人の男性が集まり、何やら作業をしている様子である。するとふと、銀髪の青年が弄っていたギターの弦が切れたのだ。嫌な感覚である。それをきっかけとして口を開き始めた黒髪と茶髪の青年は美奈子達が今好きなアイドルグループのメンバーにそっくりである。繰り広げられる意味深な会話は、おそらくこの三人にしか分からないのだろう。


「いや、案外近くにいるのかも知れないぜ?」
「急がなくっちゃ、ね」
「ああ……オレ達には時間がないからな」

 黒髪の青年は腕を組んで何処か嬉しそうな表情を浮かべている。それを見て頭上にクエスチョンマークを浮かべる残り二人の反応は至極当然だろう。――急ぐ事は確かなのだが、銀髪の青年には気になる事があった。空港で感じたあの何処か懐かしい星の輝きは一体何だったのだろうか。何時もならこんなに気にならないのに、何故か気になって気になって仕方ないのだ。




「みんな!待ってよ!」
「うさぎ、もう良くない?向こうで何か買おうよー」

 翌日、毎度の如くクラウンに集まった美華達は、各々好きな物を頼んでお茶を楽しんでいた。うさぎの左手の薬指にはピンクの可愛らしい指輪が嵌められている。衛に貰った、所謂婚約指輪と言う物である。だがうさぎはその事が分からないらしく、毎度の如くレイと口論を繰り広げていた。そんな所に何やら興奮している美奈子が現れたのだ。
 連れて行かれたのは近くの公園で、そこでは今大人気の「ホームズ少年のZファイル」と言うドラマの収録をしているらしい。それには今大人気のスリーライツのメンバーも居るらしく、観客は女だらけだ。そんな中に入って行った四人に置いて行かれたうさぎを連れて歩き出した美華は未だに慣れないその空気に溜め息を吐く他に術は無かった。


「これだけの人間を集めるなんて、スターとしての魅力充分ね」

 しかし、そんな時に限って鼓膜を擽る声が響くのである。思わず嫌な気配がする方へ顔を向けるが、音さえも聞こえず人の姿は見当たらなかった。首を傾げるも、美華は自身の勘の良さを思い出す。しかも、その「勘」とは悪い時に限って当たるのだ。――ふるり、と身体を震わせる。どうしたって悪い予感は消えなかった。けれど、うさぎから与えられる眩い程の明るさを受けてしまえば、美華は眉間の皺を隠すしかないのである。




「…あれ、君…」

 亜美らを探している間にうさぎとはぐれてしまった美華は、取り敢えず喉の乾きを潤す為に自動販売機を探し歩いていた。独り言のような、しかしこちらに話し掛けている様な声色にふと顔を上げれば、酷く顔を歪めている銀髪の青年の姿があった。そして、こちらの存在に気付いた彼は先程よりも眉を顰めてみせた。全くもって失礼な男である。


「なんで溜め息吐くの、失礼ですね」
「…ここ、関係者以外立ち入り禁止なんだけど」
「えっ、あ、ごめんなさい。知らなくて……あの」
「……まだ何か用?」
「ここ以外に自販機ってあります?」
「……は?」

 口振りからして、どうやら目の前の青年は関係者らしい。しかし、今の美華にとってそんな事はどうでも良いのだ。――取り敢えず喉が渇いて仕方がない。喫茶店では頼んだお茶が来る前に美奈子に連れ出されてしまったのだ。あれ、思い出したらちょっと腹立って来た。どうしよう。だが、心底理解できない、と言いたげな青年の短い声音で我に返る事になる。


「友達と来たんですけどはぐれちゃって、今すっごい喉乾いてるし自販機探してるんですけど、この公園広くないですか?」
「…そりゃ、広い公園探したんだし当たり前でしょ。て言うか君、本当に僕のこと知らないの」
「えっと…ストーカーの経験は無くてですね」
「なんの話だよ」

 明らかに不機嫌そうな人間と軽い世間話が出来る人物は限られて来るだろう。客観的に見れば双方のテンションには天と地ほどの差があるのにも関わらず、美華が引く様子は一切見られなかった。勇者かこいつ。――ぴくり、緩い空気が一瞬、張り詰めた気がした。彼女の笑みにも僅かながらに力が籠る。そんな笑みを浮かべた彼女は一瞬だけ拳を握り締め、何処へやらと駆け出して行った。
 前兆は無かった、筈だ。なのに何故、すぐに反応する事が出来たのか。それが何故、青年が気付く事が出来たのか。その理由はもう暫くあとに明かされる事になる。




「美華!」
「美華ちゃんよくぞ来てくれたわね!」
「…何やってんの?さっさと浄化しちゃいなよ」
「だってあれありさちゃんなんだもん!無理だよ!」
「はあ?誰それ」

 星の輝きの汚れの場所に行ってみれば、そこにはムーンとルナが居た。内部の守護戦士は居ないらしい。ドラマの撮影現場に居るのだろう、何をやってるんだ。――勢いのままに敵を蹴り倒すと、特にルナには嬉しそうな顔をされてしまった。月のお姫様はどれだけ頼りないんだろうか。目の前の敵は女優のありすらしいが、美華は全く聞き覚えがない。そんな会話をしている内に敵は再び攻撃体制に入った。生身で戦っている美華としては中々辛いものがある。そんな所に指を鳴らす音が響き渡った。


「夜の暗闇貫いて」
「自由の大気駆け抜ける」
「三つの聖なる流れ星」
「またセーラー戦士!」
「また?」

 音の正体は見た事のないセーラー戦士で、それぞれをセーラースターファイター、セーラースターメイカー、セーラースターヒーラーと名乗った。セーラースターライツと口にした三人組のセーラー戦士達は黒のエナメル素材を身に纏っており、今までのセーラー戦士と比べて酷く露出度が高い。そんな事が気にならないほど、美華の心臓は波打っていた。襟足だけを伸ばした輝く銀の髪、宝石の様にきらきらと煌めく黄緑の瞳、すらりとした四肢、全てが望んでいたもの達だった。――逢えないと、逢える訳ないと思っていたのに、どうして。そんな思考を途切れさせたのは、ファイターが放った光線だった。


「ありすちゃん!」
「今楽にしてあげる」
「だめ!ありすちゃんを殺さないで!」

 ファイターが放った光線は敵に直撃し、それは痛さの余り悶えていた。そんな状態の敵をムーンは庇ったのだ。端から見ればムーンの言動は綺麗事で偽善者なのだろう。それでも助けられるのなら助けたい。それが愛と平和を謳う月の姫なのだ。苦笑するしかない美華は近くにあった鉄パイプを手に持ち、時間稼ぎを始めた。ヒーラーが驚いている様に見えたが、もう関係ない。ただ大切な幼馴染に大丈夫、殺さないよ、と伝える為に。


「っ…手遅れよ」
「ファージ化した人間はもう助ける事が出来ない」
「そう…あのお方以外には…さあ、どいて!あなたも下がってなさい!」
「…いやだ」

 次々と否定の言葉を口にするスターライツに段々と苛立ちが募る。そのせいで美華の口調は自然と厳しくなるが、許して欲しい。突き出された棘のマイクを掴めば、先端に掠ったのか血が滴り落ちる。そんな事を気にも止めず美華は鉄パイプを持つ手に力を込め、じり、とじゃり、と足元の小石に摩擦を与える。――唐突に鉄パイプの向きを変えると、ファージの表情に変化が生まれた。その瞬間に思わず笑みを浮かべれば、足元の小石を掬い取る様に鉄パイプを振り上げる。するとそれらはファージの視界を阻み、美華の思い描いた通りになったのだ。


「ムーン、早く!」
「っ…うん!」

 その一瞬の隙を美華は見逃さない。見た事のないロッドを握り締めるムーンに浄化を促せば、ムーンはこくりと頷く。そしてムーンの額の月のマークが輝き、ロッドを翳せば、輝かしい桃色の光を浴びたファージは元に戻り、そこには可愛らしい顔立ちの女性が倒れ込む事となった。どうやら気を失っているだけらしい。安心させる様に目を細めると、ムーンはほっと息を吐き出した。
 思い出した様に周りを見渡すも、スターライツの姿は無い。おそらくムーンの浄化の際に退いたのだろう。――どうして、地球にいるのだろう。あの人達は太陽系とは違う、何光年も遠い星系の人達だ。でも、あの名を呼ばれなくて良かった。まだ、大丈夫。きっと、きっとまだ、他人でいられるはずだから。




「まさかこれ程の力を持っているなんて」
「面白くなって来たわね」

 美華とムーン、ルナの前から姿を消したスターライツは木の上からその様子を伺っていた。自身らの言う「あのお方」以外に浄化の力を見た事がなかったのだろうか。しかし、その問いに答えてくれる者は誰も居ない。お互いに敵か味方か分からない今、無闇に近付けないのだ。――そんな中、ヒーラーは浄化の力ではない、生身でファージと向かい合った美華にばかり視線を向けていた。戦闘時の容赦のなさは消え失せ、今はムーンに対して和やかな笑みを浮かべている。
 そんな静と動を表す美華は何処か不思議で、どうしてか、視線を逸らせなくなる。失われた何かを取り戻す様に、ただ、彼女だけを見据えていた。そんな彼女を見ていると、頭の何処かにぽっかりと穴が開く様な気がするのは、何故なのだろうか。

 どうして、こんなにも痛く苦しく、泣きたくなるのよ。