014
翌朝、簡素な青いワンピースに着替えた私は、身支度を整えて海が見える場所へ行った。ぼんやりと青い海原を眺めていると、昨夜の出来事が嘘のように思える。
そして私は迷っていた。もうすぐこの国はクールークに占領される。早くどこか別の所へいかなければならない。でも、どこへ?どうやって?昨夜のこともあって、オベル王国ではしばらく、特別な許可がない限りは出港を禁じている。連絡船どころか哨戒船に乗せてもらうこともできない。
ふと、嫌な予感がした。私は注意深く、また大海原を見つめた。そしてそれは見えた。水平線に現れた、灰色の船の影。私は手すりを離れ、跳ねる心臓をおさえた。
「クールークだ!あいつら、戻ってきやがった!」
町はあっという間に混乱した。人々は逃げ惑い、怒号や悲鳴があふれる。船は見る間に近づいてくる。私はいてもたってもいられず、宿屋に戻った。
私が駆け込むと、主人と奥さんが真っ青な顔で駆け寄ってきた。
「リルちゃん!よかった、無事だったか」
「ほら、あなたの荷物よ。王様が船を用意してくださるそうよ、あなたは逃げなさい。」
私は押し付けられるようにして差し出された袋を辛うじて受け取って、二人を見た。
「でも、おふたりは……」
「おれたちはここを離れられない。こんな場所でも、頼りにして逃げてくる客がいるんだ。」
主人の見る先を見ると、酒場に三々五々の人々が困り果てた様子で集まっていた。
「でも、あなたはこの国に来たばかり。ここで命をささげる覚悟なんて、絶対にしてはダメよ。行きなさい。あなたはもっと広い世界に出るべき子だわ。」
奥さんに強引に背中を押され、私は有無を言わさず宿屋を追い出された。途方に暮れ、立ち尽くす。辺りを見渡すと、同じような人がたくさんいた。
その時、路地から荷物を抱えて飛び出してきた女性がいた。女性は慌てていて、背中には赤ん坊を背負っている。しかし着の身着のまま飛び出してきたのか、裸足のままで髪を振り乱している。思わず気を取られたとき、その女性が躓いてしまった――。
島の中の人にはほとんど声をかけた。でも、見つからない人がいた。――リル。このままここにいたら危険だ。助けるには、今、彼女を連れていくしかない。
「ラズロ、もうそろそろ、船に戻らないと……!」
フレアが海の方を見て僕を急かす。それはわかっている。出港が遅れたら本末転倒だ。だけど――。
「きゃっ!!」
その悲鳴で、僕は反射的に振り返って、心臓が跳ねた。リルを見つけたのだ。悲鳴は彼女の視線の先、赤ん坊を背負った女性が転んだためのものだった。リルは迷わず女性に駆け寄り、自分の靴を脱ぎ、彼女に渡した。「私は大丈夫、慣れてるから――」と、白くやわらかな脚をワンピースの裾で隠して。
女性が走り去り、リルは裸足のまま一人で立ち尽くした。僕は意を決してその背中に歩み寄った。
「リル。」
リルは驚いた様子で振り返った。僕とフレアを交互に見て目を丸くしている。
「僕と一緒に行こう。」
真っ直ぐにそう伝えると、リルの瞳は少し迷うように地面を見た。きっと断るんだ――そう思ったら、僕はリルの手を掴んでいた。
「行こう」
「でも……」
「行くんだ」
自分でも子供のようだと思う。けど、手を引っ張ると、予想よりも簡単にリルは従った。それでも手を離すとどこかへ行ってしまいそうで、僕はリルの手を掴んだまま船へ向かった。
階段をいくつも登り、王宮が見えてきたころ、急にリルは足がもつれて転びそうになり、僕の肩に掴まった。
「ご、ごめんなさい」
すぐに離れたが、足元が不自然で、よく見ると右足首が赤く腫れていた。
「大丈夫、行きましょう」
リルはそう言ったが、その顔は青白かった。僕は無意識に彼女の背中に手を回し、そのまま抱き上げた。
「え……!?あの……」
「大丈夫よ。もう、すぐに着くから。」
困惑したリルをなだめるように、フレアがほほ笑んで言う。それから僕を見て、からかうように笑った。
崖道を進み、洞窟が見えてきた。すると今度はフレアが、ゆっくりと立ち止った。
「…やっぱり、私はこの島に残るわ。残った人たちのそばにも、誰かがいなきゃ…。お父さんにもそう伝えて!」
僕が引き止めるか迷ううちに、フレアはさっさと町の方へと走って行ってしまう。しかし少しだけ振り向いて、手を大きく振った。
「大丈夫!私は大丈夫よ!ラズロ、早く中へ!」
そう言い残して、フレアは去って行った。僕は心に何かが残ったままあるのを感じながら、洞窟の中へと急いだ。