004
翌朝、市場へのお使いの帰りに、赤い鉢巻をした少年の姿を見つけた。
「あ……」
私が立ち竦んだと同時に彼が踵を返し、図らずも視線がぶつかってしまう。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
お互いに他人行儀なお辞儀をして、佇んだ。私も彼も紙袋を抱え、私は宿屋の方へ、彼は港の方へ向かう途中だった。
「あの……昨日は、ありがとうございました。」
おまんじゅうのことと、港で一緒にいてくれたことを含めたつもりでそう言うと、彼はなんでもないことのように首を横に振って、いいえ、と答えた。多分、おまんじゅうのことしか伝わってないだろう。
「今度また、ぜひお店に来てください。サービスしますから。」
精一杯の愛想を込めてそう言うと、ラズロは少し困ったような間を開けて、お礼を言った。逆に困らせてしまったかもしれない。私は落ち込んだ。
「では、また。」
「うん、また。」
お互いに会釈をして、ぎこちなく別れた。少しだけ、後悔が胸に残った。
「あーあ、リルちゃんに会いたいなあ……」
ミドルポートへ向かう哨戒船で、タルがぼんやりと呟いた。
「その子って、あの、宿屋でウェイトレスをしてる子だろう?お祭りに来てたよね。」
珍しくスノウが興味深そうに会話に加わった。同意を求められたラズロは、そうだね、と頷いた。
「なんだ、スノウも知ってるのか。あの子可愛いよなあ。」
「え、う、うん……」
「そうだ、今日の任務が終わったら、皆でリルちゃんの所に行こうぜ!な?いいだろ?」
さっきまで眠そうにしていたのに、急に元気がよくなったタルに苦笑しながら、スノウは困ったようにラズロを見た。
「う、うーん、僕は……君が行くなら、行こうかな」
ラズロは目を丸くした。
「僕?……僕は……スノウが行くなら、行くよ。」
「なんだよお前ら、素直になれよ!本当は行きたいくせに……」
タルが言うと、スノウとラズロは顔を赤くした。それを見てタルは上機嫌になった。
「よーし、じゃ、決まりな!今日の晩飯は宿の酒場だ!」
「何ー!何の話ー!?あたしもまぜてよー!」
賑やかさにつられるようにして、ジュエルが飛び込んできた。
「夕ご飯が何だって?」
「いや、宿の酒場で食おうかと……」
「あたしも行きたい!」
思わず答えたタルの言葉を食い気味に、ジュエルは身を乗り出した。
「なんかさー、すっごい可愛い子がいるんでしょ?気になってたのよねー!でもほら、酒場って、あたしみたいなか弱い女の子ひとりじゃ、入りづらいじゃない?」
「……。」
「……。」
「なによあんたたち、なんで黙ってるのよ。」
黙りこくったタルとスノウのうち、タルがどつかれて、和やかな空気が湧いた。
哨戒船は静かに海の上を進んでいった。
ラズリルに帰ってきたとき、日はすっかり沈んでいた。酒場のドアを開けると、どっと賑やかな声が溢れた。今は一日のうち、いちばん酒場がにぎわう時間なのかもしれない。
仕事を終えた漁師や商人や、騎士団員の姿もちらほら見える。
ラズロたちが入口に立つと、すぐにリルが駆け寄ってきた。リルはラズロを見つけて、あっ、と小さく口を開け、笑顔を浮かべた。
「いらっしゃいませ!4名様でよろしいですか?」
「ええ。」
「窓際のお席が空いてます、どうぞ。」
リルに促されて、ラズロたちは席に着いた。
座るなり、ジュエルが楽しげな笑顔を浮かべた。
「噂の子って、今の女の子ね?そうでしょ?あれは確かに可愛いわね〜。男どもが騒ぐのも、頷けるわ。」
うんうんと頷いてそう言うジュエルに、タルもケネスも何も言えず俯いた。女の人の口から改めて言われると、気恥ずかしい思いになる。
「彼氏とかいないのかなあ。立候補者は多そうだけど。」
ジュエルはリルの姿を目で追いながら呟いた。リルは行く先々で男から声をかけられているし、店内の男はほとんどが彼女を目で追っているのがわかる。
「ここにも3人いるしね。」
「え!?ぼ、僕は別に、そういうわけじゃ……」
スノウが慌てて顔を赤くし、俯いた。タルは否定も肯定もできず、黙っている。それはラズロも同じだった。
「でもあたし、あの子の好きな相手、わかっちゃった。」
「え!?」
ジュエルが得意げに呟くと、スノウが声を上げ、タルも目を丸くした。
「でも君、今日初めて会ったばかりだろ。なのに彼女の好きな人なんて……」
「女だからかなあ。わかっちゃうのよねー。仕草とか、表情でね。」
「……。」
タルもスノウもじっとジュエルを見つめる。
「……それで……誰なんだ?」
「少なくとも、今この酒場にいるんだろう?」
スノウとタルは店内を見渡し始める。それを楽しむように、ジュエルはフフンと笑った。
「さあね、誰かしらね?」
ジュエルはこらえきれない様子でフフッと笑みをこぼした。
注文した食事が出そろい、4人で歓談しながら食事をしていると、「失礼します」と声がかかった。
「リルちゃん!」
声を上げたのはタルだった。リルはにこりと微笑んだ。
「こちら、アイス4種盛り合わせです。」
リルはそう言って、アイスを4種のせた綺麗なガラスの器をテーブルの中央に置き、それぞれの前に小さなスプーンと取り皿を、テーブルの端にステンレスのヘラを置いた。
「え?あたしたち、これ、頼んでないけど……」
ジュエルがそう言うと、リルはまたにっこりと笑った。
「サービスです。いつも、ありがとうございます。」
リルは4人に向けてお辞儀をした後、ラズロにだけ一瞥を送った。それでラズロは、今朝の会話のことを思い出した。
タルとジュエルはサービスと聞いて嬉しそうにアイスを取り分け始める。しかしスノウだけは、リルがラズロに一瞥を送ったことに気づいていた。