その甘ささえ捨て去った劣等人間
今日は睦が休みだ、風邪を引いてしまったらしい。「夏風邪」だと乾燥しきった声で知らせて来たのだからそれは確かなのだろうが、やけに先取りし過ぎではないか。そんな意味も込めてメッセージを送ればたった一つ、スタンプだけがその場に留まる。そこまで気が滅入っている訳ではないにしろ、何時もの元気は失われているらしい。――コンビニでめいっぱいのプリンとゼリーを買って、持って行ってやろうかな。この流れで分かる様に今日一日、さつきは孤独を感じる事になる。
さすが、学年の人気者の抑止力とは馬鹿に出来ない。午前の授業と合間の休憩時間は何とかなったが、昼休憩になってしまえばさつきの居場所は無かった。お手洗いに行けば女子の陰口と水責め、共有スペースに足を踏み入れればあまりに恐ろしい罵倒の言葉に襲われた。今日は運が悪く、校舎裏に呼び出されて痛みさえも与えられてしまった。――あの人のせいで、わたしの人生はぐちゃぐちゃだ。どうして産んだの、こんな劣等人間。
たった半日でボロボロになってしまった身体を引きずり、さつきは屋上へとやって来た。桜はとうに散り、青葉が目立つ。今年の梅雨は短かったらしく、あと数日もすれば本格的な夏がやって来るとの事だ。こんな時期だ、暖かな熱気が彼女の水気を吹き飛ばしてくれていた。その間に簡単な食事を済ませ、べた付く制服を脱ぎ捨てて行く。そんな時、屋上へと続く扉が音を立てて開いた。――本当に、今日は運が悪い。最近視界に入る様になった紅白頭はもう見たくない、と願ったはずなのに。
「……さつき、ッ!?」
「…………轟」
「わ、わりい」
おそらく髪型だけで判別したのだろう。流れる様に視線を下ろせば視界の大半を支配する肌色に、轟は柄にもなく頬を赤らめ、素早く顔を逸らした。そんな慌てた彼に対して興味も示さないさつきに、昔の様な気持ちが残っているかは彼には分からない。ただ、幼少期の名残である胸元まで伸ばされた黒髪は、確かに彼女のものだ。――トイレのホースで水まみれになった制服を絞り、水気を抜き取って行く。ぼたぼた、と垂れる水を冷たく見下ろした。そんなさつきに、轟は再び声を掛ける。
「お前、……まだ虐められてんのか」
「わたしが虐められてなかった時期なんてないんだけど」
「でも、そんな、水まみれ…」
「今更自分の身体を大切に、なんて出来ないよ。ほっといて」
毛先から音を立てて落ちる水滴を絞り、左右に軽く顔を振った。汗だくになった後にシャワーを浴びた気分だ。衣服で隠れる部分ばかりを殴られたため、きっと明日は筋肉痛に悩まされる事だろう。しかし、それで良い気がした。今のさつきを生かしてくれるのは、過去の事件を戒める痛みだけなのだから。――僅かに見えた腹部の側面が視界に入る。轟は思わず肩を掴み、その身体をこちらに振り向かせた。
「っ、……なんだ、それ」
「……は、はなして」
「この傷、なんなんだ」
「っ、だから、待ってって」
「誰にやられたんだよ、これ……!」
「ッ、――話すからおっきい声出さないでよ!」
懇願する様な叫び声に、轟は漸く我に返る。細々とした小さな声を漏らし、瞳を伏せた。その直後、さつきの唇からは「こわい」と震えた声音が響いたのだ。その時、彼はあの男から日常的に怒鳴られていた事を知った。あの日から五年も経って、初めて知った。――今まで何を見ていたんだろう、と項垂れた。慣れ合いなんてしてる暇はねえのに、怯えるさつきの姿に気圧される。昔のようにふれてやりたい。あの時から随分と成長したこの腕なら、抱き締める事だって出来る。けど、それが出来る位置に俺はいなかった。
「……わりい」
「…………小さい頃、殴られたの。あの人の個性で」
「殴られた、って、ナックル…?」
俺の震えるような質問に、さつきは無言で頷いた。はらわたが、煮えくり返るような感覚がする。ヒーローの、いや、人間の風上にも置けねえ。血の繋がった子どもに何て事をしやがる。それを仕方のない事だと受け入れるさつきにも腹が立つが。――怒りで震える轟には見向きもせず、さつきは古傷となった腹部にそっと指を這わせた。一生消えない、と言われたこの傷は、どれだけ地元を離れても、父方の親族から距離を取っても父の支配下である事を思い出させる。
もう話す事は何もないだろうに、轟はその場から動こうとはしなかった。赤と白の髪が垂れるせいで表情は見えない。――それで、良い気がした。なのにわたしの口は「焦凍くん」って言おうとしてる。そんな時、再び屋上の扉が開いた。
「――おっ、ラッキー。屋上開いてんじゃん」
「普通開いてないだろ?誰かいるんじゃ…」
派手な金髪に素朴な黒髪、しかし見た事のない顔だった。その二人――上鳴電気と瀬呂範太――は肌色が大多数を占めるさつきとクラスメイトである轟の姿を視界に収め、驚きながらも頬を赤く染め上げる。その瞬間、轟は持参していた鞄からブレザーを取り出し、その肌色を隠す様に彼女の肩にそれを被せた。唐突な事にぱちくり、と瞬きを繰り返す彼女は、その場を後にする轟を止める事も出来ない。
「――絶対脱ぐなよ、それ」
「エッちょ、どう言う状況!?待てって轟!」
「あの、大丈夫っスか?」
「へ…?」
押し付けられる様に肩に掛かった轟のブレザーを、さつきはきゅ、と軽く握る。何時の間にかへたり込んでしまった下半身からは、どうやら力が抜けてしまったらしい。そんな彼女に声を掛けた瀬呂は、彼女と目線を合わせる様にしゃがみ込んだ。労わる様な言葉を添えて、ゆるりと笑みを浮かべる。しかし、その言葉の意味がどうしても分からず、彼女は僅かに首を傾げた。その後の言葉に翻弄されるとは考えてもみなかったのだ。
「――顔、真っ赤ですよ」
だって、こんな、焦凍くんに抱き締められるような状況なんて、慣れてるわけがないんだもん。
昼休憩が終わるギリギリの時間までには気持ちを落ち着かせ、漸く屋上から足を踏み出した。そして階段を下りている時、幸か不幸か相澤に遭遇してしまったのだ。思わず飛び出た「げっ」と言う声は彼の耳に届いてしまったらしく、さつきの腕は彼の手によって自由を奪われた。この十分程度では乾かなかった毛先から、水滴が垂れ落ちる。見逃してくれないだろう、と言う事は彼の視線で分かりきっていた。そして又もや幸か不幸か、五限目に彼の授業は無いらしい。そんな彼に連れられる場所に入らない、と言う選択肢は、彼女にはなかったのである。
拒否する間もなく別室に連れて行かれ、さつきは今、シャワーを浴びている。砂利で汚れた頬、僅かに痛む腹部を綺麗に洗い流し、ふと備え付けられた鏡に顔を向けた。――汚い身体だなあ。汚れを拭っても拭っても取れなくて、身体ごと消えてしまいたくなる。泣けたら良いのに涙さえ出なかった。きっと、相澤ちゃんも気づいてる。けど何も言わない冷たさが、わたしにはとても温かかった。
シャワーを終えてふと天井を仰ぐと、掛けられているタオルが視界に映った。それを引き寄せると、今度は替えの服が掛けられる。これは外に居るんだろう相澤の仕業だ。綺麗に皺を伸ばされた衣服は、彼が用意したとは思えないほど整えられている。――この短時間でここまでしてくれたんだろうか。ここまで甘やかされる義理は無いはずなのに、それに甘えてしまうわたしはきっと愚かだった。
「――相澤ちゃん」
「あ?」
「…………ありがとう」
「……おう」
ふと、相澤の名を呼ぶ。呼ばれるとは思っていなかったのか、がらの悪い声音は僅かに低かった。ぽそり、と響く感謝の言葉の意味は、きっと彼には伝わっただろう。だから今、声を返してくれたのだ。――きちんと折り目の付いた制服に腕を通す。既に水気は無く、このまま授業を受けても問題は無さそうだ。そうして全てを着替え終え、シャワー室を出ると、そこには相澤が居た。ぱちくり、と瞬きを繰り返せば彼は踵を返した様に歩き出す。そして、おもむろにさつきへと声を掛けた。
「このブレザー、お前のか?デカい気もするが…」
「あ、いや、それは、……轟の、で」
「轟?知り合いだったのか」
「えっと、あの、…………うん」
「……返しとくか?」
「…良いの?」
「俺の生徒だし、別に良い」
予め予想はしていたが、実際にその問い掛けが来るとなると身構えてしまうのは、さつきがあまりに恐怖に対しての耐性がないからだ。名前を出してしまえば聞かれる事も分かっていた、しかしそれを逸らす様な話術を彼女は持ち合わせていなかった。――この話題の間、彼女と相澤の視線が絡む事は無い。その事に、彼はきっと気付いている。だからこそ、何時もよりは柔い声音で差し出した轟のブレザーを腕の中に戻した。
「今日は早めに切り上げるぞ。風呂入って温もれ」
「…ん。ありがと、相澤ちゃん」
「またあとでな」
さつきのその行動によって、相澤が一方的に悩まされる事になろうとは、この時は思いもしていないのだ。
五限目の始業を僅かに遅れて教室へと入ったさつきには、鋭い視線が突き刺さる。それらを全て無視し、さつきは自身の席に腰を落ち着かせた。教科書類は全て持ち歩いているため、害は無い。二年以上も続くこの空気を作り上げた男子生徒は、もはや人を殺すのではないか、と勘違いしてしまう程にこちらを睨み上げている。ここまで長期間続く恨みの感情も尊敬すべき点だろう。実際、この様な人間にはなりたくないが。
本日の授業を全て終わらせ、相澤との待ち合わせ場所である運動場γへと急いだ。しかし今日の修業は個性の調整のみで終了し、早々に帰路を勧められたのである。よほど気を遣われているのだろう。思えば、一年の頃から妙に気遣われていた事に気付く。同情されていた事なんてもう、気にしていないのに。もしそれを言っても、彼はただ頭を撫でるだけで何も言ってくれないのだ。――風邪で休んでいる睦の為に、彼女の好きなプリンとゼリーを買い込んだ。彼女の自宅は郊外に位置しており、少し距離がある。その距離を歩く間には丁寧に手入れされた草むらが広がり、さつきは、そこで猫と戯れるのが好きだった。
「…お前は純粋で可愛いね」
そう一人ごちて、さつきはコンビニのレジ袋から小さなクッキーを取り出した。そして、それを猫の口に近付ける。細やかに動く口元を見るだけで今日一日で荒んだ彼女の心は、妙に爽やかなそれになったのだ。恨みや妬み嫉みが何もない、ただ日常を自由に生きて、なにものにも縛られないこの小動物らが羨ましかった。無意識ながらにゆるりと口角を上げ、その場に腰を下ろす。その直後に響いた擦れる音の方へ顔を向けると、「雄英」と一言だけ声を掛けられた。
「……きみもでしょ、その制服」
「…でも、普通科だから」
「一緒だね、わたしも普通科。一年生?」
「あんたは…」
「深海さつき、普通科三年。戯れに来たの?」
「えっ」
「視線、さっきからずっと猫の方に向いてる」
的を得ない一言を漏らしたのは普通科に所属する一年の男子生徒――心操人使――らしい。彼は、さつきが言葉を紡ぐ度にびくり、と肩を震わせる。そのくせ、小動物へと向かう視線は酷く傲慢で、厚かましかった。そしてそういうものは、彼女は嫌いではなかったのである。遠慮がちに二歩分の隙間を空けて、彼は腰を下ろした。そして、意地悪く響いた言葉にぶわり、と顔を赤らめたのだ。それでも目下の隈は治らなかった。
「甘いもの、平気?」
「あ、はい。大丈夫、です」
「……わたしの噂、聞いてたりする?」
あまりに強い視線と挙動不審な態度の矛盾に首を傾げ、さつきは何気なく問いを投げ掛けた。その瞬間、目を見張る程に揺れた肩は図星としか思えない。思わず喉を震わせ、笑みを零した。新年度が始まってまだ数ヶ月しか経っていないと言うのに、人の噂と言うものは拡散が早い。それがどう言った歪みを持って広がっているかは知らないし興味もないが、もうそれは彼女の手を離れ、独り歩きをしているのも同然だった。
「……早いなあ、本当」
「――あの、すみません」
「ん?」
「俺の個性、『洗脳』なんです。だから、その、人とあまり関わらないあんたを見て、勝手に仲間意識を持ってて、――すみません」
ぽそり、と漏れたひとり言は心操の耳には届かなかったらしく、それに被る様に、彼は口を開いた。それはきっと、己が安堵する環境や好奇心を煽らぬ空気、自分勝手な気持ちの押し付けが彼の背を後押ししたのだろう。それをあけすけに示す彼の姿に、さつきは再び笑みを零した。怒られると思ったのだろう、彼の頭上には多数のクエスチョンマークが飛び交っている様である。――こう言う馬鹿正直な子は嫌いじゃないんだよね。
「厳密にはヒーローが嫌いで、今の超人社会を恨んでるんだけどね」
「……聞いても、良い事ですか」
「――大切な人を、ヒーローに殺された。そしてわたしも殺されそうになった。…それだけだよ」
「…………へ、え」
「…エグいでしょ。そう言う分かりやすい反応、嫌いじゃないよ」
からかう色を見せて言うと、心操は息を詰まらせる様に顔を歪ませる。しかし、その後に困りがちにも笑みを浮かべたのだ。それを横目で見つめ、さつきはバニラのクッキーを歯で砕く。――そう、普通はこう言う反応をするんだよなあ。成田と相澤ちゃんがおかしかった。でも、それをあからさまに見せるこの子も嫌いじゃない。他の人間は同情しても、それを隠して付け焼き刃で取り繕うから。わたしはそれが嫌いだった。でもそれを言ったらきっと、もっと同情される。「かわいそうな子」って言われちゃう。それだけは死んでも嫌だった。
「――どうしても、守りたい子がいたの。年下でいつも泣いてて小さくて、わたしが適当に笑っただけなのにこの世の幸せぜんぶ手に入れたみたいに、めいっぱい笑う子ども」
「幼馴染ですか」
「うん、そう。その子もヒーロー志望なんだけど、修業がキツくてずっと泣いててね。全然泣き止まないから、気紛れにクッキーを焼いて持って行ったの」
「反応はどうだったんですか」
「おっきい目キラキラさせて喜んでくれてね、……うん、しあわせだった」
「――いま、その子どもとは…」
草むらをゆるりと見下ろすと、視界の端に猫じゃらしが映り込む。それを千切って猫へと差し出すと、小動物らは楽しげにその場で跳ね始めた。一連の動きを目で追い掛けながら、さつきの思考は七年前のとある日常に移っている。それに漸く気付いたのは、心操が彼女の方に視線を向けてからだった。――この時の深海先輩はきっと、なにも見えてなかった。俺も、「幼馴染」の今の姿も、なにも。過去に思いを馳せるなんてただ空しくなるだけだと、あんたはとっくの昔に知っていたはずなのに。
『焦凍くん、今日はおやつタイムにしよっか』
『一緒に食べてくれるの?』
『焦凍くんが良いなら』
『っ、ありがとう!さつき姉ちゃん』
キラキラと双眸を瞬かせるばかりの轟を動かそうと、さつきは公園のベンチに腰掛けるよう促した。彼女が歩を進めるだけでとことこ、と後ろに付いて来る彼はまるで小動物である。移動したベンチの上に大きめの袋の四隅を軽く千切り、そっと広げた。バニラとココアのアイスボックスクッキー、母にレシピを教えてもらったものだ。それをおそるおそる指先で掴み、口へと運ぶ。サク、と控えめに響く咀嚼音のあと、大きな両目を瞬かせた。
『――美味しい!』
『…いつも修業、がんばってるもんね。ご褒美くらいないとやって行けないじゃん』
『…………ごほうび』
『うん、ごほうび。次は何にしよっか、お出かけするのも良いけど…』
『――もう一回これ、食べたい』
するりと指の間をすり抜けて行く紅白の髪を柔く撫でて行く。成長が遅いのか身長自体は小さいが、骨格は確かに「男の子」だった。それでも表情筋を緩ませるその姿は酷く愛らしい。そんな轟は、既に空になった大きめの袋を差し出して、控えめに強請る。彼が初めて憧れたオールマイトでも何でも良かったのに、轟は控えめに甘さを強請った。――お母さんの手伝いで作ったようなそんなもの。そんな物がきみの「ご褒美」になるの、焦凍くん。
『……そんなので良いの?』
『甘いもの、久し振りに食べて。その、…さつき姉ちゃんと一緒に食べれたの、嬉しかったから』
言葉を選びながら唇を動かす轟の小さな身体を、さつきは力いっぱい抱き締めた。耳元では慌てた様子で「さつき姉ちゃん」と呼ぶ声が聞こえる。それさえも掻き抱く様に、彼女はその腕に力を込めた。――優しくて、好きじゃないヒーローの卵。守らなきゃいけない、弱い弱い年下の男の子。間違えて産まれちゃったわたしで良いの。そんなわたしに、泣きそうなほど優しい言葉をかけてくれるの。そんなきみはこれから先、どれだけの人間を救けるんだろう。
『さつき姉ちゃん…?』
『っ、……めいっぱい、作って来るから。また、一緒に食べようね』
『うん。……楽しみ』
先程まで慌てていた声は次第に戸惑いを孕み、小さな手は控えめながらもさつきの背に回された。じんわりと伝わる温もりは確かに現実で、母以外に感じた事のなかったそれにさつきは瞳を潤ませる。それ程までに嬉しかった。轟に出会えて良かった、と己の生が報われた気がした。――艶のある紅白の髪を再び撫でてみる。吸い付く様なそれは、さつきが今までずっと、もっとも追い求めていた温もりだった。
『――わたしも。大好きだよ、焦凍くん』
この時、泣きたくなる程に優しいぬくもりを守って行こう、と心に決めたのだ。
「――もう、一緒にいれなくなっちゃった」
そう言った先輩は背中を丸めて、冬眠する小動物のように寂しそうだった。二つの膝小僧に口元を埋めて、自分を嘲笑うように眉が下がっている。きっと一緒にいたかったはずだ。隣を誰にも譲りたくなかったはずだ。でも、もう何も信じられなくなったんだろう。なにを信じれば良いのか分からなくなったんだろう。でも、たった二言で終わらせてしまった過去を聞いた俺に言える事など、なにもなかった。なかったはずなのに、俺は無意識に先輩を呼ぶ。
「…………学校に猫の溜まり場があるんです。今度、そこで飯食いませんか」
「心操くん…」
「予定とか、嫌だとかあるんだったら、良いん、ですけど」
あれだけ堂々と言い放ったくせに、変なところで怖気づいてしまった俺はすぐさま視線を逸らした。その直後、下からは堪えられない笑い声が聞こえて来る。顔は見えない。きっとまだ、見せてくれない。けれど少しだけ、生ぬるいあんたの事に気付けた気がする。ふと先輩は顔を上げて、俺と目を合わせた。緩んだのは目元だけ、口元は先輩の最後の砦なんだろう。それを見せろとは言わない、言えない。――草むらの中でぐしゃり、とゴミにされた袋からは、少しだけ甘い香りがした。
「――ありがとう、心操くん」
その柔らかな声に似合う笑顔を見れた時、その時にはあんたの寂しさを知れるだろうか。